第5話「アイスクエイク」
一部を除き、全ての人間が知ることも見ることもできない"時の波紋"。
元は悪戯心によるものだったが、力の慣れにより使用回数は次第に増えていき…本格的に影響が出始めていた。
「もう。朝よ。早く起きなさい!」
「…………」
「お母さん起こしたからね?後で文句言わないでよ?」
「…………」
「ほんとにしょうがないんだから」
どこにでもあるような朝の出来事。
良い意味で普通の家族が、平和な生活を送っていて。
この日も母親は朝に弱い娘を起こしに部屋に入ったが娘はすぐに起きてはくれなかった。
母親は仕方なく朝食の準備に取りかかる。
「サラダとトーストと……」
「おはよう」
「あらあなた。もう朝ごはん出来るからね」
「ありがとう。毎日早起きで頑張ってるね」
「いいの。…そうだ子供たち起こしてきてくれない?全然起きてくれなくて」
「分かった。トモヤの劇の発表会、今週末だったっけ。俺もセリフ覚えられなくて仮病使おうとしてたなぁ」
「あなたとトモヤは違うわよ。あの子はよく寝るだけ。ミユは夜更かしばかりで朝起きられないの。あなたからも言ってほしい…朝起こしてって頼まれるんだけど部屋行っても」
「ママー…あ、パパもおはよう」
「トモヤ、おはよう。ほらもう朝ごはんだから座って待ってなさい」
「はーい」
「じゃあミユ起こしてくるよ」
父親が娘を起こしに行く…母親と2人きりになったトモヤは
「ママ、今日運動会だよ」
「え?…何言ってるの。運動会なら1ヶ月前に」
寝ぼけているのか。それとも、父親に似て何かを企んでいるのか。
「発表会、パパもママも見に行くから嫌でも頑張ってね。トモヤのためにもなるんだから」
適当に話を返しながらテーブルに並べていく。
「…いただきます」
「はいどうぞ」
「ミユ!!ミユっ!!!」
平和をぶち壊す、父親の声。
母親は急いでミユの部屋へと向かう。
「なに!?どうしたの!?」
何度も娘の名前を繰り返し、悔しそうに泣いている。部屋までは急いだが、入り口から娘が寝ているベッドまでは不思議なことにそっと歩いた。眠るのを邪魔しないように、静かに。
「っ、っ…救急車、呼んでくれ」
「あなた…?……ミユはどうしたの…?」
やや覆い被さる形で娘の様子が分からない。
優しく夫の肩に触れてどいてもらうと……何が起きたのかを知ることが出来た。
「み……ゆ?」
おかしな、話だ。実際に目にしてもまだ信じられない。
両親がすぐそばでこんなに騒いでいるのに目を覚まさない娘は。
「な、なに……なんなのよこれ」
顔の一部が変形。へこんでいるのかと思えば、どうやらそうでもない。
目の大きさも左右で差がありすぎる。鼻も、口も…歯も。
掛け布団をどかせば、ついにその現象の全貌が明らかになる。
「そんなっ…ミユ!!」
視覚で得た情報と記憶がうまく混ざらず混乱する。それでもどうにか
「……14歳…よ?」
声に出して確かなものだと主張する。しかし、重要なのは実年齢ではない。
左半分のみが、悪い意味で若返ってしまっている。
手足も胴体も、何もかもが14歳のものではない。せいぜい2〜3歳。娘は元々小柄だが…それでも体の大きさに差がありすぎて。
左右の大きさの差分、無理やり結合している。薄く長く伸びているその皮膚はほとんど透けていて血管がよく見える。
「……」
「……」
あまりに衝撃的で言葉が出ない。それどころか、娘を見て吐き気を催してしまう。
「ママー…?」
そこに、息子が様子を見に来てしまう。咄嗟に母親は
「いいから。向こう行きましょ」
真顔。目を大きく見開いたまま、感情を殺して息子を部屋に入れさせない。優しく頭を両手で固定し、振り返って見てしまわないように気をつけながら。
「ママ。今日運動会だよ!リレー頑張る!」
「…ええ、そうね」
母親は諦めた。
恐らく息子の"これ"も冗談ではなく本気で言っているのだと、察した。
部屋を離れるその瞬間、愛する夫の背中を見た。もう彼もその域に達していた。
父親も諦めた。
医者に、娘は治せない。
息子もいつか、同じ目に遭う。
悲しいことにそう確信してしまった2人。
だから。
………………………………next…→……
「おいィァムグゥル」
「ん、見つけたのかな?」
「見つけてへんけど。ひたすら鼻ヒクヒクさせてんのもダルいんや。気分転換に話聞かせろ」
「そうだね。君の負担を和らげてあげるのもパートナーの役目だし」
「お前やなくてサラがワイのパートナーやけどな」
今いる場所の住所は分からない。正しい時刻も分からない。でもいざとなればダン達がいる旅館までタクシーに乗って帰ればいい。
楽な気持ちで目の前の手がかりを追うオヤブン達だったが、やはり今気になるのは
「さっきの。直撃しとったらワイはどうなってた?死ぬんか?」
「さあ?…死んでいたかもと言えば君に感謝してもらえたり」
「別に死なんでも言うわ。助かった。ほい」
「ふふ。……"あれ"は」
「ワイらの間を抜けたあと、多分消えたよな?」
「多分、違う」
「は?」
「見えなくなった。というのが正しいと思うよ」
「なんで分かるんや」
「いつか消えるようなものには見えなかった」
「……分かるように言えや」
「以前空気に干渉したことがあってね。空気を波打たせて敵の創造の威力と相殺させようと」
「で?」
「似ていた。さっきのを見て感じたよ。時の在る場所、と言うべきかな。空気と同じで目に見えないだけでそこら中にあるんだよ、時間と呼ばれるものは」
「……」
「…………呼吸、それと感情…いくつかの要素がかけ合わさって、時の流れ方が決定するとしたら。例えば、楽しい時間や物事に集中している時は無意識に呼吸を行うから比較的時の流れが早く感じる」
「その逆もあるっちゅうことか。不快な時や苦しい時、集中できん時」
「妙に時間が長く感じたりしないかい?」
「…」
「ため息なんかもそうだろうね。時の流れは一定、とは言いきれないわけだ。少なくとも代行にとっては」
「……本気か?言うとることめちゃくちゃやぞ」
「だからといって否定はできない」
「何かあれば全部創造のせいって言えるしな…っとと」
においを嗅ぐのに夢中で道路に近づきすぎた。危うくタクシーに轢かれそうになり慌ててバックステップで歩道へ戻るオヤブン。
「おや。君のヒゲが何かに反応しているようだね」
「んあ?…あ、ホンマやな。なんやろ」
「どうやら成長したみたいだね」
「……ぉ」
少し離れた場所で停車したタクシー。……手動で開けられたドア。降りてきたのは
「黒スーツやんけ」
「エージェント、と呼ぶべきでは?」
「サラがそう言うとんのか」
「まあそんなとこだね」
「人前や」
「大丈夫。周りの人間は誰も気にしないから」
「あんま派手にやったらアカンで」
「そう言われても」
先制攻撃。
気づいたエージェントはすぐに表情を変えて戦闘態勢に…しかし、
「捕まえた。気絶させようか」
ガチャガチャ、金属音。エージェントは自分の手元を見る。手錠。どれだけ激しく動かしても外れそうにない。それだけでなく、足首にも重い感触……見ればもちろん
「オヤブン、ここは1度帰ろう。あのエージェントを連れて」
「別にそこら辺で適当に尋問したらええやん。必要な情報を吐かせるくらい」
「時間操作についてダンにも共有しておくべきだし、今覗きの指輪を持っているのは彼だからね」
「…ああ!指輪があったか。せやな。じゃあアイツが乗ってきたタクシーもそこに停まっとるしそのまま乗ってくか!っしゃぁぁ……」
ダッシュするオヤブン。手錠を外せず静かに暴れているエージェントに飛びかかり、
「おらぁっ!肉球インパクトォ!」
渾身の右ストレート。頬を打ち抜き、一撃で気絶させた。
タクシーに乗せるのはィァムグゥルに任せるとして、
「先乗るで」
座席に飛び乗る。
「……ふぅ。ええ仕事したわ、」
シートに寄りかかり、楽な体勢になろうとして固まる。
「オヤブン。もう少し奥に詰めてくれないかな。真ん中だとこのエージェントを押し込めない…ん?」
「アカン、降りろ。この運転手死んどる」
何事かとィァムグゥルが助手席側へ回り込んで車外から運転手を見る。
額に小さなナイフが突き刺さっていた。出血はないようだが。
「別のを探すとしよう」
「せやで。さらに言うと、この運転手は創造の対象外やろ?死んでるってバレて騒ぎになるのも時間の問題や。超急いで帰らな」
………………………………next…→……
「待て。赤信号だ、渡るな」
べダスはルールを大切にする。
王として、上に立つ者として手本になるためだ。
先に渡ろうとしたエージェントを止め、信号待ちをする。
ただでさえ体が大きいから目立つというのに、エージェントに囲まれているため
「なんかすごくね」
「ドラマの撮影?」
「てか芸能人?海外のセレブとか?」
「見たこと…ない」
誰もがべダスに注目する。しかし、目を向けられるべダスは嫌な顔をせず堂々とする。そうすることで
「なんかカッコイイ」
「あれわざと髪白く染めてるのかな」
「強そう」
「格闘家とか」
少しずつ確実に評価が好転していく。
「行くぞ」
青信号。人の流れが生まれ、その流れにべダス達も乗る。右側通行で進んでいた、その時だった。
((READ))
甘い香りがべダスの鼻を刺激する。釣られて振り向く。恐らく……すれ違ったはずで。
「っ、」
「なんだ」
エージェントの1人が倒れる。襲撃を察して他のエージェント達が警戒を強める。
「甘い香りのする毒を嗅がせたか?」
対抗しようにも敵の姿が分からない。創造の書は出さずに様子を見るべダスだったが、
「ぃ、」「ぅぉ」
さらに2人エージェントが倒れる。
本来ならば一般人がこの様子を見て騒ぐはずだが、
「気にせずただ離れていく。逃げるように……なるほど。儂を狙うだけはある。少しは出来るようだな」
邪魔な人間がいなくなり、広い歩道にべダス達だけが残る。
すると、ようやく"彼女"が姿を見せた。
「お前……か?」
自信のない問いかけ。というのも、自分の知る容姿と
「赤い部分もあるが……」
少し違う。いや、かなり違う。
「ウチが誰か知りたい?」
「誰だ」
「申し訳ありません、不明です」
エージェントにも聞くが、どうやら
「初遭遇か」
「余裕ぶっこけんのも今のうちだかんね。ウチ今マジでノッてるから!」
((READ))
自己紹介など必要ない。
互いに代行だと、敵だと分かればそれだけで。
べダスの前に現れた女は、カラフルな髪を振り乱し突っ込んでくる。その途中で創造を行い、
「ヤバい」
「ふんっ、儂と力比べでもしようというのか!!」
拳と拳が激突する。
互いの攻撃力が相手の体を吹っ飛ばそうとするが、どちらも踏ん張りが強く
「来い!!その程度か!!」
べダスの言う通り、拳の押し合いによる力比べが始まる。
一見すると地味な攻防だが、これに押し負けることがあれば
「今にお前の顔面を叩き潰してやる…!!」
死は確実。状況はべダスがやや有利。残りのエージェントが女を取り囲むが、甘い香りに次々倒れてしまう。
「儂のエージェントには効くのか…使者専用の毒、なるほどなァ…!」
「てか、"ヤバい"」
「…ふん!このまま押し切ってやる!!」
足を開き、やや腰を落とし、べダスは更に力を入れる。
「"ヤバい"」
「っ、女にしては力がある」
「マジで"ヤバい"」
女はとびきりの笑顔で同じような言葉を繰り返す。
それだけではない。どうやらべダスの力に負けていない。
「ならこれでどうだ…?……指1本で車を潰すほどの儂の怪力、味わえ」
「"ヤバい"。ホントに"ヤバい"」
「っぐ…!!このぉ、」
べダスの額に汗が浮かぶ。確かに力は入っている。手加減はしていない。使者にしか効かない毒という観察も間違ってはいない。自分の怪力に嘘はない、信じている。
ならばどうして、押されるのか。
気づけないべダスを笑顔で圧倒しはじめる女は、冥土の土産にと…タネ明かしをした。
「ウチが"ヤバい"って言う度に、ウチの力が強くなる。"ヤバくない"?」
「ッつぅ!!」
押し込まれ、まっすぐ伸ばす腕のどこかしらの骨が悲鳴をあげる。
完全に押し負けている。今の説明中にも強化されたのだろう、ということは。
「お、お前ぇ…っ!!」
「ウチの勝ちだよ。本気出すまでもないんだけど。……ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい」
「っ!!!?」
言う度に強化される。それを連呼したのなら、
「ぢぃっ!!」
右腕がへし折れるのも無理はない。べダスはあえて踏ん張るのをやめて、後方へ吹っ飛ぶ。女は良い判断だと言いたげに左の眉を持ち上げ
「へぇ。おっさん頭良いじゃん」
「ふざけた女だ。儂が探しているのはお前のようなのではないぞっ!!」
「ウチみたいのって、見た目の話?ただの黒ギャルなんだけど!マジウケる!」
べダスはついに創造の書を取り出し、ページを開く。
「舐めるなよ」
((READ))
「アイス…クエイク」
「は?地震ならアースクエイクじゃね?」
「…今に分かる」
女の指摘の直後、揺れが発生する。微振動はなく…すぐにピークを迎えて。
「わっ……"ヤバっ"!これ、震度…」
体感する揺れは未知のもの。しかしそれならば近くの建物などが揺れたり倒壊したりしないのはなぜか。
「……氷!?」
女はべダスの創造の目的を知った。強力な地震で動きを封じ、そして一気に
「その魂ごと氷結せよ、我が敵よ」
「"ヤッバ"……」
あっという間に女の足が、凍りついた。
………………………to be continued…→…




