第17話「青い雷光」
僕とゼロの間に入り込む青い雷光。
認識出来たのは色と"残像"のみで、1秒未満の短い時間で僕の視界には彼女が100人以上映り込んでいた。僕の目がどうかしてしまったわけではない。攻撃を仕掛けてきたゼロと見つめ合う形となっていたから、彼女の僅かな表情の変化を見れば僕らが正常なのは証明される。
「ス」
間に合うわけがない。でもその選択肢しか残されていなかった。スルーの"ス"すらまともに言い終えることもできず、僕の目の前からゼロが消える。
「6秒後に正面に向かって攻撃を」
声が聞こえた。でも声の主の姿はどこにもない。6秒後に正面に攻撃…代行が使者にするような指示を残していったが、まさか。
「2、3、4……」
見回す暇はない。右手を正面に向け、5秒を数えたタイミングで創造する。姿を見せたゼロが死ぬのを期待して。
「ぃゃ、」
((EXECUTION))
ピッタリ6秒。僕の目の前に膝立ち状態のゼロが現れた。顔がボコボコに腫れていて本人が感じる痛み以上に見ているこっちの方が痛みの想像で上回ってしまいそう。まさに生き地獄。死んだ方が楽になれることだろう……
照準は完璧。ゼロの顔面を捉えている。
「ぅ"」
「そんな方法、」
勝った。殺せた。そう確信できた。しかしゼロは僕を見てすぐに自分を殴った。めちゃくちゃな怪力を自分に向けて、自分で自分を殴り飛ばしたのだ。そうすることで緊急回避を成立させてしまった。まさか顔がボコボコなのは自分で?
ついさっきの僕と同じように建物に突っ込んでいくゼロ。その方向へ青い雷光がすぐに追いついて、
「うわぁっ!?」
そこからさらに連続して建物が爆発するみたいに破壊された。漫画の世界だから許されるようなド派手な展開に思わず声が出た。
「これ、ジュリアが…」
かなり遅れてその名を口にした。これまで僕が見てきた彼女は十分に強かった。でも、今の彼女はこれまでの彼女を全否定している。別人。別次元。光そのもの。
ジュリアとゼロがどこにいるのかは、大体分かる。近くの建物が破壊されるから。…この調子では三剣猫は敵にも味方にも破壊し尽くされてしまいそうだが、
「4秒後に左に攻撃を」
右耳に飛び込んでくる声。視界の右端に残る青の痕跡。でも僕は恐らく戦闘中の2人から目を離してはいない。高速、超高速、光速……それをさらに超えるのなら、彼女はもう
((EXECUTION))
左手を向けて創造。直後、
「あ"!!」
悲鳴が通過した。何が起きたのかは理解できていないが、地面の上にゼロのものと思われる腕が落ちていた。指がピクピクと反応していて…気味が悪い。
「最強…っ」
背中。下の方から"ゾクゾク"が上がってくる。急激に強くなっていくばかりで自信もついてきた僕が、自己評価を"最底辺"にしてしまうほど…彼女の強さは度が過ぎていた。
ジュリアに何が起きている?これは強化なのか?行方が分からなくなっていた間に何が起きて
「ぶべ、」
「ちょっ!?」
2人が戻ってきた。ゼロは地面に叩きつけられて、頭を鷲掴みにされていて。
「大変お待たせいたしました」
強制的にうつ伏せ状態なゼロ。その背中に乗っているジュリアは青いオーラのようなものを纏っていた。それ以外に見た目に変化はない。
「お、お待たされてない…」
「…?柊木様。お待たされてない、とは」
「ごめん驚きすぎて変な日本語になっただけ…」
「殺す前に聞き出したい情報などはございますか?」
「え」
「特に無ければこのまま粉砕しますが」
「粉砕!?…あ、待って、」
テキパキテキパキテキパキ。何事も無かったみたいに話してる彼女が不思議で仕方ないが、急かされるままにゼロに聞きたいことを言葉にすることにした。
「えっと、べダ…」
「殺して…ウチ…何も喋らないから」
強すぎるジュリアに一方的に攻撃され続けて、ついに両腕を失って。それでも普通に声を発することができる。感覚が麻痺しそうだ。どうなってる…!最近の代行は。
「柊木様」
「…ゼロ。本当に何も言うことはないの?何一つ教える気は」
「殺して…」
「よろしいですか?」
「……べダスに伝えたい言葉はあるでしょ?べダスじゃなくても、仲間の誰か、家族でも、」
「別に」
「そう…」
「"借り"がありますので。…失礼します」
「ひゃびゅ!?」
リンゴを握り潰すようだった。もしかしたら、ゼロだからそれだけ大変だったのかもしれない。アムグーリを有する僕と違って、彼女には生存に執着するような力はないから…
「身体強化の創造の影響が大きいかと。骨の強度も人間のものとは異なるので、柊木様の力を必要としました」
ゼロの血で衣服を汚しながら、ジュリアが僕の疑問に答えをくれた。
「ジュリア?」
「はい」
「…大丈、夫……?」
「ご心配ありがとうございます。見ての通りです。問題ありません」
確かに元気そうではある。目覚めてからの運動量は半端なものではなかったはずだが、息が乱れるようなことも
「…何か?」
「いや。…ゼロは、もう」
「はい。不安であれば」
腕を引くジュリア。拳を握り、砕いた頭部へと打ち込む。地面の一部が抉れ飛んで
「……」
首から上が無くなっていた。
「多少苦戦しつつも僕が倒すものだとばかり…ふぅ」
勝った。結果としては。文句なしの勝利。
「柊木様、怪我をしていますね」
「まあ…でも多分自分でなんとか出来ると思う」
痣だったり切り傷擦り傷だったり、出血も当たり前。それでも生き残ってくれた自分の体に感謝する。ふと見れば太ももにつまようじくらいの細さの木片がいくつか刺さっていることに気づいて、それを顔を歪めながら…痛みに耐えながら…抜く。それから、見える範囲で自分の体に異物が刺さっていないことを確認して……
((EXECUTION))
「それはご主人様の再構築…?」
「どうだろ。ダンのは健康な体の定義のために勉強もしてるだろうし、僕のはただ元気な体になるってだけだから」
「そんなことが可能なのですか。創造の書は」
「触らなくても平気。ああ、でもダンはEXECUTIONが使えないから僕の真似をしようとしても難しいかもね」
僕もジュリアも、着ているものだけがボロボロな状態。疲労については不明。
「…乗り切った」
仲間はいた。でも、僕は1人。代行単独で戦った。ゼロという強敵と。達成感というかなんというか……そう考えると凪咲さんに頼りっぱなしだった僕はやはり戦えてはいなかったのだと改めて
「間に合わなかったみたいだ」
男の声。ドシンと地面が着地した何かの重さを揺れで表現する。
「電話を受けて来てみれば。金は用意されていないし。おまけにゼロを殺したのか?」
「おまけって、……仲間なんじゃないのか」
声の主を探すと、"上"にいた。宙に浮いているというか、空中に立っていた。…どういう理由でそうなっているのか、すぐに分かった。
「レヴィウド……!!」
「おお、レヴィのことを知っているのか。コイツを知ってて生き残ってるなんて相当ラッキーだったな。宝くじで1等を当てたようなもんだ」
男は嬉しそうに話した。そして中指を親指と擦り合わせ強く弾く"指パッチン"をすると、彼の足下で…
「……これは、柊木様…!」
「ジュリアを弾き飛ばしたのは"あいつ"だよ。…しっぽ切りのレヴィウド」
大きな大きな翼を広げたドラゴンが姿を見せた。暗めの赤い体で全体的に棘が生えている。その棘1本でも人間…最大でもゾウくらいなら刺し殺せるんじゃないかと思えてしまう。それがビッシリ生えていて、
「全長31メートル!!ようやくドラゴンと呼べる体になってくれたわけだ!"メテオリザード"からここまで育つのにどれだけ苦労したことか」
巨体を支える後ろ足は大木のようだった。大地に根を張る太い指、そして長い爪……細部を気にしたらキリがない。
「翼を広げると飛行機みたいだろ!」
少しの羽ばたきでさえ破壊を生むことが確約されている、凶悪な翼。棘があるのはもちろんだが、膜の部分は黒いけど赤い光を含んでいて
「危険です」
「ジュ」
ジュリアが僕を抱いて飛ぶ。その瞬間、僕が立っていた場所にダンを苦しめたのと同じ獄炎が…
「簡単な話だ!約束した金を出せ!そうでなきゃ、」
「戦えますか」
「やるしかない!」
「死んでくれ」
………………………………next…→……
その頃。川のそばで待機中のィァムグゥル達は。
「これホンマに来るんか。すぐ行くって言うてたやんな?お隣さん呼んだくらいの感じやったよな?」
「詳しい時間は言っていなかったからね。でも待ち合わせるよりずっといい。向こうは金をもらうためにのこのこやってくる…そこを遠慮なく襲えるのだから、こちらの有利は」
「でも全然来ないやんけ…」
「警戒されるような失言はしていないはずだけどね。来いとしか言っていないのだから」
「デカい使者連れてるんやったらこの川か橋の上通らなまともに動かれへん。となったらここで待ち伏せするんが1番ええ。でもなぁ…」
「おかしい。…時割れが関係あるかもしれない」
敵が空を飛んで移動できることを知らないィァムグゥル達は、ひたすら待機していた。敵が来ることを信じながらも、頭のどこかで何かを失敗したのか…やらかしたのか…そんなことを考えて。
「来ると思わせて来ない…と思いきや来るってことちゃうか!?待ち伏せ読みのタイミングをずらして…せやろ!」
「なるほど、それはありえるね。駆け引きが上手いのか…」
「アバルバならもうとっく。猫なのに…鼻悪いの?」
会話に入ってくるのは目覚めたらしいミハル。ゆっくり体を起こしながら、遠くの空を指さして。
「あいつの臭い、するのに」
「臭いぃ?ワイやぞ。そんなんすぐに分かるっ……」
「…分からないみたいだね」
「っなんでやねん」
「あー、もしかして新人類にだけ分かるようにしてんのかな。今すんごい焦げ臭いよ。鼻もげる」
「ならお前あれか、ワイらは待ち伏せてるつもりやったけど」
「実際は何してんのってくらい馬鹿なことしてた」
「しまったぁ…やってもうた」
「……」
「恥ずかしなってるやん。ィァムグゥル、黙ってるやん」
「聞いてたけど、アバルバと戦うのはあんまおすすめしないっていうか…止めとけば?」
「うっさいねん黙っとけ童貞」
「はあ!?どっ、どどどっ、どどっ、」
「ミハル。君はアバルバの臭いが分かる。ということはこのィァムグゥルをアバルバのいる所まで案内することも」
「……できる。あと童貞じゃねえ」
「では早速移動開始だね。まだ走れるほど回復はしていないと考えているけど、実際はどうなのかな」
立ち上がらせるため手を差し伸べるィァムグゥル。
「……」
「ミハル?どうかしたかな」
「な、なんでもない」
「ィァムグゥル。こいつの目にはサラが映っとんねん。ほら、童貞やから」
「だから?」
「女の子の手ぇ触るだけでも恥ずかしいんやろ」
「どっど!?どうて「はよ立て童貞」
オヤブンの絡み方は間違っているようで正しいのだと、見ていたィァムグゥルは感じた。言い方からして馬鹿にしているのだが、ミハルは嫌がっているようで実はそうではなく……
「…あぁ…!これがお笑いというものの仕組みなんだね…!!」
「なんか絶対勘違いしてる!!あと俺違うって!!」
一部の言葉に対してとても敏感で、それには即座に反応する。そのおかげで彼はすぐに立ち上がった。
「あと!案内はするけど、俺はお前らに捕まって仕方なくでやってるんだからな!?その空気感出せよ?俺が自分からやってるみたいなのは」
「なんや、別に事実なんやからそんな心配せんでも」
「オヤブン。彼はアバルバに寝返ったと思われるのが怖いんだよ。何せ童貞だからね!」
ノリノリでミハルを弄ったィァムグゥル。しかし場は静まり返ってしまう。静寂という返事に驚き、初めて"スベった"ィァムグゥルはオヤブンに何がどうなっているのかを確認するべく目だけで助けを求める。
「使い方ちゃうねん。女に慣れてへんのをからかってみたり、ふいに挑発する時にサッと言うたるんや。な、童貞」
「そうそう。俺もとりあえず言っとけばいいかみたいなのは無視してる……ってだから童貞じゃねえ!」
オヤブンとミハルは、これこれと頷く。なんだか友達同士のような距離感で。
「難しいものだね……うーん、」
その後もィァムグゥルの童貞弄りチャレンジは何度か続いたが、どれも不発に終わり……
「ミハル、君はこれ以上背が大きくなることはないよ。何せ」
「いい加減にせえ!何回やんねん!」
「む。今のは上手くいってたと思うけどね。邪魔さえなければきっと彼は」
「いや。全然だけど」
「そんな。このィァムグゥルにも出来ないことがあるなんて…」
「落ち込むなや。立ち止まらんと歩け。そもそもなんでそんな弄りたがるんや?ワイらはこれからアバルバと戦うんやで?本来ならこの移動時間は戦闘するための心の準備期間やんか。なのに童貞に向かって童貞童貞って。なあ?そんな言われんでも十分自分で分かっとるもんな?」
「そうそう。猫のくせにいいこと言うじゃん。今は心の準備期間。全力出して戦えるように自分を高めて…って童貞じゃねえよ!あっぶね!今のはあっぶね!大前提だったよ!?よくないよぉ!そういうの!俺違うから!母ちゃんのお腹の中にいた時から違うから!」
「ィァムグゥルの弄り方もアホやけど、お前の嘘のつき方も同列やな」
「ええっ!?」
ーーーーーーーーーーーーーーッ!!
どこか楽しいと思える時間。それは、
「ぶぅわっ!?」
「おぎゃあああ!ィァムグゥルっ」
「オヤブン!…っ、掴んだ!」
青い光と赤い獄炎の交わりによって発生した大爆発によって吹き飛ばされた。
………………………to be continued…→…




