第3話「No.1の女」
夜の外出は、もう肌寒い。
それでもわざわざ僕達は夜になってから外に出なくてはならない。
「マミさん、大丈夫でしょうか」
「ノイローゼになりそうなくらい捕まったら終わるとか言ってたし、ホテルも偽名で部屋取ったし、…でもああいうタイプの人って問題起こしがちだよね」
「…ですよね、ホテルで問題を起こして追い出されたり、追い出されてすぐに店の人に見つかって追いかけられたり…」
「ふふ。でも、私が心配なのはマミじゃなくて真なんだよ?」
「え?」
「男女2人組でキャバクラ入るの?別にダメじゃないだろうけど、ちょっと変に思うな。私は」
「……」
マミさんからは店の場所を聞いてある。
一応、調査費用としてお金も貰っているのだが…
…凪咲さんの心配は正しい。
「大体良客は1回でそんくらい当たり前っしょ」とマミさんから渡された封筒には350万円。
1度にこんな大金を持ったことがない。
手が震えて、封筒をどこかに隠したくなる。
「真。堂々としてないと。いい?こっち見て」
夜の9時。わざわざ外出して電車で移動して、"大人の街"に来て。
チカチカピカピカと目にうるさい照明。
店への勧誘をしつこく行う男達。
僕は正直、受け付けない。
でもこれだけ店が存在して、それを利用する人達がいる。
……社会に出るって、なんだろう。
「縮こまらないでね。前屈みにもならない。真は緊張すると顔がピクピクするから、ドキドキしてるって思ったら頬を掻いたりして誤魔化して」
「はい…」
「ん、お金が心配?」
「そうですね…。もしひったくりとか」
「大丈夫だよ。しっかり握ってれば。私は外で待ってるから、何かあったら電話鳴らして」
「…はい」
「よし、行ってらっしゃい」
凪咲さんは店の近くのコンビニに入店し立ち読みをしながら待機。
僕は1人でマミさんの勤務しているお店へ。客として潜入し、店の売り上げ金を盗んだ犯人を探す。
「…店名…ごーとぅへゔん…」
お金と一緒に貰ったマミさんの名刺に書かれていた店名は英語表記だ。ヘヴンの隣には右肩上がりな矢印がいくつも並ぶ。
見上げれば、分かりやすく同じ文字列の看板が僕に存在を主張していた。
ならばそこへ向かってまっすぐ…
「お兄さん、どう?ウチのお店!可愛い子揃ってますよー!」
「いやいや、お兄さんはこっちのがいいよねえ!?お胸の大きなお姉さんタイプがいいよねえ!?」
「お兄さんお兄さん。ウチ来な。他と違って値段しっかりしてるから」
…道の真ん中を歩くだけで地獄だ。
凪咲さんと一緒の時は近寄ってすらこなかったのに。
ハイエナだ。取り囲まれて歩きにくい。数秒で立ち止まってしまった。
「ウチはね、30分ワンセットで」
「あんまり大きく言えないけど、軽いお触りなら」
「ぼったくり無いから」
3人の男に同時に話しかけられ続ける。
…これは僕が弱く見えたのがいけない。
でも…
「ね、ね、☆キラキラガールズ★にしましょ!」
「お兄さんはワンナイトラブに来ますよね!」
「ここはミライチックウソピョニティボッタクルィウルトラサギドリームに」
どう考えても1つ怪しいというか、完全に駄目な店名だった気がする。
「はいはい、どけどけオッサン共」
そこに細身の腕が差し込まれ、僕を取り囲んでいた男達を割って入ってきた。
…4人目か…しかし女性だ。
「そうやって大人しい男を食い物にしてさ?マジ最悪だよね?ほら、おいで」
勧誘…ではなく助けてくれたのか。
しかし僕は今度こそ油断はしない。
もしこの女性がそのまま店に連れ込もうとするのであれば次こそは強気で…
「はい。オッサンが近寄ってきても興味ないんでーとか言いなよ。そしたらほとんど諦めるし、しつこかったら警察って言えばいいし。じゃあ気をつけて帰ってね。ばいばーい」
「…あ、」
本当に助けてくれただけみたいだった。
誤解していた。感謝の気持ちを込めて数回の会釈。
……が、よく見れば彼女の背後にある店こそ僕の目的地だった。
看板を見て、女性を見る。
人助けをして見送る予定だった女性も振り返って看板を見てから僕を見た。
そして距離を詰めてきて
「もしかして、このお店に行きたかったの?」
「…ま、まぁ…」
「そっか!じゃあおいで!」
やはりこの女性はごーとぅへゔんで勤務している様子。
雰囲気がマミさんに似ている。
キラキラした水色のドレス、キャバクラ以外で見ることはまずなさそうな盛られた?髪型。
女性に手を握られ、店の中へ連れ込まれる。
ごーとぅへゔん…。
ドアを開けるとすぐに雰囲気が変わった。
入口から敷かれている白くてふわふわの綿あめみたいな絨毯?マット?
ヘヴン感を演出するためのものだろう。雲っぽい。
そこそこな音量で知らない音楽が流れていて、店内にはそんなにイメージとは違わない"キャバクラ"がそこにあった。
何も知らないけど、あぁ、ここがそうなのか…と店内の隅々まで見ようとしてしまう。
そのまま席に案内され、女性は改めて
「こんばんは!リカです!」
リカと名乗って、マミさんから貰ったのと全く同じ名刺を渡された。
なんとなく裏返すと手書きで連絡先が書いてあった。
「お客さんだけ。特別だよー?」
僕の顔を覗き込んで笑顔で言ってきた。
少し照れてしまうが、リカさんはその直後丁寧にお店のシステムの説明を始めた。
1時間滞在して、料金としては平均1人2〜3万円らしい。
…あれ?マミさんから貰ったお金の金額は…そうか、マミさんは"良客"と言っていた。追加注文をして売り上げに貢献するために大金が必要になるのか。
まずは安価な飲み物の注文をして、会話が始まった。
「というかさっき大丈夫だった?オッサンに捕まってたよね!めっちゃウケたー!」
「あ、あぁ…助けてくれてありがとうございます」
「でも珍しいよね。お客さんみたいな人はあんまりこういうとこ1人で歩かないと思う」
その通りだ。本来なら近づくことすらない。
「でも脂ギッシュで汗とタバコとコーヒーの臭いが染みついたオッサンの相手するより全然いいよ!」
「えい、えい!」と脇腹を突っつかれる。
「お洒落とかする?あんま興味ない?」
「ファッションはあんまり…」
「そうなんだー?でもいいと思うよ?髪型変えたら?ちょっと弄っていい?」
「え、あ、」
そう言って僕の髪の毛を触りはじめる。
触るために少し彼女の顔が近くなって、ある程度弄ると1度離れて出来を見る。
むず痒い。ドキドキしてきた。
凪咲さんに言われた通りに頬を軽く掻き、ついでに軽くつねった。
「お!イイんじゃない!?イイかも!」
リカさんはスマホを取り出し、僕に密着。
「ほら、撮るよー!」
なぜかそのままカメラで僕と一緒に1枚。
僕は何も反応出来ずほぼ真顔だった。
「ほら見てみー!イイよね!」
学生の時、男子トイレの鏡の前で必死に髪の毛を摘んで調整していた男子生徒達を思い出した。
"遊ぶ"ことで魅力的になるのかが疑問だったし、その後体育やら何やらでどうせすぐ髪が乱れてまたトイレに行くことになるのに。
本人達はそれがモテるために最重要だと思っていたようだ。
「お客さん顔もイケてると思うよ!うんうん、大人しい感じも可愛いし!クールかと思ったらシャイなだけみたいな!」
………………………………next…→……
気づけば、リカさんの接客に乗せられて延長と指名、少しお高い飲み物を追加注文していた。
僕は変わらずソフトドリンク。
友達の家で出されるより、自分の家で作るより、どこよりも濃いめで出された白い乳酸菌飲料。
彼女は3万円のお酒を飲んでいる。
……お酒が入ると、さっきまでは僕を褒め殺しにしていたのに今度は自分のことを話し始めた。
「最近このお店に入ってさー。もうほんっとに大変なの!前居たお店はもうちょい楽だったんだけど、こっちはほら、見て、ああいうオッサン達を相手にしなきゃいけないんだから」
控えめに示された方を見ると、女性が足を撫でられて苦笑いを浮かべていた。
「少しくらいだったらいいよ。しょうがない。やっぱりお金出してくれるならとは思うけどさ?ケチっててベタベタ触ってきて、俺に気があるんだろ?みたいな。分かる?」
「あ…、た、大変ですね」
「そうなんだよー!」
リカさんは酔っ払っているのだろうか。
僕に密着するように座り直して、肩に頭を預けてきた。
「お客さんみたいな人がいいなー。話してて楽しいし、弄ってても楽しいし。お酒苦手でも私には飲ませてくれるし」
「は、はぁ…」
「ね。もっと聞いてくれる?」
「どうぞ…」
そこに男性の店員がやって来た。
「ごめん、どうする?延長する?もう帰る?」
「…延長で」
「本当に!わーい!じゃあ延長お願いしまーす!あとお酒もいい?」
「…どうぞ」
"ついで"で5万円が飛ぶ。…恐ろしい。
改めて密着すると、リカさんは話し始めた。
「ね。ね。これでもNo.1なんだよ?」
「え?あ。そうなんですか」
たまたまNo.1が店の外にいて僕を捕まえた…とんでもない偶然。
というか、No.1なら…いや、僕はキャバクラに詳しいわけじゃない。
店によって様々な事情があるのかもしれないし、今回は本当に偶然こうなったのかもしれない。
ただ、リカさんの接客は少しも悪い気がしないから不思議だ。
これがNo.1とされるだけのものだと思うと納得出来る。
「それまではマミって女の子がNo.1だったんだけどね。その子お店のお金盗んで逃げちゃってさ」
「えぇ…」
「信じらんないよねー」
「ちなみに、金額って」
「1000万」
「……」
住む世界が違った。
創造の書のおかげで僕の常識は壊れたはずだったが、そんなものが無くてもこの世界では既に常識が壊れている。
「んふ。ちょっと酔ってきた」
「みたいですね」
「もっと酔いたいなー…」
彼女は僕の太ももに手を置き、ゆっくり触っている。
「…お酒の追加ですか?」
「うん。もしよかったら…だけど。あのね」
身を乗り出し、僕の耳元で囁いた。
(1番高いの入れてくれたら、お店終わったあとにお客さんを天国に連れてってあげちゃうかも)
「それは…どういう?」
「だから、ゴートゥヘヴン!ね!」
「ごーとぅへゔん…?」
「もしかして…まだしたことない?」
「……………え?」
僕の反応を見てリカさんの表情が変わった。
ニヤニヤが止まらない。
獲物を見つけ、にやけてしまう。それを獲物が察してしまう前に…
サスペンス小説でそんな場面があったのを思い出した。
「"天国に行く"と気持ちいいよ?」
「……」
僕の考えとしては、彼女の誘いは断わるわけにはいかない。
機嫌を損ねるよりは、上機嫌になってもらった方がリカさんは色々と話してくれる。それをこの数時間で分かっているからだ。
だから、ここは獲物として…これ以上ない"成果"になってやらなければ。
「ちなみに、なんですけど。その1番高いお酒っておいくらぐらい…なんですか?」
「んーとね、300万円!」
「っ……!」
「大丈夫ー!?顔ピクピクしてるー!ウケるー!」
お酒は飲んでいないから、僕は正気だ。
これまでの料金は計算している。
………ギリギリだ。
ただ、雰囲気に飲まれて間違えていたら困るので男性の店員を呼んでもらい3人で確認した。
1番高いお酒を注文すると総額342万円…払える。
流石に高価なので、この後は時間が来たら退店することを告げてこの時点で先に会計をさせてもらった。
ついでにトイレも済ませて席に戻るとリカさんはこれ以上ないほどに機嫌がよかった。…というかそうでなくては困る。
「お客さん本当にありがとー!」
早速抱きつかれる。
「本当はね?正直言うと、営業トーク多いんだ。さっきの天国のやつとか」
「あぁ…」
「でも、本当にいいよ。お客さん天国に連れてってあげる」
「え」
「待ってね…はい」
なぜかまた名刺を渡された。
「そっちの連絡先が店のじゃないやつ。本当のやつ」
「そ、そうなんですか…」
「1時に駅前来れる?」
「は、はい」
「じゃあ約束ね!最高のお客さんに、最高の思い出作ってあげるー!楽しみにしててね?ふふふふ…」
そう言って彼女は僕の股間の辺りを突っつこうとした。
それを阻止しようとワチャワチャしていると、いよいよ退店の時間が来た。
店の外まで見送られ、ハグをされて終了。
……あれがNo.1なのか。
マミさんもああいう感じなのだろうか。
凪咲さんに連絡して合流すると、彼女は肉まんを食べていた。
「お疲れ様……真、変わったね」
「え!?か、変わっ」
「やっぱり変わってなかった。遊ばれた?」
「そうですね。遊んだというよりは遊ばれました。特に髪を」
「おしゃれな髪の毛だもんね」
「やめてください」
「ふふっ」
リカさんと凪咲さんの笑い方は、違う。
僕は凪咲さんの方が好きだ。…あくまで笑い方の話。
ただ、少し言葉に出来ない期待感もあった。これはリカさんの接客術なのだろう。客をその気にさせて大金を使わせる。間違いなく高等技術だ。
「それでどうだった?まさかキャバクラを普通に楽しんで帰ってきたわけじゃないでしょ?」
「…それなんですが…」
残念なことに、350万円も使って得られた情報はほとんどない。
だが、僕には唯一残されたチャンスがある。
「え!?じゃあこの後会うの!?…そ、その…真は…」
「いや、あの…2人きりならもう少し話を聞きやすいかなって。なので、今のうちにどう聞き出すかを凪咲さんと相談しようと」
「…う、うん。そうだよね。うん」
「生々しい反応はやめてください」
「ごめん。よし、じゃあ…」
大体決まった。
リカさんと合流したら、歩きながら売り上げ金の盗難について掘り下げる。
そこでリカさんなりにどう思っていたのか、犯人は本当にマミさんだったのかなども聞く。
真面目な話をしていればその内彼女も落ち着くだろう…そんなところだ。
僕は…簡単に…関係を、持ちたくは…ない。うん。
あっという間に時間は過ぎて、僕は駅前へ向かった。
「…1時08分。新舞金駅…」
今更ながら、舞金という地名にピッタリすぎる。
駅周辺は住宅街が全くなくどこを歩いても大人向けの店が並んでいたのだ。
文字通りに金が舞う街だ。
「お待たせー!」
そこに小走りでリカさんがやってきた。
「あ、いえ…今ちょうど来たと…っ!?」
あ。
時間が止まった。
彼女が勢いそのまま僕に急接近し、唇を奪った。
「…ん〜っま!よし、行こ。天国」
………………………to be continued…→…




