第16話「変身」
「ちきしょう!"我純潔な器なり"なんだよ!今から服着る暇なんてねぇえええ!!」
全裸で荒れた土地を走り続ける結子。べダスの戦闘に割り込むのでさえ緊急で仕方なくだったのに、今は正体不明の敵にまで命を狙われている。
「モテ期到来かよふざけんなって」
徐々に減速。舗装されていない自然を走り回れば小石を踏む。落ちている枝も踏む。何かよく分からない尖ったものや、たまたまそこにいた虫だって踏んでしまう。傷つき汚れた足の裏を気にしながら、遠くの方から確実に追いついてくる"あの野郎"への対策を講じる。
「来るなら来いよ。間違って"赤ちゃん"まで戻っちまうかもしれねえけどさ。生まれた瞬間から代行の化け物でしたなんて言われたらさすがにやばいけど、そんなやついねえだろ」
仕掛ける罠は時の波紋。木と木の間、水溜まり、風に舞う葉……ありとあらゆるものに忍ばせ、時の巻き戻しによる弱体化を狙う。最低でも代行になる前。あわよくば"結びつく前の少量の体液"まで戻ってくれれば、後片付けも不要で助かるのだが。
とにかく、まずは敵が罠にかからなければ。
目に見えない透明の波動を操る結子はこれ以上は逃げないことを決めた。そして、自分の仕掛けた罠に間違ってかからないように凪咲とモモに伝える。
「こっち来んなよ。俺がやるから。べダスがまだそっちにいたら伝えてくれ」
べダスにも伝える、それは無理だと言ってすぐに分かった。
雪が降り風が吹いて、今この土地の支配率は彼の方が上。きっとすぐに目の前に現れてしまう。出来ることなら彼とはフェアに戦いたいと思っていた結子は、違う結果になってもがっかりしないよう覚悟を決める。
「それがお前の力か、結子」
「っわあ、焦ったぁ。裸の女の背後に立つなよ。完全無防備なんだぞ」
「お前の正面は広範囲に"乱れ"を感じる。それを分かってわざわざお前の前に立つわけないだろう」
「あー、雪と風を操ってるおかげで微妙な変化にも敏感になってるわけだ」
「あの代行は何者だ。お前の使者と同じ攻撃手段を」
「だーっ、言うなよ。それを知ろうとするとあいつと会話が必要になるだろ?9割以上赤しか言ってねえんだぞ。どうやって聞き出すんだよ」
「倒すのか」
「そんな可愛い表現じゃねえよ。生まれたこと自体を否定してやるつもりだ」
「ふん」
「超自然の神クラスの代行さんは余裕だねえ…はぁ」
「神クラス…?」
「お前は代行の中じゃ上から数えてすぐのトップランカーなんだよ。最後に本気出したのいつだ?ん?ほとんどの代行を創造無しで殺せるだろ。思いっきりぶん殴ったら頭蓋骨ごとへこませて脳をぶっ壊すだろ?」
「……」
「で、仲間は出来たのかよ?」
「来たぞ」
「赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤っ!!あっかあああ!!」
「ブレイズ・アローかあれ。孔雀みたいにド派手な展開しやがって」
凪咲が使う本物には劣るだろうと結子は考えたが、油断はしない。16本の濁った虹色の炎の矢が射出され、全ての矢が空中で結子に狙いを定める…その間に
((EXECUTION))
創造。呼び出すは過去の代行が書き残した創造……
「変…身っ!!」
結子の全身が光に包まれ、瞬時に光の系統が変わる。創造の発光から…ギラギラと眩しい黄金の輝きへと。
「ゴールド・ゴージャス・キングレオ」
全身を黄金のヒーロースーツが覆う。さらに首元から黄金の毛のマントが出現。パッと見では全てが金ピカで何が何だか分からないが、
「悪ガキ悪党を黙らせる正義の金獅子だ。なぁ、キングレオのマスク結構イカしてるだろ?…べダス」
「…黄金の獅子…の戦士、ということか?」
「なんだよ。男ならこういうの燃えるんじゃねーの?…ハッ」
結子が呼吸を整えると同時にヒーロースーツの造形が細かく削られる形で調整され、頭部を覆うマスクは口を開け牙を剥き吠える獅子のものとなった。姿形がくっきりはっきりして分かりやすくなり、男心をくすぐるだろうと絶対の自信を持つ結子は
「すげえだろ?」
棒立ちで炎の矢に被弾する。
しかし炎は結子を燃やし尽くすことが出来ずに
「改良型なんだ。中途半端な攻撃じゃ吹っ飛ばせねえぞ?」
自然消滅。得意げな結子は赤の狂人を手招きして挑発。
「あかァァァっ!?」
「…は?」
分かりやすく挑発に興奮し突っ込んで来る。だが、一直線に走ってこない。回り込んでくるわけでもない。ジグザグに走って、時には両足を大きく開いて跳躍、必要なら前転…その動きはまるで
「見えてやがる」
肉眼でも見えないことはない。しかしそれは、素晴らしい観察眼を持つ者が立ち止まって、集中して、数秒その地点を見続けて…ようやく分かるレベルのもの。この世で1番難しい間違い探しなわけだが、それをこの男は激しく動き回りながら成立させている。
「息も乱して、俺をぶっ殺すことで頭いっぱいなやつがなんでだよ」
「……」
とはいえ今の結子はヒーロースーツのおかげで防御は万全。べダスはあえてここでも静観し、赤の狂人のことを知ろうとする。
「あっ、かああ!!」
時の波紋に触れずに結子に接近した男は残った腕を振るため構える。
「イーヴィル・イーターか?次はモモの真似…」
((READ))
「ん…!」
攻撃直前で創造。
「あか…っ!!!」
間違いない。手刀が振られ、素早く鋭く鮮やかに対象を切り裂く…これはモモの攻撃。しかし、本物にはない要素が付加されている。
「電気っ!?」
受けられる自信があっても思わず足が後ろへ下がる。バチバチと空間をかち割るような音で存在を主張する青白い電撃が手刀の斬撃に乗り、結子の胸元を掠めただけで
バッチィィィン!!!
聴覚に恐怖を刷り込む奇怪な音を発する。
「雷が落ちたかと思った」
「っっっ!!」
赤の狂人はそこから更に1歩踏み込み、再び手刀による攻撃を繰り出す。
「今度はビビらねぇ…」
腕が振られる直前…今度は指先から肘までが瞬時に凍りつく。ノコギリの刃のようにギザギザしていて荒々しい……
「ばかやろうっ…!?」
それでも下がらない。攻撃は効かないと敵の視覚に訴えなければ。
「……そうか」
べダスが何かを思いつくと同時に結子を助ける。自分が操る超自然以下の氷の力など無駄なのだと手刀に付加された氷を霧散させた。
直後に結子と男の間に氷壁を作り出し、
「特定の敵を倒すことに特化した創造」
答えを突きつけた。
「あ?」
「…、」
結子は聞き返したが、赤の狂人は一瞬動きが止まった。
べダスはそのわずかな時間でさらに氷壁を出現させ赤の狂人を囲う。
「氷結の檻。お前は儂には勝てない。ならばその氷も砕けまい」
「あか…あか、あか、あか、赤赤赤赤赤赤赤赤赤っ!!」
やってみせる。とでも言うように、ブレイズ・アローを放つが檻の中で爆散。火の粉を浴びながら、赤の狂人は苛立っていた。
「べダス?」
「説明が必要か?この男はお前を殺すことのみを願って創造をした」
「…………」
「その鎧の防御はそれなりだが、この男なら簡単に超えられるだろう」
「俺の使者の真似事も、俺を殺すことだけに特化したから出来たってのか」
「もう頭では分かっているだろう」
檻の中で手刀の構え。今度は腕に炎を纏うが
「あれも俺には効果が絶大」
「儂にはマッチの火と同等」
「赤ぁぁぁあああ"あ"っ!!」
無駄な抵抗。べダスの言う通り、檻の破壊は叶わず…むしろ男の腕の形が少し歪む結果に終わる。
「折れたか」
「……っ、ぁか…」
「つまりなんだ、こいつは俺のストーカーみたいなもんか?過去に俺に何かされたとかで恨んで、こんなになってまで俺を殺そうと必死なのかよ」
「見覚えは」
「あるわけねえだろ!!あったら忘れねえよこんな真っ赤野郎!!…ん」
結子は考えた。捕らえてしまった今ならば
「お前が俺を殺そうと思う前も赤かったのか調べてやるよ」
時の波紋を生み出し、緩やかに檻へと向ける。
空間が歪み、地面には色鮮やかな植物が蘇る。そんな中でもべダスの氷は変化せず……逃げ場の無い赤の狂人は、
「あ、…あ、あっ、あぁ……」
「さ。白状しやがれ。お前はどこの誰だ」
………………………………next…→……
30階。到着の音と共に扉が開く。
エレベーターの中からは黒煙が広がり、
「「行くで」」
既に敵がいることを察知している"サムライヒーロー"が煙に姿を紛れさせて駆ける。
黒い着物、猫耳、緑の髪…初回と同じ姿に変身。無音で廊下を抜けて
「「引っ掻き御免やで」」
気づかれる前にエージェントを2人瞬殺する。倒れた音に反応し駆け寄ってくるエージェント達も
「「ニャルル…ライジング!!」」
1度の跳躍と斬り上げでまとめて切り捨ててしまう。
「「6人殺った。あとどんくらいや」」
「「気配はまだまだ…」」
「「後ろの部屋やな」」
振り返り、刀を振り上げる。天井までギリギリ…しかしそんな些細な事を気にするようなサムライヒーローではない。
「「ニャルル…ライトニング!!」」
前回よりスムーズに技を放ち、さらにエージェントを3人消し炭に変えて。
「「なんや。最上階は何号室みたいに分かれてないんか」」
今更部屋の内装を気にした、その時だった。
「……てか、誰だし」
エージェント2人の肩を借りながら姿を見せた女。それはオヤブン達が見かけた代行で。
「「お前がこいつらの親玉か」」
「は?違うんですけど」
「「まだ体にダメージが残っているようだね。それでもわざわざ出てきたのは、エージェントでは相手にならないと分かっているから」」
「ウチはゼロ。ふぅ…もういい」
エージェント達を突き放し1人で立つ…するとエージェントの片方が創造の書を取ってきてゼロに手渡した。
「「詳しいことは話さないつもりだね。あの便利な指輪を持ってくるべきだったよ」」
「べダスの邪魔をするってことは、ウチの邪魔をするってこと。そんなこと、許さないし」
((READ))
甘い香りがして、
「「……」」
サムライヒーローは刀を握り直す。相変わらず片手で持つ乱暴な握り方だが、本人は真剣そのもの。
「今さ、マジで機嫌悪いんだよね。……超…"ウザイ"」
「「殺せば解決する。ここは変に迷わず、」」
「さっさと死んでくんない?」
「「本能のままに」」
サムライヒーローは眼前に刀を構える。ほとんど同時にゼロの拳が刃を強打、至近距離で睨み合う両者は言葉を交わすことなく殺気のみで挨拶を済ませた。
………………………………next…→……




