第14話「パートナーと保護者」
旅館に戻ってきたダン、ジュリア、サラ、オヤブン。
車を降りた猫達はそれぞれが好きな方向へ走っていく。新たな土地で、新たな生活を求めて。…トラさん一家は例外で、特別に旅館で飼うことになった。
「人間?人間!?すげえ!広いよ!?なんか広い!!」
「ぱぱー」
「しんせかいー!」
「勝手に行かない」
到着早々走り回るトラさん。まだまだ若いのか、かなりテンション高めで家族を置いてけぼりにしていた。
「ちょまっ、うぉ!?この匂いなに!?クソ美味そう!!」
「くそー!」
「びちびちー」
「そんな汚い言葉忘れなさい」
「おっかちゃん!おいで!」
「おっかちゃんー」
「ままー」
「まったく…」
サラの耳にはなんだか微笑ましいトラさん一家のやり取り。子供より自由な父親と、そんな父親の真似をしようとする子供と、しっかり者で皆をちゃんと見ている母親。……しかし、
「サラ様を助けたとは聞きましたが、やけに鳴く猫ですね。新しい環境に不安なのでは?」
「サラ。自室の中であれば猫用の物を揃えて置いても構わない。好きにしたまえ…だが、あまり自由にしすぎるな」
「ふふふ。ありがとうございます」
サラ以外にはニャーニャー鳴いているようにしか聞こえない。それが分かるとサラは少し面白くなって笑った。
「猫の世話は他に任せるとして…私達の今後について話をするとしよう」
見れば、トラさん一家はあっさりとユキ達に捕まった。両脇を抱えられ、体をだらんと伸ばしながら運ばれていくトラさんの姿は見ていて飽きない可愛さで。
しかし、そんな平和な空気をバッサリ切り捨てたダン。一瞬でピリつく空気に反応したのは
「相当我慢してたみたいやな。"代行会議"でもやるつもりなんか?」
「会議か。簡単な話し合い、相談程度のつもりだったが」
「お前のそれは社長か会長の顔やで」
「間違ってはいないな」
オヤブンだった。勝手に逃げ出したのは自分の方だと理解しつつ、それでも何をするべきかをちゃんと考えていた。
この場にいる誰もがまず望むこと。それは、話し合い。
状況を整理して、どう行動するか、何が必要かを考える。
「…、みんな揃って…なに?」
その中にはもちろん、シャミアのことも含まれていて。作業の手を休めてお茶を飲んでいた彼女も誘い、全員でテーブルを囲む。
「ジュリア」
「…問題ありません。この部屋に盗聴器などは仕掛けられていません」
「なんや?」
「気にするな。念の為だ。早速だが、サラ…オヤブン。力を借りたい」
「その感じやと、戦闘面で期待してるみたいやな。何があったんや」
「お前達はあまり関わっていないが、終の解放者に変化があった。六島と多くの患者達が姿を消した」
「半里台総合病院に戻っていると考えています」
「…なるほどな。2人で攻め込むのは確かに危険や。せやけど…連れていくのはサラ"だけでも"問題はなかったんとちゃうか?」
「オヤブン…」
「ィァムグゥルがどこまで協力的なのかは不透明だ。それに、私はまだ戦力が足りないと考えている」
「まあ、多い方がええやろとは思うけどな」
「向こうは数だけではない。個の強さも相当だ。可能性のひとつとして、ィァムグゥルとオヤブンをフル活用したサラでさえ手数が足りないと考えても間違いではないだろう」
「……サラ。変われ」
「…はい。………」
「ィァムグゥルなのか?」
「まずは、このィァムグゥルと君達の関係を良い方向へ軌道修正するべきだと考えているよ。でなければサラは本気になれない」
「仲直りせえって言うとるのか」
「サラらしい言い方に直せば、ね」
「完全に、は無理だろう。オヤブンが納得するにはィァムグゥル、お前を殴る必要がある。もちろん、サラの体を巻き込まない形でだ」
「魂を上書きしたんだ。そう簡単に別れることなど出来ないよ」
「…言い方に気をつけろ、ィァムグゥル」
「……とはいえ。"あの場"ではとても助かったよ。オヤブン。君が手を切り捨ててくれなければ、取り返しのつかないことになっていた」
「あの場?何の話だ」
「サラがオヤブンを探し求めて…細かい部分は省くけど、どういうわけかサラはオヤブンに似た黒猫の死を、間違った形で見てしまった。オヤブンが死んだと勘違いしたサラは精神が不安定になってね。呼び寄せてはいけないものを…」
「アレが何か分かってるんやな」
「無から創り出される、神の手。…"創造神の罪"。決して頼ってはいけない力の源だよ」
「創造神…」
「罪ぃ?どういうことや」
「何がどうして。というのはこのィァムグゥルにも分からない。ただ、選ばれたら…現れる」
「それを拒まなかったらどうなるんや。もしワイがあの時」
「ただ傍観していたら?君は何度死んでも足りないほどに後悔していただろうね。こんなことなら、このィァムグゥルと仲良しごっこをしていた方がよかったと、ね」
「待て。創造神…つまりは私達に代行として力を与えた存在、ということではないのか?それがなぜ」
「ダン。分からないと言っただろう。このィァムグゥルが分かっているのは、それが起こる瞬間と選ばれた者の特別扱いの行く末だよ」
「行く末。つまりお前は」
「最近も1人、特別扱いを殺してきた。本当に最近の話だよ」
「……ィァムグゥル。その創造神の罪、というものがサラに降りかかった時…どうしてオヤブンが助ける必要があった?お前の力で解決出来なかったのか?」
「このィァムグゥルは、ィァムグゥルではあるがサラでもある。彼女の考えや意思を無視して"前に出る"ことはできるけど、彼女の強い感情には逆らえない。それがあの時はオヤブンの死という勘違いに支配された。動きたくても動けなかったんだよ。分かって欲しい。あくまでも内なる力なのだと。そしてオヤブン」
「あ?」
「君は内なる力ではない。外部的力だ。サラを外側から守る武器になる」
「まさかとは思うけどな。ィァムグゥル。お前今話をまとめようとしてへんか?」
「さっきのダンの考えだけど。否定させてもらうよ。このィァムグゥルとオヤブンが完全に力を発揮したなら」
「………」
「並の神でさえ敵ではない。……信じられないだろうけどね」
瞬間、場が凍りついたように静かになった。サラ…ィァムグゥルが浮かべた笑みは、今の発言にどれだけ自信があるか…それを伝えるのに十分すぎる力があった。
「…ワイ込みなんやな」
しかしオヤブンが誰より早く問う。ィァムグゥルの自信は、自分の力だけのものではない。たった今、
「そうだよ。君だって、サラの大切な一部なんだ」
「ワイはサラのパートナーや」
「もちろん。それを否定するつもりはないよ。代わりに、言わせてほしい。このィァムグゥルは、サラの親…保護者のようなものだと思ってほしい」
「……」
「誰よりも近くでサラを守ろう」
「ワイだってそのつもりや」
「目的は重なった。つまり、協力関係であることに違和感はない」
「今のとこは…やけどな」
「サラは天才だ」
「サラはアホや」
同じ器の元に集った水と油が掻き混ぜられる。一時的なものなのか、それとも。
「では。サラ様を戦力に加えることに関しては問題ないようですね。ご主人様、次の話を」
「…あ、ああ」
両者の気が変わらないうちに。ジュリアが先を促し、ダンは
「ィァムグゥル。サラと代わりたまえ。次の話も重要だ」
「いいとも……」
「次の話?終の解放者のことはもうええんか?」
「いや。その件はまだ終わっていない」
「…はい。なんですか?」
「彼を知る私達全員で取り組むべきだろう。友として。もう、十分だ。時間は与えた」
「…真のことやな」
「オヤブン?」
「っは。おもろいやろ。ィァムグゥルがサラの魂に上書きされたおかげやろうけど、ワイがいない間にサラが経験したことが片っ端から流れ込んで来るんや。必要な記憶を共有してくる…真も大変なことになってるみたいや」
「その通りだ。私としては、真とオヤブンの合体も戦力として数えたいと考えている」
「なるほどな。それなら確かに。代行が3人に増えれば」
「いや。戦いに参加する代行は、5人」
「は?」
「…ダン、わたしと…」
「…?」
シャミアが自分を指さして確認する。それにダンは頷いた。
「ほんで真やろ。4人やんけ。誰か他に仲間がいるってことか?誰や」
「いや。まだ知り合いでもない」
「ふざけとんのか」
「……あ、」
ダンに向けられた視線。シャミアは5人目に誰を選んだのかを察したが、それは無理な話だと首を横に振る。
「だが。まずは真だ。彼を取り戻すことも、私達には重要だ」
………………………………next…→……
「真さん!買い物行きましょう!」
知花も芽衣も気づいていない。この生活を楽しんでいる。
「真っちゃん。行ってらっしゃい。あ。牛乳忘れないでね」
芽衣なんて、数日で素が出た。声の調子は落ち着いているけど、言葉はとても柔らかいし僕のことを可愛く呼ぶ。"まこっちゃん"なんて小学生時代に少し流通した少数派の呼び方だ。
知花は変わらず。いつも元気で隙あらば密着してくる。飼い主が大好きで仕方ない犬のようだ。
2人とも可愛い。だが、気づいていない。
「行ってきます。芽衣さん」
「クリームシチュー楽しみ〜!真さん、早く早く!」
監視されている。
「そんなに慌てなくても」
「だめですよ。芽衣の作るご飯めっちゃくちゃ美味しいんですから!」
「分かるけど」
「牛乳と鶏肉。絶対忘れられませんよ!この調子じゃ大人様ランチの完成までに太っちゃいそう…」
特に、家にいる時。いくつもの視線が壁や屋根を貫通して僕に突き刺さる。
「ねぇ真さん」
「何、知花」
「あの…スーパーイナズマ?って、いつ連れていってもらえますか?」
「へ?」
「よく言ってるじゃないですか。頭の中で。このじゃがいも、イナズマなら1kgで178円なのにとか。チーズも他所の半額以下とか、みかんなんて1箱500円って」
「……ああ…うん」
「そんなに安いのに行かないんですか?」
「まあ、ね」
「最近行ってるスーパーノリノリも高くはないですけど、うーん」
「知花も節約好きなの?」
「これでも、真さんから生まれたようなもんですからね!」
「その言い方だと娘みたいに思えるんだけど」
「あー。それは困ります!なんて言えばいいかな。待ってくださいね…」
こうして歩いている時も、前方の遠くから…人々の中に隠れて僕を見ている。
「知花。ちゃんと前を見て歩いて」
「そしたら真さんが見れないので却下します!」
「転んだら危ないから」
「怪我したら真さんが手当てしてくれるので大丈夫です!」
「………」
「あ」
「なに?」
「あの猫。この前も見たんですよね。首輪してないし野良猫なのかなぁ」
「………」
時々、知花は鋭い。僕が気づいていないことを、見つけて教えてくれる。
「どんな猫?」
ほとんど後ろを向いて歩いている彼女だからこそ、尾行に気づけた。
「黒い猫ちゃんですねー。歩くの上手なんですよ!誰ともぶつからないんです」
「もしかして、その黒猫の近くに女性がいない?外国人の」
「え?…んーー…お。いますよ!真さんすごーい!エスパーですか?超能力でも身につけたんですか!?」
「知花」
「はい!」
「おいで。軽くでいいから、走ろう」
「え!?あ、いいですけど!!」
知花の手を掴んで走る。点滅を始めた信号をギリギリで渡るくらいの速度で。
「どうしたんですか?」
「頭の中」
「はい!」
黒猫と女性は代行。尾行されている。他にも僕達を監視しているのがいる。
「えっ!」
「仕方ない…ちょっと隣町まで」
「ええ!ご飯が」
「いいから」
たまたま近くにいたタクシーに乗り込む。これで解決とはならないが、接触は避けたい。
「あのー、真さん」
「うん」
「ご飯お預けは嫌ですよ?」
「ちゃんと帰れるから…」
「あたしに出来ることがあったら言ってください。…戦うのは難しいですけど」
「大丈夫。大丈夫…」
考える。考えなければ。
この生活を守るためにも。
………タクシーを見送る1人と1匹。
「あかんなぁ。バレたか」
「そうみたいです。あの女性は」
「元気な彼女やな」
「か、彼女!?ガールフレンドですか!?」
「本人に話を聞くまで変に決めつけるのはあかんで」
「う…」
「しゃあない。変に警戒させて問題がややこしくなるのは避けな。正面突破や」
「オヤブン?」
「ダンに連絡せえ。ワイの予想で間違いない」
………………………to be continued…→…




