第7話「約束」
「……ん〜…?……っは…!!!」
朝。
若さからか誰よりも早く目覚めた明里は、知花の腕の中でスヤスヤ眠ってしまっていたことに気づく。
「あんなに暑苦しかったのに、」
そして真の姿が見当たらないことにも気づいた。
拘束にも近い知花の腕から抜け出すのは困難だが、明里は時刻を確認すると遠慮は不要だと判断。普通に起こすと決める。
「起きてください。朝です」
「……」
「おはようございます」
「……」
さすがに声をかけるだけでは難しい様子。ならば。もごもごと布団の中で少しずつ体の向きを変え、知花の腹に手で触れる。
「おはようございますっ」
体を揺らしてやる。知花の安定した鼻呼吸がふいに乱れて、ようやくお目覚めかと手を止めた…その時だった。
「ふぎゃぅ」
「…どうして…!」
より強く抱き寄せられた。足によるホールドも加わりいよいよ厳しい。意識があるのに動けない。金縛りとはこういうことなのかと明里が間違った認識を脳に焼きつけそうになったその時、たまたま抵抗の手が知花の脇腹を弱く擦った。
「んへっ」
「…!」
思わぬ形で知花の弱点を知る。脇腹へのくすぐりである。人差し指、中指、薬指の3本を突き立て…ゆっっくりと撫でてみると。
「んひ、ん」
「これなら…!……おはようございます…」
とどめは直接肌に触れた状態で。中に手を潜り込ませて覚悟を決める。
「こちょこちょ」
「んひゃあう!!?」
刺激が強かったのか知花は飛び起きた。余韻でへらへら笑いながら、首を傾げて状況を理解しようとする。
「ふふ…ふ、…ぐふ…え?なんで明里ちゃん?真さんは?あたしの真さん…」
「話は後です。…真くんなら多分1階に」
朝。5時41分。
知花と明里によって倒れていた真は発見された。
床には血が広がり、呼吸も止まっていて。
パニックになった知花は救急車を呼ぶと騒ぎ、明里は冷静に判断しそれに反対する。真は代行だ。世間は新人類という形で代行の存在を認識している。もし病院に運ばれた後で代行だと知られるようなことがあれば真は逆に危険な状況に追い込まれることになってしまう。
「でも!!それならどうするんですかぁっ!!真さん死んじゃいますよおおっ!!」
うつ伏せで倒れる真に覆い被さる知花はひたすら声をかけ続ける。時に小さく、時に大きく、真を呼び続けて目覚めてほしいと願う。
「真くんを仰向けにしてください」
「…ぇ」
「早く」
スイッチの入った明里。知花に指示を出しながら、自身は本棚の前に移動し記憶を頼りに素早く目的の本を探す。
「あ、仰向けにしたら…」
「口を開けて、中に血が残ってたら吐き出させてください」
「…血…ど、どうしよ…」
慌てるばかりの知花。その間に"もしもの時に知っておきたいこと"というタイトルの本を開いて持ってきた明里は、
「あとは私が。とりあえず水をいっぱい…あとタオル」
「…っはい!」
知花と交代し真の蘇生を試みる。
「頭の向きを…それから口を開けて…手を重ねて胸の上…強く」
………………………………next…→……
「はぁーぁ。こんなボロ家でも、愛着があるだけで全然落ち着ける。こうやって掃除が行き届いてない天井を見上げるだけでも」
「章、邪魔だ」
「いいだろ自分の家なんだし」
「店でもある。お前が寝転んでたら客も入ってこないだろう」
「……次、いつ帰ってこられるか…分からないんだ」
「…」
「災厄のその姿をちゃんと見たのは初代だけ。記憶を見たって影しか見えない。そんな中で、今はそれかもしれない存在を追ってる。……知らなかったよ、俺。…柊木家の代行が最強だと思ってたのに」
「…章」
「時間が乱れてる…頭がおかしくなりそうだ…父さん、俺…俺」
「……」
「俺大きくなった真に会ったかもしれない」
「なに…?」
「やっぱり親ってのは自分の子供のこと分かるもんだなって、…だってあんな…あんなに、」
「おい、章。しっかりしろ」
「ダメなんだ。後悔しないようにって、せいいっばい"……がんばっで…」
「………今日は店を閉める」
「どうざん…っ、おれ、おれしんじゃうんだよぉっ"……かえらっ、かえられないっ、」
「もう泣くな」
「あいつとたたかっちゃ、だめ、だめなのに」
「もういい」
「どうしてもそうなって、しんじゃ、」
「章。もういい」
「そうぞう、れんさ、まざって、おれの、お、おれ、おれ、」
「……」
「おれのじかんがこわれちゃったんだよぉう……とうさん…!!」
「……っ、」
「ごはぁっ!!!」
重くて硬い塊を吐き出したような感覚。
僕を見下ろす3人より、その奥…天井に目がいく。
忘れないうちに閉じかけていた傷口を自分で開く。全開にして、手を突っ込んで、記憶を漁る。
「あの時は…あの時は六島との戦いが死因だと思えた。手帳に残されたメッセージ……剣之介が現れたあの時、」
「真さん!?…明里ちゃん!起きたのに変です!!」
「ボク、救急車呼ぶ」
「待ってください。真くんは大丈夫です。大事なことを思い出してる…静かに」
「…手帳には親父と…でも記憶では父さん……どちらかが間違っているわけではなくて、どちらも起きた出来事。……時間…」
タイムパラドックスと言うべきか。でも、全てが本当に起きたことなら表現は変わるのでは?結果が変わったのではなく、複数の結果が……となるとパラレルワールド?……
「ぁ」
「真さん!」
秀爺が、僕に手紙を…残せたのは。
誕生日を祝ってやれないと…父さんと同じ理由で分かっていたなら。
ああ、いけない。色々と繋がった気がして、解けたと思うと…余計に辛く
「ん」
「…」
「知花ちゃん…!」
「え、え、っえ!」
遮られた。目の前には顔がある。可愛らしい顔だ。涙がこぼれそうなくらい目が潤っていて、柔らかな唇をこれでもかと強く押しつけてきて。
「あたしは、あたしには真さんが戦わないって、ただ幸せになりたいっていう願いが込められてるんです。なのに今の真さんは戦おうとしてる。明里ちゃんとコソコソして準備して…そんなの嫌です!耐えられません!ダメです!真さん!」
「…っ、…知花」
「じゃないと…!あたし達はなんのためにっ」
大粒の涙が、冷たい。
「好きだよ」
「へ」
「知花のこと。もちろん、芽衣のことも明里のことも、ソープのことも」
「…ぅ」
「皆で暮らせるのが今の僕の全て。だからこそ、世界の変化を知って戦いたいと思った。おかしいよね。戦いたくないから戦わなくてよくなるために戦うって」
「…おかしい、です。戦わなくていいのに…」
「初めてだよこんな気持ち。……世界を救う、英雄にでもなったみたいに」
「やめてください」
「約束する。僕の何を賭けたっていい。……絶対に負けない。皆を」
「いやです」
「守りきる。どうなっても」
なんだか頭が重い。それでも無理に起き上がって、知花を抱きしめた。いつもみたいに彼女はキツく抱きしめ返してくれて…魂ごと僕を癒してくれる。
「いやって言ってるじゃないですかっ、」
「ありえないけど万が一僕が負けた時は一生知花の言うこと聞くよ」
「っ…いいんですか?」
「なんでも」
「毎日わがまま言いますよ?」
「全然いい」
「……ほ、本当に、あの」
「約束。しよう」
「じゃ、じゃあ?指切りげんまん…じゃなくて、」
「ん?」
「こっちで」
包み隠さず押しつけてくれる。好意、愛情。スキ、キス。勢いのまま押し倒されてしまいそうになる。似たような構図を動画で見たことがある。…飼い主が好きすぎる犬
「あたしは犬じゃないです。わん」
「ふふ。……」
芽衣は恋愛ドラマか料理番組を見た時と同じ顔をしている。口は開いたまま、目がキラキラ輝いていて……。明里はというと顔全体を手で覆い隠していた。見てる側が照れ恥ずかしいパターンか。
はぁ。皆がいてくれてよかった。
「真さん?」
「うん。やることがある。芽衣はいつも通り、自分の目標のために頑張りつつ僕達に美味しいご飯をお願い。知花は掃除と…洗濯と…ソープの世話と」
「あたしだけ多くないですか?」
「だって…」
「いいですよ。別に。花嫁修業だと思えばへっちゃらです」
「えっ!?」
明里が大きく驚いた。こんなに良いリアクションは初めて見たかもしれない。
「明里は僕を手伝ってほしい」
僕の体に、魂に引き継ぎ残されたもの。
この家に、引き継ぎ残されたもの。
全てを知って己を磨く。
今はそのために全力。
「〜〜〜〜!」
「え?」
着信音、下りてくる。
「ソープ!?」
スマホを咥えたソープが僕のとこへやってきた。
カタン、とスマホが床に解放された音がする。持ってきてやったぞと言わんばかりに僕の前にスマホを放ると、あくびをするように口を大きく開けた。運ぶのが大変だったらしい。
それより、
「誰から……」
「真さん、誰ですか?まさか、う、浮気…!」
「違うよ!…でもどっちにも会わせたくないって思うのは似てるかも」
「ひどいです真さん!」
「いやいや相手は男だし相当おじさんだし!」
「ひっ、真さんにそんな趣味が」
「無いよ!!!」
画面には"トシちゃん"と表示されている。色々あって忘れていた存在だ。電話をしてくるくらいだから元気なのだろうが…ん?あれ、そういえば前に
「真っちゃん、とりあえず電話に出ないと」
「あ、あぁ」
「……」
「僕は女性しか興味ないから知花はもう落ち着いて…ふぅ、もしも…」
通話を押した瞬間、こちらが喋るのをかき消すように大きな音が出た。スピーカーにしたわけでもないのに。
「たっ、助けてくれえええええええええええええ!!!」
………………………to be continued…→…




