第10話「誰だよこいつ」
「考えなきゃ…」
言い始めて、言い終えるまで。そのわずかな時間でゼロは2つの案を考えた。
まず、"奥の手"を使って全力で相手の防御力を上回るやり方。彼女の持つ創造を組み合わせた最大火力であればまず防御は不可能。これまでにも防御や耐久に自信がある代行や使者を奥の手でねじ伏せてきた。使えば途端につまらなくなるほど力関係が変化する。のだが、すぐにそれを選べないのは……今回の相手は防御系であることは確かなのだが、実際には攻撃を防いでいるというより届いていない方が大きいのだ。見えない壁なら打ち破れる…しかしもっと別の、彼女には思いつかないような発想が元の創造が働いていたら。
となると別の案を。そしてゼロはそちらを選んだ。
「ウチ、超ヤバいかんね。良い人なんて生まれた瞬間に辞めてたみたいだし」
力加減をわざと間違えて、つま先で地面を軽く割る。攻撃力の高さをアピールしつつ準備を終える。必要なのは、割れた地面の破片だ。素材はなんでもいい。勢いよく飛んだ時に
「マジウケるよね」
人を殺せればそれで。
「…」
今のゼロの力なら、軽く足を当ててやるだけで超威力の蹴りに相当する。もしこの脚力でサッカーでもしようものなら、……
「っ」
ゼロの考え通りに、相手は動いた。
「へえ。関係ない人も守るんだ?」
銃弾以上の速度と威力の破片。それを上回る速さで相手は移動し、先回りし、
「守護する」
無関係な人間を守ってみせた。
「ウケる」
ゼロが別の人間を狙えば
「守護する」
相手は迷わず飛び込んでいく。
対象を同時に2人3人と増やしてみれば。
守りきれるだろうか。
自他問わず単体を守る能力に長けているのなら、複数なら。
誰かを守っている時、自身はどうなのだろうか。
それはすぐに分かる。
「ウチだけに集中できないなら、もうウチには勝てないっしょ」
、
「どうしよっかな。別に話さなくてもいいけどちょっと気になるまであるし」
明らかに、周りと違う。それは容姿の話だけではない。
通勤通学中の人間達がその同種と思われるはずの存在を避けている。
力の差が本能に作用している。関わってはいけない。同じ場所にいると知られてはいけない。存在していることを感知されたなら、その時はどうなるか分からない。
顔にも声にも出さない。生命そのもので危険を感じ、無意識に脳が退避命令を出す。
朝。
柊木家前に、ゼロの姿があった。
「……あれ、ウチなんでそんなこと考えたんだっけ」
柊木家に乗り込むためにわざわざここまで来た。べダスと共有する予定に背き、朝早くから来た。それは
「……」
柊木 真に変化があったかを詳しく知りたいから。
なぜそんなことが気になるのか。
「べ、別に…ウチは」
頭の中の自分と会話し、自分に追い詰められるゼロ。そんなグズグズな彼女の背中を
「モモ、守る」
桃色の髪をした子供が、切った。
手刀。爪は丸く切られ丁寧に整えてある。年相応の柔らかな、子供の手で。
「あ"あ"あ"っ!?」
背中に走る悲劇にゼロはすぐに気づいた。だが、それでも遅すぎる。左下から右上へザックリと切られている。自力では抑えられない放出。喪失感。血飛沫。なのに妙に足が踏ん張りを効かせて、逃れられない。
距離を置かなければ。今すぐ離れなければ、追撃を許してしまう。
「マジで!!」
キレる。動揺その他全ての余計なものを排除し、最優先すべきことに集中する。
撤退。
「ざけんなっ!!」
発光。緊急時、本能のままにゼロは創造を行う。
「ヤバいヤバいヤバいヤバい…ヤバい!!」
逃がすまいと迫る敵を置き去りにする急加速。
最後には舗装された道路に"足跡"を残して大跳躍。空高くへと逃げ込み、難を逃れた。
「……結子」
1人残されたモモは、敵が飛び去っていった空を眺め…るのではなく。目に見える範囲全体を注意深く観察していた。
違和感とすることも難しい極小の変化を探し、見つける。その"時の波紋"を見て
「分かった。…ありがとう、結子」
自分が助けられたのだと理解する。
結子からそれについて説明をされたことはない。しかし、普段大人しいモモだからこそ結子は変に身構えることもない。創造の書に書き込む時、考え事をする時、……様々なタイミングで結子は独り言を繰り返す。
彼女のそれを真面目に聞き取ったことはないが、
「時間を変えれば、結果も変わる」
特に聞く回数の多かったフレーズ。
呟くモモも、それについては理解がある。自分が登場する小説の中でまさにその事象が発生していたからだ。なんなら主人公の彼とヒロインの彼女にその件について詳しく話してもらったこともある。だから、時間を操作して過ちを取り返すというのはモモにとってありえない話ではない。
ただ。
結子の場合は、簡単に出来過ぎる。
難しいことは分からないが時間に干渉して望む結果を得ることがどれだけ
「……戻る」
思考をストップした。頭の中に届いた反応に応えるために。
呼び出された。戻ってこいと。ならばすぐに戻らなければ。
………………………………next…→……
「でさー、あ」
赤い爪、殺す。
「次の配達は、こ、」
赤い靴、殺す。
殺す。殺す。殺す。
誰も抵抗しない。
誰も気にしない。
怒られない。怖がられない。
許されている。だから
「殺す」
その男は、求めていた。
自分を満たしてくれる何かを。
創造の力は男の手助けに役立った。
何も無い人生に鮮烈な赤を添えてくれた。
でも足りない。赤が足りない。
もっと、もっともっと。
男はいつの間にか赤を求めるようになった。
衣服も、殺人の武器も、その身に取り込む食物でさえも。
そして赤を求める力が強化された。
近くにどのような赤が在るのか耳が目が鼻が直感が見つけ出してくれる。
「……赤、あかあかあかあかあかあかあかぁ」
殺した人間の財布を奪い、中身を地面にぶちまける。その中から札だけ取り
「……あか」
近くを通りすぎた赤いタクシーを捕まえる。
よく気がつく運転手だったらしく、男の前を通り過ぎてしまってもわざわざバックして乗車させた。
「どちらまで?」
乗り込んだ男は無言でシートベルトをして、かき集めた金を全て運転手に渡した。
「赤」
「いや、お客さん。お金は降りる時に」
「赤だ……とびきりの赤が」
「お、お客さん?」
そこから、遠く遠く…同じ国でも、果てなく遠い島。
「…………変なのが出てきた」
傍から見れば決してそうは見えない…極度の集中を維持し続ける結子。
余裕こそ見せるが、今の彼女は単体では無力。まだ大きな声で泣けるだけ赤ん坊の方が強いとも言える。
そんな結子にも、感じ取る力がある。身につけるしかなく仕方なく得たものだが。
それは強大な力を持つ代行の出現を知ることができる力。最近で言えば六島なんかがこれの対象となった。
力が知らせる。すると結子はその者の容姿と大体の位置を幻視する。
今回のは。
「とびきり尖ってる。俺を殺したいわけじゃないけど、俺のことは殺したいと思ってる。誰だよこいつ」
いつもならふらっと会いに行って敵情視察…だが今はそうはいかない。
簡単に殺されてやるわけにはいかないのだ。
「こっちには凪咲がいる。でもあいつは守備には向いてない。攻撃専門なんだよ。自由に攻めさせればいくらでも活躍してくれる…けど」
結子は痛いほど理解している。代行の戦いにはルールがない。パターンもない。予測ができない。
常に何が起きてもいいように気をつけなければならない。それでも裏切られる。それが代行。それが創造。
数時間、数日、いつか分からなくても敵が攻め込んでくる。
そのために今すぐ【守護者】が必要なのだ。
「ったく空気読めよな…。今は白熊の活躍が気になるとこなのに。なんで俺の邪魔すんだよ」
………………………to be continued…→…




