第18話「第三の目」
「死んでくれ」
男の声がそのままドラゴンの意思に変換される。僕は創造で右へ、ジュリアは左へと二手に分かれて回避。そう、回避だ。ジュリアに助けてもらう必要はなかった。なぜなら……
「小隕石」
尾が分かりやすく動いたから。持ち上がり、左右に揺れ、勢いをつけるため後方に振られた後で前方の僕達へと振り下ろす。尾の先には岩の塊。直撃はそのまま死に直結する。特に、生身の人間では。
「まずは小手調べだな」
((READ))
強すぎるジュリアでも、創造を阻止できない。どんなに速くても無策で突っ込むのは危険だからだ。だって、相手はドラゴン。こうして現実に存在していることが、それだけで世界的危機だと思えるほどの巨体…語られる物語の中と実際に見るのとでは迫力は当然違って、大人ひとり分はありそうな大きな眼で睨まれたら寿命が5年は縮んでしまいそうで。
「…あれは?」
「アバルバ製の"爆弾"だ。先月のテストでは、かなり好成績を叩き出してる…さあ、楽しめ」
大きな大きなドラゴンを見上げていると、そのさらに上の高さから空に向かって飛んでいく"鳥類"が見えた。何かに分類することが難しい。喉元から下腹部までが、鳥っぽくない。嫌なツヤがあって…言われた通りならあれが爆弾なのかもしれない。
((EXECUTION))
素直に考えて、あの鳥類の相手をするのは僕だ。ジュリアは直接攻撃が主体だから爆弾に触れさせるわけにはいかない。だから僕が触れることなく爆弾処理をする。
キィィィィーーッン……!!
「うぐ…、」
聴力が奪われそうになる。咄嗟に両手で耳を塞ごうとしても、もう遅くて。
「やるなあ!でもコイツらは簡単に殺されてやるような生物じゃない。自身が自爆特攻する以外にも、不発のまま死亡した時には超高音を発して敵を怯ませる。……で、コイツらアスニィアは群れで生きる…手を出したお前は敵とみなされ、アスニィアの群れは」
「集団突撃…!!」
空高く。10や20では足りない50以上の個体が集まった群れが、目標を決めて動きはじめる……僕だ。狙われている。
((EXECUTION))
両手で1体ずつ撃ち殺すが、その度に
「あがっ、」
「おー、無茶するねぇ」
「っ、」
怯む僕を見て笑う。その隙にジュリアが動いた。青い雷光は直線を走りドラゴンの足下へ、そして足の爪の1本を破壊しながら踏み台にし跳躍…途中の棘を全て折って代行の目の前へ
「ハズレだ」
「はっ!!!」
拳で顔面を撃ち抜くのを僕は見た。水風船が割れるみたいに簡単に…攻撃は通った。代行は死んだ。だけど、
「言ったろ。ハズレだ」
「ォォォォオオオオオオオオ!!!」
ドラゴンから離れた位置。僕の後方。振り向けば死んだはずの彼がいて。直後にドラゴンが咆哮。あの鳥を殺した時とは違う、本能的なビビりが肉体を硬直させ…僕が動けなくなったところに…鳥達が。
((EXECUTION))
「粉砕します」
でも構わず代行を攻撃した。
直前のジュリアの攻撃のように、代行の頭が破裂するのを重ねて見て現実のものとした。上空から迫る鳥達のことは、彼女に任せた結果だ。爆弾だから触れさせるわけには…なんて考えていたが、
「問題ありません。殺さなければいいということでしたので、気絶させました」
僕の背後に着地したジュリアはそう言った。
ボトボトと鳥達が落下して"不時着"したのが聞こえ、
「怖いもんだな。お前は別の代行の使者だったろ?ご主人様はどこ行った?」
また別の位置に代行が立っていた。
「超音波か?何を使った?」
「質問ばかりですね。あえて回答するとしたら、"麻痺"状態にさせましたとだけ」
「…麻痺だと」
ドゥビマの時もそうだったが、この代行が創造する危険な生き物達は必ず弱点がある。それはわざとではなく、彼の想像力に問題があるのだ。様々な生き物それぞれに固有能力を持たせようとしたせいで弱点をカバーすることまでは頭が回らない…
「ゴォォォオオオオオオア!!」
((EXECUTION))
ドラゴンの割り込みに素早く反応し攻撃の範囲外へと逃げる。直前まで僕がいた場所にはまたしても尾が振り下ろされていた。お返しに左翼を狙って
((EXECUTI
((READ))
「柊木様」
視界が青に染まり、再びジュリアに助けられたのだと知る。今まで体験したことのない高速戦闘についていけていない…。代行からもドラゴンからも離れ、僕達はまだ壊されていない民家の屋根の上にいた。
「せっかく面白いのを紹介しようと思ったのに」
「プワアアア!!」
次は2本の触手を持つ大型犬。犬らしい体毛は失われていてグレーの発色が強い皮膚が露出している。黄色い触手は本来耳がある場所から生えていて、
「トォシュノ。行け」
「柊木様、ドラゴンの動きにだけ注意を。他はどうにかします」
「ありがとう。任せる」
突進してくる犬を雷光に変わったジュリアが迎え撃つ。僕を狙っていた鳥達の群れの残りはジュリアへと対象を変更し、突撃するタイミングを伺っている。
ドラゴンはゆっくり頭の向きを変えて…僕を見た。
「レヴィ!それでいい!」
代行の声を聞き、口を大きく開いて。暗闇同然の喉の奥の方で赤い煌めき。炎を吐くつもりだ。
((EXECUTION))
回避を選択する方がいいに決まってる。それは、この場にいる誰もがそう思うだろう。だから僕は攻撃を選択した。
ドラゴンの首を切り落とす。
「ギュウオオオオ!」
「ちっ、」
それが分かったのか、ドラゴンは攻撃を中断し首を振った。そして左翼が盾代わりになって頭を覆う。
「嫌がるのは効くってことでしょ……!」
両手を向け、翼ごと貫通してドラゴンの頭を消し飛ばすことにした。不可能は、ない。
((EXECUTION))
「簡単に死ぬほどレヴィは馬鹿じゃない。お前みたいな変な奴が相手でも問題なく戦えるように創られてるんだ」
「っ!?消えても…そこにいるなら」
お得意の透明化。でもその場所に留まっているのなら、僕の狙いの範囲内なら、攻撃は
「…………手応えがない」
「ドラゴンになったレヴィは、その存在ごと身を隠せる。そこにいたという事実ごと消えて無くなる」
「は…?」
攻撃に失敗し戸惑う。そんな中、目の前を高速で突っ切っていく鳥達。行き先を見れば、ジュリアが触手に絡まれ身動きを封じられていて。……犬らしい姿をしていた生き物は、体が縦に真っ二つになっていた。その体内には触手の残りの部分がウネウネと…
「ジュリア」
((EXECUTION))
頭をすぐに切り替え、彼女の自由を奪う触手をどうにかすることにした。…切るか。でも狙いにくい。常に動き続けていて、重ねて見ようとしてもなかなか上手くいかない。EXECUTIONに慣れていないせいなのか、この攻撃手段にも苦手があるのか、
「すごーい!!どうなってるの!?」
民家の前。驚き、笑顔でこちらを見てくる女の子。自分と女の子の間には色鮮やかな花がいくつか浮遊していて……それらは浮いた状態で"変形"を始め、花の冠へと姿を変えた。
「どうだい?」
「きれい!」
「お母さん病気なんだってな。よかったら一緒に行っていいかな。これ持っていってやろう」
「……うん!」
「よし。……ところでお嬢さん、今の…どうやったのか知りたいかい?」
「うん!」
「"三の目"で世界を見ろ。あとは柊木の血が覚えてる」
「んぃっ!?」
怖くて体が震えた。柊木家の代行の記憶を見せられたと思ったら、突然僕に向かって話しかけてきた。手もブルブル震えていて、とても狙いを定めるなんて出来そうにない。
「…さ、三の目」
第三の目か。でも、世界を見ろって……どういう
「ご!?」
額を強く押された気がした。変な声が出て仰け反って、元の姿勢に戻ったら。
僕の見ていた世界が変わっていた。
見た目は何も変わっていない…でも、確かな変化が起きている。白と黒で分かりやすく色分けされてるみたいに敵だけを判別できる。それだけじゃない。……余計な手間が要らない。攻撃後の姿を重ねて見る必要がない。リアルタイムでどうしたいのかを望めば、そのまま。
「っ…これは。柊木様」
「なんだあいつ…っ!」
神の視点とでも言うべきか。
「はぁっ!!」
動けるようになったジュリアは今更止まることの出来ない鳥達を今度は粉砕していく。その度に嫌な音が出てしまうはずだが、彼女は今の僕には影響がないと考えたようだ。実際その通りで、死にゆく鳥の体から音の波紋が広がっていくのが見えるようになっただけで聴覚を刺激されることはない。
((READ))
「大盤振る舞いだ」
代行は次の生き物を創造する。限りなくヒトに近づけたゴリラを。かなり筋肉質ではあるがスリムで、高身長で、黒い体毛に覆われていて。シンプルな作りだ。"原始人"的なイメージで、見たまんま体が頑丈である程度力持ちなのだろうと思う。
でも、意味がない。
"誰か"の真似をするように、僕は右の人差し指で自分の首を掻き切る動作をした。それはそのままその生き物に適用され、
「っっ……!?」
頭部がボトりと落ちる。それを見た代行は目を丸くして、後ずさり…
「…チッ!レヴィ!!……食っちまえ」
「しまっ、柊木様!!」
少しだけ暗くなったと思ったら。ドラゴンの影だった。
透明化した後、僕の後ろへ回り込んでいたらしい。
頭上に熱を感じ、大きな気配を感じ、微風を感じて…口を開けて僕を上から喰らおうとしているのが分かって。
「だから君の後ろに移動した」
「……あ?」
「アバルバ」
「っ」
「動くな。その体も創造物だろうけど、そう何度も創造出来ないのは予想できる」
「……」
「ん…」
代行の名はアバルバ。創造の書は本体と別に手のひらサイズの手帳のようなものを隠し持ってる。彼はダンと金銭のやり取りを約束していて、金を受け取った後でダンを殺すつもりだった。それから
「お前…本当に代行か?ぁが」
上半身と下半身で分断した。アバルバの体がバラバラになって、でもこれは創造で用意した"クローン人間"で。
「本物は」
「柊木様。ご無事ですか」
「…ジュリア。聞いて」
「はい」
「アバルバは…代行は、僕達の前に現れるのは全て偽物」
「…では本物はどちらに」
「……ドラゴン」
「ォオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
………………………………next…→……
「雪の便りが届いたな。べダスのやつ、もう待てないらしい。結局はあいつも人の子ってことだよな。人間臭い部分が出ちまったわけだ」
「……結子、終わった?」
異空間。現実のそれとは違う場所で、安全に、確実に"仕上げ"を終えた結子。その容姿は以前の赤髪の女から変更はない。
「終わった。ほんとならもっとゆっくり時間かけてやりたかったんだけどな。世界はせっかちらしい」
「……」
「凪咲、喋らない」
「それはそいつの問題だ。……あれ?おっかしいな。俺、ナギも創造したはずだけど」
「…結子、ナギ、消えた」
「そうか。能力不足ってわけでもないし、お前のお父さんは闇堕ちすることはあっても悪い奴の味方をするつもりはないってことだな」
「…」
「お前も自殺を考えてるのか?ナギの成功例はあくまでも"ご主人様"が油断してたからで、もう完成したんだよ…天使 結子は。凪咲。お前は逃げられない」
「っ…ぃ、」
「ん?」
「ぃ…ゃ…」
「所詮は使者だ。神様に逆らうなんて無理無理」
「……っ、ブレイズ・エン…」
「ばーか」
「う"」
「結子!」
「落ち着かせただけだろ。慌てんなよ。さーてと、べダスが俺との約束を守らずに何をしようとしてんのか見てみるとしようぜ」
………………………………next…→……
「ドラゴン?…では、」
「一体化してるのか、レヴィウドそのものがアバルバ…代行が使者化したのかもしれない」
「……」
「僕にも分からない。でもなぜか知り得ない情報を知ってた。…それも能力なのか……?」
「何にせよ…2人なら、勝てるかもしれません」
「ん?…うん。そうだね」
簡単に殺されるから無駄だと思ったのか、アバルバのクローンは現れない。僕達の目の前にはドラゴンが残るだけとなった。だけど…相変わらずの迫力で、どうしても簡単に殺せる気がしない。
「簡単ではなくとも、不可能ではありません」
「…え?」
「何か。…っ」
ふとしたジュリアの発言。その異常に気づき、僕達は互いの顔を見て。
「まさか」
……ジュリア。聞こえて…?
「はい。どうやらそのようです。それに、ご主人様との繋がりとは違って頭の奥深くまで届きます」
「何が起きてるのか僕は分かってない。でも僕のせいなんだろうなとは思ってる」
「っ。柊木様、動きます」
熱を感じた。僕達が喋っている隙にドラゴンが獄炎を吐いたのだと思う。しかし吐き放たれた炎の熱線は僕達には当たらない。
移動後、僕達はドラゴンの正面に立っていた。数秒遅れて僕達に気づいたドラゴンはこちらに頭を向け、すぐに口を大きく開く。
「柊木様。あなたを信じています」
「…ありがとう」
「共に、参りましょう」
「うん」
「ーーッ、マーキュリープログラム……コード、L58A4D31CQR115……承認を求めます」
「ジュリア」
「確認。発動準備、完了しました」
通じ合った僕達は、必要以上の言葉を交わさない。
彼女は僕に全てを委ね、僕は彼女の持つ可能性全てを引き出す。
たったそれだけのこと。
そしてその力で、ドラゴンの弱点部位を狙う。
口内…喉の奥……目視が難しいその部位に、きっとそれがある。
きっと?…確実の間違いでは?
なんでもいいか。そんなこと。
「ーーーーーッ!!」
「はああああっ!!」
獄炎が放たれる。同時に、ジュリアも動く。
赤と青が、激突する。
………………………to be continued…→…




