第2話「客」
「ぶぁ」
「ぅぃいい!?」
「ご主人様。代行はどのように」
「どうやら怪人化が進行しているようだ…生かしてはおけない」
「分かりました。粉砕します」
~~♪
「サラか。……」
「戦闘を終了しました。サラ様からの報告ですか?」
「ああ。2階の居住スペースはあえて掃除せずに1階で猫の世話をしていると」
「柊木様は…」
「変わらない。家に戻ってから3週間。一切食事をせず、外にも出ず、起きている間は泣き続け…泣き疲れたら眠る。それを繰り返しているらしい」
「……」
「人間は強くない。だから誰かと共に生きることを望む。…だがその誰かを失った時、人間は耐えられない」
「……」
「ジュリア」
「はい」
「…お前は消えるな」
「分かりました、ご主人様」
「行くぞ。今の代行は双子だ。弟も怪人化が進んでいる可能性が高い」
「情報によれば双子を子供の頃から可愛がっていたみかん婆ちゃんという女性がいるそうです。弟はその女性を頼って逃走したのかもしれません」
戦闘狂。
ダンとジュリアを遠くから監視していた代行は2人をそう評価した。
終の解放者狩りを行う狂気の代行は、関係者と分かれば遠慮なく破壊を行う。どの代行も必死に抵抗するが、メイドの使者があまりにも強すぎるせいで無抵抗と変わらない。耐久性に優れた創造をしていなければ一撃で死ぬ。しかし一撃で死ねなければ、更なる破壊が襲う。この2人と戦うことになった時点で、死を迎えることになるのだ。
これまで見てきた16の戦闘を報告するため、その場を立ち去ろうとした…その時。
キュゥィィィィィィン…!!
「逃がしなどしない」
目を光らせるメイド。その後には、破壊を指示する代行。2人の姿を認識した瞬間に胸を打ち抜かれる。散々見てきたから、何をされたのかは分かっている。それでも、この深い痛みを味わうことだけは。
「面白い。ビデオカメラで私達の戦闘を撮影していたか。創造の内容を見て対策を?無駄だ、六島。…次に会う時は前と同じにはならない」
「破壊します」
………………………………next…→……
「……」
糞尿の悪臭。体の痒み。目が痛い。口内には謎の粘り気。伸びすぎた爪には頭を掻いたせいで汚れが詰まっている。
ただ、見つめて。終わりを感じる。
もう少しでこの命が終わる。生きようとしていない。諦めている。
結構前までは死にたくないと体が必死に訴えていた。空腹、空腹、空腹、空腹。何か食え。水を飲め。手遅れになるぞ。騒ぎ続けてうるさかった。それも今では大人しくなっている。
結構前までは添い寝をしてくれた猫も、もう近づいてこない。
もう…どうだっていい。時も忘れた。欲も無くなった。…誰も、何も、いらない。
願いは叶った。
放っておいてくれという腐った願いが。
身近な存在どころか、世界に放置されている。
「……」
…なんだ、この音。
「というわけで、やって来ました…!うわぁすごい!席は全部埋まっていますね!どの人も美味しそうに…見てください、大きいです!」
…うるさいな。
「運ばれてきましたぁ…!こちらが看板商品のニックの肉肉バーガーです…お肉が大きい!はみ出してる部分だけでもうひとつハンバーガーが作れそう…!アメリカからやってきた話題のハンバーガー。さっそくいただきます!…本当に大きい…っ…ん!!ん!!ぅ美味しいです!まず肉汁が口全体に広がって、それから具材の旨みが飛び込んできます。このチーズと特製ソースの相性が抜群で、濃厚なのにしつこくなくて、ギュウッと味をまとめてくれています!」
「……ぁ"」
体が重い。違う。動かない。立ち上がろうとしたが、そもそも指すら動かせない。体の動かし方を忘れてしまったのか、筋肉が失われた?…既に死んでいるのか?
なら、今出た声はなんだ?
「…んふ、んっ!!」
重い物を持ち運ぶ感覚でようやく体が動く。ものすごい倦怠感。まっすぐ立てない。壁や家具に手を付かないと体を支えられない。
「……ぉぇっ」
ハエが飛んでいる。しつこい。この体が目当てなのか。
「………」
テーブルを支えにして、服を脱いだ。下半身を覆い隠す布がやたら重い。
悪臭の一部を脱ぎ捨てて全裸になり、体を掻きながら冷蔵庫へ向かう。少し開けるのに苦戦したが、なんとか開く…が臭い。保存期間を過ぎた食べ物が放っている。だが、服の臭さと比べればそこまででもない。
冷凍食品のカルボナーラとシュウマイと焼きおにぎりを見つけた。袋に印刷されている見本を見ると…とっくに忘れたはずなのに
グゥルルルルルルルル…
空腹で腹が鳴る。
電子レンジにまとめて放り込み加熱を開始し、待っている間に水道水を浴びるように飲む。床が濡れようが構わない。両手で必死に水を
「ぁ"ぁ"~……、…っ!!」
吐き出した。若干汚れた水をシンクに何度も吐き出す。体が受け付けない。歯が痛い。吐いた水が茶色い…赤い……白い固形物…歯?
ぼーっとそれを眺めていたら、加熱が終了した。きっと熱くて触れないだろうと考えて、冷蔵庫にある冷えたハムで掴んで直接触れないようにして取り出した。用済みになったハムは床に捨てた。食べられないから。
「はふ、ほふ…が、あ、」
テーブルの上に直接置いた焼きおにぎりを食った。犬や猫のように、食べ物を口に運ぶのではなく自ら食べ物を迎えにいく食べ方で。
熱い。熱い。痛い。…うまい。
熱さに負けそうになる度に水道水で口を冷やす。長い時間をかけてダラダラとそれらを完食して、腹を満たすと…少し冷静になった。
「……」
風呂に、入ろう。
………………………………next…→……
「ふぅ…」
風呂は無理だった。だからシャワーにした。スポンジやアカスリを使うと汚れが体から剥がれていくのを感じる。一通り全身を洗って、髪は4回洗った。それでも綺麗になったか疑ってしまう。
「……」
ふと髭が伸びていることにも気づく。どれだけ剃っていなかったのか…触れた感じでは顔全体が真っ黒になっていてもおかしくないような濃さに思える。とりあえず、1度歯ブラシと歯磨き粉を持ってきて歯を磨く。
「…ん、ん?」
この感じ。歯は全部揃っている。ではさっき見たのは歯ではない?
適当にやっても絶対に綺麗にはならない。濡れたまま部屋に行き手鏡を持って風呂場に戻る。
………久しぶりに見た自分の顔は…遭難者…といったところか。
外国の有名な俳優なら、これだけ髭があってもカッコいいのだろう。そんなことを思いながら徹底的に歯を磨く。指がしわくちゃになる頃にようやく満足して、風呂場を出た。
今度は髭だ。体を雑に拭いて、鏡に映る自分と向き合いながら顔にクリームを塗っていく。5枚刃のカミソリを滑らせると分かりやすく髭が無くなる…が、刃の間に髭が詰まってなかなか取れない。以前は当たり前に出来ていたことなのに苦戦して苦戦して、顔にいくつか傷を作った。それでも…取り戻した。顔色が悪いとはいえ、見慣れた自分の顔だ。
唐突の行動の数々。これが何なのか…呼び方は知らないが、以前にも経験がある。
秀爺を失った時にも、同じように突然"普通"になった。
何事も無かったみたいに生活を再開する不思議な感覚。
次は…部屋を綺麗にして、ゴミをまとめて、必要なものを買いに出かける。
やり直しとは違うが、新たに何かを始めようとしている。
色々とやり終えてスッキリしたら、また、悲しくなる。
前回は創造の書を開いたことで、代行になったことで乗り越えたが…今回はそうはいかない。
「えー、それでは本日9月7日の午後1時現在の最新のニュースをお伝えします」
振り向いてテレビを見た。そう…なのか。もう9月に。それに、昨日が自分の誕生日だった…。
時間の感覚がずっと前からあやふやになっていた気がする。……忘れよう。
………………………………next…→……
壊したもの、汚したもの、賞味期限切れのもの…ゴミ袋にまとめたら3つの大きな塊になった。
物が減って、必要以上に部屋が広く感じる。
家が綺麗になった。夕方のニュースが流れていて、体を動かしたのもあって腹も減った。
「ニャアァァ!」
「……ぁ"」
ソープ…生きていたのか。驚いた。体を寄せてくれるので手を伸ばした。前と変わらない。自分で頭を動かして撫でられてくれる。
ならばと何か食べさせてやろうとして、ソープの皿が無いことに気づく。間違って捨てたのだろうか。
「………」
まだ声は戻らない。口パクで新しいのを買ってくるからと伝え、出かける用意をする。
もう少し。帰ってきて、"ひとつ"を除いて元通りになったら。その時まで…あと少し。
「ニャァ」
部屋が綺麗になって嬉しいのか歩き回っている。頭を軽くポンポンして階段を下りて1階へ。
「……………?」
そういえば1階は何もしていなかった。だけど、だけどこれはなんだ。
ソープの皿も、お気に入りのクッションやおもちゃも、あの子に必要なものが全て1階に揃っている。
いくつか缶詰も…これは、どういう…
答えは考えれば出てきそうだった。
でも深く考えないことにした。世話をしてくれる人がいるならいいことじゃないか。そう前向きに受け取って。
改めて外に出ようとドアに手をかけ、開ける…と
「ぅわ」
「っ」
家の前…ドアの前に誰かがいた。
開けてすぐに顔を合わせて互いに驚いて。
「わ、ビビったんですけど…ふ。この店の人?」
「……?」
首を傾げて、思い出した。そうだ。1階は元々古本を扱って…でもとっくに店は閉めたはずなのに。
「ん、あ。中に本あるじゃん!ね、ね、中入れてくんない?」
肌は焦げ茶。やけに露出度の高い服装で、顔が、髪が、派手だ。
この若い女性の格好は黒ギャルというやつだ。今では珍しい…ような気がする。キャバクラで見るような"盛った"髪型。金髪にピンクや水色、オレンジ…何色も混ざったド派手な髪を揺らしながら彼女は入店を希望している。
「ウチさぁ、古い本探してんの。ネットでここ見つけたから急いで来たんだけど」
「……」
声は出ない…から、手のひらを向けて"待ってて"と伝える。
「ん、いいけど」
近くにあるペンと適当な紙を持って戻り彼女との会話を試みる。
「……?」
まずは、もうこの店はやっていません…と
「ええ!?潰れたってこと?」
これには頷いて返す。
「…でも、でも…気になるんだよね…こういうところにあると思うんだ?ねぇマジで一生のお願いだから中に入れて?」
すみません、これから夕飯の買い物があるので。
「金ならあるよ?マジで見つけたら100万でも払うし!」
首を横に振る。
「はぁぁ……ウチ、それ見つけないと生きていけないんだ。無理なのは分かるんだけど、ちょっとだけ…ねぇ、本当にっ!」
手を掴まれ、見つめてくる。この見た目で…こんなに必死になって…どんな本を探しているのか…気になってしまった。
1歩引いてドアを大きく開けて折れたことを示す。と。
「マジ!?嬉しい!あんがと!!」
何年ぶりかの客が来た。
中に入るとすぐに本棚を眺めている。冗談ではないみたいだ。
視線を追うと、小さな本ではないらしい。大きいものを見つけると表紙を見たりして…求めているのは…
「…ん?…違う。図鑑じゃない」
質問してみたが違った。
「もっとね、何これって感じ。何も書いてないか、変な文字が書かれてて…紙の触った感じも違うんだ」
なんだそれは。どんな本だ。
「あー、大きさはマジでこれ」
指さしたのは…子供が喜ぶような海の生き物図鑑。本棚の下の方に並ぶ本当に大きな本だ。このくらいの本だとやはり図鑑くらいしか思いつかない。あとは創造の……、
「ん、どうかした?」
首を横に振る。
「他の棚も見るね」
一気に心臓がバクバク…うるさくなった。もし、もしそうなら?いやまさか。でもまさか。この女性は、代行?創造の書を求めている?
………待て、確か代行や使者が勝手に入れないように創造で………あ。
自分でドアを開けて招き入れたではないか。
次は手が震える。隠そうと手はポケットに突っ込んだ。
「でもさ、お兄さん大変だね?ウチ初めて見たよ。喋れない人。障害持ってるとヤバくない?普通の人だって生きるのメンドイっていうかツラいじゃん?…あ、これも違う」
怪しまれないように、落ち着け。落ち着け。
「ウチの欲しい本があったらなぁ。お兄さん日本語でも外国語でもなんでもペラッペラに話せるようにしてあげられるのに」
………もう、確信に変わる。間違いない。そんな不可能を簡単にひっくり返せることができるのは、創造…
「お兄さんも探してよ。"創造の書"ってやつ」
「……っ!!」
「ん?」
確信してすぐに答え合わせ。そして正解。流れの良さと衝撃で大きく驚いて反応してしまった。
…創造の書と聞いて、反応してしまった。
「知ってんだ?創造の書」
………………………to be continued…→…




