第14話「ラメリとお菓子の国」
「4」
揺られながら僕はスマホを睨んでいた。
ネットに投稿された小説を読むために。
…不思議だ。集中しているのに自分の意識はそのままだ。
いつもならあっという間に時間が過ぎるはずなのに、
「だから、開か、友の、ウイルス、与え、必ず、そう、」
画面をスクロールしながら1ページ3000文字程度の小説を10秒足らずで読み進めていく。
ボソボソ言ってるのは小説の断片だが…目で追ってもどこを読んでいるのか分からない。
………目を別で動かせるのなら。僕はどうやって小説を読んでいるのだろうか。
「許さ、見た、時を、時の、常に、新たな、」
ふとオヤブンさんを見た。
…目が合った。でも、何も反応はない。
おかしいとは思わないのか。僕は画面を見て小説を高速で読みながら同時に…
「5」
またひとつ、読み終えた。
蓄積されていく。雷が街に直撃して馬鹿と天才の頭脳が入れ替わる話、魔女狩りの最中で生まれてしまった魔女の娘が普通の人間として育てられた話、寿命で死んだ主人公が様々な生き物に転生してこの世が何なのかを知る話、自殺を試みた主人公が用意したのと違う薬品を使ってしまい幽霊と話せるようになった話、ゾンビウイルスが発生して辛い逃亡生活を送っていたがその原因が親友にあった話…
「6」
見つけた。児童向け絵本の原作小説。
タイトルは、"お菓子の国"。
主人公は貧乏な家族の娘、ラメリ。
ラメリは我慢強く、両親にわがままを1度も言わず、学校には毎日同じ服で通い、食事は2日に1回、さらには学校の帰りに草花を摘んで冠を作り…それを売った金を親に渡していた。
そんなある日、ラメリの家に強盗が。
家事をしていた母親は乱暴された後に殺され、仕事を終えて帰宅した父親はショックに耐えられず後追い自殺。
夕方、今日は冠がよく売れたと嬉しそうに帰宅したラメリは両親の死体を発見して発狂。
しかし誰も助けには来なかった。貧困層が暮らす村には良心など存在しないのだ。
それでも今まで比較的平和だったのは、"誰かに迷惑をかければそれは返ってくる"という暗黙の教えがあったから。
関わらなければトラブルは起きない。
それだけの教えが、たったひとつの考え方が、ラメリを追い詰めた。
そしてラメリは血塗れの姿でお菓子を買った。
家中のお金を全て掻き集めて買った。全財産を使って買った。
人生初の、贅沢品、貧困層には、一生手が届かない、甘い、お菓子。
家に持ち帰り、菓子を3つに分けたラメリは死んだ両親の口に1つずつ菓子を押し込むと、残った1つを自分の口へ。
泣きながら頬を押さえて美味しいねと両親に語りかけるラメリ。
その背後には戻ってきた強盗の姿。
頭に重い衝撃。
…気がつけばラメリはベッドで目覚めた。
そして気づく。何もかもが甘い匂いだと。
家具も壁も床も、自身が着ている服も。
全てが…甘い…お菓子で出来ている。
そう、そうなのだ。これまでの貧乏な暮らしはただの悪夢。
これが本来の暮らし。夢のような、お菓子に囲まれた暮らし。
両親は生きている。少し年老いてはいるが、2人は仲良く暮らしている。
そして毎日毎日、ラメリに好意を寄せる男達が大量の金とお菓子を持ってやってくるのだ。
ラメリは国の女王だった。
少しも、不幸ではなかった。
……場面は変わり、元のボロ家。
両親の死体は変わらずそこにあり、2人の間にはラメリの姿が。
目を閉じて、涙を流している。
それでいて、体が揺さぶられている。
ラメリに覆いかぶさり動き続ける強盗。
両親の死、頭の強打。心身に深いショックを受けたラメリは咄嗟に現実逃避。
妄想の世界を作り上げたのだった。
そして、満足した強盗はラメリを殺害。
犯行の一部始終を目撃していた隣の家の住人の密告により強盗は数日後、処刑された。
その強盗の名はクラブ・マキートー。
彼は菓子職人だった。…悲しいことに、ラメリが購入した菓子は、マキートーが作ったものだった。
「8」
この小説は作者の地元で大ヒットし、やがてドラマ化され、映画化もされた。
しかし。あまりにもラメリが可哀想だという声があり、原作の一部を切り取った絵本が制作された。
それが"ラメリとお菓子の国"だ。
若くして女王になったラメリと、彼女の元に訪れる4人の王子。その5人の不思議な人間関係と登場するたくさんのお菓子は子供にウケた。
そういえば小学生の頃、冬休みの宿題の読書感想文でこれを読んでいた女子がいた気がする。
それくらい有名な作品だ。
「っとと…!」
過剰な読書が中断された。
見れば、オヤブンさんがうつ伏せになっている僕の体を手で押さえていた。
「静かに。向こうに代行がおる。3人組で外国人や」
「え、でもルルーはオヤブンさんが」
「別のやつらや。ワイらが見たのとは格が違う…3対2じゃ不利やな」
「……」
首を動かしてその方向を見る。
…確かに別人だ。全員見たことない。
そもそも、全員が首やら腕やらに模様が…タトゥーとかいうやつか。
「強さとか分かるんですか」
「勘みたいなもんや」
正面には大きな大きな建物…目指すべきお菓子の城がある。
もしやあの人達も?
「多分あいつらも同じ目的やろな。このふざけた世界を元に戻すつもりなんや」
「ラメリとお菓子の国、ですよ」
「なんやそれ」
「この創造の元になった絵本です」
「……」
「オヤブンさんが僕を運んでいる間に原作小説を読みました」
「…思い出したわ。サラの家にもあったで、絵本が。言われてみたらあれに似てるな。変なことわざもあんねん、チョコレートの道は城に通じるって」
「代行はラメリになりきってるはずです」
「女王やな」
「絵本の通りなら、代行には4人の使者がいる可能性が」
「あれやろ?トランプのあれや。分かるで?」
「スペード、ハート、ダイヤ、ジョーカー…4人の王子です」
「あん?ジョーカー?」
「クラブは原作に登場する悪人のことを示してしまうのでジョーカーになりました」
「今そのスマホで調べたんか」
「はい。公式サイトの情報です」
「ん、今原作って言うたか?絵本に原作があるんか」
「ありますけど、今はその話は。オヤブンさん大きい声で叫んじゃうと思うので」
「…気になるやんけ」
「我慢です」
「なぁ真、あの城やねんけど」
「はい」
「裏口とかあったんちゃうか?」
「あ…待ってくださいね、絵本のネタバレサイト見てみます」
「便利やな…」
さすがオヤブンさん。
言ってた通り、城には別の入口がある。
城の近くにあるお菓子屋"キャラメリー"の床に隠し通路があって、そこから城の中に…
「でもそんなお店…」
未炎駅 キャラメリー で検索してみる…と。
「キャラメル専門店。"キャラメル倶楽部"…ぐ、偶然にしては出来すぎてるような」
「1人で何の話しとんねん」
「キャラメル倶楽部ってお店にもしかしたら…城に入れる隠し通路があるかもしれません」
「そのキャラメル倶楽部ってそこの店か?」
「へ?」
すぐそこ…すぎる。
チョコレートの道路を挟んで向こう側に目的の店があった。
「あいつらが行ったら店調べるか…あ、ふにゃああ…」
「オヤブンさん…」
縮んでしまった。元の大きさに戻ったオヤブンさんは僕の背中の上で
「すまん。こっからは真がワイを抱っこしてくれ」
「分かりました…」
城までそんなに遠くない。
多少体が痛くても、隠し通路を利用すれば戦闘することも無いし安全に行けるはず。
「見えなくなったで。でも気をつけるんや。相手は数が多いからな」
………………………………next…→……
「カルロス!そっちじゃ」
「うるせえ!俺に命令するな!」
確実に城に近づいているものの、似たような景色が続き道に迷った3人。
「マーク、アンバー、いいか。代行を見つけたらすぐに殺せ。すぐにだ」
((READ))
「カルロス…まだ武器を出すのは…」
「撃たれたいか?この"グッドナイト"で…!弾は無限だぞ」
「分かった。分かったから」
((READ))
その横でアンバーも創造をする。
「弾数無限のショットガンなんておっかねえ…ふぅ」
「マーク。あんたも早く創造しな」
「毒がたっぷりの折りたたみナイフはまだ怖くないな」
「はあ?アタシの"ウォー"を馬鹿にしてる?」
「してない。ったく、そんなに怒りっぽいと男が寄ってこないだろうに」
((READ))
「噂の"スマイル"がまさか手のひらサイズの機械とはな」
「馬鹿言うなよ。この大きさがちょうどいいんだ。お前達も吸うか?」
「麻痺する効果のあるガスを?パスに決まってる。カルロス、城の正面に着いたらあんたがリードしてよ」
「ああ…任せろ」
「そこで止まれ!!」
その時、男の声がした。
3人の前に現れたのは。
「我はスペードの紋章を授かりし王子、ふぃ」
「うるせえ死ねえええええ!!!」
この状況下で無事な人間は間違いなく代行である。
そんな事は3人にとってわかっていて当然なことで、姿を見せたのが何者であれ、
バァン!バァン!バァン!!
「殺して当たり前」
倒れた男に接近し所持品を調べるアンバー。
「即死。でも残念だけど代行じゃない。こいつは使者かもね」
「使者だと?ビビリが。こんな雑魚で俺達を殺そうとしたってのか」
ポン!
「おいおい、消えちまったけど…カルロス、お前の武器ってそういう効果もあるのか」
「いや。死んだ使者は消えるんだろ?」
「鍵を残して消えた。ほら、これ」
アンバーがマークに投げ渡した鍵は
「冗談だろ?いつの時代の鍵だよ!こんな錆びついてるデケェ鍵…」
「見せろ。…スペードの模様があるぞ」
「多分それが無いと城に入れないんじゃない?よかった。探す手間を考えたら」
「よ、よし!じゃあさっさと城に入ろうぜ!」
3人は走ることにした。
城にまっすぐ進みたいところだが、建物の配置のせいで右へ左へと曲がることを強制されてしまう。
それに腹が立ったカルロスは。
「面倒だな!!クソが!!!」
グッドナイトを乱射。
クッキーの壁を破壊しながら、時にはお菓子の家ごと破壊しながらまっすぐ城に向かっていく。
そして。
「着いたな。城に」
飴で出来ている階段の上には無駄に大きな扉が。
見上げれば、空にまで届きそうな城の先端付近に出っ張りがあり
「代行はあそこだろ」
カルロスは指差して新たな目的地を示す。
「この鍵、まさかこの扉専用なのか」
「早くしろマーク。待ちきれねえ…代行をぶっ殺してさらにぶっ殺してやる」
「何言ってんの。1回死んだらそれで終わりでしょ?ゲームじゃないんだから」
2人より先に扉の前に立ち、鍵を…
「……」
「何やってる!早くしろ!」
「マーク?…カルロス、なんか様子がおかしい」
「やべぇ…」
マークは振り返り、申し訳なさそうに1歩横に移動した。
そこにあったものを見てカルロスとアンバーは
「オーマイ」「ガー…」
3つの鍵穴と、1つの手の形をした穴。
合計で4つの穴がそこにあった。
内1つには今さっき手に入れたスペードの鍵が差し込まれている。
「ふざけんなよおい!!」
カルロスが扉に近づく。
嫌な予感がしたマークは扉から離れ、アンバーを連れて階段を下りる。
バァン!!
鍵穴に銃口を向けて発砲。
しかし、扉は開かない。
「これなんなんだよ!鍵をあと2本見つけてもこの手の形した穴はなんなんだ!おい!?」
カルロスが叫ぶ。
「さっき殺したのと似てるのがこの辺をうろついてるのかもね。手のやつは知らないけど」
「あれだろ。手は犠牲。あの穴に手突っ込んだらグチャってさ、いや、スパッかもな」
「マーク、あんた映画の見すぎ。…でもそうかもね。カルロス!他の使者を探しに行こう!多分鍵持ってる!」
「…分かったよ!やりゃあいいんだろ!」
「あとは…手…使者を殺すと鍵が手に入るけど、死体は消える。だから手を切り落として殺しても無駄…」
「先に言っとく。俺はパス」
「誰だって嫌に決まってる…」
「ほら行くぞ。全員見つけて頭ブチ抜いてやる」
………………………………next…→……
「うわ、すごい…」
キャラメル倶楽部に入店した。
でも内装はキャラメルではなくて…
「チュロスみたいなやつが多く使われてますね」
「真…なんで楽しそうなんや」
「全然楽しくないですよ」
多分、原作小説でラメリが買った菓子ってこういう見た目のものだったのだろう。
「この店だけは壁や床にクッキーとかチョコレートが使われていない。特別な扱いを受けてますね。ということは」
床に目を向けると…
「この小さなテーブルだけ下に布が敷いてありますね。薄っぺらくて…絨毯とかではない…」
「ならその下に隠し通路があるんか?」
「でしょうね」
でもテーブルの上にはお菓子が山盛りに並べられている。
テーブルを動かすのはちょっと…今の体では厳しいか。
「蹴り倒せ」
「…」
「見た感じ店の商品ちゃうやろ?創造された物やったら別にええやん」
「ふっ!」
食べ物が床に散らばる光景は…すごく嫌な気持ちになる。もったいない。もったいない…
「真。早く!この布取ってくれ」
「あ、はい」
赤い布。掴み取るとそこには取っ手があった。
「これを掴んで持ち上げる…いたた…」
ギィィ…
「うおおお!久しぶりに見たで!石や石!」
「久しぶりってほどではないですけど…」
それでも喜びたくなるのは分かる。
隠し通路は石を削って組み合わせて作られているようだ。
いかにもそれっぽい。
「中は暗いのでスマホの出番ですね」
ライトで照らす。
まずは階段。その先にはまっすぐの通路が見えている。
「ワイが前歩いたる。お前は後ろから照らしてくれ」
「はい。お願いします」
オヤブンさんが先に中へ。
「じゃあ僕も…」
バァン!バァン!バァン!!
「っ!?」
「銃声やな!真!」
「はい!」
ギィィ……
真達が隠し通路に侵入してから、数分後。
その入口は閉じられ、布で覆われた後に、テーブルで塞がれた。
「危ない…っ、ルルーを殺した代行って今のやつ…?ふぅ…ふぅ…」
店の奥に隠れていたルルーの仲間、メイはすぐに店を出た。
「本当に危なかった…ここからは創造の書を出しておかないと。次会ったら戦うことになるだろうし。それに今の銃声…他にも代行がいるってことでしょ…?」
歩いていたその時だった。
「止まりなさい、マダム」
「マ、マダム!?」
メイの前に現れたのは。
「我はハートの紋章を授かりし王子、オチア!」
チャキ!
剣を抜いたオチア。
「な、なに?…王子?」
「マダム。どのような理由があったとしても、城には行かせない…!」
「…そういうことね」
((READ))
………………………to be continued…→…




