第12話「醜い男」
「真、くん…!?」
最初から真は床を狙っていた。大事だと言っていたし、明里を狙うなんてことは絶対と言えるほどありえない。それは分かっているはずなのに。
万が一、今のが直撃していたら。
余計なことを考えてしまって思わず涙が出てくる。
その場で崩れ落ち静かに泣きだした明里を見て、はっと思い出したように真が"元に戻った"。
「…、ご、ごめん…明里」
声もいつもの調子に戻った真はすぐに謝罪する。しかし床のヒビはまるで今の2人の関係を表しているかのようで、真の声が届かないのか明里は俯いたまま頭を横に振って拒否反応を示す。
結局、真は何もできずに2階へ。芽衣がかわりに明里のケアをした。
………………………………next…→……
「……」
「少しくらい寝た方がいいですよ…朝までまだ2時間は寝れます」
知花は優しい。もちろん芽衣も。下で何があったのか丸聞こえだったはずなのに、いつもと変わらない接し方で。
……皆が離れていってもおかしくなかった。僕は、あの時…
「真さん。明里ちゃんは分かってますよ」
「…」
「でも正直なことを言うとあたしはショックです」
「……ごめん」
「毎日同じ布団で一緒に寝てる仲なのに、真さんの1番じゃないんですもん」
こんな時に、とも言い切れないか。
「あたしも知らないとこであんな風に想われたいです。なんなら好きで好きで仕方ないって真正面から怒鳴られたいです」
「知花。やっぱり脱線してる気がする」
「…変わるのって、大変なんです。1人が変わろうとすると周りの人にも多少は影響が出るんです。戦わないことを選んだ真さんと相性が良かったあたし達ですけど、戦うことを選んだ真さんとずっと仲良くできるか…皆不安なんです」
「あ、…」
「真さんが大好きなので、あたしはどんな真さんにもついていくつもりです。好きな人と一緒にいられないことの方が辛いと思うので…ただ、芽衣ちゃんと明里ちゃんにはもう少し気をつけて接してあげないと。2人はあたしみたいにベタ惚れってわけじゃないので…てへへ」
「…床を壊した。それくらいの威力だった。苛立ちみたいなものを明里の目の前で見せつけてしまった。僕がいくら反省して謝っても、明里は忘れられないと思う。本当に酷いことを」
「そういえば。あたしまだ詳しく聞いてないんですけど、真さんと明里ちゃんの間には何があったんですか?」
「そ、それは」
「言いたくなくても話してくださいね」
「うん…明里が提案したんだ。新しい創造を」
「そうなんですか。一体どんな?」
「2つの対象の位置を入れ替える…ってやつ。それで明里は自分と…凪咲さんを…入れ替えようって、そうすれば戦わずに取り戻せるって」
「へぇ…ん?真さん、でもそれって…ん?明里ちゃんはその凪咲さんがいた場所に行っちゃうんですよね?そしたら」
「犠牲になるつもりだった」
「あ。…だから真さんは」
「凪咲さんを取り戻せるなら明里なんてどうでもいい…って、僕がそう考えるって思われてたのもショックだった。誰かを失う辛さから逃れたくて知花達を創造して毎日一緒にいてもらってるのに」
「とっても寂しがり屋さんですもんね」
「……」
「真さん。今日はあたしとデート行きませんか?」
「え?」
「デートです。デート」
「…」
「もう。せっかく明里ちゃんと仲直りするためのとっておきを教えてあげようと思ったのに。なんですかその無反応は」
「明里をあんなに怖がらせたのに次の日にデートって、さすがに」
「じゃあいいです。デート風買い物。ほら、これなら別に問題ないですよね?」
「…ありがとう、知花」
「……」
「え、なに」
「いやいや。今のであたしもメインヒロインに昇格かなーって」
外はもう明るい。でも僕と知花はようやく寝ることにした。
少しずつでも、明里と仲直りしたい。話を聞いてもらえるようになったらまたちゃんと謝りたい。
そんな願いを頭の中で繰り返し唱えて、眠った。
「父さん、この家を出て行こう」
「今更なんだ」
「分かってるだろ。最近は特におかしい。近所で代行と遭遇することが増えてる。まるで俺達の家を探し出そうとしてるみたいに、日に日に遭遇する場所が家に近くなって」
「無理もないだろう。柊木家の代行は強い。創造の書を奪えればその力を得られると考える者もいる」
「わざわざ狙われるほど?」
「ああ」
「じゃあ出て行こう。すぐにでも」
「店がある」
「そんなのどこでも」
「この家は住み心地がいい」
「悪いだろ!そのうち代行が直接家に来るようになるかもしれないってのに!」
「返り討ちにすればいい。それにな、どこに居ようと代行達は出会ってしまうものだ」
「……父さんって柊木家について詳しい?」
「お前が自分の家系について興味が無さすぎるんだ」
「なんで強いの、俺達は」
「裏・創造の書による知識の伝授」
「いやいやいやいや、」
「初代の血を継ぐ者」
「それはまあ、でもこう…もっとあるんじゃないの?実は」
「何が言いたい」
「医者の子供なら絶対医者になるとは限らない。代行の子供だってそうだろ。才能がちょっとあるくらいで」
「お前に覚悟ができたら教えてやる」
「ほぇ?」
「ほら、行ってこい」
「……」
………………………………next…→……
「ここですよ!真さん!」
あれは夢だったのだろうか。父さんと秀爺の会話…。音声のみの不思議な夢、どうしてあのタイミングで?
「ほらほら。入りますよ?」
「あ、うん」
起きてからずっと知花に引っ張られてる。寝起きのトイレ、洗顔歯磨き、朝食…夢のせいでボーッとしてる。
「いらっしゃいませー」
「おお、ここが天国なんですね」
「…ケーキ屋でしょ」
「見てくださいよ。エンジェルショート!ここの看板商品…天使の羽みたいなホイップクリームの、盛り付け方って言うんですか?こんなの美味しいに決まってるじゃないですか」
「…」
店内で食べていくこともできる。お世話になってるしこれくらいなら全然とも思うが、やはり彼女の狙いはデートなのだろうか。
「真さんはよくばりフルーツケーキでいいですか?」
「へ?」
「凪咲さんに、明里ちゃんに芽衣ちゃんにあたし…よくばりさんなので」
「……」
「あたしは…う〜!たくさんあって迷う…!」
僕の分は皮肉った感じで決められてしまった。でもよくばりフルーツケーキはこのお店で1番値が張る商品なだけあって美味しそうな見た目をしている。ひと切れでも横からこぼれ落ちてしまいそうなくらいツヤツヤなフルーツ達が
「よし、ここはとろコク濃厚チョコレートケーキで!」
「チョコレートケーキ?」
「はい!あたし、バレンタインには自分に本命をあげちゃうくらいチョコレート好きなんです。子供の時は親に鼻血出るからって止められてましたけど、それでもいいっ!、ってよく食べてましたよ。これが後で泣くほど怒られるんです」
「だろうね…」
「あ、あとお持ち帰りでプリプリんを2つお願いします!」
プリプリん。1個でも大満足なボリュームの大きめなプリン。どうやら3層構造らしく、下に味の濃いプリンとカラメルソース、真ん中にふわふわスポンジ、上に舌触りなめらかなプリン…なんだか作るのが大変そうだ。1個500円が安く思える。
「明里ちゃんはこれが気になってたんです。真さんが部屋の隅っこでスマホとにらめっこしてた時に、近所にテレビが来てたんですよ。お昼に生放送でグルメリポートするやつです。焼き鳥、コロッケ…からのプリプリん。あたしは見逃しませんでしたっ…明里ちゃんが口を半開きにしたままテレビに釘付けに…」
「そうだったんだ…」
「あまり欲を出さない子ですから、よーくよーく見ててあげないとチャンス逃しちゃいますよ?あ、でも同じくらいあたしを見ててくれたら」
「いただきます」
「聞いてますかー!いただきまーす!」
話を聞きながらさっさと着席。早速食べようとケーキにフォークを…お、崩れない。
「せっかくなんでシェアしましょうね。真さんにあたしの濃厚なチョコレートケーキをあーんしてあげるので、真さんもお返しに」
「…?」
「あー…」
「お店の人もいるし」
「あー…?はい、あー…」
「……」
ケーキを楽しむ真と知花。その店の前を歩くのは
「お"、……ぐぁ……」
トシちゃん。最近までそう呼ばれていた男。しかし今の彼は
「キャーーーーーッ!!」
「う、うわぁ!近寄るな!あっち行けぇっ!!」
「病気か!?まさか感染するんじゃ…」
「逃げろおおおおおお!!」
人々が走って逃げていく。道の真ん中に1人残され、大きく震える右手で自分の頬を触る…が、
ぼとっ。
肉が落ちた。たるんだ頬肉が、自然に顔から切り離されて、情けない音を晒す。
「あ"あ"ぁっ」
声も失われつつある。ゾンビ…もしくは、和製ホラーの女幽霊のような荒れた声を出して咳き込む。
咳をすれば、地面に茶色く汚れた血が飛び散り
「っっ!」
無視できない激痛が喉に滞留する。
どうにか上着のポケットに手を伸ばし、割れた鏡の破片を掴み取る。その際、腐りかけていた左手の小指と薬指と親指が取れかけてしまうが…どうしても男は鏡が必要だった。
「……ぉ"ぇ"!」
地面に放った鏡の破片を覗き込む。
そこには人間ではない人間が映っていた。
皮膚という皮膚が垂れ下がっていて、重さに耐えきれず剥がれ落ちてしまう。とにかく、醜い。ひたすら醜い。嘔吐く勢いで額も剥がれてしまった。ベロンとひっくり返ってもっと醜い中身が見えてしまう。"額が視界を遮る"という異常を自覚しながら、
「あ…ぶっ、ぇぁ"ぇ…」
なぜ俺だけ。
自問自答する。何があった。何でこうなった。悪いことは、したことがある。1度ではない。だからって…こんな目にあうのか。
ついに四つん這いになる。
指が押し潰され、外側を向いてしまう。脆すぎる体。しかし痛みは平常通り。激しく体を動かせば、また体のどこかが腐り落ちる。
そう、腐っている。
男は腐っている。
これまでの行いのことではなく、肉体が。
「ぶご、……ーーーーっ!?」
舌が抜けてしまった。太い肉の塊が口から吐き出され、あまりの衝撃に喉を枯らす。
これは悪い夢、ではない。
確実に近づいている。
死が。
……………………。
「あー!美味しかったー!」
「結局ひと口しか食べれなかった…」
「まぁそう言わずに、また来たらいいんですよ!今度は明里ちゃんと!」
「……」
「ほらほら!家に着いたら暗い顔は封印ですからね!普通な顔して、プリン差し出して、話を聞いてもらえるようにならないと!」
「うん…」
こちらに気づかない。背中を向けて、歩いていく。簡単だ。声を出せればいい。気づいてくれるように、音を出して、……出来ることなら、いつも柊木秀に、言って、いた、よう、に、
助けてくれ
言えれば。いいのに。
彼と同じ気配。見間違えるほど同じ背中。走馬灯のかわりにこれまでの自分の行いを振り返り、何度彼を頼ったかを数える。
年中無休で問題を起こすのかと怒られげんこつで頭を殴られた。
金で振り向いてくれる女より、ため息つきながらでも隣にいてくれる女を見つけろとよく言われた。
何の恩返しもしない図々しいだけのお前と何年も友人やってる俺は大馬鹿者だと一緒に酒を飲んだ時に言われた。
回想はどれも男の醜さを物語っていた。俺だってやる時はやる男なのだと得意気に言い返していたのが恥ずかしくなるほど、ひどい人生だった。それでも男にはひとつだけ自慢できることがあった。
柊木秀と出会い、友になれたこと。
「…………ァ…」
肉が崩れる。ずるずると、落ちていく。
彼が歩いていくのをただ眺めながら、男は骨だけになった。
………………………to be continued…→…




