第6話「解放」
「こんなに汚しても虫とかがいないのが不思議で…」
もしいたら絶叫していただろう。
凪咲さんに部屋ごと焼き払ってもらっていただろう。
「む、ムゲンリングスナックが大量に」
やっと部屋の隅に目を向けることができた。
情報量が多すぎるこの部屋で次に気になったのは子供向けのお菓子だ。
Cの形をしたスナック菓子で、上手く引っかけるとお菓子を連結させることができるというもの。
僕が子供の時から売られているお菓子…同級生が1袋分繋げたって学校で自慢していたのを思い出す。
……ここにあるのは2、3個しか繋がっていない。
「おや?」
よく見ると菓子の袋の下に本のようなものが…!
………………………………next…→……
「う、ううおおお!?」
「あんまデカい声出さんといてくれ。人が集まると面倒やねん」
「で、で、で、でも!」
「元の体の20倍ってとこやな。オヤブン【黒獅子】モードや」
巨大化したオヤブン。
それはライオンよりもさらに大きく、猫としての柔らかさや可愛さを失っていた。
全体的に筋肉質な印象が強く、剥き出しになった爪は触れただけで…アスファルトを容易に削っている。
「ブ…」
それを見た変身途中のあんこは怯んでしまう。
「大人しく死ぬなら手加減してやってもええで…死神の爪!」
ボァ…!
前足の爪からはドス黒い煙。
「にゃがぅるるるる!」
飛びかかる準備をするオヤブン。
"獲物"となったあんこは、その気になればまだ逃走することができる。
オヤブンはそれくらいゆっくり…ゆっくり動いているのだ。
隙だらけと言ってもいいほど遅いオヤブン。
「………」
しかしピクリともしないあんこ。
動かないのではなく、動けない。
巨大化したオヤブンに睨まれて、硬直。
「ま、これで動けない程度ならワイの相手は出来へんな」
ドス…ドス…。
オヤブンの足音は小音ながら振動はそれなりで、
「1発で終わらしたる。それがワイなりの優しさや」
あんこに近づき、右の前足を振り上げ、
「ブヒィィーーーーーー!?」
一瞬。
撫でるのと変わらないくらい手加減された引っ掻き攻撃で、あんこの体は引き裂かれた。
頭部は目の下から斜めに分断され、即死は確定。
ボロボロと地面に転がる代行の破片を見てジュンは
「……し、死んだ」
「せやな。死んだで、この豚女は」
「やった…やったぁ…!」
「ん、」
「はは!はははは!やったあ!!!」
ジュンは、喜んだ。
心の底から喜んだ。
立ち上がり、涙を流しながら、バンザイをして、最大限の喜びを表現した。
そこに。
「ありました!創造の書…ぅええええええ!?」
「でか…」
あの地獄のような部屋でやっと創造の書を見つけて。
手に取ったらベトベトしてて、何かの油が手について、しかもめちゃくちゃ臭くて。
なんとか持ち出したと思ったら今度は…
黒くて大きい、ライオンが…
しかも体がゴツゴツしてる。ボディビルダーみたいだ。
「まさか、オヤブン?」
「ワイ以外に答えあるんか?」
……無い。
「あれ、代行はどこに行ったんですか?」
「そこに転がっとるやろ」
「っ!?」
「殺したってことは何かあったの?」
「そういうことや」
不謹慎だが、きゅうりを切る時にこういう斜めに刃を入れる切り方をすることはよくある。
それとそっくりだ。
断面は骨ごとスパっと切れていて、なぜか血が出ていない。
「肌の色が違う。真、この代行も変身したんだよ」
「変身…もしかして」
創造の書を開いてみた。
すしがたべたい、やきにくがたべたい、あいすがたべたい、じゅーすのみたい、あまいさけがのみたい、はんばーがー、ぽてとやまもり、ぽてとやまもり、ぽてとやまもり、ぽてとやまもり、まよねーず、ばーべきゅーそーす、ちーず、ちーずけーき、しょーとけーき、ぽてとやまもり、すし、まぐろ、まぐろ、さーもん、にく、にく、こめ、さけ、ぽてと、なんかあまいの、うまいもんくいたい、
なんなんだこれは。
ひらがなで、雑に書き込まれている。
…創造、したのだろうか。これだけの飲食物を。
隣のページにも同じ調子で欲望がぎゅうぎゅうに書き込まれていて、少し怖くなった。
まさか。あの部屋は、あれで片付いていた…?
大量に食べ物を創造して…それを…
「もういいよ真。それだけ分かれば」
「…はい。他にはジュンさんのことだけなので、変身して戦う創造は出来ないはずです。ということは」
「終の解放者が関わってる。この代行も"怪人"ってこと」
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ずっと喜んでいたジュンさんのことも気になった。
自由にはなっただろうけど…そこまで死を喜ぶのは…違う気がする。
………………………………next…→……
「凪咲さん、僕の手、もうダメなんでしょうか」
「こういう臭いって全然取れないよね。とりあえず10円玉とか握ってみる?」
色々と未解決なまま僕達は帰宅した。
とにかく僕の手が汚い。綺麗にしたいのだ。
「ワイもシャワー浴びたいんやけどええか?」
あの後。
ジュンさんは僕達から創造の書を受け取ると、"後片付けは任せてほしい"と言って部屋に戻っていった。
不気味な笑顔だった。
それからすぐオヤブンさんは縮んだ。
元の大きさに戻ったらしいが、むしろ元より小さくなったようにも思える。
「真。お前考え事が多いんちゃうか?そのうち頭の中が丸見えになってまうで?」
「ま、丸見えって」
「ホンマやで。んー、今日の飯はラーメン。当たってるやろ」
「…何にも当たってないです」
「わざとやん。気ぃつけなアカンで」
風呂場。オヤブンさんと2人。
弱めに出したシャワーを浴びてのんびりしてるオヤブンさんと、必死に手を洗う僕。
謎の油で汚れた手は何回石鹸で洗ってもベトつきが無くならない。
「それもあの豚姫あんこの仕業やったりしてな」
「なんですかその呼び方」
「豚姫やん。あいつの手荷物の中に名刺があったんや。フラワーガーデンNo.1 あんこってな。帰国したサラがネットで日本のこと調べてる時に見たで。キャバクラとかいうやつやろ?サラはプリンセスクラブとか言うとったけど」
「……」
「なんや」
「いや、No.1って…」
「それならジュンが昔の話って言うとったで」
「昔の話…」
「まあ豚のことはもう終わったんやからええねん」
「姫すら付けないんですね」
「そんなことより。お前と凪咲の嬢ちゃんが話してた怪人について聞きたいんや」
「あぁ…終の解放者っていう人達が関わってて、代行自身が化け物に変わったらそれを怪人と呼ぼうって」
「もっと詳しく。あとシャワーの温度少し上げてほしいんやけど」
「あ、いいですよ」
動画で見るみたいに濡れたオヤブンの体はほっそりしていた。
毛のもふもふってこんなに影響が大きいのかと驚きつつ。
「……なるほどな。てことはダンと真は今、終の解放者を狙ってるっちゅうことか。分かりやすい悪人がおったら放っておけないわな」
オヤブンさんは1度も聞き返すことなく話を理解してくれた。
「ふーん…、飯屋の店主に子供に…誰でも怪人になるとしたら、それは創造の書が悪いんとちゃうか?」
「…え?」
「昔話でも童話でも映画でも。なんか似た話あるやろ。欲張ったやつにバチが当たるやつ。創造の書で好きなだけ願いを叶えたから、最後には自分が化け物に変わるんや」
「……」
「創造の書なら確かに願いを叶えることはできる。でもそういう使い方を神様は許さへんってことや。それか…」
「それか?」
「真に理解できるか…うーん、話すの悩むやんけ…」
「なんでですか!」
「その終の解放者が関わってるってのがホンマなら、そいつらは創造の書の偽物を作っとる」
「…いや、それは無理です」
「ん。少しは驚くと思ったんやけどな」
「以前理由あってそれに関することを詳しい人に聞いたことがあるんです。確か創造の書の複製は不可能だと教えてもらいました」
「そいつが誰か知らんけど。嘘ついてるって可能性は?」
自分で言うのもあれだが、泣きついてきた人に嘘をつくのは
「それにな。ワイが言ったのは創造の書を複製する…やないで。創造の書の"偽物"を作っとるって話や」
「…あ。じゃ、じゃあ!」
「そういうことや。創造の書を複製するのがホンマに無理だとしても、偽物を作る分には不可能じゃないってことや。例えば、見た目が同じってだけなら別に問題にならへんやろ?自分の本を守るための方法の1つや。で、もう少し踏み込んで…見た目が同じ本に本物のページを挟んだら?」
「……実質創造の書です。複製とも言えます!」
「でも終の解放者ってのは多分もっとやってんねん。そうやな、使えるページ数が少ないのは当然として…使った人間が怪人になるような罠が仕込まれてるんやろなぁ」
「罠ですか?」
「考えてみ。餓死寸前の人間に美味そうな食い物を与えたらそいつはどうする?絶対に食うやろ」
「はい」
「もう少し現実的なとこだと、金が無くて困ってるやつに札束渡したら?」
「使いますね。困ってるならきっと」
「せや。何言ったって結局、自分に必要なものが目の前にあったら誰だって」
「……」
「分かったんか?」
「誰にも頼れない人に、偽物の創造の書を与える。最初は信じなくても、1度使って願いが叶えばその後は躊躇うことなく何度も何度も…そして最後には」
「終の解放者が望む姿に変身するってわけやな」
「望む姿に?人々を怪人に変えるのが終の解放者の狙いなんですか?……はっ、洗脳…」
半里台の人々が洗脳されて狂ったように。
今度は偽物の創造の書を使って
「なぁ真。まだ冷蔵庫にキンキンに冷えた牛乳あるんかなぁ?もうそろそろ」
「オヤブンさん、ありがとうございます!」
「おい待てぇ!」
「え、」
「ちゃんと牛乳は用意せぇよ?」
「はい!」
「…あいつもう手のことは解決したんか?」
風呂場から出てタオルを片手にスマホを探す。
「あ、真。もう手は大丈夫?」
「わかりません」
「わからないって…じゃあ私がチェックしてあげるよ」
「それより今はダンさんに連絡を」
「どうかしたの?」
「終の解放者は創造の書の偽物を作ってるかもしれないんですよ!」
「偽物…」
「はい!その偽物を使った人達が怪人になっているとすれば、それは方法こそ変わってますが洗脳と同じです!」
「…真」
「すぐに知らせた方がいいですよね!なのでスマホを」
「真、まだ臭いよ」
「……」
恐る恐る鼻を近づけ…
「うっ、」
ツンとかではない。
鼻の奥までグンと来る。
あの書き込みを見ればこの臭いが表現の難しいものだとわかるはず。
様々な食べ物が互いに悪影響を与えて生まれてしまった新たな悪臭。
それはまだ僕の手を…
「手洗っておいで。連絡は後でもいいよ」
「はい…」
「どうしても取れないならスポンジとか使う?」
「はい…」
………………………………next…→……
「これで自由!自由!やったああぁぁ」
部屋の中で、自分を創造した代行の破片を蹴り飛ばして喜ぶジュン。
一緒に蹴った食べ物が散乱するが全く気にしない。
「もう掃除なんてしない!俺だってテレビを見るし!綺麗なトイレでするし!」
解放された喜びがずっと続いている。
代行の所持品を汚し、破壊することで
「うおおおおおお!最高だあああ!!」
ジュンは幸せを感じていた。
「気分…イイカ?」
「そりゃそうだろ!これからは自由に生きていけるんだから!!」
「ヨカッタ。それならダルダも」
「ん?うわ!お前だ、誰だよ!急に入ってきてなんなんだ!」
ジュンが気づかないうちに部屋に入ってきていた存在。
紺色の大きなレインコートで体を隠し、
「ダールーダ」
顔には最近流行中のアニメのキャラクターのお面。
「お前モ、カワレ」
裾から出てきたのは手…ではなく。
「お、おい…なんだよそれ…」
ウネウネと動く細い何か。
それは数十…数百と枝分かれして。
「うわ、ぅっ」
ジュンの目、鼻、口、耳、毛穴…彼の全身に吸いつくように突き刺さり、中に侵入する。
「が、お、が、お、」
「ガオガオ。お前の新しいナマエ」
ブクブク…ブクブク…
ジュンもまた、あんこと同じように肌が泡立っていた。
………………………to be continued…→…




