第3話「プリファイ」
マッサージの力が強くて、逆に疲れてしまった。
そんな話を聞いたことがある。
秀爺も僕に言った。何回か。
今、僕もそれを実感している。
「輝石による疲労回復。考え方は悪くないけど」
「凪咲さん、そこで何を?」
「んー?バスマットの取り替えついでにちょっと掃除」
入浴によるリラックス効果。そこに輝石による疲労回復強化を加えれば、筋肉痛やら何やら全てを短時間で無かったことにできるのでは…と思いついたまではよかった。
帰宅中に思いついて、自分を褒めたくなったくらいにはいいアイデアだと…
「それって、あの時の自分を止めてやりたいとかそんな感じ?」
「代弁しないでくださいよ」
「背中流そうか?」
「大丈夫です」
「じゃあ」
「大丈夫です!」
「ふふっ。はーい」
いざ実践してみると、間違いなく回復してると分かる。指1本動かすのも厳しかった足が今は温かい湯の中でこれでもかと全ての指を動かせている。
なのにどんどん体が怠くなって…恐らく創造に想像が加わったからだろう。
この怠さは経験したことがある。
輝石による強化。これは雑に扱ってはいけない。
強化の内容次第ではアイアン・カードで無理をしたのと同等かそれ以上に…
「特に試すのが怖いあの項目」
代行の創造する力を強化したら、どうなるのか。
創造で代行としての能力を強化する…それは言ってみれば魔法のランプから出てきた魔人に願いを3つ叶えてやると言われて、1つ目の願いで願いを叶える数を無限に増やせと言っているようなものだ。
そんなことをしたら…どうなる?
いや。成功するならとっくに試した代行がいて歴史に大きく名を残したはずだ。
不可能だと考えるのが正しい。
でも…万が一、許されたら。それこそ、10を15にするくらいなら…ちょっとした限界突破のような意味合いで使用すれば…
「ちょっと!真!」
「なんですか?」
「急いでお風呂出て!テレビが大変!」
「へ?」
大急ぎと言うほど早くはないが、なるべく急いで風呂から上がった。
中途半端に拭いた体で服を着ると大量に汗をかいたみたいで気持ち悪い。
「急いで!」
「凪咲さんがそんなに慌てるなんて。もしかしてソープがテレビに突っ込んだとか」
「違うの!ニュース!ほら!」
凪咲さんはテレビの音量を10から18まで上げた。
「繰り返し、お伝えします。午前…」
「これって」
「でしょ?」
画面右上には行方不明と大きく表示され、誘拐か?とも…
中央には大きく男の子の写真が映っている。
「リョウって名前だったよね」
「同じ…一瞬しか見てませんけど顔もこんなだった気がします」
「一緒だよ」
この、リョウという男の子はなぜここまでテレビで取り上げられたのか。
それは、彼が通う小学校で大量殺人が発生したからだった。
彼のクラスの担任の先生と生徒が全員…謎の死を。
事件が発覚し、確認したところ…リョウ君だけが見つからなかった。
大人達が学校中を探しても見つからず、自宅に電話をかけても応答なし。
警察が家を訪ねると鍵は開いていて両親が死んでいた。
「計画的犯行。ですね」
「…新しいパパとママ」
「凪咲さん」
「あの2人が犯人、と思いたい」
「……違うんですか」
「私達、あのリョウが黒いオーラみたいなのを出すとこ見てる。もしかしたらって」
「……リョウ君がやった、ってことですか」
「よく考えて。本当の両親がちゃんといたなら、新しいパパとママをあんな嬉しそうに受け入れられる?もし。もしもだけど。気に入らないからいなくなれって思ってたら?」
「さすがにどうなんでしょうか。いくらなんでもやりすぎですよ」
「子供に加減なんてできない」
「……子供の代行って今まであまり聞いたことがないです。それに、子供なら代行の能力も高くないと思います」
「少なくとも、下手な大人より想像力はあると思わない?」
「じゃあ、じゃあですよ?このリョウ君は、何らかの形で創造の書を手に入れて…学校で大量殺人…自分の両親まで殺して…しかも新しい両親を創造したってことですか?」
「不可能じゃないでしょ?」
「でもそんな…」
「まだ子供?だからこそだよ。それに、洗脳するやつだって代行の中にはいるんだから。子供を洗脳して創造の書を与えた誰かがいたら?」
「黒幕がいるってことですか?」
「仮の話。私の考えすぎならまだいいよ。でも死者は30人以上。…放っておけないよ、私は」
「探しに行きますか」
「うん。…ごめんねソープ。また後で帰ってきたら遊ぼうね」
「ニャ」
今日は何だか忙しい。
ソープもそれを感じとったのか、僕達に甘えるのを遠慮した。
………………………………next…→……
凪咲さんのスマホの地図アプリを見て、僕達はリョウ君を探すことにした。
…まずはあの親子を見かけた場所に向かう。
「大体この辺でしたよね。走り疲れて僕が座りこんだのは」
「うん。あっちから歩いてきてそのまま向こうに…」
「自宅には警察がいますから、多分帰りませんよね」
創造の力で強引に帰宅する可能性もある…のかもしれないが。
「思い出して…思い出して…えっと…」
「凪咲さん?」
「真も思い出して。ちょっと聞こえた親子の会話を。手がかりがあるかも」
「えっと」
……そうだ。最初にリョウ君がハンバーガーを食べたいって新しいパパに言ってました。
「それ!よし!真、近くのお店全部探そう!」
「え"っ!!」
Hのロゴが有名な"ハイタワーバーガー"。略してハイバ。
バイキング形式で自分好みのハンバーガーを作れる"俺って天才バーガー"。略して俺天。
そしてサイドメニューがバーガーより充実している"うまちゃん"。正式にはローマ字表記。
「近くだとこの3店舗ですね。子供受けを考えると…」
「シンプルに、おもちゃ付きのお子様メニューがあるかどうかじゃない?」
「…多分どの店にもありますよ」
「じゃあ何のおもちゃが付いてくるか。男の子向けなら…」
「どうしました?」
「おもちゃ屋さん」
「はい?」
「食事のあとおもちゃ屋さんでゲームを買うって言ってた」
「ああ!!」
「てことはおもちゃ屋さんを調べなきゃ」
「ですね…」
俺天、自分でハンバーガーを作れるっていいなぁ。
ライスバーガー…あぁ、焼きおにぎりみたい。焦がした醤油の香ばしさに肉厚な…おっと。今はそれどころじゃない。
「お腹空いてる?」
「いや、珍しいなって」
「この近くだとおもちゃ屋さんは1店舗だけ。でも小さい個人商店みたいだからあんまり期待できないね」
「行くだけ行ってみましょう」
徒歩で数分。
まだ夕方まで時間はあるのに、もう店を閉めたそうな顔をしたおばあさんがいる店に着いた。
「こんにちはー」
「はいよ、いらっしゃい」
おお。ひと目でわかる。古いお店だ。
おもちゃ屋さんだけど駄菓子が置いてあったり、ホコリをかぶったプラモデルの箱が積んであったり。
…銃のおもちゃ、学校に持ってきてた子が没収されてるのを何回見たことか。
でも、ゲームは売ってない。
「あれかい。懐かしい懐かしいって2人で。ねぇ?」
「あはは…でも僕あまり駄菓子とかは食べたことないんですよ。値段はたしかに安いんですけどね」
タマゴが1円安いってだけでも買い物する店を変えるくらいなのだから…1個10円と言われて買いたいとはならない。
「聞いても?今日ここに3人家族が来てませんか?」
「……あんだって?」
まさかの。おばあさん耳が遠いのか。
見た感じでは、実年齢よりもう少し若く見える…ようなタイプで。
ただ…姿勢もまっすぐだし全然元気そうなのに…
「今日、3人家族が来て」「あんだって?」
「…3人家族が」「よく聞こえないねぇ」
凪咲さん、諦めない。
「3」「は?」
「3人家族!」「そうだねぇいい天気だ」
「……っ」
ボボボッ…!
「ひいいいい!?」
「凪咲さん!?」
なかなか聞き取ってもらえないから怒ってしまったのか。
おばあさんの目の前で炎をいくつか出現させて驚かせた。
「今日3人家族が来た?」
「……来た」
「何か買った?」
「…何にも。坊やが欲しいゲームが無いって。うちはゲーム置いてないんだって言ったら大きいおもちゃ屋に連れてけって親に頼んで…」
「大きいおもちゃ屋。他に行き先の手がかりになりそうなことは言ってなかった?」
「…他は…言ってない」
「そう。ありがとう。…行こ、真」
「はい」
店を出てすぐ。
「凪咲さん」
「なんで怖がるようなことをしたのかって聞きたいの?」
「年寄りですし耳が悪くなるのも多少は」
「あの人、健康だよ」
「はい?」
「真も感じてたと思うけど、実年齢よりずっと若く見えるっていうのは元気な証拠。あの人が何度も聞き返してたのはわざと。私が耳元で3人家族!って大きい声で言った時に驚いて体が反応してたよ。よーく聞こえたんだろうね」
「でもどうしてそんなことを」
「暇だったから。それ以外ないよ」
「えぇ…」
「なるべく近くにある大きなおもちゃ屋さん…えっと…」
考える力。見る力。
…いつか凪咲さんのお父さんに言われたことだ。
もっと細かい部分までよく見ていれば小さなヒントが必ず見つかる。
もっと色んな可能性を考えていれば現状に見合う最適解が導き出せる。
「バスで行ける。でもそんなに遠くないし歩いて行こっか」
「はい!」
「焦らなくていいからね。結局最後に頼れるのは直感だから」
「直感…」
………………………………next…→……
「こ、これがおもちゃ屋さんなんですか…!?」
「大きいね。これなら欲しいものが見つかるはず」
おもちゃ屋さんが4階建て?
縦にも横にも大きすぎるこの建物の中が全部おもちゃ屋さん…?
「早速中に入ろうよ。ゲーム売り場の店員に聞き込みすればもしかするかも」
1階。
外で遊ぶようなおもちゃが売られている。
野球などで使う道具やボール類、一部は子供用のユニフォームみたいなのも扱っているようだ。
それに自転車も売っている。一輪車に…縄跳び、フリスビー、ペットボトルロケット?
エスカレーターで上の階へ。
2階。
今度は室内で遊ぶようなおもちゃが売られている。
すごろくなどのボードゲーム、積み木などのブロック系、トランプなどのカードゲーム…
「ゲーム?」
「さすがにこっちは違うんじゃない?でも男の子ってカード集めるの好きだよね。ああいうのとか」
「……ドラゴニカルマジカルサバイブ第14弾、龍王降臨…いや、僕こういうのはよく分かりません」
「真って他の男の子と違うもんね。ふふっ」
「………」
展示ガラスにカードの見本が飾られている。
ギラギラしていて、見る角度によって光り方や絵が変わる。
7とか8とか、17000とか、パワー6とか…だめだ、書いてあることが全く分からない。
「真ってこういうのハマったらいっぱいお金使いそう」
「僕がこんなのにお金を?5枚入り1パック170円…えっ!?えっ!!?」
「箱買いすると6000円近いね」
「凪咲さん、今すぐここを離れましょう。子供は悪魔ですか!!こ、こんなカードで6000円って!」
恐ろしい。
170円って、それだけあればスーパーイナズマでお弁当が2つ買える。
食材なら2、3日分は狙える。
なのに小さなカード5枚だけのために…あぁ、恐ろしい。
3階。
なんか騒がしい。
どうやらここが目当ての売り場らしい。
「んー、万人受けするのはローディニカかな」
「なんですかそれ」
「ゲーム機の名前だよ。子供向けとかファミリー向けのソフトが多くて、故障も少ないし、壊れにくい。子供が扱うってことを考えてるよね」
「ローディニカ…?」
本体をテレビに接続して遊べるほか、別売りの子機?をローディニカと通信させることで1つのソフトで最大24人まで同時に遊ぶこともできる。
本体価格…27800円。
子機価格…16200円。
「うわ…」
「あっちは子供向けっていうより大人向けかな」
「…ZZ4?なんですかこれ」
「DVDとか見れたり、ゲームが実写みたいに綺麗な映像だったり…」
「上位互換みたいなことですか?」
「というか好みの問題かな。遊びたいソフトが対応してるかとか…」
「そうなんですか…」
本体価格は…69800円。
そ、そうなんですか。
「本体は買うの前提として、ソフトが問題かな」
「へ?」
「リョウは小学生とかでしょ?残酷な描写があるゲームとかは遊べないから…流行りもので遊びやすくて、」
凪咲さんについていくと、どこまでも続いていそうな長ーい棚が。
棚にはびっしりと薄い箱が陳列されていて…
「コンコンクエスト7、モジャモジャ王国の逆襲、アソベアソベ、太郎ズ…太郎ズ?」
気になったので手に取って見てみる。
表にはかっこいい絵が…この男の人達…あ、これは桃太郎で…浦島太郎…なるほど、太郎ズって太郎が付く昔話の登場人物のことか。
裏を見てみればゲームの説明が。
「最強のヒーローは俺だ。…現代で繰り広げられる頂上決戦……新モード、タッグバトルで戦いはさらなる高みへ」
桃太郎と浦島太郎が戦っている。
他には…あ、桃太郎と赤鬼が一緒になって浦島太郎を攻撃…いいのだろうか…これで。
「真?」
「あ、すいません。つい気になって」
「店員に聞いてきたよ」
「もうですか!?ああ…こんなの見てたからですよね…」
「いいと思うよ。まあ遊びたいって思っても本体も買わないとだから、真はあんまり縁がないかもしれないけどね」
「…ソフトだけで4800円!?」
「ふふっ」
「あっ、そうですよね。リョウ君を探して…。ごめんなさい。もっと真面目に取り組まないとですね」
「お試しで遊んでみる?」
「え」
「ほら、そこに」
試遊コーナー…!!
「でもリョウ君は」
「大丈夫。絶対見つけられるから」
「そ、そういうことなら…って、本当ですか?」
「うん。ゲーム買いすぎて持ち帰れないから"新しい家"に送ってもらうんだって。はいこれ」
「あ。僕の財布…」
「覗きの指輪で住所調べた。だから絶対に見つかる」
「凪咲さん…」
「遊んでみようよ。はい、これ持って」
コントローラー?を渡された。
独特な形だけど、持ってみると不思議と手に合うというか。
「Aボタンで攻撃、Bボタンはジャンプ。このスティックの左右で倒した方に動くよ。基本動作はそんな感じかな」
「えっ、Aボタンが…」
「スタート!」
「わわっ!」
遊ぶゲームはプリンセスファイターレジェンド。
お姫様を操作して戦うゲームらしい。
凪咲さんが操作しているのは水色のドレスを着たヤマオカ…ん、山岡?日本人?
僕が操作するのは白いドレスの…オオヤマダ…大山田?こっちも?
カチャカチャとボタンを押す音が聞こえる。
上手く操作できないのがなんとも言えないストレスだが、だが…ちょっと、楽しい。
「幸せになるの!そのために…開け!愛の扉!」
凪咲さんのヤマオカが喋った。どこからともなく現れた赤い扉を開けて入ると…
「スキあり!」
「ええっ!?」
僕のオオヤマダの背後に。
そこから連続で蹴りが直撃して…ああ、もう膝のとこばっかり蹴られて…関節がめちゃくちゃになってしまう。
「ゲームだから安心して」
「凪咲さん上手すぎです、うわっ!待って!」
「プリンセススペシャル!ヤマオカハート!」
必殺技だ。
胸の前で手を合わせハートを作り、前へ押し出すと極太のレーザービームが発射された。
僕のオオヤマダは直立で防御もせずに…うわぁ。363ヒット。とにかくいっぱいやられたようだ。
「あ、動かなくなりました」
「私の勝ち!」
「あっという間でした…」
「もう1回だけやる?」
「…ぜひ」
結局、7戦も遊んだ。
お試しの範囲を超えていないか不安になるほど遊ばせてもらった。
……正直…こんなに楽しいと思わなかった。
もっと安かったら。0が1つ減ってくれたら。そんなことを思いながら店を出た。
………………………………next…→……
タクシーから降りた真と凪咲。
少し離れたビルの屋上から2人を見下ろすのは。
「チッ。どうやって嗅ぎつけたんだ。こんなとこまで来やがって」
「っ…オガルちゃんが守ってあげないと!うんうん!今日はオガルちゃん、みんなのアイドルじゃなくて正義のヒーローになっちゃうぞー!」
ガリッ、ガッ、ガッ、
歩いていく2人を見つめながら、オガルは自分の体を傷つける。
指を何度も強く噛み、爪を噛み砕き、小指をへし折り、手首を引っ掻き、大量の髪の毛を引き抜き、足の爪を引き剥がし、思い出したように歯を数本引き抜く。
「だぁいすき…へへ…あとぉ…あとぉ…!!」
痛みへの反応は笑顔。その笑顔には多少の恋愛感情のようなものも含まれていて。
オガルは、屋上から飛び降りた。
………………………to be continued…→…
 




