第23話「可愛がって」
アムグーリ。
詳しいことは何も知らない。ただ。実在するならこの世の全ての生命に等しく、何かをもたらすだろう。
それが何なのかは僕達に想像できるものではない。僕達の想像以上の、ただの死では済まない未知を味わうことを強制するはずだ。それだけは、確実だと言える。謎の自信がある。
その自信がどこからくるのかというと
「今のうちに強い魂を腹の中に入れなあかん。準備が大事や。今度は凪咲の嬢ちゃんもおるし、ワイはその時まで大人しくしてられる。真も前回のことがあるから凪咲の嬢ちゃんが戦闘不能になるようなのは嫌って行動も慎重になるはずやろうから、ワイは心配する必要はあらへん。大事なんはワイや。ワイはワイのことを心配せなあかん。黒獅子で殺せる程度ならええけど、アムグーリはそれを上回る可能性がかなり高い。そうなった時のために手は尽くす。尽くすけども、届かなかったらという最悪の場合も考えておかなあかん。何が要る?まずアムグーリはどんな形なんや?人か、獣か、どれとも違う生命体か?オタクが好みそうな意識生命体かもしれんな。長寿を遥かに通り越す長い時間を生きて、形あるものと考えるのがまず間違っとるかもしれん。なら、なんや?洞窟に何かあるかもしれん。それこそ、創造…そう、創造や。創造の書そのものではないにしてもアムグーリそのものを維持する何かがあると考えるのは悪くないはずなんや。使者でもない、武器でもない、生命維持装置…とんでもないものを燃料にしてアムグーリを今の今まで生かし続けてるはずなんや。不老不死なんて、天才でも届くとは思えん。代行は神に仕事を任せてもらっただけの存在や。その神は生命に限界を設定した。つまりはそういうことや。不老不死になろうとするということは、代行としてやってはいけない神への裏切り、反抗、もっと、もっと悪いことやねん。簡単に創造できるはずないねん。必ず勝ち目はある。必ずや。どんな形であれワイが飛び込む穴はある。そのチャンスだけは見逃さんように…」
これだ。
オヤブンさんがぶつぶつと1人で紡ぐ言葉の数々。
人間と同じようにあぐらをかいて座る姿にはびっくりだが、それ以上にオヤブンさんが深く深く考えているのを見て、真剣さを見て、今回のこれは…
「はいはい。2人とも、もう寝るよ?」
「凪咲さん」
「ソープもなんだこいつって顔でさっさと寝ちゃったよ。私達も寝よ。オヤブン」
「…だからワイはその場合は、ぎゃっ!」
猫が大好きな凪咲さんだからこそ。
オヤブンさんの首を簡単に摘んで軽々とその体を持ち上げた。
…そういう持ち方、あるんだ…。
「ぶつぶつうるさいし、ここは私と真の布団だから。じゃーまーなーの。どうしても考え事したいなら1階で静かにね」
そう言ってオヤブンさんを部屋から追い出してしまった。
でも追い出すというにはかなり優しいものだった。
それはきっと布団の近くでソープが気持ちよさそうに眠っているからで。
「もう。ソープと違ってオヤブンってどこまでも猫だよね」
「え?」
"コロコロ"でほとんどの人に通じるその掃除道具を持って戻ってきた凪咲さんは、オヤブンさんがいた所を入念に掃除する。
粘着シートには黒い毛がそこそこに…なるほど。
今更ながら、ソープの抜けた毛がどうのと困ったことはない。
抜け毛が少ないような種とかそういうことなのだろうか。
「猫に会いに行きたかったのになぁ。まさか戦いに行くことになるなんて…はぁ…」
「がっかりですよね」
「う、ん。仕方ないけどね。オヤブンがあんなになるってことは私達も本気で行かないとだし…当日には切り替えないとね」
「凪咲さん…その、言いにくいんですけど」
「どうしたの?」
「僕、本当は1等なんて欲しくなくて…」
「ふふ。なんだ。そんなこと?」
「あの…」
「真と一緒に買い物するようになって私も物の値段とか気にするようになったから…分かるよ。福引きのために…多分、12000円くらい?」
「14000円です。求めたのは2等の林檎で」
「すっごい後悔してる?」
「凪咲さんに怒ってもらおうと考えるくらいには…」
「でも…真が福引きをしなかったらオヤブンは目的に近づけなかったわけだし。いいんじゃない?結果論だけど」
「……」
「それに」
そう続けた瞬間、凪咲さんから重い圧を感じた。
ドッ…と広がる目に見えない何かが部屋中を脅して、
ガタガタガタ…
「う、ぅお…わ、」
ポルターガイスト現象。
触れることなく揺れる家具。
見ている僕の心臓はそれ以上に乱れそうで。
「思わない?」
「…な、なにをですか…」
「アムグーリを殺すことができたら。その脅威を排除したら」
「………」
「私達は十分に成長したって、私達自身が認められる」
「ふ…」
「そしたら、終の解放者との戦いにもっと自信を持って」「待ってください」
「ん?」
意図的なもの、か?
「凪咲さん」
「なあに?」
「……」
気づいた。ソープはこんな状況でも眠っている。
パートナーの僕がこんなにビビっているのに。
凪咲さんの圧を受けて、眠っている。
「……異常、」
ぽつりと、僕は口からこぼした。
「ね。真」
「は、はい」
「おいで。寝よ」
「わぁっ、」
布団の中に引き込まれる。彼女の右隣のスペースに。
いつもと変わらない最近の僕達の定位置。なのに。なのに。こうして布団の中で向き合うことも、たまにはある。なのに。
掛布団の位置修正が即座に行われ、凪咲さんと体が触れ合う。…触れ合い、すぎる。
…季節が変わりゆくのに合わせて露出の増えたそれは、はたしてパジャマと呼べるだろうか。
変なことを考えたいわけじゃない。でも意識せずにはいられない。
下が、短すぎる。性別を、意識する。
差別だろうか。これは。
男が短パンを履くのはファッションを除けば"楽だから"という意見が多いだろう。
それは女の場合、どうなる。
楽を求めて履く短パンにしては短すぎやしないだろうか。探せばそういう下着も世の中にはある気がする。ならばこれは下着か?
簡単に触れてしまう僕と彼女の足。
太ももから足先までが緊張で固まる。
寝付くまでの間、なんとなく足を動かして布団に慣らす作業は失礼すぎてできない。
途中で少し暑くなって、ひんやりを求めて体を布団の中でズラす作業も同様だ。
僕は、僕は
「互いに相手の気持ちを知っててキスまでしたのに、なんでそんなに気にするの?」
「あぅ、ちょっと」
「そこで身を引く方が不自然だよ。私達の関係って普通じゃないけど、だけど、気持ちは通ってる。私のこと。もっと可愛がっていいんだよ?」
腰に手を回され、引き寄せようと力が入るのを感じる。
…それより少しだけ早く。
「な、凪咲さん」
彼女の足が僕の足に絡んできた。
僕の足の間に滑り込んできたすべすべの肌。熱くも冷たくもない心地よい体温が、割り込んできて。
「自信はあるよ。でも、自信はないから」
「え?え?な、なんの話ですか」
「"私の世界"だったらこんなこと思わない。でも、"私達の世界"では本当に何が起きるかわからない」
「ひゃ………!」
捕まった。
彼女の手足に。がっちりと。
僕の?彼女の?体全体が動いて、くっついた。
2人の間に瞬間接着剤でも塗ったみたいに密着して離れない。
柔らかく温かい吐息までもが、僕の首を捕まえている。
「捕まえていて。こうやって、どこにも行けないように」
いつもなら、え?と確認の声が漏れるはずなのにそうはならなかった。
何かあったのか。
余計なことを考えていた頭が今は心配で埋まる。
ふと思うのは、つい最近のこと。
その身をお菓子に変えられるかもしれなかったという出来事。
咄嗟に錬金術で身を守ることができたとはいえ、いくつもの"もしかしたら"が彼女を、凪咲さんを怖がらせているのかもしれない。
「そ、その。凪咲さん」
「……」
「こ、こういうのはやっぱり。凪咲さんは女性ですし、気をつけるべきだと…僕の考えは変わりません。た、ただ!ですね?」
声が裏返った。情けない。
僕がもっと男らしかったら、違っただろうか。
「その…なんて言えば…好きって……気持ちを…もう少し言動に反映させていいのなら…えっと、」
「………」
「ん………っ!」
言葉じゃダメそうだ。
上手く伝えられないと分かったから、2人の密着をより強くするように彼女を抱きしめた。
余計なことは考えずに、ただ、抱いた。
それから、実際には長くないかもしれない長い時間を。
僕達は言葉を発することなく密着していた。
2人の体温が布団の内部を高温にして、いつしか汗ばんで、それでもただ、密着していた。
僕が普段気にしていたこと。
こうしたら不快に思うかもだとか、汚いと思われるかもだとか、いやらしいと思われるかもだとか、そういったものの全てが今の行為で彼女自身によって否定された。
"可愛がっていい"。
発言の中にあったその言葉が、僕を少しずつ…大胆にさせた。
僕の胸に顔を預けてゆっくり呼吸を繰り返す彼女を聞こえないくらいの声で呼んで。
ほんの少しだけ向きを変えて僕を見てくれた彼女に顔を近づけた。
暑くて、熱くて、どこかくすぐったい。
今まで生きてきて、名称以外どんなものなのか少しも正しく知らなかった…初めての感情を唇を重ねることで彼女に共有した。
僕は、彼女が、好きだ。
………………………………next…→……
その日が来なければいいだなんて思ってはいない。
楽しみで仕方ない…とも思わないが。
なんてことはない、ただの予定。
そんな予定の当日まではあっという間だった。
もっと変わったことがあったり…ちょっとした事件があったり…なんでもいい。何かあってもよかった。
でも、あっという間だった。
朝起きた時、布団から出た時、顔を洗って歯磨きをして…戻ってきた時、着替えを終えた時、朝食のメニューについての会話中、調理中、ソープに朝の挨拶をして世話をしている時、食事中、…………ずっと…。
やけに、凪咲さんと目が合うようになった。
前よりも物理的な距離が縮んで、肘がぶつかるくらいの距離感で隣にいるようになって。
なんだか、「おい」みたいな気がして「真」ったり「聞いとるか」ってみたり「あのなぁ」それが、いつも以上に「こんのぉ…」
バチィン!!
「アホンダラぁ!!」
「ほぇ」
あれ?目の前には、オヤブンさん?
「なんや知らんけども。お前と凪咲の嬢ちゃんがその…めっちゃええ感じなのは分かるで?でもな、そのまま島に行くなよ。お前。死ぬぞ」
「……」
「もっかい殴ろか?」
「お、オヤブンさん」
「平和ボケかましてんちゃうぞ。惚れた女とイチャついて熱い視線のレーザービーム撃ち合って楽しいのは分かるけどな。ワイらはこれから殺し合いに行くんやで。そこらの代行とはワケが違う、アムグーリとのな。ワイと、お前と、凪咲の嬢ちゃん。足りるはずもない戦力で代行にも理解できない何かと戦うんやで?」
そうだ。
事前にダンさんに相談したところ、新たな手がかりを掴んだから終の解放者を追いたいと一緒に行くのを断られてしまった。
緊急時には連絡を。といつもの安心材料を言ってくれるだけまだよかったが。
今回は場所が場所なだけに助けは期待できないだろう。
「ワイからしたら、アムグーリは世界の敵。いや…神の敵やと思っとる。ゲームやったらラスボスもラスボス、裏ボスの最終形態の先の」
「あ、ゲームだとちょっと分からないです」
「はぁ…なら、思い出せ。お前が可愛いくてしゃあないって心焦がしてる凪咲の嬢ちゃんが菓子に変わった時のことを。ワイが焦るくらいブチギレたやろ?あれぐらい真剣に取り組んでくれ。それでも足らんけどな」
「本気で来い」と1階に行ってしまったオヤブンさん。
下では凪咲さんも待ってる。
「…あんな気持ちは、もう味わいたくない。ふ…しっかりしなきゃ」
「ニャア」
「ソープ」
ふと僕とソープの関係性について考える。
ただのペット…では少し冷たい気がする。
「ニャ」
「うん。家族…でいいよね」
「ゴロロロ…」
「いつも家にひとりにしてごめんなさい。帰ったら、きっとソープが嫌がるくらい可愛がると思うけど…許してね」
会話が出来てるわけではない。
一方的な人間側の好意の押し付けではある。
でも、受け入れてくれるのを見ると…意外と通じてるような。
「行ってき…」「ニャプ」
「え、いたい」
言葉を遮るのは甘噛みよりも強い…ガチ噛み。
頭を撫でようとした左手の人差し指が横からガブッといかれて、歯が突き刺さる。
一瞬ならまだいい。しかしそれを離してくれないとなると。
「いっ、ソープ。いたいよ。ソープ。そ、ソープ…んぐぐ」
振りほどけない。前足で僕の左手を固定し数回噛み直して、再び深く。
「いだっ!?」
「……ニャ」
「え?」
突然始まったから驚いた。だけど終わりもまた突然だった。
生温かい口から解放された指は軽く出血。その血をザラついた舌が舐めとる。
ごめんなさいとでも言いたげに、僕の指を舐めている。
家にひとりきりにされることが不満だったのだろう。
その怒りがこうして噛みつくことでようやく伝わったのだとしたら、僕はこの子に対してもっと気を使うべきだ。
…彼女と、同じ。もっと、可愛がってあげる必要があったのだ。
勘違いでなければ。
「よいしょ」
「ニャー」
両脇に手を入れ抱き上げる。
顔を突き合わせ、ソープに優しく微笑んで。
「行ってきます。絶対に、帰ってくるから。のんびり待っててください」
「ニャ」
ソープが鼻を寄せてきた。
顔の匂いを嗅がれるのは…なんか、やめてほしい。
でもこのくすぐったさがこの子の返事だと受け取って。
「…アムグーリ」
ソープに背を向けた時、自然と顔の緩みが無くなった。
切り替わった。
僕はこれから…、僕達はこれから、行く。
これだけ心の準備が必要な存在に会いに。
………………………to be continued…→…




