第2話「人助けとは」
自慢、仲間との共有、機嫌取り…動機がなんであれ、人は喜びを分かち合いたいと思うものだ。
初めて僕がこの世の常識を超えた物を創造したというのに。
凪咲さんとは何ともいえない状況だ。
客観的に見れば、突然"愛してる"と言っただけで、ちょっと恥ずかしいくらいなのだから話しかけるくらいで何を困ることがあるのだ。と思うのだが。
僕はこんなに照れて恥ずかしく気まずい空気感は初めてだ。
我が家なのにただ歩くのも落ち着かない。
…でも、分かち合いたい。
決意の盾…別名、"アイアン・カード"。
………夕食。
「いただきます」
「いただきます…」
「……美味しいね」
「………はい」
………風呂上がり。
「お待たせ。入っていいよ」
「はい。それでは…」
………就寝前。
「そろそろ寝るね。おやすみなさい」
「おやすみなさい…」
会話するチャンスはもっとあったかもしれない。
凪咲さんは普通に見えた。もしかしたら、普通に見えるように振舞っていたのかもしれないが。
少なくとも僕はというと、何も。
「ニャァ〜…」
「おやすみ、ソープ」
情けない。
豆電球まで明かりを絞ると、ソープは凪咲さんの部屋へ行ってしまった。
…はぁ。
………………………………next…→……
ガシャーン!
「わらひのどこがひゃ〜ぁいのよお!」
………。
「あのおんなあ!…たで……んしあいなあ!」
………幻聴であってほしい。
「あああー、自転車あ〜!もおおおおおおお!!」
……っ寝られない。
何時だと思っているのか。
枕元を探りスマホで時刻を確認。
深夜2時…いや、もう3時前だ。
酔っ払いか。この時間に。
しかも騒がしい。
2階の部屋にいるのに、すぐ隣で騒がれているような。
「ああ!ああっ!!」
ガシャンガシャンと騒音が続く。
度々、自転車という言葉が聞こえるあたり…チェーンが外れて乗れない…とか?
乗って帰りたいのに自転車が不調なため、騒いでいると。
「おしっこおお!本屋さんの前でおしっこおお!」
聞き捨てならない。
本屋…として存在しているのはこの近所ではこの家だけ。
となるとさっきからこの人は家の前で騒いでいて、
「おしっこはさせない」
酔っ払いに軽い気持ちで家の前でおしっこなどされてたまるか。
ついでに他のも色々と出てきたらどうするつもりだ。
酔っ払いならそのまま嘔吐もするかもしれない。
汚されたくない!!
静かに階段を降りようと思ったが、外の騒音を思えば多少ドタドタと音がしたところで変わらないだろう。
寝間着のまま1階へ行きそのままドアを開けると…
「………」
汚されてなかった。
間に合わない可能性も視野に入れていたのに。
………アルコールの臭いと、キツい香水?の臭いが混ざって鼻が不快感を訴える。
家の前で仰向けになって寝ていたのは…女性だ。
格好はちょっとヤンチャ気味な雰囲気の人が着ていそうな柄のラインが入った黒のジャージ。
…例の自転車は道路に倒れていた。
調べてみるも、異常は見当たらない。
「…財布?」
自転車のカゴに入れられたブランド物と思しきピンクのバッグがあり、そこからまたまたブランド物であろう財布が飛び出ている。
…せめてどこの誰だか調べておくべきか。いや、よくないか。
…とはいえこのまま家の前で寝られても困る。
「あの…あの〜…」
声をかけても無反応。
試しに肩に触れて揺さぶってみるがこれにも無反応。
…警察を呼んで対処してもらうか。
……ん?
ズン、ズン、ズン、ズン…
少し遠くから1台の白い車がゆっくり向かってくる。
車内で流している音楽が外に漏れているのがやけに印象深い。
「………」
突然家の前で騒いで寝ているこの女性。
そして向かってくる車。
なんとなくこの2つに共通するものを感じて、それと同時に嫌な予感もして。
ドアを開け、女性を中に引きずり込むことにした。
自転車も家の中に。
一連の動作を終えて家の中に戻り、ドアの小窓から外を観察する。
車は家の近くで減速…停車した?
助手席のドアが開き、サンダルに半ズボン、ドクロがタバコを吸っている柄がプリントされたダボダボの黒いTシャツに、黄色のキャップ。
…そんな格好の大男が出てきた。
大男と言っても、その体は鍛え上げたものではなく、むしろ堕落した生活の末に手に入れたわがままボディと思う。
歩くだけでボヨンボヨンと腹が揺れている。
「はふ…はふ…いないっふね」
「いないわけねぇだろよく探せ」
車の中の別の男と会話をしている。
「住所はこの辺だ。絶対に見つけ出せよ」
「はふ…」
特に激しい運動をしたようには見えないが、大男はとても息苦しそうだ。
「マミー…はふ…マミちゃーん…」
「あっちの方見てくるからお前ここで探してろ」
「はふ…」
車がかなりゆっくり発進する。
大男は変わらず息を乱しながらマミという名前を連呼している。
どう考えても、僕が寸前に匿ったこの酔っ払いこそ…"マミ"なのだろう。
「いない…マミ…はふ…はふー…」
そんなにはふはふ言うほど呼吸に影響が出ているなら痩せる努力をするべきだと思う。
「はふ…マミー」
っ!?
咄嗟にしゃがんだ。
大男が突然こっちの方へ向かってきた。
足音がドアの前で止まり、必死な呼吸が木の板1枚越しに聞こえてくる。
はふー、はふー、はふー、はふー。
おそらくドアの小窓を覗いている。
ここはマミとやらの家ではないのに。
…車が戻ってきた気がする。
車の音がして、停車して。
「おい!家はあっちだ!乗れ!」
「はふ…マミいなかったっす」
「んなことわかってんだよデブ!」
バタン!と乱暴にドアを閉める音がして、車は走り去った。
……さて、このほぼ確定"マミ"をどうするべきか。
「真?」
「あ」
そこにタイミングよく凪咲さんが降りてきた。
………………………………next…→……
朝。
「ん〜〜〜っ…ぁあ?」
「……あ、起きた」
「誰お前。ここどこだよ。は?」
「あなたは、"マミ"さんですか?」
「んなもん関係ねえだろ!ちょ、は?は?」
結局ほぼ確定"マミ"はそのまま1階の床で寝させた。
起きたら様子を確認して帰らせる予定だったが雲行きが怪しい。
「お前、ヤッた?」
「へ?」
「ヤッたべ?」
「や、やったべ?」
なんだ、やったべって。
「ヤッたんだろ?しらばっくれんなよ」
「や、やった?やったとは」
「チッ。ウザ。警察呼んでやるクソ男」
「っ!?」
何がどうなっているのか。
詳しい状況は知らないが、どちらかといえば助けた方だと思うのだが。
なぜ、この人は僕に怒っているのか。
「おい聞いてんのか」
「……」
そこへ凪咲さんが朝食の用意が出来たと知らせに来た。
「真ー…あ、起きたんだ。気分はどうですか?」
「は?気分もクソもないし。私この男にヤラれたんですけどー!」
「やられた?何を?」
「女なら分かるっしょ?は?え?は?」
「真。変なの助けたね…」
「はい…」
人を助けても後悔することがある。
希な現象かもしれないが。
「あなた名前は?昨日の夜のこと覚えてる?」
「は?まずテメェの名前から言えよバカかよ」
「あっそ。じゃあいいよ。昨日、あなたを探して男が何人も来てたけど呼び戻そっか」
「…は?」
「マミ、なんでしょ?確かー、住所は知ってるらしいから家の近くで待機してるんじゃないかなー?真、この人つき出そうよ。お礼もらえるかも!」
「あ、は、はい…」
「は?は!?ふざけんなよ!店のやつらに捕まったらアタシ殺されるんですけど!!」
アタシ…と認識したが、トにもチにもツにも聞こえる曖昧な発音だった。
アtシが正解か。
「酔っ払って倒れてたところを助けてくれた恩人に、失礼な態度取るんだから別に見捨てられても自業自得でしょ?」
「は?別に頼んでねーよ!っざけんな!」
「あー、そう。じゃあ呼ぶね。電話番号も教えてもらってたし…えっと、ゼロ…」
「やめろ!やめろって!人見殺しにして楽しいのかよ!それでも人かよ!」
「お前よりよっぽど人間だよ」
凪咲さんがものすごく心強い。
生意気な態度が急変、ほぼ確定"マミ"のマミが確定した。
「マミ。源氏名だけど本名も同じ」
キャバクラ嬢のようだ。
話し始めると息継ぎを忘れる勢いで何があったのかを語った。
「そっか。お店に入ってきた新人が一気にNo.1になってマミがNo.2になった。そこに追い撃ちで、お店の売り上げ金の盗難…犯人はマミだって疑われて…」
「ヤケ酒…ですか…」
「したら鬼電だしほら」
店側に教えた連絡手段の全てに何度も何度も連絡が来ている。
着せ替えが豊富で人気の無料通話・メールアプリには数十件の着信が。
「アタシは金を盗んでない。でも話しても信じてもらえない。今店に捕まったら…」
「でも自転車乗ってどこ行こうとしてたの?」
「…てかこの自転車アタシのじゃないんですけど」
なんだろう。知らない間にこの地域では他人の自転車を"勝手に借りる"のが当たり前になったのだろうか。
「凪咲さん、どうしましょう」
「…んー…だからってずっとここには」
「金ならあるし、アタシはホテルで暮らせる」
「じゃあ、マミがホテルで引きこもってる間に…ん?」
首を傾げる凪咲さんときっと同じ気持ちだ。
なぜ僕達が首を突っ込む必要があるのか。
これは人助け…なのか。
「助けて…頼れる人いないし…親と絶交してるし」
親と絶交…なんとなく友達感覚…。
「ま、いっか。No.1なんでしょ?ならお金は本当に持ってるんだよね」
「客からのプレゼントとか全部売ってるし。このバッグは自分で買ったけど」
「じゃあ助けたら"報酬"をもらうからね」
「え?凪咲さん?」
「分かった。それでいい。マジお願い」
なぜか交渉成立。
僕達はマミを助けるべく、店側の誤解を解くことになった。
………………………to be continued…→…




