第16話「あの世の塩」
時代は変わる。だから店も、変わる。
「まさかスーパーイナズマが」
閉店が決まっていた。利益を考えない価格設定が今更響いてきたのか、商品の仕入れが困難になったのか
「真っちゃん。お米買っておきたい…いい?」
「あ、大丈夫。僕持つよ」
閉店までの間は会員専用の特売が無くなり、常時それなりのセール状態がキープされる。それでも地域のスーパーの特価品価格が微妙に思えるくらいだから、価格破壊もいいところだ。
「豆腐12円…!」
「特売日ならそこから10円引きだったろうね」
「うそ…!?」
芽衣の反応が正常だ。嘘みたいな値段。まるで雷に打たれたような感覚。
「麻婆豆腐とか、豆腐ハンバーグとか、」
「遠慮しないで。2人で持って帰れる量なら好きなだけ買っていいから」
「うん…!!」
宝石を眺めるみたいに目を輝かせて陳列された商品を見ている。納豆3パック1セット20円…3セットで50円。キムチは450gで148円。ずっと勝負してる。芽衣の後ろをついていく僕もついつい見てしまう。
「あれもこれも欲しい…」
「もっと早く教えてもよかったね。…閉店するって知ってたら」
「真っちゃんは常連客だった?」
「…ま、まあね」
詳しくは語らないでおこう。
「今までで1番安いと思ったのは?」
「それはオーナーの誕生日記念特売の目玉商品だね。あれを超える安売りは聞いたことない。…というか売ってる意味がないよ、あれは」
「どういうこと…?」
「黒毛和牛1Kg1円…1人1点限りだけど用意された30セットは開店から1分も経たずに完売。しかもレジを通してないやつの取り合いがすごくて」
「と、取り合い」
「そう。信じられないだろうけど、他の人のカゴに入っているのを横取りするのが当たり前みたいな」
「ええ…」
「あ。ちょっと別の棚見てくるね。野菜売り場で合流しよう」
「うん」
一旦芽衣と別れる。彼女は肉や魚の方へ吸い寄せられていく…僕はというと。
「尾行されてる」
気づいてなかったわけではない。自宅から駅前にいる代行の存在に気づけたのだから。ただ距離感が絶妙だった。敵は尾行慣れしている。気づかれてもすぐに逃げられるようないい位置取り…
「お菓子のとこかな」
僕と相手の距離は数m。ほぼ棚の反対側に位置している。スーパーイナズマは僕の庭…いや、冷蔵庫だ。どこに何があるのかは店員より把握している自信がある。完全に僕が有利だ。
商品と商品の間のわずかな隙間、相手を探っていると誰かと目が合った。直後、足音が目立つから
「気づかれたことに気づいた」
パタパタと右方向へ逃げていく。同じように右方向へ追いかけるのが普通だが僕はあえて左へ。別の棚の裏から追いついて背後を狙う。
「……っ、」
「くらえ」
((READ))
裏をかかれた。
わざとらしく足音を大きくして誘導したのか。正面から鉢合わせてしまい、開かれている創造の書に目がいってしまう。
プツ、と左の手の甲に嫌な感触。すぐに鋭い痛み…針?
「へっ」
「どうでもいい」
((EXECUTION))
吊り上げられるような感覚。今すぐにでも左手をどうにかしたい衝動に駆られるが、米を抱える右手でしっかり相手を狙う。一瞬手のひらを向けて、死後の姿を重ねて見る。……凪咲さんに半強制的に見させられていたホラー映画やグロ映画がこんなところで役に立つ。
「…ぁ、うっ?」
「僕に毒針を刺したんだろうなと思って。だからお返しに、猛毒が混ぜられた水を飲んでしまって内側から壊れていく…そんな最後を迎えてもらうことにした」
頭に無数の"ごまスティック"がくっついてるみたいな独特な髪型をしている彼は、驚いた様子で僕を見つつ、着ている服を引き裂く勢いで自分の胸元を覗き込む。肌色が青黒いものに侵食されていく。そのスピードはとても早く、今から創造の書に書き込んで創造しても…回復は間に合わないだろう。
「勿体ないから、あなたの創造の書…もらいますね」
「ぅは…」
男は力が抜けて床にへたり込む。彼が手に持っているのを軽く蹴り飛ばして、最後の希望をも奪う。
……この男がどこの誰でも気にしない。
「……僕を選んだのが悪い」
正確には"柊木家の代行"を、だが。
「っ、いっててててて…!」
痩せ我慢も限界だ。左手が痛い。
よく見てみると、透明に近い…薄い黒色の針が刺さっている。出ている部分は3cmほどで、つまようじくらいに細い。痛がると途端に痛覚が過剰反応して
「ちょっ、冗談…じゃ、ない!」
右肩上がりで痛みが増していく。
「創造の書は2冊ある…」
でもまだ僕の物とは言えない。帰宅して他のと同じ表紙に変えないと。
そうなると頼れるのは、完全上位互換の力。敵を殺すのに大活躍だがはたして自分を癒すのにも使えるのかどうか。
「…とりあえず針を抜かないと」
米を床に置いて、そっと針を摘んでみる。
「ぎぃ!?」
微振動ですら、脳天まで突き抜けるような痛みに襲われる。こういう時は大胆さが必要になる。
サッと。そっとではなく、サッと。パパっとでもいい。ああ、
「一瞬だけ我慢すれば大丈夫。せー…の!」
引き、抜く。引っ張った時になんだか嫌な予感がしたけど、引っかかる感じがしたけど、
ブチッ。
「やられつっ、うう!?」
針の先が曲がっていた。それが皮膚を突き破って、二次災害。他の客や店員に見つかるわけにもいかず、声はなるべく抑えた。顔はこれ以上ないほど痛みを訴えている。顔だけは相当うるさいはずだ。
出血。止めなければ。
左手を見る。右手を向ける。
「元の綺麗な状態を重ねて見れば…治せる、はず、だよね」
((EXECUTION))…すごいと思うのは、創造の書が不要で創造時の発光もないところ。結果だけが目の前に生まれて、そもそも創造そのものが非現実的な力だったのだと今になって痛感する。
「…ふぅ」
無かったことになった。というのは違うのかもしれないが、回復した。癒えた。完治した。痛みもスっと消えてしまって、なんだか気分も良くて。
「あ。逃げよう」
目の前で男が口から青黒い血を垂れ流しながら死んでいることに気づいた。
………………………………next…→……
「こんなにいっぱい買っちゃった……」
「これなら2週間は余裕だね」
「買いすぎた…かな」
「全然。帰ったら保存しやすいように肉とか細かく分けようよ」
「うん。一緒に」
「そうだね」
会計後に店内がざわついたが、すぐに店を出た。監視カメラの心配もあるが…
「そういえば結構前に監視カメラは店の出入り口にだけ設置するようにしたんだっけ」
確か、夕方のニュース番組の特集で万引きが取り上げられて。それに影響されて、…えっと
「ふぅ、おも。…さむ」
「芽衣。そっちの袋、僕が持つよ」
「大丈夫。持てるよ」
「試したいんだ」
「…試す?」
「僕がどれだけ強くなったのか。今なら単純に力もあるんだろうなって」
「……じゃあ、」
「任せて」
片手に2袋。両手で4袋。全ての袋が破れそうなくらいパンパンで。
米に肉に野菜に缶詰に…調味料…1人で買い物してたらさすがに厳しい量。
「お、いける。いける!」
「ほんとに?重くない?」
「軽くはないけど全然持てるよ!すごいよ僕!」
テンションが上がって自分を褒めた。軽く吹き出して笑った芽衣は身軽になったことを喜び、両手を広げて降り注ぐ雪を見上げる。
「真っちゃん」
「うん?」
「明里ちゃんのことは心配いらないよ」
「…そうかな」
「びっくりしただけ。それに」
先回りして僕の前に立ち塞がった芽衣。口は閉じたまま…でも笑顔で。
「……」
「え?」
そして右の人差し指でこめかみの辺りをとんとん…と
「買い物しながらだったけど、聞いちゃった。真っちゃん、戦ってたよね」
「あ…うん。割とすぐ決着がついて」
「痛いのも我慢してた」
「でもその時すごい顔してたよ?」
「ボクを巻き込まなかったね」
「たまたまだったりするけど」
「知花ちゃんが信頼してるの、なんでだろうって思ってた時があった。真っちゃんは優しいけど、優しいばかりで…」
「はは…」
「でも今日で分かった。分かりました。優しいだけじゃないって」
「……」
「真っちゃん?」
「ごめん。情緒不安定だね…」
「真っちゃんは弱くないよ」
「多分そうだね。…今は」
「前の真っちゃんは?」
「弱かった。すごく、弱かったよ」
「それは信じられないかも」
突然泣きそうになって、芽衣との会話が途中だけど、なんか、
「来る」
「え?」
「ここが貴様の墓場となるぞ!柊木 千!」
同じ土地。でも時代が違う。白黒の世界、生きる人々の容姿は
「おうおう。やってみろ、野良代行め」
時代劇の登場人物のよう。着物姿に、かつらなどのメイクをしっかりして…だとしたら江戸時代とか?
行き交う人々は2人を無視している。道のど真ん中、距離を置いて向かい合う2人は…代行。そのうちの1人は、柊木家の、代行。…柊木 千。
頭髪がない坊主頭…若くはない。腕を組んで突っ立っている。歯を見せて満点の笑顔で……相手の男を見ている。
その相手というのは、【刀男】。体中から様々な長さの刀が生えている。とても動くのに不便そうな格好だが、強さに自信があるらしく
「名前にちなんで千切りにしてやろう」
「半端者が。今すぐ書を手放して命乞いしろ。そうすれば苦しまないように殺してやる」
「言ってくれる!」
「やる気なら仕方ない」
刀は構えて振るものだ。でもこの男の場合は突進するだけでいい。触れるもの全てを傷つけようとする【刀男】は柊木 千を目指して駆ける。
それに対して、
「指一本で十分。二本使わせたら大したもんだ」
「せえぇぇええぇええええんっ!!!」
「あばよ」
柊木 千は、左の人差し指で自分の首を掻っ切るジェスチャーをした。
「ぷくう?」
「終いだ」
男の首には綺麗な赤い線が走り、ぱっくり開いてどろりと血の塊が飛び出した。
……EXECUTIONだ。
「退屈退屈…」
同じように力を使えるから分かる。この人、めちゃくちゃに強い。
「…ん?おうおう、"目"を感じる」
目?……
「柊木の血は絶えんな。はっはっは!」
嘘、まさか
「つまり。"持ち越し"か。災厄にはたどり着けないと。……目覚めるのにどれだけ苦労したことか。それでも足りないか…」
目が合っている。自分がどこに立っているかも定かじゃないのに、完全に位置を把握されて
「おう、その目に見える男はいくつに見えるか」
話しかけてきた…!?
「周りには五十、六十と言われる。…しかしその真実は二十四。本来ならいい男だと女共が寄ってくるはずだった」
……は?
「"あの世の塩"は喰ったか。初代の悪足掻きを継いで力を得たのなら、」
あ、あの世の塩、
「気をつけろ。この力は創造がもたらす天恵とは違う。神をも騙す魔の力。"溺れたら"最後、その身を蝕むぞ」
………………
「ま、無理な話か。もうその身には初代の怨念を宿している。力の源を目指すのも遠くない…」
背中を向けて歩きだした。
「生命あるもの、いつか必ず終は訪れる。しかし柊木の代行は皆と同じ場所へは逝かないだろうな。…行くぞ、黄龍」
「っ」
柊木 千。彼は…あの塩の正体を知っているのか。あの世の塩と、そう言ったが。
それに…彼の影が"忍者の使者"だったなんて、全然分からなかった。EXECUTIONがあれば使者に頼る必要は無さそうだが…
「おーい…真っちゃん?」
「……あ、」
終わった。今度は音声だけでなく映像もついていた。色は無かったが。
「来るって?」
「ご先祖さまからの…メッセージ?」
「ん…よく分からないけど、早く帰ろう?体が冷えてきたし…」
「……」
秀爺。あの家を出ていこうとしなかったのはこのせい?昔から柊木家はこの辺に住んでたってこと?
探し回れば、他の柊木家の代行の姿を…見られるの?
「うおっ!?」
「危ない!」
よそ見していたせいか。
足が滑って派手に転んだ。
「……冷たっ!」
………………………to be continued…→…




