第25話「島民のルール」
「ここがカンパチロウさんの家…」
船着き場で声をかけられ、移動を始めて2分。
僕達で言うところの駅から徒歩2分。
なんて近いところに家が…家が
「あの。台風とか来たら」
「あ?台風?…また家作るだけだぁっしぱ」
「しぱ…」
多分。都内で暮らすホームレスの方々が建てたものの方がよっぽど家と呼べるだろう。
彼の家は砂浜にあった。白と黄色の中間のような色合いの綺麗な砂の上に雑に突き刺さっているのは流木だろうか。
材料はいくらか厳選しているようで、4本の柱となる流木は1人で持つのも大変そうなほど立派。
その流木に、屋根兼壁のブルーシートを……張って。細長い植物を紐の代わりにして固定すれば。完成。
確かに。何かあった場合、この作りならすぐに元通りに出来そうだし…柱の間隔を広げたりすれば間取りも変えられる。建て直しも引越しも簡単だ。
中は置く物も特にないから広く感じる。
体感では四畳半より少し狭いくらいか。
とりあえず、正座。
「お邪魔します…」
「カンパチロウさん。よかったらこれ、どうぞ」
家に入って早々、凪咲さんはおやつとお茶を1本差し出した。
「お。あんだぎぬ。でぇあっしぱ………本当にいいのか?」
よほど嬉しかったのか僕達に合わせた日本語を話すまでに遅延が発生した。
「甘くてしょっぱいお菓子で食感も楽しいと思います」
カンパチロウさんは…そうか、この島で暮らしてるってことは。
お菓子はもちろん、外部の物はなんでも珍しいのか。
「んぷぉっ!びらびーら!…でもしょっぱいなー…はー…」
甘いのリアクションはびらびーら!らしい。
必死に頬を摘んで引っ張ってたし、甘さでキュッとなったのだろう。
普段の食生活を見せてもらったら驚きの連続になりそうだ。
棒状の揚げ物系のお菓子をザクザクと良い音を鳴らしながら夢中で食べているカンパチロウさん。
口に1本含む度に僕達に笑顔を向けて頷いてくれる。
「これなら私達を悪くは思わないね」
「え?」
「後で分かるよ。カンパチロウさん。この島のこと教えて?」
「あんば、…わかった。何が知りたい?おめえ達のとこより何もないだろ」
「この島…神様がいるって聞いたことあるんだけど、本当?」
まだ出会って間もない。
凪咲さんはいつの間にか丁寧な話し方をやめているし、一気に距離を詰めた気がする。
嫌がられたりしないか…
「……………いる。このミブ島には大昔から…」
なんとなく彼が勇気を出して話しはじめたように見えた。
それと、この島が、満舞がミブと読むことに小さく驚いた。
外国に似たような島の名前があったような。
「この島自体、その神様が作った……そう考えろ」
隣に座る凪咲さんと目が合う。
正直、僕は立ち話がしたい。床なんてない。砂浜なのだから。
砂のザラザラで膝が集中的に熱されていくのを感じながら、カンパチロウさんに続きを促した。
「皆、神様の子供。俺もな………話、長くなるぞ」
それは単純に僕達にわかるように話したら、ということだろう。
頷いて返事をすると、彼はもらったお茶をぐいっとひと口。
「悪いことは言わない。神様は聞いてるんだ。おめえ達も悪く言うな」
話す前の最後の注意喚起。
でも僕達の返事を待たずにカンパチロウさんはすぐに始めてしまった。
「俺のおとっ。父。俺が子供の時に聞いた話…」
聞きながら、頭の中でさらに自分達の日本語に変換する。
神様はどこにもいるし、どこにもいない。
姿を見ることはできる。しかしそれはそのまま死を意味する。
自分達はその神様にただ生かされている。
その理由は、恐らく。死んだ自分達の全てが神様の糧になる。
なるべく死因は"健康的"であると喜ばれる。病気は好まれない。
動物に喰い殺される等の死に方が好まれる。
神様の機嫌がいいと砂浜に活きのいい魚が打ち上げられていたり、森に美味しい野菜が生えたり…生活を助けてくれるらしい。
機嫌が悪ければもちろん、その真逆のことが起きるわけだ。
この島の人間は独自の言語を扱うが、それは神様の言葉を真似たらしい。
誰が最初に話し始めたのかは謎だが、この島の人全員に通じるらしい。
誰もそれを教えてもらっていないのに、だ。
だが、ここまで話してもまだ。
「カンパチロウさん。ちなみになんですけど、神様には名前とかって…?」
「名前?…………」
やっぱりだ。
意図的に話さないようにしている感じがした。
迷って迷って、その度にお茶を飲んで。
飲み干してしまってようやく。
「アンムグル」
「あんむぐる?」
また凪咲さんと目が合う。
アムグーリではないのか。いや、似てる。言い方が違うのか。
「もうだめだ。名前より先は、神様が怒る」
「そう。ありがとう。今のでも十分だよ、カンパチロウさん」
「あ、ありがとうございました」
彼が話を切り上げた瞬間、雰囲気はそのまま解散の方へ流れた。
どちらが言い出したわけでもないのに。
お礼だけ言って立ち上がると、砂が足にくい込んでちょっと気になる痛さだった。熱いし。
軽く手で払い落としていると
「悪いことは言わない。おめえ達、あまりこの島には長く居るな」
それは、どういう
「つまり、今の内容でも神様が怒る可能性が高いってわけだよね。そもそも、口外したらダメなんだよ…ごめんなさい。私達のために」
「凪咲さん?」
「もう94だから。気にするな」
「94?え、94歳!?」
いやいやいや。そんなばかな。
猫背とは無縁な姿勢の良さだし、顔も94にしては若々しい…いや、若すぎる。
そんな、ばかな。
「神様のおかげなんだろうね。でも、私達がいなくなったらそれも分からなくなる」
「……」
「カンパチロウさんに島を案内してもらいたかったな…」
「何かあったら俺の名前出せ。友達って言え。そしたら逃げさせてくれる。まぁ帰り方までは面倒見れなんでやし」
「ふふっ。ありがとう」
凪咲さんの態度が気になる。
申し訳なさそうにしていて、彼を心配していて。
さっき言ってたことが本当なら…まさか僕達の目の前でカンパチロウさんは死んでしまうのだろうか。
その神様の怒りを買ってしまったから?
「あんども、ギラいじぇしぃよおおうなってせらいあんじゃったしこぱっすってっぱ」
「っ、」「……!」
突然すぎる。
直前まで聞いていた彼の声ではない。
人をからかうようなふざけた明るい声だ。
彼がもし裏声で話したとしてもこの声の高さにはならないだろう。
「べしべしまぬゃいい!?きゃらんであずべべべべえ!」
「真。そのままカンパチロウさんから目を離さないで後ろに下がって。絶対目を離さないで」
「は、はい。言おうとしてることは分かります」
これが、目の前にいるのが野生動物であったなら。多分目を離すなという指示は不正解だろう。
しかし今僕達の前にいるのはカンパチロウさんだ。
いや、もう、彼ではない。
目を離してしまえば。
視界の外に追い出してしまったら。
経験の少ない僕でも分かる。
戦闘開始直前の雰囲気が。
「ぎひひひひひひひひひひひ!!るゅるゅいてあっからちー!だぁだらめぁいぬああ…あ?」
"カンパチロウさんだったもの"から大体10mは離れた。
もう2、3歩下がれば砂と波が入り交じるところに足を踏み入れることになる。
「……………」
…静かになった?
でも凪咲さんは小さく手を振って僕に合図する。手の慌て方からしてまだ油断するな、というところか。
チャキ。
正解だった。
伝わったのが分かるとその手には武器が握られていた。
僕は今、無から有が生み出されるのを目撃した。
白い刃物。双剣の片割れを背後で隠すように握り、警戒する凪咲さん。
こうして彼女を視界に入れている間もカンパチロウさんから目を離してはいない。
「…………久しぶりの、代行だ」
「………」「………」
凪咲さんが黙っているから、僕も同じように黙る。
「…………伝わるだろう?言葉は」
でも返事はしない。
できるだけ反応もしない。
それはそのまま、死んでしまったであろう"彼"への礼儀だと思うから。
「…………次は、お前ら」
きぃひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ………!!
「っぷ…!」
「真…、」
思考に土足で立ち入られた。
"あれ"の笑い声が永遠とも思える長さで脳内を支配。
しかしそれは
「ごめんね」
凪咲さんの謝罪とほぼ同時に
「うわぁ!!…冷たっ!」
尻餅をついて海の温度を感じたことで
「…………笑い声が…無くなった」
「まだ終わってない。1人で立てる?」
凪咲さんは僕の方を見ていない。
そうか、まだ目を離してはいけない…!
かろうじて僕もまだ視界の中に…
「…………ねぇい?」
ぶちゃっ。
「うわ」
ずちゅ。ぐちゅ。
「っ…」「ダメ。見てて」
ばき。ぽきっ。
始まりは左手が左目を無理やり引きちぎったこと。
右手はへそを突き破り腹を引き裂いた。
続けて左手が両膝を叩くと逆方向に折れ曲がり。
ここぞとばかりに右手は左耳を荒々しく千切る。
これは、決して自殺ではない。
彼は、カンパチロウさんは、今。
殺されているのだ。
びちゃちゃ。ずぅち。
そうでなくては。こんな行いを出来るはずがない。
だって、だって。
じゅ。ぶしゅ。
最後は、腹に突っ込まれていた左手が手探りで肋骨か何かの一部を手に入れて。
舌を思いっきり出しながら胸に骨を突き刺した。
そのまま仰向けに倒れると、簡単な作りの家が崩壊。
ブルーシートで彼の体は隠れてしまった。
「………気配が消えた。もういいよ」
「ほ、本当に…ですか?」
「うん。…でも、この場から消えても私達は監視されてる」
「………」
「私…」
「僕、ちょっと吐きそうです…」
「分かった。いいよ…」
あんな死に方を見ればさすがに。
今更だが、四肢が綺麗に切断されるのはまだマシなんだなと思った。
それくらい、今の死は汚かった。恐ろしいほどに汚かったのだ。
「………」
「タイミング、良いんだか悪いんだか。オヤブンがこの場にいないなんてね」
「ぅおえ"っ!!」
背中を優しく撫でてもらいながら、小さく頷いて同意した。
カンパチロウさんについていく途中で、オヤブンさんは手分けして探そうと言って別行動を申し出たのだ。
でも。
「うん。オヤブンも危険ってことだよね。人と話すことはないだろうけど、猫…。真。落ち着いたらオヤブンを探しに行こ」
「う、ぅ、ぉえっ!?」
「大丈夫。大丈夫。…ね」
「おいおいおい。大丈夫かい?」
「っ!?」「…誰?」
こんな時に声をかけてくるなんて。
どうしよう。とにかく神様の話題は避ければ…大丈夫か?
「誰?誰って…なあ?」
「見たところ島民じゃないよね、君達は」
ふぅ。どうにか楽になってきた。
横目で見ると、2人の男性が立っていた。
"アラサー"くらいか。1人は帽子を被っていて、髭が濃い。もう1人はバンダナを巻いていて、髭は無くてツルツル…でも鼻の横に大きめのホクロがある。
身長は同じくらいで、黒いサンダル…下は白い…長くも短くもない中途半端なやつを履いていて…着ている黒いTシャツには真っ赤なリンゴがプリントされて…ん。
「俺達は」
「スピリチュアル・リンゴ・バンド、ですよね」
「あ、そうなの?」
答えを言い当てると、凪咲さんもようやく気づいたようだった。
「えふん。そういうこと。今日のライブのために来たファンだと思ったんだけど…俺達を知らないってことは…何しに来たの?」
「いや、あれだろ。スタッフの差し金でしょ。サプライズでファンサービスしようとしたら実はファンじゃなかったドッキリ!みたいな?」
2人の声が似ている。
どことなく顔も似ているし、体型も…
「あの。お2人って双子ですか?」
「聞いた?ワタル」
「だなー。アタル。わざとらしい知りませんよアピールだけどまあいっか。ここは素直に騙されてやるとしよう」
「俺達はSRBのメインボーカル。タルタル兄弟って名義で曲の提供とかもしてるんだ」
「双子っても歌う時は全く違う声なんだ。…今夜聞こえると思うよ。俺達、向こうに見える満舞学校でライブするから」
「学校?この島に?」
「分かります。どの建物か」
船着き場から見て左。この島で1番大きい建物だ。
「ああ…」
「あそこしか電気使えないんだよね。でも機材はなんとか全部使えるし、相当大きい音出すから会場まで来なくても、ね?」
「今のうちだよ。これから俺達はどんどんビッグになる。サインでも2ショットでも今ならサービスで」
「あ、それは大丈夫」
「お気持ちだけ…ありがとうございました」
「あ、あそう?そ、そか」
「アタル。俺達の音楽で魅了してやろう。…今夜だから。19時頃。ファンになってくれたら嬉しいな。それじゃ!」
これは。
芸能人に会ったというカウントに入れていいのだろうか。
「それは彼ら次第じゃない?いつか私達が後悔する日が来るといいけど」
「あはは…でも良い人そうな感じはしますよね」
「……チケットは持ってる」
「はい?」
「大人しくライブ見に行って、大人しく他のファンと一緒に帰るってのもいいかも…ね」
「…凪咲さん」
強くなっても、強くなっても。
そう遠くない場所にもっと強い存在がいる。
生命を簡単にどうこう出来る代行が相手だからこそ、彼女のように下を向くのは決して……誰にも…責められない。
今度こそ本当に、ふざける余裕は無くなった。
安全を選ぶにしても危険を選ぶにしても、選択したら最後までそれを貫く必要がある。
「オヤブンさん、探しましょう」
今の僕に言えたのはそれくらいだった。
………………………to be continued…→…




