第2話「正義の味方」
僕と創造の書の関係は磁石にとても似ている。
強く引き合うし、強く反発もしたりする。
本来正しくあるべきどちらかの心境か何かがひっくり返ったことで、触れることすら出来なくなってしまった。
夜。
僕はソープをひたすら撫で続ける。
もう十分だからと離れようとするのを無理やり引き止めて、何度も何度も柔らかな体毛に触れる。
「いたっ…」
いい加減にしろと優しく噛まれる。
それでも…という僕に、仕方なく身を委ねてくれた。
噛んだ部分をペロペロと舐めてくれる姿がまた愛おしい。
創造の書に触れなくなった理由はちゃんとは分からない。
心当たりがあるとすれば、強力な武器を創造しようとしたくらいで。
それも、成功したかというとそうではなく。
「ふふ。真。ソープを解放してあげて?」
「…あ」
気づけば僕の膝の上で仰向けになりだらーんと体を伸ばしていた。
もう好きにして。そんな感じだ。
風呂上がりの凪咲さんが髪を乾かしながらソープを呼ぶと、飛び跳ねて僕の元から脱出した。
「戦わなくちゃいけない。それは分かるよ。でもね、強い武器があっても、チートスキルがあっても、勝つのが難しい時ってあるし…納得出来ない結果になることもある。全力で駄目なら逃げることも出来る。ほら。あの影の使者を思い出してみて?」
「影の…銭湯の?」
「そう。使者も代行も戦闘には慣れてなかった。喧嘩しろって言われても効果的な攻撃方法が分からない、身の守り方も分からない。そんな"2人"だった」
確かに。
凪咲さんの動きに対して見てるだけだった。
攻撃もまともに受けて一方的な展開で。
「でも、あの2人が夜に襲ってきたら?戦い方が分からなくても、影の使者の位置は暗闇に紛れて掴めない。そしたら私が一方的に攻撃するのは難しかった。じゃあ代行を攻めようってなった場合でも、あの使者なら私の背後を取ることが出来たし、逃げるのにも役立つよね。あの影なら」
影に取り憑くことで対象を操れる。
使い方さえ上手ければ相当な強さだ。
「例えば。敵の代行を操って創造の書を破棄させる」
「え…」
「例えば。敵の使者を操って代行を攻撃する」
「…」
「特に厄介なのはね、あの2人の場合だと代行を気絶させても合体して使者が体を操れること」
「…やられたフリが出来ますね」
「2人は相性も実力もまだまだだった。それだけだよ。考え方ひとつでいくらでも強くなれた」
彼女の優しい視線が僕の心に突き刺さる。
僕も、【ずんぐりむっくりおばさん】と同じだ。
何もわかっていなかった。
「きっと、こうして一緒に暮らしていれば呼吸は揃ってくる。そしたら次は戦い方を考えよう」
ね。と私の両肩を掴んで目を合わせてくる彼女。
濡れた頭にタオルを被って…。
……可愛い。
「どうしたの?顔真っ赤だけど」
「いや、あの、大丈夫です。もう大丈夫ですから!」
恥ずかしくなった。知られたくなくて顔を背けたが、その行動そのものが白状したのと変わらない。
「照れちゃったんだ…?ふふ。今度真のこと色々聞かせてよ」
「だ、だめです!」
「はいはい。ソープ行こ。真もお風呂入ってきなよ。入浴剤のおかげで気持ちいいよ」
「…は、はい」
…乳白色の風呂。
中を混ぜると時々弱々しくピンク色も感じられる。
甘くて優しい香りに癒されながら反省した。
ひたすら凪咲さんだけを強くするのではなくて。
使者を増やしたりするのではなくて。
僕自身も強くならなければ。
凪咲さんと一緒に。
そして、僕達らしい戦い方を。
そう考えれば、現時点で創造の書と反発し合うことが気にならなくなった。
今は触れなくてもいい。もしかしたら、しばらくは…いや、ずっと。
………………………………next…→……
風呂上がりは気分がいい。
だからといって、すぐに寝られるわけではない。
布団に入ったり、時々出たりして。
静かに夜を過ごす。
試しに戦闘描写が細かい漫画か小説を読んでみるか…と考えてスマホでブラウザアプリを起動した。
トップページには国内外のニュースがピックアップされている。
その中のひとつが何となく気になって。
お手柄!地元のヒーロー!
東京の下町、南裏富。この町に最近変化が起きたという。
犯罪発生・解決率が良い方向に大きく傾いたというのだ。
記者が取材に向かうと、町の住人達は口を揃えて「正義の味方のおかげ」だという。
その正義の味方とは一体!?
我々は取材を続け、その姿を撮影することに成功した。
以下がその写真である。
撮影されたものは、ひったくり犯と思われる男性の背中に飛び蹴りを命中させる噂のヒーローの姿。
黒のタイツ?につま先から頭の先まで、子供が喜びそうなカッコいいデザインの金色のアーマーが輝く。
顔…いや、この場合はマスクか。ヒーローマスクもアーマーと同色の金で、口元には牙のような装飾…それから目から額の辺りに王冠に見えるような装飾が…
そして、ヒーローにしては珍しい…黄金の毛のマント。
その撮影された写真を元に記者が命名したのは。
【ゴールド・キングレオ】
ほんの少し…少しだけ。ちょっと。…普通くらい。
"男心"が刺激された。
男の子はこの手のヒーローに弱い。
簡単に心を奪われ、影響され、変身ポーズや必殺技を真似して…
そんなのが本当にいるわけ…
「まさか」
そんなはずない。これは、素人がヒーローの真似事をしているだけだ。
そのうち、過剰なやり方が目立って悪い取り上げられ方をするに違いない。
もしくは、メディアに注目されることを狙ってこの格好なのかもしれない。
テレビ出演などが目標だったり…それこそ、本物の特撮ヒーロー役に抜擢されたり。
……念のため。
ゴールド・キングレオ。
キングレオ。
ゴールドレオ。
ゴールド・キング。
キングライオン。
ゴールドライオン。
など、様々な関連ワードで検索をしてみた。
万が一、小説や漫画の登場人物だった場合。
「…いない」
だとしても、可能性は消えてくれない。
「空想の使者を創造した…?…はは」
そんなわけないか、と乾いた笑いが出た。
気づけば瞼が重い。
「おやすみなさい…」
………………………………next…→……
とある町の廃工場。
「うぇーっへぇっへぇい!!」
「あっぶなー!」
「フーーーっ!もっともっとぉ!」
1人の若者が両手に花火を何本も持ち振り回す。
1本ずつなら芸術的な火花を散らすそれらは、今となっては見る影もなくただの火になっていた。
花火として散らすものがなくなり、持ち手に火が移っていく。
それでも構わず振り回す若者。
「ギリまで?ギリまでいっちゃう!?」
「じゃあじゃあ、指までミリだったら俺なんでも奢るわ!」
「っしゃあ!ならもう指燃えてもいいし!」
汚く笑う3人。しばらく盛り上がっていると、若者の持つ花火はいよいよ…
「やべえっ!アチっ!アチっ!」
「超ウケる!ヤバっ!動画撮るわ!待ってて!」
「今かよーっ!腹いてえ!腹筋やばい!割れる!」
「もう無理!アッツっ!!!」
耐えきれず花火を遠くに投げ捨てる若者。
それを見てゲラゲラ笑う仲間達。
投げられた花火はというと、運悪く使われないまま立てかけられていた木材の上に着地。
案の定、数秒で引火した。
暗闇の中、遠くで明るく燃えるそれを見た若者達。
「うはっ!やべえ!デケェ花火じゃね!?」
「お前やっば!工場燃やしたとか!もはや伝説じゃん!」
「すげーーー!」
3人に迫る、足音。
それに1人が気づいた。
「なんかコツコツ聞こえね?」
「は?」
「…ほんとだ…」
コツ…コツ…コツ…
硬い足音。
一瞬、暗闇でキラリと光る。
「やべ、おまわりさんじゃね?」
「逃げるか」
「自転車置いたのどっちだっけ?」
3人は暗闇の中でふざけすぎたせいか、どの方向から来たのかを忘れて迷ってしまった。
「やべえっ。捕まるのはマジで無い」
「親に知られたら死ぬ」
「終わるよな…走るか」
若者達がそれぞれ逃走する覚悟を決めると…
「食物連鎖の頂点。ここに立つことの意味が分かるか、愚かな者達よ」
男の声がした。
思わず逃げることを忘れて聞き入る若者達。
「弱者を喰らい、時には守り、そうして自分の縄張りを統治する…」
コツ…コツ…足音は僅かに早くなった。
「頂点に立つ者…それはそのまま王である!」
「な、なんだよ…」
「わかんねぇ…警察じゃないのか…?」
「変質者じゃね…ならなおさら」
「逃がすものか!縄張りを荒らす不届き者!」
足音は加速し、ついに暗闇からその姿を現す。
燃え上がる炎に照らされる金色の鎧。
堂々たる立ち姿。
そして、
「グルルルルオオオオオオオ!!!」
咆哮。
その声は人間が発することの出来るものではなかった。
それは、誰もが知る、王のもの。
「ら、ら、ら、ら、」
「やべえっ!やべえって!!」
「逃げっにげ…」
「いざ、参る!!」
この夜、3人の若い男が死んだ。
全員が同じ大学に通い、全員が大学内で名が知られる"愚か者"だった。
この夜、とある場所で火災が発生した。
原因は花火。花火が入っていた袋やボロボロのバケツが現場に落ちていた。
…この夜、少数の通報があった。
近所でライオンの鳴き声がした…と。
………………………to be continued…→…
 




