第3話「シー・ジャイアント」
船に乗る機会というのは個人差が激しいように思う。それでいて、乗り物酔いのしやすさも
「だぁぇ"っ!!」
「どんな!?そこはおえーとかそれっぽいのあるやろ!」
確かに揺れはするが、大人しい方だと思う。それでもミハルは船が出発して数分でダウンした。ィァムグゥルはそれを見て、声に出して笑いはしないが楽しんでいて。
「人間が吐き出したものを海の生き物はどう思うんだろうね。これでパクパク食べられてしまっては、"彼ら"の価値観や食欲について考えを改める必要があるわけだけど」
備え付けの椅子に座って足を組み、やや前のめり気味な姿勢。ここだけ切り取ると船に乗ってるようには見えない。
「柊木様は体調に異常はありませんか?」
「僕は大丈夫。……」
「…?」
「ごめん。まだジュリアが僕の使者ってことに慣れてなくて」
知花と同じくらいの距離感で僕にピッタリくっついて座っている。椅子的にはもう少し…いや、そこそこ余裕があるはずなのだが。
「柊木様に何かあってはいけませんので」
「それは、ありがとうなんだけど」
好き好きと好意200%でくっついてくる知花と違って、ジュリアのこれは過保護からくるものだ。それほどまでにダンは守られていたということになるし、だからこそ……
「…ご主人様は、どうしても個人で戦うことが苦手でした。チェスや将棋の駒になるのではなく、それらを見下ろし操作するプレイヤーの方が向いていました。それでも戦う必要があったので、いくつか創造はしましたが…」
「僕はその"神目線"も得意じゃないけど…」
今だってEXECUTIONがあるからゴリ押しで勝てているところが大きい。創造で無双できなければ、僕もダンと大して変わらない。
「こうして繋がると分かります。柊木様は以前とは大きく異なる…と。力だけでなく、物の考え方も変わったように思います。それこそ、お1人で戦い抜くために」
「そうなのかな…変われたのか、まだ微妙に思うとこも」
「うぉおお!?アカンアカン!!ィァムグゥル!出たでえ!!」
気づけばミハルの肩に乗っていたオヤブン。少しだけ吐き気が落ち着いたミハルと一緒に黒とそう変わらない暗さの海を眺めていて。
呼ばれたィァムグゥルは船に備わっている照明を起動して付近を強く照らした。
「不利な環境では戦闘を避けるのも大事なことだけど、せっかくなんだから何がいて何をしているのか見ておくのもいいんじゃないかな」
立ち上がったィァムグゥルはミハル達の方へ。
「実はサラも戦闘は得意じゃないってことかな。危険かもって状況では常にィァムグゥルが主導権を握ってる。まあ、今サラが出てきてたら何かしらのアクシデントで海に落ちたりしそうな気もするけど」
「互いに同意の上だと聞いています」
「そうなんだ」
オヤブンはこんな時でも楽しんでるように見える。サラに似たんだろう。……
「混ざりますか?」
「ううん。僕達は大人しくしてよう」
だってこの船を操縦してるのはゾンビなんだから。
「ならこのィァムグゥルが君の代わりに見てあげよう」
ィァムグゥルが視界を共有してくる。…これ、どうやってるんだろう。テレビのチャンネルが切り替わるみたいに簡単に「え"っ!?」
「どうや!キモいやろ!」
海面近くを漂っている。クラゲだ。でもこんなに大きいものなのか…?
「1匹で小型船を沈められるほどの力を秘めているように見えるね。特にこの触手は、だらしなく水の中を漂っているように見えてさりげなく船に絡みつこうとしている」
「この童貞のおかげで襲われへんってわけやな。やっと役に立ったやんけ。良かったな!」
「…こんなやつ1匹見ただけで興奮しすぎなんだよ。こいつだけで何千何万って数がいるのに、もう少し深いとこにはもっとやべぇのがいるんだぞ?」
「ミハル。ちなみになんだけど、この使者に攻撃して刺激を与えたら」
「やめろよ!敵だって認識されたら全員終わるぞ!?自分で言ってただろ!1匹でも船沈められそうって!この船はとっくに囲まれてんだよ!」
「どんな創造が効果的か、試してみたいのに…残念だ」
「なんか吐き気が一気に引いた!!それ以上にヤバいって気持ちが脳内占拠してるから!」
今ある陸地が全て海に沈んだ後の世界を舞台にした映画を何本か見たことがある。地球温暖化の果てはそうなるのではないかと想像したこともある。でも、映画でもそうだったように海の上を走る船さえあれば人間はやっていける…と勝手に結論を出して満足していた。
実際はそんな簡単ではない。海に暮らす生き物がいるのだ。その中には人間を襲うものも少なくない。船ごと襲われる可能性だって
「は?あ、やべぇ。全員静かに。黙れ。船止めろ早く!」
突然ミハルが真剣な顔つきで声を上げる。それに従い船が止まり、全員が沈黙…すると
「ウンモォォォォォォ……」
下。ずっとずっと下の方から、突き上げるような振動が伝わってくる。僕もィァムグゥルもこれが何なのか聞きたくてしょうがないけど、今は聞けない。
振動と共に聞こえたのは、クラゲとは別の何かの声…?
「……」
ふとィァムグゥルが近くを漂っていたはずのクラゲに目を向ける。船と並走していたクラゲだったが、"方向性の違い"に気づいたみたいに別方向へ…船から離れていってしまう。
それと入れ替わるように、何かが上がってきているような…
……波がざわついている。なんだ?何が変化して……
じっくり観察して、それに気づいた時。ィァムグゥルの視界の共有が途切れた。ハッとした瞬間に僕は
「沸騰してる」
つい声を出してしまった。
「っ!!」
すぐにジュリアが僕の口を手で塞いでくれたが……
…………大丈夫、だろうか
ドッッッッッッッッッーー!!
気を緩めそうになった次の瞬間、船の目の前……ば、爆発した。強烈な噴き上げで海水が……
「っっ!?」
「!!!!」
僕達に降り注ぐ。そしてこれがとんでもない熱さで。沸騰させたお湯を鍋ごと被るような馬鹿さ加減で、本当なら大声で叫びながらバタバタ暴れたいところだが皆耐えた。ビクッとはしたが、耐えた。
……狙われた?のか?
もし、僕が声を漏らした以上に何か目立つことをしていたら。狙いが正確になっていた?爆発が船のすぐ下で起きていた?そうなったら僕達は……
今まではそんなの感じなかったのに、急にギィィという船が揺れる度に出す軋みのような音が気になりはじめる。
…どうしたらいい?このままじゃ正体不明の何かに一方的に……………………
ふと目がいくのは、トモヤスの所有物。船に積まれた道具とか…色んなものに目を向けて……救急箱の存在に気づく。100円ショップで手に入りそうな小さい箱に手書きで救急箱と書いてある、"一応用意はある"程度の箱。中は絆創膏と消毒液がメインで薬等は入り切らなそうなそれは、今の状況にちょうどいいと思えた。
それに注目しながら、ジュリアに伝える。何をしてほしいのかを。
すぐにジュリアは行動に移った。なるべく静かに立ち上がり、少しだけ僕の体を手すりのかわりにして数歩動くと…覚悟を決めて一気に動く。あれだ、湿布とか絆創膏とか剥がす時も一気にペリっといくタイプだ。
「…」
でもそれで目立つことはなく。無事に救急箱を手に入れたジュリアは、それを僕達から…船から遠く遠く離れた方へと投げ飛ばす。
音などに敏感に反応するなら、きっと
ボチャン……!
なんて海に何かが落ちた音にも強く反応するだろうから。
「ウ"ウ"ゥンンンン…!!」
…よし。
深いところから上がってくる音が移動するのが分かる。救急箱が落ちた辺りの波が激しくなり、攻撃の準備が始まっているのだと分かると
「行ってしまおうか」
ィァムグゥルが出発を決める。とはいっても船が動き出すまで少し時間が必要で。
「時間稼ぎならこのィァムグゥルと真がするよ」
「僕も…ということは」
「マスターキーは打ち込めない。なんたって相手は海の中だからね。ただ、向こうも生き物であることには違いないから…」
「僕達がただの獲物ではなく警戒すべき敵であると教える」
「そういうことだね」
「ジュリア。投げれる物を探して同じ場所に投げ続けて」
「はい。お任せを」
遠くで爆発が起きる。噴き上げられた海水は沸騰した雨に変わり、海上にいるかもしれない相手への攻撃となる。…今回は空振りだが。
「失礼します」
そこにジュリアが"分解した"釣り竿を投げ込む。人が投げてもそんなに遠くにはいかないが使者であるジュリアなら遠投も余裕だ。これが投げやすいボールだったなら、とんでもない記録が生まれるはず。
「高そうな釣り竿だったな」
「持ち主がもうゾンビやねんからまあええやろ」
こちらに気づかせないように、再び物を投げ込む。
「なあ、漁師って船に酒積んでんの?」
「ワイに聞いてどうすんねん。でも酒瓶があってよかったやん。ちょっと重い物の方が気づきやすいやろ。…ところで童貞」
「童貞じゃねえ。…聞きたいことは分かってる。"あいつ"は本来昼に活動してるはずなんだ。密航者対策で」
「密航なら夜の方があるんとちゃうか?イメージやけど」
「見ただろ?クラゲを。許可なしで海に出たら一斉に襲ってくる。こんな暗い時にやられたら絶対キツいって。でも昼なら明るいからクラゲ達のことも海の状況も分かるだろ?そうなると意外と生き残れる奴がいてさ」
「……」
「何にしても予想外。逃げ切れるかは微妙」
「ウンモォォォォオオロロオォォォォォオ!!」
「っ、来たね。ようやく"釣れた"。真…構えるんだ」
何度も物を投げ込んだおかげで、獲物を殺しきれていないと判断したらしい。それでよっぽどストレスを感じたのか轟音が海中から上がってくる。暗くてよく見えないけど……遠くの方だけ海面が上昇したような
ぁ……ああ!!
「まさしく、この世で最も大きい生き物だね…!」
開いた口が塞がらない。巨大なドラゴンを見たばかりだが、早くも記録更新だ。ビックリ世界記録を大きく更新した。
「撃つよ」
海から空へ。計り知れない距離間を、1度の跳躍で届かせようとする超巨体。夜空に浮かぶ黒いシルエットはそれだけで他の生物を震え上がらせる。
((EXECUTION))
((EXECUTION))
狙うのは簡単だ。こんなに大きい的は他にないから。でも、届くのかが分からない。あれだけ大きいと僕達の創造はデコピン程度のダメージしか与えられないんじゃないかって
「ふふ。効いたね」
空中で暴れているように見える。そして、車1台分くらいの大きさの物体が落下し派手に着水。水飛沫も大きい。
…どうやら体の一部を切り取ることができたようだった。
「次。出来れば尾ヒレとか泳ぐのに必要そうな部位を削ぎ落としてあげたいね」
((EXECUTION))
((EXECUTION))
重なる創造。2つの力は1つになり、そこにィァムグゥルの攻撃のイメージが投影される。実現できる範囲内で最も効果的な結果を、創り出す。
「「心よ、砕けてしまえ」」
声まで重なった。言わされたのか自然に出たのか…まるでオヤブンと協力して戦った時のような感覚で。
………………………………next…→……
一方その頃、オラワルドでは他所者の侵入を防ぐ役割を与えられた新人類達が会議をしていた。
「空、異常無し。飛べるやつはそういないからな。今日叩き落としたのはカモメだけだ」
「問題は海だ。アバルバの創造生物は機能しているが、それでも強引に突破しようとするのがいる」
「日本以外の国からも漁船が来ているのは大きな問題だ」
「……すまない、緊急だ」
10人近く集まった会議室。その中のほとんどが今後の話をしているのに、1人が汗をかきながら手を挙げた。
「どうした。ウォム」
ウォムと呼ばれた男。髪の左半分が青で染まる彼は、
「俺の"シー・ジャイアント"が攻撃を受けてる」
緊急の要件を伝える。そして当然、それを聞いた仲間達は皆表情を変える。誰もが驚く。これまでシー・ジャイアントが攻撃されたことなど1度もないのだから。
「馬鹿な。さてはからかっているのか?暇だからといってそんな冗談を思いつくとは…」
「ぐぅっ、」
ウォムは崩れ落ちた。左の脇を押さえ、苦悶の表情を浮かべる。さらには左足が恐らく彼の意思とは無関係にバタバタ跳ねる。
さすがに冗談ではないと分かり、仲間達がウォムを囲む。1人が救護役を呼びに行くが
「まずい、だめだ」
「大丈夫だ。使者を信じろ。もっと"同一化"を進めれば力を発揮できる。敵を殺しさえすれば」
「いたすぎるんだ!!」
ウォムの汗は止まらない。ついには体が震え、目から力が失われていく。
「ありえない…シー・ジャイアントが攻撃を受けた…!?海底近くからでも攻撃できて、あれだけの巨体で……何にぶつかっても体は傷ひとつ……」
「へごっ!?」
「ウォム!」
信じられない。
ウォムを含め全員がそれを共有した。彼の創造したシー・ジャイアントは海の中でしか生きられないかわりに海中最強と呼べるだけの力を有している。クジラと巨人を掛け合わせたそれは、国王べダスの攻撃さえ弾いてしまう強力な体を持っている。それなのに。それなのに。
「ああ…だめだ、あたまが」
「ウォム!ウォム!」
「なにもみえない……いだい……」
「しっかりしろ!せめて、敵の情報を」
「ぅ」
ウォムの頭、その右上部分が綺麗に分断され床に落ちる。突然のことに仲間達はウォムから離れるが…
「どういうことだ……ウォムは、もう」
「使者への攻撃が代行にも影響する。同一化を進めればそうなるが、それはあくまでも同じ場所が痛む等で体が切り刻まれるようなことはないはず…!」
「何事だ」
そこに姿を現したのは、べダスだった。白のスーツの上から氷を纏う姿は、そして怒りに満ちた表情は……もう人とは呼べないものになっていて。
「べダス……!…見てくれ、ウォムが!」
「……死んだか。墓地へ連れていけ」
「シー・ジャイアントは……!」
「殺せるやつに心当たりがある。お前達は使者を引っ込めろ。防衛はアバルバに任せる。あとのことは、儂に任せろ」
閉めきった室内に、冷気が入り込む。
「ゼロだけでなく、ウォムにも手を出したか。…許さん」
怒りを口にしたべダスは一瞬で姿を消した。
………………………to be continued…→…




