第43話「男の役割」
「何待ってんだって、聞いてんの」
少しも動かないオガル。赤髪の女の声を聞きながら内に秘める怒りを力に練り上げ、反撃の準備をしていた。
「待っているのはあなたも同じ。…違う?」
フリーカの返しで赤髪の女は笑った。
「掃除くらいしとけよ。ホコリ臭い。病院なのに病気になりそうだ。それって変だろ?」
影だけの存在に近づく赤髪。影は気づいた。この女は無防備だと。創造の書が触れられる場所に無い…つまり、使者さえ封じ込めてしまえば
「モモ。左足の裏」
「…」
カツン!!
赤髪の声に反応し何かが弾かれる音がする。
それに苦い顔をするのはフリーカだった。
「やらせるわけないだろ。モモの生命は1つなんだからさー」
「……本気で相手をしてもいいわぁ。でも、」
「だから目的を話せっての。言いたくないなら無理やり聞くけど…な?」
戦闘開始寸前。赤髪の女の発言が合図になり、一瞬で部屋全体を影が埋め尽くすことでそれは始まった。
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「モモ、守る」
「オガルを殺せ!!」
「無駄よ…うふふふふふふふ!!」
外からの光が遮断されたせいで部屋の中は暗い。お互いの姿を視認出来ない中でも、生命を刈り取ろうとするやり取りは正しく行われていた。
「これはどうかしら」
「跳べぇっ!!」
フリーカの声を遮るように赤髪の女が吠える。直後、無音が訪れる…それは音すら切り裂く影の攻撃で。
「腰の高さと首の高さで2振り。反射神経はさすがね…でも、ジャンプしたらそのまま留まらないと、ダ・メ・よ?」
「モモ!」
「ん!!ぅ、」
2人の着地と同時に鈍い音が7つ。防ぎきったように思われたが、
バリィン!!
「っ!?…おいおい!!」
部屋に光が戻る。それは壁に人の形をした穴が空いているからで。赤髪の女は自分の使者が退場させられたことを理解し、驚きながらも左手は影に守られているオガルへ…
「残念。捕まえたわぁ…!!」
「んんんぁぁぁぁぁっ!?」
「オガルっ!?」
影が赤髪の女の腰に突き刺さる。体内に入り込んだ影はすぐに内部の破壊をはじめるが、それでも攻撃は止まらず…悲鳴をあげたのはオガルの方だった。
見れば、彼女の肌が急激に乾燥して萎んでいく。これが見たままの攻撃ではないことは明らかで、フリーカは思いつくまま影でオガルの皮膚を引っ張る。…が、止めることは叶わず。血肉を失い骨と皮だけが残ったオガルは静かになった。
「ならいっそ」
「あれれー?いいのか?お前らの蘇生は30%以上元の素材が必要なんだろ?それ、30%も残ってないって分かってるよな。…てことは」
「……」
「俺の勝ちでいい?」
「せめてあなたを殺して」
「フリーカ。お前ぐらいは賢くないとさー…全員馬鹿じゃん。ゴリ押しじゃなくて頭使えよなー。分かるけど、分かるけどな?…全身に創造を浴びせて影人間になったお前はまず負けない。万が一攻撃が通って死にかけても六島の蘇生があるし、実は影を吸収して蘇生することも出来るんだろ?」
「………」
「なんでお前の創造を知ってるんだろうなー?俺。あっはははは!創造名は、"シャドウクイーン"」
「っ、」
「で。お前の切り札は…んぉ」
「お喋りし過ぎよ…どこで知ったのか気になるところだけど別に構わない…ご存知の通り…この体は不滅なの。だから余計なことを考える必要がない。邪魔者は簡単に殺せるし、あなたみたいにしぶといのは全身に影を溶かして体の自由を奪ってあげることにしてるの。力技じゃ解決しない、体の一部を切断しても無駄、肉体改造をしても意味がない。あなたはもう…自滅して逃げることも出来ないわ…おしまいよ」
「………」
「そう。話すことも出来ない。そのままゆっくり死んでいくといいわ…」
フリーカは勝ちを確信。赤髪の女を壁に押しつけて影で縫い付けると、死にかけのオガルを部屋から運び出した。
「これも含めて先生に治してもらうことにするわ。あなたを倒したのでプラスマイナスゼロってことで、」
「よっ。終の解放者。お前らが大好きで仕方ない赤髪の女が自ら来てやったんだ。歓迎してくれよ」
「………ぇ」
フリーカの思考が凍結した。
見れば、拘束したはずの場所には変わらず赤髪の女がいて。
しかし、部屋の入り口にも赤髪の女が立っている。分身、双子、何が起きているのか…考えたくても、"ありえない"ばかりが浮かんで。
「なんだよー。そんなにビビることか?俺としては全く同じ台詞吐いたことに驚いてほしかったのにさー」
とりあえず……といった感じでフリーカから影がゆらゆら伸びる。しかし赤髪の女はその影に
「あっち向いてホイ…じゃなくて、あっち行ってこい!なーんてな」
指差して明後日の方へ指を振る。すると、影は指に釣られて爆ぜる。
「おぉ、悪い。さすがに操作は厳しいか」
「っく、」
「そうだなー。お前らの目的を教えてくれたら帰ってやってもいいけど。まだやる?」
「ならこれはもう要らないわね!!」
ブシャァッ!!
拘束している方の体を影で握り潰した。
果実を絞ったように血液が床にボタボタと垂れ落ちているのを見てフリーカは満足そうに影を縮める。
今度は自身が影に溶け込み、手が届かない場所から赤髪の女を仕留めようとする…
「しょうがないやつだなー」
のを、赤髪の女は両手を広げて受け止めようとする。
「頭使えって、俺は言ったんだけどなー」
足先が影に包まれ、血飛沫が楽しそうに舞う。その姿はまさに人間シュレッダー。赤髪の身長がどんどん縮んでいく。部屋には血が溢れる。それなのに苦しむどころか女は笑っていて。
「髪の毛1本すら逃がさないわ。あなたを丸ごと…この"身体"に取り込んであげる…!!」
「……………霊安室」
腹半分まで影に沈んだ。肉体を切り刻みながらの影の取り込みは、途中で対象が死ぬことは間違いないのだが女は少しも狂うことなく生きたまま受け入れる。
その異常な精神の強さより、呟いたひと言…フリーカは思わず
「どうして…」
その言葉が有効だと示してしまう。
「お前が俺1人に夢中になってるってことは、俺の使者はどうしてるんだろうなー。ぶっ飛ばされたのは想定外。…でもおかげで作戦が成功しちゃったわけよ。モモは結構アホな力持っててさー、日に1回…何でも切れる大技が使えるんだよ。何でもだ。何でも。例えば…お前が影で隠してる部屋とか…?」
ニヤニヤしながら話す。秘密を暴いてやったと、フリーカを挑発するように…そして
「それっぽい嘘で俺達を帰らせておけば、守れたのになぁ?」
「っ!!!」
「……ん、置いてかれた?」
フリーカの気配が消え、上半身だけの状態で床に転がる。
仕方なさそうに腕の力だけで動く赤髪の女は、壁に空いた穴にその身を預け…
「よし。死ねる」
地面までの距離を確かめると、落下した。
………………………………next…→……
「お前なぁ。ちょっと会わない間に辛いことでもあったんちゃうかって心配しとったのに、なんやねん。食欲で頭いっぱいか。いつそんなキャラ付けしたんや。おい」
「えへへ…」
「えへへやないねん。んでな。1、2分目を離すと腹が元に戻ってるのはどういうことやねん」
「食べても太らない体質みたいです」
「ここでそれ言うん!?」
軽めの跳躍。太ももにツッコミの猫パンチが入る。
不審者探しのペースは落ち、1人と1匹は散歩感覚でゆったり歩きながら近辺を調べる。
「いつか言います」
「ん?」
「何でもないです。オヤブン。探してる人の服装とか覚えてないですか?」
「いや…暗かったしやなぁ」
「………」
「おい。待て。会話の途中やろ。お前の顔"あ、お団子売ってる〜!"になっとるで。みたらし団子に目がいってるのバレバレや」
「……オヤブン。あの人、クモマンです」
「は?」
店内。食事中の男。皿には大量の団子と食べ終えた串が並び、サラ達に気づくことなく美味そうに食べ続けている。
その顔…目には確かに黒目が2つずつある。それぞれが独立して動くのがとても不気味なのだが、サラは。
「ギョロギョロしてます…っ!」
「何興奮しとんねん…あいつや。どうする」
「………オヤブン」
「もう分かったて。クモマンやろ?」
「あの人。真を殴ってた人です」
「は?…いや、は?」
「貝殻ユリカに会った日に、真はたくさんの人に…その時あの人もいました」
「……ん、でもその集団はダンが片付けたって話やろ?連絡回ってきてたやん。ならなんでここにおるんや」
「聞きましょう。オヤブン、肩に」
「ったくしゃあないな…よっよっ、よいしょこらぁっと」
サラの服に爪を引っかけ、若干もたつきながらも肩まで登る。オヤブンが落ち着いたのを見て頭を軽く撫でるとサラは入店した。
「いらっしゃい」
「このあんこがいっぱい乗ってるやつを3本ください」
「はぁい。適当なとこ座って待っててねぇ…」
「お婆さん、ゆっくりで大丈夫です」
「あんがとねぇ」
腰の曲がった彼女に声をかけ、自然な流れで
「よいしょ」
「っ……?」
サラは男の向かいの席に座る。
食事の手が止まるが、ニコッと笑いかけるだけのサラを見た男は軽く会釈をして食事を再開した。
「オヤブン。これからわたしはお団子を食べます。だから少しだけ…外で待っててください」
「…!にゃ、にゃおう?」
「大丈夫です。すぐですから」
「………にゃぁおおおおうるるる」
突然追い出されそうになり焦るオヤブン。人の言葉を話さないように気をつけて抵抗するも最後には抱っこで無理やり退場させられる。
一瞬店の外に出た隙に
「何のつもりや、相手は代行やろ?」
「任せてください。大丈夫ですから」
「何がやねん」
「いいから。おすわり」
「犬ちゃうわ!!」
説得を試みるも失敗。
店の外で仕方なく待つことにしたオヤブンは、とにかく2人を睨みつける。
「………」
「お団子美味しいですか?」
「……あ、ま、まぁ…はい」
戻ってきたサラは男に声をかける。
返事を聞いて、椅子に座ったサラはニコニコして自分の団子を待つ…と見せかけて。
「忘れたのかい?君はつい最近見た顔も覚えられないのか…それとも、その目に何か関係でも?」
「っ?」
別人。目の前の女性の変化に再び男の手が止まる。持ち上げたばかりの団子を皿に置くと、咀嚼中のものをお茶で流し込む。
「確か…死んだはずだよ、君は」
「……どこかで?…いや、何の話を」
「記憶が無い、か。いや、知らないフリをしているようだね。では、その体に直接聞くとしようか。死ぬほど痛いだろうが死にはしない。多分ね」
「……やめてくれ。もう神の子とは無関係だ」
「おや?急に話す気になったようだね」
「はいよ、お団子とあったかいお茶…召し上がれ」
「、ありがとうございます。美味しそう。いただきます!」
「………」
切り替えの早さに驚く。
団子をひと口…可愛らしい表情が失われ、
「生命を大切に思うのなら。細かく、隠さず、全て、話した方がいいよ」
「…………神の子には、おかしな力を持つ人間がいるって聞いた。役に立てばそれを貰えるとも…でも、毎日毎日…貝殻ユリカを狙う男を他のヤツらと半殺しにするだけ…それで、あ、あんたが現れた。ちゃんと見たのは初めてだった。あの力で全員…」
「そう。皆殺しにしたはずだよ」
「その後…。あの人が」
「あの人?」
「女神にしか見えなかった…」
男の黒目が忙しく動く。それをじっくり観察して…"サラ"が導き出した答えは。
「ああ、そうか。その創造をどこかで見たような気がしていたわけだね。面白い。安心するといい。これは無力な使者だ。問題は解決したよ」
「……?」
「君に言ったんじゃない。この子に言ったんだ。さ、本題だ。旅館の従業員を遠くから観察するのはもう終わりにしてもらいたい。でなければ、君はもう1度死ぬ。今ここでね」
「え、え…」
「約束だ。いいね?」
身を乗り出して、男の額に右手の中指と薬指で触れる。目に見えない力で約束を強制され、男は目を見開いた。
「……ふぅ。…よし。お団子食べます」
サラは団子を急いで口に詰め込む。カチカチと歯と歯が合う音が出るほど強く早く咀嚼をし、
「んっ……!!!…く、」
飲み込む。熱々のお茶を一気飲みして完食すると
「お兄さん、わたしの分もお支払いお願いします!!それじゃ!」
支払いを押しつけて店を出た。
………………………………next…→……
旅館に戻ってきたサラ達。
問題は解決したと聞いて少し心配するオヤブンだったが、会話の様子を見ていて失敗したとは思えなかったので信じることにした。
「というわけや。サラとワイがストーカーを暴力無しで解決したったで。もう安心してええ」
「……ありがとうございます。…黒猫さん」
「なんや」
「…約束…、一緒にお風呂に」
「はっ!!せ、せや!せやったなぁ!!じゃあサラは部屋で適当にまんじゅうでも食って待っとけ!な!ワイはモノちゃんと一緒にお風呂や。べ、べ、べべ別に変なあれちゃうで?ただたまには綺麗に洗ってもらうのもアリかなってだけの話やから」
慌てて言い訳をするオヤブンだがサラはさっさと部屋に行ってしまう。
なので。
「よっしゃ。張り切って行こうやないか!」
「……おー…」
モノの胸元に飛びついたオヤブンは誰も見たことがないほどワクワクした様子で風呂場へ向かった。
その頃、部屋では。
「ィァムグゥル。お話って何ですか?」
鏡に向かって話しかけるサラ。
「さっきの男を生き返らせた代行について、だよ」
おかしなことに、鏡に映るサラだけが口を動かして返事をする。
「これでもこのィァムグゥルは人間の年齢で言えば1000歳を超えるほど生きている…いや、存在しているんだ。生きたり死んだりを繰り返した…この魂もボロボロだ」
「…そうは見えませんけど」
「ふふ。その中で、砂漠の国で生きる代行と出会った。…顔はよく知らないが、体はなかなかでね…君には手本にしてもらいたいくらいだけど…その女の代行はね、殺し合いは望まなかったんだ。その代わりに。下僕を望んだ。労働力や世話係をね。無理やりやらされる奴隷と違って、完全に支配した下僕ならば反乱も起きないしより働いてくれるだろうと…名は……ふむ……ミーシャ…かな。伝わるように直すとしたらミーシャになる」
「そのミーシャは…今も生きているってことですか?」
「いや、あれは自分の生を大切にしていた。1度きりのものとして、それを最大限に楽しむために創造の力を利用していたんだ。だから今も生きていることはまずありえない。このィァムグゥルが考えたのは、ミーシャの血を継ぐ子供の可能性だよ」
「子供…子供も代行に?」
「創造の書の所有権を子供に移せばそれは叶う。少し、話を戻そう。なぜ…あの男を生き返らせたか…それも、ミーシャと同じ"下僕の契約"で」
「どうしてですか?」
「しかもわざわざこの国にいる。少なくともミーシャと同じ生き方を望んでいないことは分かる」
「……」
「あの場では男のことを無力だと言った。でも実際はそうでもない。あの男はここにいるのが使者だと分かって覗き見をしていたようだからね」
「…監視ですか?」
「そうだよ。使者、代行…四ツ目の下僕は創造の力を見ることが出来る。見つけたら執着するように躾をしたのなら、代行はここにいつかやってくる」
「ということはまだ解決はしてないんですか?」
「いや、あの男はもう近寄ってこない。求められたことについては正しく答えを出したよ。ここから先は」
「わたしがどうにかする。ですか?」
「丁度いい機会だ。もし相手が戦いを望むようなら君とオヤブンの組み合わせを見せてもらうよ」
「……はい」
………………………to be continued…→…
 




