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僕達に与えられた使命。…と、新たな日常。  作者: イイコワルイコ
Case20 _ 自然のあるべき姿
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第4話「上陸」







「す、すっ、すっげえ……」





そのミハルの心からの声に、僕も同じ気持ちだった。

やってやった。とんでもないことだ。





「色々と重なった結果ではあるけど、上手くいって良かったとこのィァムグゥルも思うよ」



温い海水の雨を浴びて、僕達は勝利の喜びを噛みしめていた。

勝利。そう。勝ったのだ。あの大きな大きな使者に。



「戦闘結果を記憶します」



ジュリアは柔らかな微笑みを見せ、記憶…記録?多分、一部始終を保存した。



「見たかよ!最初はデカめのサイコロステーキにするつもりかと思ったけどさ、真の右腕がニョキーンって!!漫画じゃねえんだからって感じだよな!」


「お前が1番興奮してどうすんねん。ワイらは出番ゼロやってんで?真とィァムグゥルだけでクソデカモンスターを殺してもうた。もうどないなっとんねん」


喜びつつも、嫌味っぽくオヤブンはそう言った。出番がなかったからどうこうではなく、僕とィァムグゥルだけで倒せてしまったことに驚いているようだ。

だが、それは正しい反応。僕達全員が協力しても、あの大きさの使者を相手にするのは無理があった。……はずだった。


初撃が届いた。直後の追撃も命中した。2回の攻撃で使者は体の10%近くを失った。ミハルが言ったようにサイコロ状に切り取られた肉は海へ落ちて、空中で暴れもがく使者はなんとなく僕達に狙いを定めたようだった。使者の滞空時間はとても長かった。跳躍力もすごかったが、あの巨体なら体重も相当なはずなのですぐ落ちるとばかり思っていた。遠くからじっと見つめられた気がして、僕は無意識でアイアン・カードを使用していた。


右腕に纏ったそれは、どこまでも遠くへ伸ばせると確信があった。


見せられた記憶の中からピッタリのものを重ね見て、銀の装甲は武器へと変わって。EXECUTIONの号令と共に射出され…2秒後には使者は大きな悲鳴を上げて。



「すげえよな…ロケットパンチとは違うけど、真のあれであいつは海に逃げられなくなった。串刺しにして終わりかと思ったらそれだけじゃねえ。シュバババッて伸縮自在でさ!なんつーの、亀甲縛り?」


「その亀甲縛りが何か知らんけど多分ちゃうな。ワイからみたらあれや、新聞紙とか雑誌とか捨てる時のぐるぐる巻きをやりすぎたやつや。縦やって横やって終わりかと思たら斜めも巻いてもうて、1周した後また縦みたいな感じや」



度が過ぎた拘束。でも僕としてはあれは拘束ではなくサイコロ状に切り刻むつもりだった。ぐるぐる巻きにして一気に縛りあげればきっとそのまま殺せる…そう期待していたが、そこまで簡単な相手ではなくて。


「やっぱり、真とは相性がいい」


ィァムグゥルがアシストしてくれた。EXECUTIONで僕のアイアン・カードを刺激して収縮を強要したのだ。おかげで僕のイメージ通りの攻撃が成立し、無事使者を殺すことができた。警戒させる、あわよくば撃退…なんてことを考えていたはずなのにあっという間に殺せてしまった。

さすがに今回ばかりは調子に乗ってもいいなと思えた。知花達にすごいでしょと自慢したかった。



「柊木様。腕に問題はありませんか?」


「あ、これ?大丈夫。僕も仕組みはよく分かってないけど」



アイアン・カードを纏う。これはまだ分かる。これにより攻守共に強化されるのが容易に想像できるから。でもそこから体を伸ばせるようになるのは分からない。手足が自由に伸ばせる漫画のキャラクターは何人か分かるが、それと同じようなことができるなんて。しかも何がやばいって、伸ばした後でさらに展開が使えるんだろうなってことだ。まだいけた。…これは"創造の連鎖"になるのだろうか。



「おい童貞、状況整理や。あのでっかいのが出てくる前にクラゲが逃げてったの、お前も見たやんな?で、その原因のでっかいのはもう死んだ。ぐる巻きバラバラ殺人でな。ということは、今この船は誰にも狙われてへんっちゅうことやろ?」


「……あ。本当だ」


「っそんだけかい!」



船が動き出す。安全になるのを待っていたわけではないが、偶然そうなった。命懸けの航海になるのだろうと胃がキリキリするほど不安になっていた。



「精神が不安定な状態にあると感じます。何かできることはありますか?」


「そ、そう?」



ジュリアの問いかけに否定の言葉が出ない。実際、今頭の中では記憶を引っ張り出している。過去に読んだ2つの物語の記憶だ。

1つはホラー小説で、17人の悪霊がいるとされる廃校に迷い込んだ少年少女達が連続する困難に打ち勝つ場面。徐々に悪霊が本気を出してきて、終盤には廃校を丸ごと死後の世界へ転移させるという"やりすぎ"な展開が待っていた。死後の世界に来てしまった結果、少年少女達は死んだと判定され家に帰ることも家族に会うこともできずバッドエンドとなる……

もう1つは冒険物。未踏の地にあるとされる宝を探しに行く物語で、死の谷と呼ばれる場所を主人公達が進む場面。それまでは単純に自然の脅威が敵だった。岩石地帯の足場の狭さや水中洞窟などだ。それが突然、武器を持ったミイラに襲われるようになり…倒す度に数が倍増。最初は1体だったものが最終的に30を超えるほどになり……



今の僕達はどうだろう。海という逃げ場がない場所で、クラゲが出てきて、次には超巨体の使者。どちらも解決したと言える今、次があるのではと考えてしまう。



「柊木様。あちらを」


「へ?」



ジュリアは冷静に、僕に声をかけてくる。考えすぎた頭をリセットしてくれる気がしてこれはこれでありがたい。それはそうと見てほしそうに手で示した方向に目を向けてみると、



「あれってもしかして、オラワルド……」



遠くの方にそれらしいのが見えてくる。東京から見る富士山のように遠くて薄い影は……なんだろうか。



「気温の変化を確認しました。寒くなります。……こちらを」


さっと自分が持ってきたリュックから真冬に着るようなダウンジャケットを取り出したジュリア。…え、ダウン?


「まだちょっと肌寒いくらいだけど」


「オラワルドは雪国ではありません。氷国と呼ばれています。恐らくこれを着ても足りないかと」


「そうなんだ……」



防寒着までは頭が回らなかった。少し強引に上着を着せられて、続いて貼るタイプのカイロを取り出したジュリアは



「下半身が冷えると困りますので」


上着を着せる感じで手を伸ばしてきたのでそれを慌てて断る。


「さすがに自分でやるよ…」


「では貼る場所を指定しますので」


「えっ、」


「ご主人様の知識の引用です。正しい場所に貼ることで」


「わっ、」


真とジュリアの不慣れなコミュニケーションのその横で、鼻の下を擦りながら遠くのオラワルドを見つめるミハル…を見てオヤブンが不安を口にする。




「な、なぁ?ィァムグゥル。寒なるらしいで?」


「見れば分かるよ。体感でも気温が下がっていくのが分かる。ジュリアがミハルの詰めた荷物を全部出して違うものをこっそり詰め直していたのには驚いたけど、このィァムグゥルだってこれくらいの環境変化には対応できる。何も心配ないよ」


「ほ、ほんまか…!」


「もちろん」


指を鳴らしたィァムグゥル。見た目に変化はないが


「平常時の体温を維持する創造だよ。多少寒いと感じることはあっても体が冷えることはなくなった。これでサラは安心だね」


「……せやな?……で、ワイには」


「必要かい?そんなに暖かそうな毛に包まれているのに」


「嘘やろ!?」


「ふふふ。冗談だよ」


創造で防寒対策をするィァムグゥル達。



「…………さぶ、」



誰にも悪意はなかったが、自然とハブられる形になってしまったミハルは、自分で持ってきたリュックに手を伸ばす。



「……はは、食い物しかねえや」



不思議と爽やかな笑顔で、ミハルは絶望した。完全にやらかしたと今の今まで気づくことが出来なかった。いつもは何もかも用意されていたから、分かっているつもりでも足りないものに気づけなかった。

とはいえ食料も絶対に必要になる。ついついオラワルドが現状世界一寒い場所だということを忘れていただけで。



「童貞」


「なっ、なんだよ!それ単品でディスるのやめろ!俺はど…」



後ろからオヤブンに呼ばれ振り返ると1人のゾンビを除く全員がミハルの方を向いていて。



「お、お前ら……!」



人間の心というのは、何よりもあたたかい…



「ドンマイ」


「え」



そんなミハルの感動を、歯を見せながら笑うオヤブンが粉々に打ち砕いた。









………………………………next…→……








僕は北海道に行ったことはない。




「ちょ、ちょ、アカンで!?なんやこの風!悪意あるやろ!!」


「これがオラワルド。一応俺も住人だけど、これ見てようこそとは言えないか…」


「年中雪が降っていて、毎晩暴風に守られていて……やれやれ。新人類というのはどこまでもどこまでも。自然への冒涜だよ?」


「柊木様、」


「ィァムグゥルの創造もあるし、ジュリアが持ってきてくれた上着のおかげで風も……いや風は強すぎるけど!」




ゾンビが運転する船は一応近くで待機するようにィァムグゥルが指示した。でもここを出る時にはゾンビも船も無事では済まないだろうと思う。


それでも、到着した。目的の地に。




「台風とは違うの…!?この風は」


「都会人にはキツいだろうけど、オラワルドの夜ってこんなもんだ!」


僕は、北海道に行ったことがない。

脳内イメージではそれと同等のものを想像していた。テレビで見られる範囲の情報で作り上げたものを比較対象にしていた。

極寒…その2文字が可愛いものだと知らされる。大粒の雪に殴られ、台風と呼んで間違いないくらいの強風に押し潰され、肌に直接氷を強く押し付けてるみたいな冷たさにも襲われる。

イメージとして近いのは、雪山の登山だろうか。

平たい雪の地面を歩いているのに、急な坂を登っているような厳しさがある。



「にゃぶーーー!!!アカン!真!上着の中入らせてくれ!いつかの時みたいにリュックの中でもええ!札束の中なら少しはァァァァ!!!」


どうやっても慣れそうにないのが、この暴風だ。ずっと異常な強さなのだが、その中でもさらに強弱の差がある。ふいに国の外まで吹き飛ばそうとする風が吹いて、それを耐えるのが……苦しい。


「仕方ない……オヤブン、ゴーストハントを」


「今!?絶対ちゃうやろ!サラが喜ぶお化けもおらんで!!」


「いいから、早く」


オヤブンに救いの手を差し伸べたのはィァムグゥルだ。暴風の中、黒煙が発生する。…すぐに風に流され、見せてはいけないものが露出してしまうのではと心配になったが


「「ふぃ。せやな!鎌の刃で掴まることが出来るしやはりこれで正解だったね」」


無事変身に成功したようだ。


「と、とりあえず近くの家に入ろう!大丈夫、俺がいれば歓迎されるから!」


ミハルはというと、完全にアフロが足を引っ張っている。風でアフロが持っていかれて、そのまま上半身が後方へ……ずっと仰け反ってる状態で歩けるのが不思議だ。

彼が「あっちだ!」と示す方向には確かに家がある。カーテンが閉まってはいるものの、隙間から漏れる暖色の光がなんともいえない美しさで。室内は寒くないだろうし風からも身を守れる。……あの光は、まさに希望の光というわけだ。


「ジュリア」


すぐ隣を見れば……あれ、


「はい」


「も、もう少しだ…ね?」


「はい。…何か?」


上陸寸前に髪をまとめていたのは見た。だから顔周りがスッキリして表情がよく見えるようになって。……だけど


「もしかして、寒くないの?」


「問題ありません」


「少しも?」


「はい」


彼女はィァムグゥルの体温維持効果のある創造を受けていない。東京にいた時と格好が変わったというわけでもない。いつものメイドの格好だ。……恐ろしいほど変化がない。風に負けることもなければ、雪が肌に触れて冷たさに怯むこともないし、


「ちなみに、海の中を泳ぐことも可能です」


「……そう」


ふと思った。環境の変化にどれだけ対応できるのか、も強さの要素のひとつだと。

そして、ジュリアは間違いなくこのオラワルドで大活躍するだろうと察した。"青い雷光"への期待が高まる。


「お任せを」




その時だった。




遠くの方で爆発音が鳴り響いたのは。



















………………………to be continued…→…



僕あた豆知識。

オラワルドでは温度計の類は使用禁止となっている。これまでに持ち込まれた温度計等は、全て原因不明の不具合が発生し測定不能を示した後…勝手に壊れてしまっている。

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