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僕達に与えられた使命。…と、新たな日常。  作者: イイコワルイコ
引き継がれし力
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第2話「代行の誕生」





朝6時。起床。温もりが残る布団にはソープが入れ替わりで入るのでまだ片付けない。

小さな体には不釣り合いな広さの寝床でのんびりするソープに一言「おはよう」と告げて、1階へ降りる。


元々は店だった1階。正面の出入り口には僕以外に触れられることがないドアが朝日に照らされている。

いい加減古くなってきたのか、ドアの周囲に隙間があるようで中から見るとドアが光って神々しく見えてしまう。

ドアの右側には窓がある…が、カーテンは閉じられたまま何年も放置されている。たまには開けてみようか…という考えは毎回実行されないまま。


掃除は終えている。商品の本も作品名をあいうえお順で並べ直した。

整理された本棚の"あ"から1、2、3…


「おもっ…」


ああああの真実 ゲームの都市伝説紹介

ああっ、なるほど 自己啓発本

あいうえおの歴史 美文字練習本

愛くるしい小動物 読者投稿型写真集

愛、苦しい衝突 恋愛サスペンス小説


タイトルをひとつずつ確認していったら終わらない気がした。

まずは5冊。自分の読書の速さが分からないから、これらを午前中に読み終えることを目標にする。

本を抱えて2階へ戻り、先にソープのために皿にキャットフードとツナ缶を開ける。軽く混ぜるとグチャグチャと音がして、布団を抜け出したソープがトコトコとやってくる。


「ニャァ〜」


「お食べ」


クンクンと匂いを嗅いで、僕に向かって「ニャ」と軽く鳴いてから食べ始めた。"いただきます"ということだろうか。

自分の食事は適当にロールパンを袋ごと持っていく。

自分の部屋、畳の上に座り本を片手にロールパンを頬張る。

…が、詰まらせてしまい本を投げ捨て慌てて冷蔵庫へと向かう。

麦茶に救われ、流れでソープのために皿に水を入れて出す。

軽く躓いたけど問題ない。大丈夫。



気を取り直して読書に戻る。



都市伝説を紹介する本は、そもそもそのジャンルに興味がないと始まらないと思った。

ゲームには全く触れたことがない。友達の家で少し触ったことがあるが、下手くそと罵られすぐに交代させられてしまった。

…とはいえ、開発秘話だったり製作者達の苦悩であったり。ゲームが発売されるまでに起きた心霊現象だったりと面白い部分もあった。

あっさり読み終えて時刻は


「8時17分」


悪くない、と、思う。

そこまで薄い本ではないしそれなりに文字数もあった。

代行の能力が成長するのを何度も感じた。


次は自己啓発本に手を伸ばした。

"食わず嫌い"が人生を退屈にしてしまうというのがテーマで、嫌な事でも解決方法が分かれば嫌ではなくなる…とか、出来ることが増えると楽しい気持ちも増える…とか、そんなことが書いてある。

時々、食わず嫌いや苦手なものの代表例として野菜たちが挿し絵になっている。

絵の周りにはアドバイスが書いてあり、ドレッシングをかけて美味しく食べようとか、苦手なあの子は食べると体を強くするとか、なんとなく子供向けな印象。

「ふ〜ん…」興味があるんだかないんだか。中途半端なリアクションを最後に読み終えて時刻は


「9時31分」


なんだかんだ面白く感じて読んでいたのかもしれない。

この調子で次は…





………………………………next…→……






昼食。

ご飯を2人分早炊き。夕飯の用意の手間を減らす。

納豆を用意。付属のタレとからしは半分ずつ…味が濃いのは苦手だ。

豆腐を出して、漬け物も出して、小皿に醤油を。


ソープには違う味で食感が楽しそうなキャットフードを。



「いただきます」「ニャァ」


行儀は悪いけど、咀嚼中は読書を続ける。

午前中の目標は難なく達成されて今は6冊目の途中だ。

どうやら僕には読書の才能があるらしい。

いや…神の代行になったから。…の方が正しいかもしれないが、とにかく本が簡単に読めてしまう。

掃除機で細かいゴミを吸引している感覚が一番近い。

ページに目を向けると、文字の方から目に飛び込んでくるというか。

小説の1ページが2秒ほどで見落としなく読めてしまう。

…脳の半分は話を理解するために使われ、もう半分は夕飯のメニューと…代行について考える。


印象が薄いせいで気づかないだけで、実はこれまでにも何人か代行と会ったことがあるのではないか?と。

例えば、学校で友達の輪に入らず図書室に入り浸って本を読んでいたあの子。

本を読むことが生きがいとでも言いたそうに本屋で大量に本を買う人。

裕福な家庭で、壁一面に本が並んでいる書斎を所有している主人。

中古の本を扱う店で、1日中立ち読みをしている人。


別々の環境の人達が能力を成長させるために読書を生活に取り入れてる…もしかしたら、もしかしたら、そんな想像が止まらない。



そんな僕も気づけば食事を終えて、皿洗いも済ませて、掃除機を片手で操りながら読書をしていた。


…いつの間に?



歳を重ねると1日が、1年があっという間に感じる…なんてよく聞くけど、僕の場合はあっという間なんて可愛いものではなかった。

本を読むのに夢中になりすぎて、時間の感覚が狂っていく。

なのに、猫の世話や家の掃除は忘れない。

お風呂にだって入っていた。

いつの間にか寝るために楽な格好になっていて、いつの間にか朝になっていて、いつの間にか当たり前の生活を続けていて。



現実の時間が流れていく。


それでも確かに、僕の頭の中には読んだ本の内容が蓄積されていく。

最初に読んだ本の内容も覚えている。一文字も間違えることなく思い出して声に出すことが出来る。


どんどん時間が、流れていく。













「ニャァーーーーッ!!!」



「うわああっ!?」



遮られた?断ち切られた?

邪魔が入った?割って入った?

水を…違う。違う違う。



「ソープ」


「ニャァ〜」


頬にソープの肉球を感じる。

ふにふにと押されながら、自分がソープに助けてもらったんだと感じた。


時刻は午前…11時2分。

スマホを取り出して日付を見ると…


「4日も経ってる…!」


さっきまで、もうそろそろ1日の終わりでキリのいい所で寝ようと考え…あれ?


「いや、気づいたら朝まで読んでて…」


真犯人はパートナーの大八郎。彼は林檎を食べる時に皮を剥かないで丸かじりするのに、ホテルのオーナーが死んだ時は丁寧に剥いて食べやすく切り分けてもいた。


「違う。そうじゃなくて」


チカコは結局リョウタの彼女にはなれなかった。彼はあの夏祭りの夜から親友のマミを好きになっていたのだ。

誕生日当日、彼のために用意したプレゼントはどしゃぶりの雨の中捨てられた。彼の欲しがっていた服と一緒に、チカコの気持ちも…


「そんなことどうでもいい!」


「ニャァ」


自分のことが思い出せない。

無意識に"スキップ"されてしまった自分の人生。

昨日は何をした?何を食べた?

一昨日は?


つまり、このガスや空気が出ていくから空腹時以外でもお腹が鳴ってしまうことがあるのだ。


「落ち着け…落ち着こう。一旦」


立ち上がって、冷蔵庫へ向かう。

麦茶の入ったボトルを取り出し、コップをテーブルの上に置いて、なくさないように外したボトルキャップをコップの隣に置いてから


頭から麦茶をかぶる。



「ニャッ…!」



近づいてきたソープが警戒して離れていくのを見て、自分の奇行に気づいた。


床は麦茶でびしょ濡れだ。



やらかしたことで頭が真っ白になりリセットされた。

床を拭きながら、冷静に考える。


これは流石に自分の才能ではない。

神の代行として目覚めたか獲得した能力なのだろう。

代行としての能力を高めるために読書の効率を最大まで高める。

高めた結果、時間の感覚が無くなりかけた。

…僕はまだまだ新米だ。恐らくこの過剰な読書はコントロール出来る。

じゃなかったら秀爺だって永遠に読書していたはず。



……目覚まし時計だ。

家にはなぜか、未開封のも含めて10個以上は目覚まし時計があった。

安い時にまとめて買っておいて、壊れたら新しいのを使う…子供の時はこれも節約なんだと思って気にしなかったけど。


秀爺の部屋、収納の襖を開けるとすぐに見つかった。


「ん?これはなんだろう」


積まれた目覚まし時計の数は14。これが節約に貢献するはずがない。せいぜい2、3個だ。

その目覚まし時計の箱の上、付箋が貼ってあった。



"1日3時間"



書いてあることの意味はすぐに理解した。

代行が読書に使っていい時間は、1日3時間。

それ以上続けたら…今の自分のようになる。

そして、夢中になりすぎたら最後…目覚まし時計の音なんかじゃ"戻ってこられなくなる"。



でも1日3時間だとそんなに多くは読めない。

今の僕には時間があるしもっと読んでおきたいと考えてしまう。

それを見越しての3時間なのかもしれないけど。


「腹八分目。みたいな」


納得するしかない。

実際、ソープに気づかせてもらった時は怖かった。

ソープがいなかったら、知らない間におじさんと呼ばれる年齢になって、気づかないまま老死していたかも…と。



1階に降りた。



どうせ店は営業していないから、と読み終えた本は同じ場所に上下を逆さにした状態で戻していた。

これでどこまで読んだのかが分かる。


"あ"から辿っていく。


人差し指で本をなぞりながら、正しい向きの本を探す。

4日間。時間の感覚を忘れて狂ったように読み漁った結果が知りたい。



…………1つ目の棚の本は全て逆さだった。


後ろを振り向けば次の棚がある。

………………まずい。



「何冊読んだんだ…!」



2つ目の棚の反対側へ…確認作業は若干手を抜いても問題ないほど結果は明らかだった。


3つ目の棚…左上から右下へ向かって雑に視線を移動させて…


「ということは」


4つ目の棚。1つ目と4つ目は壁に直付けされているから他の棚の片面分しかない。


確認作業はすんなり終わった。



「ZOMBIEー下巻ー…全部読み終えてる…」


そこでふと気づく。

じゃあ、さっきまで読んでいたものは?


家にある本といえば、1階にあるものと…2階には秀爺のために購入したスマートフォン簡単操作ガイドブック…マンネリ気味な食事の改善のために購入したレシピブック…



ゴクリ。


喉を鳴らして確認に向かった。

思いつくのは3冊。

スマートフォンの操作なんて今更だが、レシピを覚えていたなら今後に期待出来る。


ただ、どちらでもない場合。



「ニャァ〜」


階段を上るとソープが僕の足に体を寄せて頰擦りしてきた。

襖が破壊されてプライバシーを失った自分の部屋に足を向ける…



「うわ…」



部屋には【創造の書】が広げられた状態で置いてあった。

ページ数的にちょうど半分くらいか


「まさか…読めたのかな…」


今まで読んだ本の内容は全て頭の中に入っている。

引き出しを漁ればちゃんと出てくる。

取り出す情報を間違えないように気をつけて、



「実在と空想の違いは、生命に認知されている度合いで変わる」


これは、創造の書の4ページ目に書いてあること。

使者を創造する際、対象が実在するのか空想なのかで創造するのに必要なエネルギーみたいなものが大きく違ってくる。


実在するものを創造する場合の方が圧倒的にコストは少なく済む。

ただ、空想の存在を創造出来ればコストが大きいかわりに何もかも自在に設定出来るわけだ。


そしてその実在と空想の判定基準が、生命の認知…

簡単に言えば、誰でも知っているような偉人やアニメのキャラクターは実在すると判定される。

多分、知ってる人が少ない場合でも実在にはなるだろうけど創造するためのコストはその分大きいだろう。

空想だと判定されるのは知ってる人が極めて少ない、もしくは代行本人しか知らない存在の場合だ。



有名な"使者"は、有名な空想上の怪物達にあたる。

竜や巨大な海洋生物とか…昔から伝わる有名なアレだ。

"空想"の怪物なのに、実在すると判定されて比較的簡単に創造出来てしまう。



「すごい…!」


創造の書の1ページ目を開く。

目で見る分には、相変わらずふざけた文字が並ぶだけで"読む"ことなんて出来そうにない。

なのに。


「創造の書は神の力を借りる術。与えられた栄誉。この世に生と死を平等に与える者として…覚えてる…!」


少し悔やまれるのは半分までしか読み進めていなかったこと。

これがもし、全て読み終えていたのなら。


「時間の感覚が狂ってしまう代わりに、読めない言語でさえも読めるようになる…」


ハイリスクハイリターン。

この言葉を初めて使った。ピッタリだ。



「ソープ、おいで」


「ニャァ」


「ありがとう。助かったよ」


ソープはにゃーとは鳴かず、ゴロゴロと音を出していた。

確かリラックスしてる時に出る音だったような。


賢くなったとは思わない。

ただ、読んだ本の情報を引き出せるようになった。


そして、なんとなく、自信がある。




「使者を…創造してみよう」







………………………to be continued…→…



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