第26話「無理」
「おかわり」
歯が抜けてからすぐ、僕は食事を要求した。
食べたくて食べたくてたまらなかった。
「お、お前まだ食うんか!?大食いキャラはサラだけで十分やろ!」
大人の歯を1本失った。やや奥寄りの1本を。でも創造で新しいのを創れる。それより、気にするべきなのは抜けた歯のことだ。
僕はそれにまだ触れていない。少し怖かったから。…無意識に拾おうとした時、近づけた手が感じ取ってしまったのだ。この歯に触れたらまた記憶が流れ込んでくると。柊木家の代行の記憶が…。
「おかわり。この豚の焼いたやつも」
「お前…食後のサラが毎回どんだけアホな格好で…いやいや、納豆ひと口で全部いくなや…おい待て!さっきネバネバ浴びたばっかやねん!待て!……ふぅ、た、助かった…やっぱり真は分かってんねんな。大食いになってもその辺の気遣いは……ちょ!待て真!その焼き魚ちゃんと骨取らな…ば、バリバリ言うとる…!ィァムグゥル!」
「必要だから食べている。それだけだよ。彼の体の疲労のことはもちろんだけど、このィァムグゥルの半身が中に入っているからね」
「アムグーリが中におるから骨ごとイってまうほど大食いになったんか?それやったら別にあの島から帰ってからすぐ変わってても」
「いや。変わったのは最近だと思うよ。正確にはEXECUTIONを使えるようになってから…かな。真の中の何かが変わって、アムグーリが身を潜めていられなくなったんだよ。かくれんぼの途中で、隠れていたクローゼットの扉が勝手に開いてしまったようなものだね。仕方なく出てみたら見つけられてしまって…でも」
「でも?」
「鬼と仲良くなれた」
「……嫌な顔しとるな。サラを悪人にする気かお前は。犯罪者スマイルやめろや」
「おかわり」
「食いすぎやろ!!」
なんとなく分かったことがある。アムグーリとィァムグゥルの違いだ。"半身"と呼ぶくらいだから同じものを半分に分けただけなのかと思っていたが、実際はそうではない。ィァムグゥルは賢い。力の使い方、戦況に合った創造の選択、
「真、腹が出てきとる…もうええやろ?な?」
他にもいろいろあるが…とにかく、ィァムグゥルは代行に求められる能力の半分を満たせるのだ。そしてパートナーとなったサラはィァムグゥルが満たせないもう半分を持っている。サラがハイスペックな"車"だとしたら、ィァムグゥルはその車の性能を最大限に引き出せる運転手ということ…
対して、アムグーリは
「真とアムグーリの間には言葉が通じないのに共存関係が結ばれている。自分が生き残るためにもう一方が必要だと理解しているんだね」
そうだ。
向こうが車と運転手だとしたら、僕達はルームシェア…と言うべきか。僕の中にアムグーリを住ませ、家賃代わりに力を借りる。あくまでも代行として戦うのは僕で、どうしてもという場合にはアムグーリもィァムグゥルのように表面上に出てこられるようだが
「サラは元々よく食べる子だし、このィァムグゥルが上手くコントロールしているから"燃費"はいい。現に戻ってきてから4人分の食事で済んでいるからね」
「十分食いすぎやろ…」
「でも真はそうはいかない。だよね?」
頷いて返事をした。
アムグーリは生きるためにとにかく"食べる"ことをしてきた。それだけにこだわってきた。そして生存するために溜め込んだ力を放出する…それを繰り返して生きてきた。何かあった時のために食べておかないといけない…そんな考え方を強く押し付けられている感じがする。
なんなら、今回の戦いで…特にゼロとの戦いで何度も即死級の攻撃を受けてしまったから、その分消耗も激しかったはずだ。
白米だけで11回おかわりしてもまだお腹が空いている。空きすぎてお腹が鳴りそうだ。
「お待たせしました」
「いやいやいや!ついに炊飯器持ってきたやんけ!」
「炊きたてです」
「そういう問題ちゃうやろ!」
「ジュリア。きっとそれでも足りないと思うよ。おかわりを持ってきてあげて」
「分かりました」
「炊飯器のおかわりは聞いたことあらへん…」
燃費は悪い。だけど、ィァムグゥルと違ってアムグーリは生存能力に特化している。その分野ではィァムグゥルと同等かそれ以上の評価が得られるだろう。…アムグーリさえ居れば、まず死ななくなる……そう言えるくらい強力な存在だ。
「さてと…ミハル。君はいつまでそこで土下座をしているつもりなのかな」
「あの……だって、ま、真の兄貴が歯を…」
「そんなキャラちゃうやろ。童貞キャラやろ?舎弟キャラちゃうやん」
「なんでもいいけど、少し真と2人きりになりたいんだ。オヤブンと一緒に出ていてくれないかな。ダンの様子でも見てきたらいいよ」
「……」
「瞬き増えたな。なんや、男と女が部屋に2人きりとか考えてんちゃうやろな?サラやぞ?なんなら中身ィァムグゥルやぞ?」
「…」
「ったくこれやから童貞はアカンな。想像力ばっかり育ってもうてるやん」
オヤブンが爪を出してミハルのアフロに引っ掛ける。そして痛がる彼を引っ張ってさっさと部屋を出ていってしまった。僕のために厨房と部屋を何往復もしてくれているジュリアはまだ戻ってこないだろう…ということは2人きりの状況はちゃんと完成した。
「さっき話したことだけど、まだ覚えているかな」
頷く。喋る余裕はない。そんなことをしている暇があったら米ひと粒でも食べていたい。
「今後は一緒に行動したい。"マスターキー"の力を君も味わったはずだよ?何の前準備もなく、本番であんなことが出来たんだ。君と一緒なら2+2で4にならない。代行が持ち得る常識を覆すくらいの力を…一緒なら」
僕に近寄って、肩に手を乗せてきた。
「神を超えられる」
後ろに回り込み、首の横をすり抜けるように腕を入れてくる。
「それに、寂しいのは君だけじゃない。サラは家族と呼べる存在を失っているからね。ダンやジュリア…そしてオヤブン…皆は家族同然だけど、同然止まりなんだよ。正しく温もりを得るにはただの仲良しでは足りない」
「……」
茶碗に移す作業が面倒で、炊飯器から直接…しゃもじをスプーン扱いして食べる。なんだ、この光景は。第三者目線だったらおかしすぎる。
「…マコト」
「っ、」
驚いて軽く舌を噛んだ。食事を続けるため、すぐに痛みが引いて完治するが…そのために使った力の分も食べ直さなくてはいけなくなった。
「わたしも行きたいです。…ナギサを取り戻すんですよね?」
ィァムグゥルの演技では?と思ったが、どうやら…本当に、サラ…?
右頬に彼女の顔を感じる。完全に後ろから抱かれる形になって、頬を擦り寄せてきていて。
「マコトもわたしも寂しいです。…ナギサがいないと…。手伝わせてください。なんでもします」
味噌汁を飲む。あさりは貝殻ごと噛み砕いて、ジャリジャリする不快感ごと味わう。おかまいなしだ。
「それに、分かったことがあるんだよ」
切り替わった。ィァムグゥルが耳元で囁いてくる。
「アムグーリがいても、"完全"にはなれなかった。これが何を意味するか、君は分かるかな?」
「……」
「ほんの少し、足りなかった。欠けていたんだよ。このィァムグゥルに問題があるのかと最初は考えたんだけどね。…肉体を諦めて魂を完全保管したこのィァムグゥルと、ひたすら生き延びることを望んだアムグーリとでは差がある…そうだよね?」
「…」
「アムグーリはどこかで一部を"落として"きてしまった」
「ぇ」
「それは陸での話か、海での話か……そしてその一部はこのィァムグゥルとアムグーリ…どちらに似たのか」
漬物を摘む箸が…箸を持つ手が震える。
「場合によっては存在の大きさは関係ない。指1本でも、魂ひとつでも……生き残れる。この世界のどこかで、もう1人」
「……」
「取り戻すべきだと思わないかい?君にとっての"彼女"のように」
「…それが、新人類の」
「手に渡ったら。大変なことだよ。今日のことで分かったと思うけど、ヒロシのようにたった1人の力があれだけ膨らむことがある。支配を望む集団の中にもし、」
「僕達の欠片が紛れ込んでいたら」
「……どうやら口説き落とせたようだね。これから…どうぞよろしく」
頬に軽く口づけをされた。
サラは凪咲さんを取り戻す手助けがしたい。
ィァムグゥルは不安要素を取り除きたい。
どうしたって僕と一緒に行動する必要があったわけだ。
「食べきってしまったね」
「……足りない」
「原因は分かるかな」
「受けたら死ぬような攻撃を何回も受けたから」
「そうか…解決できるよ」
「っ!…ど、どうやって」
「殺すんだ」
「え?」
「食べることも大事だけど、他者の命を奪う必要もあるんだよ。考えてごらん。生き残るのに必要なのは水と食べ物だけなのかな?」
「……安全」
「そう。命を脅かす敵がいないという安心感。それが君のお腹を一気に満たしてくれると思うよ」
「でも」
「新人類という脅威の存在を君は認めている。それを根こそぎ殺し尽くせば」
「じゃあ、それが達成できないとずっと空腹感を?」
「……誤魔化すくらいならできるけどね」
「……?」
((EXECUTION))
「う"っ」
「少しだけ、体を弄った」
「もう食べれない」
「そうだろうね。今後は大体サラと同じくらいの量を食べれば満足すると思うよ」
「それ…どれくらい?」
「ふふふ」
………………………………next…→……
旅館。
ィァムグゥルが特別に創り出した本来は存在しない部屋。
大浴場を抜け、いくつか"仕掛け"を解いた先にあるこの部屋で…ダンは休んでいた。
「すぅ…」
見た目はサウナのような部屋。木に囲まれ、暑くはないが少しだけ過剰なあたたかさが常にキープされていて。
適度な湿気が彼の発火を抑える。
様子を見に来たミハルとオヤブンは、部屋の隅にある椅子に座った。
「こんなとこで何してんのこの人」
「ダンや。この旅館のオーナーや。……今はひたすら休まなあかん」
「裸で?」
「ほら、見てみ」
「…ぃ"っ!?足の指が急に紫色になったけど!?」
「童貞には分からへんやろ」
「童貞じゃなくても分からねえよ!……あれ?あ、足首のあの痣…もしかして」
「知っとるんか?まあ知っててもおかしくないやろな」
「アバルバが関係してんのか」
「なんか知っとることないんか。アバルバについて」
「話は読めた。この人、やられたんだな」
「だから、ダンや」
「治せないのかよ。ィァムグゥルとかいうやつと真ってめちゃくちゃ強いだろ。あの時も見てたけどさ…見てたけど…」
「なんや」
「見てて泣きそうだった。カッコよすぎだろあんなの。反則じゃん。単体でも化け物クラスに強いのに、協力してぶっ壊れの創造するとかさ。何あの鍵。新世界でも開くの?」
「…難しいって言うとった。ダンを治すのは……あ?」
「なに?」
「いや、ィァムグゥルのやつ…」
オヤブンはふと思い出した。2人が創造をして創り出したあの鍵…その時、ィァムグゥルが言っていたことを。
"マスターキーとでも呼ぼうか。今回は単純な力比べだけど、正しく使われる時にはこの鍵で開けられた者の創造を全て解除する。"
「創造の主導権は確かにィァムグゥルにあった。せやけどあいつ、まさかここまで考えてたんか…?」
正しく使われる時にはこの鍵で開けられた者の創造を全て解除する
マスターキーの本来の使い道に気づいたオヤブン。
「てっきり、ヒロシの創造を解除して攻撃が当たるようにするのかと…思うてた…けどちゃうかったんやな…!」
「え、何の話してんの?」
「童貞は知らんでええねん。ほら、戻るで!」
「お、おう」
………………………………next…→……
食事を終えるとやることもなくなって。
「次はそれだね」
「…うん」
テーブルの上、ティッシュが1枚。その上に乗った…僕の歯。
「え、それって…なんで分かったの?」
「別に。君を見ていれば何か用があるんだってことは分かるよ。食事に夢中かと思いきやチラチラ見ていたからね」
「……そっか」
「1人の方がいいのかな?」
「そんなことない。一瞬だから」
「そう…何かを見てくるわけだ?」
「……」
何でも知ってるのか、ィァムグゥルは。サラの体で、サラの顔で笑っているのに…別人に思える。
「遠慮なく」
「……」
ィァムグゥルに見守られながら、僕は抜けた歯に触れた。
「私の名は、柊木 蝶。私が遺したものを見つけた未来の柊木家の人間に、これを授けたい」
ぼんやりと見えてきた。暗闇の中に浮かび上がる……木の枝…そして、蛹が。
……蛹が、開く。
「全ての生物に当てはまるもの。生と死…その間にあるもの。悪く受け取れば老化…しかし、良く受け取れば、"成長"または"進化"と呼べる代物になる」
小さな蛹から、人間の手が出てくる。その手には…歯が。
「生え変わり。転じて生まれ変わり。それは進化と呼んで差し支えない。新たな力を持って、願いを叶えるために…飛びなさい」
「真?そ、それは一体どういうつもりかな!?」
記憶を見終えた。目の前には僕を止めるべきか迷っているィァムグゥルがいる。僕はというと、口の中に手を突っ込んでいて。
左の方…隙間に、差し込もうとしている。
「気持ちは分からなくもないけど、さすがにそれはやり方が間違っているんじゃないかな!?ここは一応、歯医者に行く方が」
「あがっ!?」
「変に傷つけてしまっては健康を害する結果に終わるかもしれないよ!」
「……できた」
ィァムグゥルからすれば、僕は抜けた歯を無理やり歯茎に差し込んで元に戻そうとした変人なのかもしれない。でも、僕が戻した歯は…僕のじゃない。
「……」
「それは…?」
何も無い僕の右の手のひら。そこにどこからともなく出現するアイアン・カード。カードは芋虫に形を変え、すぐに蛹になった。
「浮かせるだけでなく、自由に変形させられるんだね」
「……今の僕」
「そう…」
「これが開いたら、そこから出てきた僕は」
「とても、楽しみだね」
「ィァムグゥル!!真!!」
「ちょま、…猫の全速力ダッシュについていけるわけな…あはぁ……つかれた……むり」
戻ってきたオヤブンは興奮気味に僕の膝に前足をおいて。
「おい!また鍵出せえ!!ダンが救える!!」
お願いをしてきた。それを聞いてすぐにどういうことか分かったが、
「無理だよ、オヤブン」
「はぁ!?ィァムグゥルお前なぁ!!」
「ごめん。僕も無理だと思う」
「な、なんでやねん!!!」
戸惑いながらも、それっぽいツッコミを入れてきた。でも、無理なものは無理なのだ。なぜなら。
「無理なんだよ。まあ、正確には…"今は"無理だ。ということになるけどね。今ダンの体にはいくつもの創造が関わっているんだよ。彼を殺そうとする強力なものばかりが目立っているけど、それに負けないくらいこのィァムグゥルと真の創造も関わっている。殺そうとする創造と、治そうとする創造が激突している最中なんだ」
「全部解除するんやろ!?一旦何もかも無くして」
「オヤブン。違う」
「真!グダグダしとる場合ちゃうねん!」
「違う。最後までちゃんと聞いて」
「はあ?」
「マスターキーはね、対象の創造を全て解除する。でもそれだけじゃない。考えてごらんよ。戦闘中にマスターキーを使って創造を全て解除した。その後敵はどうする?」
「なんやねん…ガラ空きやろ?」
「ガラ空き…つまり大きな隙が出来る。でも、すぐに創造してしまえば解決する。2人がかりで創造するのに、創造を解除するだけで終わるわけがないだろう?それだけが目的なら1人で十分だ」
「……ほ、他にもあるんか?」
「創造を剥奪する。鍵の姿にしたのは、創造の書の鍵穴をイメージしたからだよ。対象は創造を解除され、創造を剥奪される。良くも悪くも、創造と無縁の存在になるっていうことだね」
「ほぇ…?」
「創造が効かない普通の人間になるってこと。だから、マスターキーをダンに使うと…ダンは代行じゃなくなる。そうなると他にも問題が出てくる。だから今は無理」
「真…」
「回復系の創造がアバルバの創造を上回ればダンの体は回復していく。十分に回復したら、今度はジュリアごと創造の書の所有権を誰かに移す。その後に、マスターキー。でも、それはジュリアが望まない」
「問題だらけやんけ」
「……」
部屋の入り口。真達からは見えないこの位置で、ジュリアは話を聞いてしまった。
ダンを復活させるには、主従関係を断ち切らなければいけないと…。
………………………to be continued…→…
 




