第1話「向かう先は」
「明里。困った時は」
「大丈夫です。私は真くんの使者ですから」
すっかり早起きが癖になっている。僕も明里も。
すぐに必要なくなりそうな気がしつつも、リュックに着替えを詰める。それを隣で正座して見ている明里に貴重品を渡す。
「これ通帳とかお金に関するやつ。暗証番号を書いたメモを通帳に挟んであるから」
「はい。覚えたらメモはちゃんと捨てます」
「食費とか光熱費の節約は芽衣が分かってる」
「分かりました」
「……ドゥビマの時は微妙だったけど、一応この家は創造で守られてる。危険を感じたらまず家の中に閉じこもること。でも万が一侵入されそうになったら」
明里に大切なものを託しておく。
「これ、真くんの」
「ジョーカー・グローブ。僕専用で創造したけど、明里でも問題ないだろうから」
「……」
「熱くするか、冷たくするか、痺れさせるか。頭で考えれば強弱も含めて反映される。多分、トシちゃんの一件で追記が要らなくなってる」
「強力な炎が出せたりするんですか?」
「うん」
「…私、なんですか」
「……無意識で明里を凪咲さんに似せてしまったのなら、いざって時に1番動けるのは明里だと思う」
「私が戦う…」
「緊急時はね。そうならないように僕が頑張るんだから」
「はい」
準備は終わった。まだ芽衣や知花、ソープはぐっすり寝ている。
「もう行くんですか、せめて」
「あと少し、もう少し、それが重なって出発しづらくなるのは…ね」
「……お気をつけて」
「うん」
静かな室内。軋む階段を慎重に下りて、1階…明里にドアまで見送られて。
「ありがとう明里」
「どうしたんですか急に」
「皆がいてくれたから、僕は生きてる。もう二度と笑えなかったかもしれない…孤独なままだったら」
「私達は真くんの生命そのものです」
「え、……っ、」
「だからどこに行っても真くんは負けません。死にません。私達がいますから」
いつだったか、似たような言葉を聞いた。
今の僕にとって、彼女達が生命そのもの。
「ふふ。行ってらっしゃい。真くん」
「絶対、戻るから」
すぐに明里に背を向けて、歩き出した。どこまでも姿が重なって見えてしまう。本人に言われたみたいで、ちょっと泣きそうだ。
「っあぁあーーーーーーーー!!」
真が家を出て2時間後。飛び起きた知花は隣に彼がいないのに気づいて、絶叫する。起きるのが遅かった原因はほとんど真を寝かせず互いの愛情を確かめあっていたせいだが
「おはよう。朝ごはんあるよ」
「芽衣ちゃんそれどころじゃ!真さん!」
「ボクが起きた時にはもういなかった」
「…」
「…とも」
「……うぅ…いってらっしゃいって…言いたかったのに…」
下を向いて落ち込む。声も震えて。芽衣は先を読んでティッシュを取りに行く。
「……ぁれ、なにこれ」
しかし芽衣の予想は外れる。それは、知花が自分の胸元に何かを見つけたから。
純粋な白の球体。鉱物。アクセサリーみたいなシルバーのチェーン…、これはどう見ても
「ネックレス?」
3cmほどの大きさでどこから見てもツルツルしている球体。爪でつつくとコツコツと硬い音が返ってきて、なんとなく右手で握ってみると
「落ち着く…あったかい」
真の温もりと同じものを感じて、知花は目を閉じた。
自分が寝ている間にプレゼントされていたなんて。起こさないように首にかけてくれていたなんて。この世に存在するどんな宝石よりも綺麗で…それでいて、
「愛を感じる」
このプレゼントが創造物だと分かった知花は、ネックレスを包み込むように自分で自分の両肩を抱く。胸に押しつけられた球体から伝わる温もりが体全体に広がって
「真さん…」
まるで彼に抱かれているような気分。
「……だ、大丈夫?」
ティッシュ箱を2つ持ってきた芽衣。声を上げて大泣きすると思っていたのに、なんだか幸せそうにしている知花を見て不安になる。
「………」
「ボクも明里ちゃんもソープもいるから」
「…ん」
「え?」
「朝ごはん。食べます」
「…え?…あ、すぐに用意する…!」
………………………………next…→……
駅。
「え…高っ」
オラワルドは外国だ。外国に行くとなれば自然に向かうべき場所は空港だとイメージする。…でも電車代が余裕で1000円を超えてしまうのを見てなんだか体が拒絶反応を…
「ち、違う方法探そうかな…」
頭の中で色々と用意はしてある。
パスポートは創造できるし、なんならお金も創造したっていい。今なら本当になんだって
「あ。そうだよ」
きっぷ売り場から離れ、タクシーを拾う。
……運転手には悪いが、とっても悪いが。
「すみません、空港まで」
支払いのタイミングで創造しよう。すでに代金はもらっていると錯覚するように。
「……」
これが最後ではない。だけど、見慣れた景色が遠ざかっていくのがなぜだかすごく寂しいと思う。
「ふぅ、」
気を紛らわせたくてリュックの中身を確認する。
持ってきたのは、着替えとお茶を入れた水筒と、手に入れたばかりの創造の書を1冊…これは偽太郎を創造する代行を倒した時に女性にもらったものでページ数が少なめなのだが、薄いし持ち運びに便利かと思って持ってきた。
「あれ、」
下の方にビニール袋が…
「え、匂いする。食べ物?」
中には弁当箱が。家にはない、子供に持たせるような可愛らしいデザインのもので、蓋には付箋が。
「芽衣…」
"真っちゃんのために作った特別なお弁当だよ。ちゃんと食べ終わった容器を持って帰ってね。行ってらっしゃい!"
蓋を開けてちょっとだけ中を見てみる……ナポリタン、ポテトサラダ、たまご焼き、タコさんウィンナー、
「他にもぎっしり…きっと今日は皆お弁当に入りきらなかった残りを朝食にするんだろうな…」
ご飯部分なんてオムライスだ。ケチャップで"がんばれ"と描かれている。
「あとで大切に食べよう」
「……んー?、お客さん、ちょっとすいませんね」
「どうかしました?」
信号待ちを終えて動き出すかと思いきや。困ってキョロキョロと周りを見ている。
「なんだろうな、交差点の真ん中に車が停まってて」
見れば確かに。赤い車が…
「でも真ん中に?事故か何かですかね」
「他の車も動こうとしないんですよ。クラクションも鳴らさないし…変ですよね」
変ですよね。
それを聞いて嫌な予感がした。まさか…と、
「すいません、ちょっと見てきますね。お客さんはそのままでお願いします」
「いや、待ってください」
「はい?」
「降りないで。幸い、後ろに車がいないのでこのままバックするなりして離れてください」
「お客さん、何を言って」
「いいから!」
手遅れになる前に、はな
ーーーーーーーーーーーーーッ!!
光。眩しいと感じるより早く、タクシーが押されて後退する。爆風だ。運転手さんが車外に出なくてよかった。じゃなきゃ今頃、
「ォォオオオオ"オ"オ"オ"!!」
「っ?」
爆発音かと思った。違う。ガラスが割れたり、物が吹っ飛んだり、爆発のせいで色んな音が聞こえる中……鳴き声がした。
「ひいいいいいい!?」
「………」
タイミングを待つ。目の前には爆発した赤い車が燃えていて、破壊された道路が…
「今」
気配を感じる。それが、恐らく上方向にあって。こちらから離れたと思ったタイミングでドアを開ける。
「うわあああ!?」
「あ、」
ドアを開けたかったのに。ドアが外れた。これも事故だ。多分爆発のせいで車体のどこかが…さすがに僕はそこまで怪力じゃない。
でも運転手は僕には気づいてない。さっさと降りよう。
「……」
知ってそうで知らない町の交差点。爆発のせいで色々と騒がしいが、気にするべきは気配の主。
空を飛んでるとばかり思っていたが、特に何も。雲がゆっくり流れていくだけだった。ならばと視線を下げて、建物の屋上部分へ。この辺の建物は高くても5階建てくらいで、そ
ーーーーーーーーーーーーーッ!!
「うっ?」
揺れ。すぐ近くでまた爆発が起きて、赤黒い爆炎が舞い上がる。悲鳴があちこちで聞こえて、どこに向かえばいいのか迷ってしまう。
「違う、誘い出せばいいんだ」
読んだ小説の一部を思い出す。
姿を見せない敵への対応として、見える位置に囮を配置する…この場合なら
「燃えてる車の炎を消せば気づく」
自分がやったことをすぐに正されたら、邪魔されたと思って見に来るだろうと考えた。
「……消すだけ」
((EXECUTION))
炎を握りつぶすイメージで創造すると、ロウソクの火を吹き消すみたいに簡単に
「ォォォオオオオ!!」
「来る、」
鳴き声。気配もこちらに。その姿を捉えようとあちこちを凝視していると
「店の看板が歪んだ?」
この言い方は正しくはない。ただ見え方が変わっただけだ。虫眼鏡で一部だけ拡大して見てる時みたいに、
「透明…!?」
注目すべき要素が分かり、改めて凝視する。……向かいの通りの建物の上階…張り付く巨体が、見えてきた。
正確な大きさは分からないが、とりあえず言えるのはそこら辺に居ていい大きさではないということ。
学校のプールに人喰いサメが放たれているような異常を感じる。
「擬態、透明化…カメレオンみたいなことなら」
ドッ
小さくはないが、全く目立たない振動。道路に落ちた、衝撃
ーーーーーーーーーーーーーッ!!
「うぐ、」
目の前で爆発が起こる。赤い車はもうこの世から存在しなくなるだろう。2度も爆発させられたら。
「………っ、」
爆煙の中…見えた気がする。目が合った気がする。黒い目玉が。
((EXECUTION))
迷わず、力を使う。今の一瞬しか見えなかったそれを握りつぶす。破裂した姿を重ねて、
「オオオオオオオオオオオオオ!!!」
大きな振動。電柱が押されて傾き、電線が耐えきれずちぎれて垂れる。ガードレールが変形し、近くの建物の外壁に大きな引っ掻き傷がいくつも生じて……。落下したと確信した。ということは攻撃は成功したことになり、今目の前で痛みに苦しんでるのだと考えることができる。
「使者…」
引っ掻き傷を見て最近の記憶が引っ張り出される。
もしかして、もしかする。
「しっぽ切りのレヴィウド」
言ってみれば、"放し飼い"状態なのかもしれない。もし、前回の出来事がこの使者にとって初めてのことだとしたら。
創造の書を回収してくるという命令を聞けなかったから、帰れずにいるとしたら。
「お!」
血だ。真っ赤かと思いきや黄色っぽいものが噴出した。どうやら目の近くを自分で引っ掻いてしまったようだ。痛い部分を押さえて耐えようとするのは人間だけじゃないらしい。
「これで体に血がつく。透明化していても見えてくる」
段々とゴツゴツしたものが見えてきて、それが黒い鱗なのだと分かる。でもただの黒じゃない。工場から排出された汚染水みたいな、濁った虹色を含んでいる。
……トカゲ、ヤモリ、分かってきた頭の形を見て似ているものを探す。同時進行でその頭に右手を向ける。
((EXEC
「レヴィ!!」
割って入る声。直後、僕の真横を抜けていく…高身長な男の姿。フードを被っていて、迷彩柄の上着に下は黒っぽいジーンズで
「何やってる!どこに消えたかと思ったら…あぁあぁ!自分で目を抉ったのか!?」
……まさか、創造した代行!?
「…」
すぐに右手を男に向ける。代行なら面倒なことになる前に
((READ))
「な、」
頭の後ろにも目があるのか。僕の攻撃を分かってか、先手を…
「ドゥビマ…!!」
しかも3体。驚くより先にこれらを倒さなくては。
「立てよ、レヴィ!」
「オオオオオオオオ!」
「そうだ。いい子だ。行くぞ」
「くっ。ま」
待てと言う前に
((EXECUTION))
「グギイイイイイ…!?」
迫ってくる1体を殺す。胴体がねじ切れて真っ二つ。切断面から汚い液体がこぼれても気にしない。なんせまだ2体も残ってる。
「僕を狙わず逃げようとしてる…!」
ドゥビマとしては、繁殖を狙っているのだと思う。
創造した代行としては、ドゥビマを放置できないと分かって時間稼ぎに使ったのだと思う。
やってくれる…、
………………………………next…→……
「逃げられた。しっぽ切りのレヴィウドとそれを創造した代行に」
ドゥビマは全員倒せた。それはよかったが。
「現場にいつまでもいられなかったし、タクシーにも戻らなかった」
邪魔があった。とはいえ家を出てまだすぐなのに……きっとそこそこ近所で僕は適当な道を歩いている。何をしてるんだ。
「あぁ、……ふう」
「あ、」
気づくと、目の前でお婆ちゃんが重そうな荷物を持って歩いていた。歩く速度が遅すぎて、こんなんじゃ横断歩道すら渡れない。絶対。
「こんにちは。大丈夫ですか。持ちますよ」
「あぁ…そうですか?お願いします」
「ん。結構重たいですね、」
「家にいっぱいみかんとりんごが届いたのよぉ。息子が作ったのを送ってくれてねぇ」
「そうなんですね」
「だからお友達にもおすそ分けしてあげたくて、今電車に乗るために駅に向かって歩いていたんだけど…親切な方に会えてよかった」
「いえいえ。駅って近いんですか?」
「すぐそこなんだけどねぇ、こんなに年取っちゃうと足が上がんなくて」
自虐で笑うお婆ちゃん。駅まで一緒に行こう。今度は素直にお金を払って空港まで行く。
「ほらほら、そこの。曲り宿って言うんだけど」
「聞いたことない駅名…です」
「なんとかって政治家の偉い先生が名前を変えさせたって聞いたよ…でも、変よねぇ、曲り宿って」
身軽になったお婆ちゃんは少しだけ歩く速度が改善されたけど、それ以上にお喋りになった。駅につくまでの数分、喋りっぱなしで。
「ありがとうねぇ」
「いえ。これくらい……」
重たい荷物を返して、お別れ…と思ったが。
大丈夫だろうか。階段とか、電車の乗り降りとか。
「もう大丈夫よ。ゆっくりでもちゃぁんと持っていける」
「そ、そうですか…困った時はすぐに周りの人に頼ってくださいね」
「優しいのねぇ……ほんとうにありがとうございました」
とりあえず改札を通るまで見送った。人の流れの中、ゆっくりでも確実に進んでいく後ろ姿は…なんだか、かっこいいなと思った。
「まじで信じらんない!」
「だよね!ウチらめっちゃ行く気満々だったのに!」
なんだ?若い女性2人組の会話が
「このためにパスポートも更新してきたのに!」
「てかさー?意味わかんなくない?なんでオラワルド行けないの?」
「説明してた男の人何言ってんのか分かんなかったしね」
「あー!オーロラ見たかった!氷の家で映えたかった!」
「ねーどーする?」
「…ん……わかんない」
盗み聞きして正解だった。まだ離れそうにないので、思いきって直接話を聞くことにする。
「あの。ちょっと聞こえちゃったんですけど、オラワルドに行こうとしてたんですか?」
「なにお兄さん…ナンパ?」
「違います。僕もオラワルドに行こうと思って今から空港に…でも」
「あー、やめた方がいいと思う。なんか、オラワルドが招待した人じゃないとダメとかそんなこと言われたし」
「招待?」
「詳しいことはわかんない。でもまじで嫌な気分になるから」
女性達は軽く会釈をして行ってしまった。
「招待…」
入国出来る人を選ぶ基準。…国のトップのべダスは代行…となると、
「新人類のみ…?」
代行なら。さらに言うと、べダス達の仲間の代行なら。でもなぜ?普通の人が移住したり観光したりしてるニュースを見たことがあるのに。
「リョーマンのあれがきっかけなのか」
テレビをジャックして…あの後から入国を制限するようになったのか。
「それもそうだ。僕みたいなのが真正面から入国してくる可能性を排除できるわけだし」
では、どうやって行けばいい。
答えを求めていたらいつの間にか僕は旅行代理店のカウンターで店員さんと向かい合っていた。
「お客様?」
しかも椅子に座ってからずっと無言だったらしい。どうにか対応しようとする男性店員がとても困っている。
「あ、すいません。考え事していて」
「っ!いえいえ!大丈夫ですよ!今日はどうされましたか?」
「僕、オラワルドに行ってみたいんです」
「はい。オラワルドですね」
「でもさっき女の人に話を聞いたら入国制限みたいなのがあるらしくて」
「はい…ちょっとお待ちくださいね…」
そう言って店員さんは他の店員さんのとこへ…助けを求めてるのかな。…あ、なんか教えてもらってる。
「お客様お待たせしました。えーっと、オラワルドなんですがお客様が仰った通り…今ちょっと観光とかで行くことが出来なくなってるみたいなんですよ…」
「それっていつからか分かります?」
「すいませんちょっと難しい…ですかね」
「そうですか。……」
棚にはパンフレットが並ぶ。北海道から沖縄まで…国内だけでも相当な量だ。海外も有名なところは…
「あの。一応、オラワルドのパンフレットみたいなのがあったら貰えたりしますか?」
「はい。いいですよ。ご案内はできないのですが、もし良ければこういうプランがあるよっていうのをご説明させていただくこともできますが」
「…お願いします」
オラワルドの観光ツアー。
オーロラが見られるらしく、それをメインにしたもの。
氷の世界を堪能することをメインにしたもの。
いくつかある中で、1つ、気になったのは
「釣り?」
「はい。オラワルドの近海は水温が極端に低い状態ということもあって、以前は見ることが出来なかった魚というのが」
「へぇ…」
「なんでも、同じ魚でもまた別の美味しさがあるとかで」
「……」
「稀に、ではありますがイルカが現れることもあるらしいんです」
「い、イルカ?」
「はい。不思議ですよね」
「そうです…ね」
空から行くことができないなら、海から行くことはできないだろうか。
密入国…
「ありがとうございます。これ持って帰って家族と話します」
「そうですか。ご案内できず申し訳ありません」
「いえ…どうも」
行き先変更。空港ではなくて、港。でも、どこの…?
………………………to be continued…→…




