第4話「ダンの切り札」
「あの女性、どこに行くんでしょう…ラッキーストリートに行くと思いきや微妙に違うような」
選ぶ道は完全にラッキーストリートへ続く道。
だけど途中で曲がったり、曲がるべきところで直進したり…よく分からない。
もしかして、普通に帰宅中とか?
「にしてもアカンなぁ。歩きながらボリボリボリボリ。何をこんなにこぼすことがあるんや」
「ポテチみたいですけど」
「あれじゃない?1枚とか2枚ずつじゃなくて一気に掴んでるんじゃないの?ほら、片手を箱の中に入れて小銭をどれだけ掴めるか…みたいなのあるじゃん。あんな感じで袋から引っこ抜いたやつをそのまま口に持ってく」
「そんなことしたら全然口に入らない…あ、だからこぼすんですね」
「納得やな」
僕達の会話が聞こえてしまったのか、1度こっちに振り向くと少しだけ歩く速度が変わった。
「怪しまれる前に、嫌がられたみたいやな。まあいざとなればワイだけでも追いかけられるから任せとけ」
「…あ、」
凪咲さんが何かに気づいた様子。
「この残り香。どこかで嗅いだことあると思ってさ。真も知ってるはずだよ?」
「え?…匂い……」
そ、外の空気と…ギリギリ分かるのはお菓子の…のりしお味っぽいような。
「甘くっさいこれか?何の匂いやねん」
「あの人はキャバ嬢。流行ってるのか、どこかの良いブランドの香水なのか知らないけど。確定だと思うよ」
でもキャバ嬢って…ああいう人でも出来るものなんでしょうか。いや、その、体型が全てではないと思いますけど
「意外なとこに需要があったりするしね。あ、走った」
「へ?」
…走ったとするにはちょっと厳しいような。
早歩きにも足りない…1.1倍くらいしか変わってないように見える。
「でも体が跳ねてる。ちゃんと地面蹴ってるよあれ。でも…息切れのが早そう」
「つまりただのデ」「オヤブンさん、時々聞こえてるみたいですしあまり言いすぎるのは」
「なんや!デブにデブ言うて何がアカンねん!別にええやろ!あれなら男も襲ってこないやろ。返り討ちにされるやろうしな!」
「ちょっと、オヤブンさん!」
「んシィィィィィィ!!!」
立ち止まって袋ごと菓子を捨てた。
ゆっくり僕達の方へ振り返り、…あ、すごい睨んでくる。…そうか。オヤブンの声の主が僕だと思ってるからか。
…ということはこの人は今僕に怒ってる…?
「てめぇ、さっきからなんなんだよ!」
そのお怒りはごもっともだ。でも猫が喋ったと言い訳しても信じてもらえるわけがない。
「あ…すいません、なんか食べ歩きが気になって…」
事実だ。それにこれだけこぼしていれば他の人に迷惑だし、清掃の人の仕事を増やすことになる。
「はぁぁ!?」
か、顔がパンパンだ。
改めて見るとこの人の顔は通常時からすでに不機嫌そうに見えていたのだと分かる。
…眉毛がない。
「うざっ。……」
なにやらキョロキョロと周囲を気にしている。
「誰もいないし。死ねよお前」
ん?
「来るで」
「うん、創造するつもりみたい」
バッグに手を突っ込み、取り出し…引っかかってなかなか抜けないみたいだ。でも見えてる。創造の書が見えてる。
「表紙に模様がありますね」
「違う。あれただのシミだよ」
「やる気があるなら先に攻撃してもええよな?」
オヤブンが2歩前へ出て体を震わせた。
「くそっ、ああ!!」
女性はというと創造の書があまりにも引っ張り出せないのでバッグを地面に置いて…無理やり出したら…
「何あれ。本にくっついてるのってまさか千切りしたキャベツ?」
「指名!ジュン!」
((READ))
創造。ジュン…使者の名前か。
「にゃうるるるる」
オヤブンの毛が荒々しく乱れていく。
初めて見る。もしや単体で戦うための予備動作なのだろうか。
ならば僕達は時間を稼ぐ方がいい…?
「分かった。あまり強くなさそうなら手加減するよ」
「お願いします」
「ご指名、ありがとう。あなただけのダイヤモンド…ジュンです」
弱々しい赤い光から現れたのは……うーん、
「凪咲さん」
「ホスト、かな」
「ですよね?」
「No.1ホスト、ジュン!」
「あんこちゃん。ありがとね」
「ジュンかっこいい!!!」
あれれ。2人で盛り上がってる。
創造された使者は代行が紹介した通りホストだ。
あちこち跳ねてる金髪、黒の…
「そこら辺のホストと変わらない。顔も別にってレベルだし」
「ちょ、凪咲さん!」
「はぁ?ジュンがそこら辺のホスト?ふざけたこと言ってんじゃねえよこの…」
言い返そうとした女性が凪咲さんを見て固まる。
「この……チッ、ちょっと見た目良いからってなんなの?は?はぁ?」
「あんこちゃん。俺はどうしたらいい?」
「ねー!ジュン、あいつらが悪く言う!」
「そ、そうみたいだね」
「だからぶっ殺してよ!」
「こ、殺すって…」
なんか使者は乗り気じゃないみたいです。
「困ってるね」
「いいから!殺して!言うこと聞けないの!?」
「分かった!分かったよ。じゃあ、危ないからあんこちゃんは向こうに隠れてて」
「やだ!見てる!」
「だめだよ。あんこちゃんのこと心配しちゃって本気出せないから、ね。すぐ迎えに行くから」
「…いいよ?早くね」
あんこちゃん?は何度か振り返りながら本当に離れていった。
姿が見えなくなると使者のジュンは大きなため息を…そして僕達に向かってお辞儀。
「にゃ…?なんや、なんや、あの使者まさか」
疑うまでもない。彼は戦う気ゼロだ。
「初めまして。ジュンです」
警戒しながらこっちに歩み寄ってきた。
油断させてどうこうというより、襲われないかを気にしてるみたいだ。
「オヤブンさん。戦闘は中止で」
「言われなくても分かっとる。変な代行もおるんやなぁ…」
でも普通に話せそうだったので、駅前のカフェに移動して話を聞くことになった。
………………………………next…→……
「面白いね。ジュリアは人間と思わせて綺麗な肌の下には機械の体が…へぇ」
「うくっ?」
「おっと。でも今の君は人間と同じくらい脆い存在。触れるなら気をつけないといけないね。こんなふうに、太ももに"穴"を開けてしまったら」
「いやあああっ!!!」
ダンの目の前で、ダンに見せつけるように、ダンの目を見ながら。
六島はジュリアを少しずつ傷つけていく。
その鋭い爪をぷすりと突き刺し、ここまでで4つの穴を開けた。
「……」
しかしダンは何もしてやれない。
手元に創造の書はない。体は拘束されている。
アイマは狂ってしまった。ジュリアも何かをされて弱体化している。
詰み、というやつだ。
そもそも六島と真っ向勝負をして勝てるかどうかも分からない。
なのにこの状況。ピンチなどではない。すでに決着が
「……、」
忘れた頃に役立つもの。
ダンはこの状況で思い出す。
着ているYシャツに隠している…創造の書の一部。
アイマ達の代行になる際、所有権を得た1冊。
それを襟の裏に隠せる大きさの細長い"付箋"に加工していたのだ。
創造の書の約3ページ分。左右の襟に分けて隠してある。
創造の書に触れてさえいれば使える創造…
「異能…この状況ならばそれ以外に選択肢はない」
新たに創造する時間的余裕はない。
ダンは目を閉じて考える。
誰が、何をして、どう解決するか。
動くべきは自分か、ジュリアか。
「見たくないか。でも見ておいた方がいい。独り占めするのは勿体ないだろ、こんなに恐れているんだ。死を」
六島はジュリアの顎に爪を這わせる。
力を入れなくても肌が簡単に削れていく…、
「…ご主人、様」
「助けを求めているのに。見て見ぬふりを続けるつもりか?」
「………」
すると、笑いっぱなしだったアイマが今度は泣きはじめる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁあああん!!!」
「大丈夫。もうすぐで楽になれるさ、アイマ」
「お前は恐怖で相手を支配するのか」
「うん?」
落ち着いて話を始めるダンに注目する六島。
自然と手はジュリアから離れていた。
「ならば力無き弱者はどう変える?」
「知ってどうする?」
「冥土の土産にはなるだろう」
「残念だが、代行には冥土も何も無い。死を乗り越えるだけの力が与えられているのだから」
「その姿は偽りか。死んでも生き返ることが出来るのなら…そうか、体を使者のそれと同じように変化させ、用が済めば死んで元の体で蘇生を…」
「どうかな。君の考えがどこまで正しいのかなんて」
「あえて言おう。…すぐに私を殺さなかったことを後悔したまえ」
「……今更何ができる?」
「…見せてやる。究極の創造を」
「なにっ?」
短い会話。1分未満のこの時間で、
「来い。ジュリア」
ダンとジュリアは死を乗り越える決意を固めた。
しかし、その方法は六島達のそれとは違う。
生きて、戦って、生を勝ち取る。
そうやって死を乗り越えていく。
生き返るよりもよっぽど辛く難しい道を選んだ。
そんな2人のはじめの1歩。
「はぁぁっ!!!」
バキィッ!!
強引に起き上がったジュリア。
体を押さえつけていた使者の力に負け、両肩から嫌な音が鳴る。
それでも上半身を起こせた。
これで
「馬鹿め。ジュリア、諦めろ。君の力で振りほどけるほど弱くない」
「六島。あなたは今、ご主人様から目を離しました」
「っ?」
一瞬の隙が生まれた。
「くっ…腕の1本くらい…」
ゴリィッ。
ジュリアと同じように、ダンも強引に右腕を動かす。
肩から異音。それでも全力で。
「あ"ぁっ、」
痛みと引き換えに、右腕の自由を取り返すことに成功した。
この一瞬で襟を掴み
((READ))
最後の賭け。
使ってはいけない切り札を今、
「異能の手」
ダンの襟が発光するのと同時に六島も動く。
右手を彼に伸ばし、その柔い首に爪を刺して殺すために。
「ダン!終わりだ!!」
「それには賛成しよう。お前と長く共にするほど暇ではないからな。さぁ、滅びたまえ」
「ぃ?」
数cm。ダンに届かなかった。
伸ばした右腕の肘から先が消滅。
何が起きたのか分からない六島。しかし説明もなく
「何度生き返っても同じこと。ご主人様と2人で何度でも死なせてあげます」
ジュリアは異能の手で六島の顔を撫で回した。
「むぁ、あ、あ、」
「目も口も、耳も無くなれば、この後のことを知ることは不可能」
「…だ……ん、」
「はっ、」
最後に六島の胸に手を突き刺す。
やられたのと同じように中を掻き乱すと六島の体はすぐに消えてなくなった。
直後、数体いた六島の使者達は床や壁の中に消えていった。
((READ))
立ち上がり、再構築で体を治すダン。
「薄暗いな」
「…アイライト、起動します」
ジュリアの目が光り部屋を照らす。
2人は何事も無かったように落ち着きを取り戻していた。
「帰るぞ。出口を」
「はい、ご主人様」
「…すまなかった。アイマ」
静かになったアイマを抱き上げたダン。
異能の手でドアに触れて無理やり出口を作ったジュリアに導かれ診察室を出ていった。
………………………………next…→……
半里台総合病院。
ダンがやり返した直後。
「あらぁ?」
フリーカが異変に気づく。
ガタガタと震える病室。
うめき声。
そして、声には出さない怒り。
「先生、負けちゃったのねぇ?」
何があったのか察したフリーカは気にしないフリをして病院の屋上へ。
「究極の創造だとっ!?」
元の人間の体で生き返った六島。
薄汚い白衣がさらに血で汚れる。
数回吐血を繰り返し、少しずつ落ち着きを取り戻すと。
「切断ではない。痛みすら無かった…あれは一体…」
直前の死を振り返る。
一瞬で体が消滅した。どうやって。
何が、どう、しかし、どうして。
なぜ、死ぬ瞬間、少し寂しくなったのか。
六島にとって死ぬのはこれが初めてではない。
自身の計画のため、必要に応じて死んできた。
それでも寂しいと感じたのは今回が初めてで。
「とんでもない力なのか。大天使をも殺しかねない…そんな、まさか」
「もうそろそろ落ち着いたかしらぁ?」
そこにこっそりと影を忍ばせて姿を現した。
「フリーカ」
「六島先生、おかえりなさぁい。やっぱり先生が生き返る時って色々大変よね。今回は47の心臓が消費されたわぁ。人間なら誰のでもいいとはいえ、新鮮なまま集めるのって楽じゃないんだからぁ」
「蓄えは」
「まだ200以上。1番死にやすいオガルが3しか消費しないからまだ大丈夫かしらねぇ」
「創造式を変更する」
「あら、ようやく?…いいえ、そうね。それがいいと思うわぁ」
「"オリジナル"はここに集めろ。今後はお前の影を創造補助に使う」
「嘘でしょう?そんなことしたら負担が激しくてどうにかなっちゃう」
「従え。お前も」
「ええ。ええ、ええ!従うわよ。六島先生の"使者"ですもの」
「赤髪の女はどうした」
「別に。変わらないわ。逃げ回ってると思えばいきなり攻めてきたりして。殺し殺されの関係ってどうなの?」
「…ダンを優先しろ」
「?」
「あの男は生かしておけない」
「うふふふふ!先生にそんなこと言わせちゃうなんて。とってもすごい創造をしたのね」
「行け」
「はぁい…うふふふ」
「……究極の………」
………………………to be continued…→…




