第1話「12時に柿門駅前で」
「どっ、どうしよぅ…」
「こうなったら仕方ない!それ脱ぎなさい!」
「えぇ…でも…」
焦っている2人の女。
その理由は、1人の女の服にシミが見つかったから。
「アイマは料理苦手なんだから、他の子に任せたらいいの…早くしないと帰ってくる…!」
「ユ、ユキちゃん…ごめんなさい」
「気にしないで。…今夜は覚悟した方がいい」
「う、うん…」
カチャカチャ…ガチャン。
鍵を差し込み回す音。そしてドアが開く。
「ふぅ…はふぅ…ただいまああ」
帰宅したのは、家主の男。
仕事帰りのスーツは所々濡れたように色が変わっている。
髪は風呂上がりのようにびしょ濡れで、顔も同様。
左手にはその体に似合わない薄い鞄。右手にはその体には小さすぎるハンディ扇風機。
「ユウっ…お、おかえり…」
「わわあ、ユキ!お前なんで俺ん家にいい!」
「……………ほ、ほら!あんたがだらしない生活してるんじゃないかってあんたのお母さんが心配してたから、み、見に来てあげたのよ!」
「そっかああ。…で?他のみんなは?」
「…アイマがお風呂で待ってる」
「うほほほぉぉぉう!!じゃあ風呂入ろっかなあああ。今日も暑かったしなああ」
「最高気温18℃なのに」
「何か言ったあああ?」
「う、ううん…!早くお風呂入りなさいよ。…ほら」
「せ、急かすなよおおお」
「……はぁマジ最悪」
家主、ユウが脱いだ靴を綺麗に並べるためにユキはポケットから割り箸を取り出す。
左手で鼻をつまみながら革靴を移動させるが
「っぅ…くさ……」
強烈な臭いに苦戦。すると…
「あぁぁぁぁっ、ユウくぅぅぅん!!」
風呂場から艶めいた声が聞こえた。
「あのクソデブ…本当にありえない。早く…早く見つけないと」
玄関に放置された鞄を漁ってスマートフォンを見つける。
「ロック…番号は8822…よし」
慣れない手つきで暗証番号を入力し、
「ハロー、デバイス。い、いんたーねっと?がしたい」
「はい、ブラウザアプリを起動します」
「よ、よし。次は…」
1文字の入力に数秒。早くはないが丁寧に確実に入力したのは
「相談掲示板…検索する、」
開いたのは無料相談掲示板"お困りネット"。
ジャンル問わず様々な悩みを抱える人がここに集まる。
そこにユキは
「創造の書…分かる人は助けて…毎日昼の12時…いま」
「ユキ?何してるのおお?」
「っ!?…」
背後から声をかけられる。
「ユウ…お風呂…早くない?」
「風呂熱いしさああ。アイマとイチャイチャも済んだしスッキリしたからもういいかなああって」
「た、たまにはアイマと体を拭きあうってどう?」
「そしたらまたイチャイチャ始まっちゃうううう。…それ、俺の携帯?」
「えっ……」
「お前、何してんの」
「な、何も!今からしようと思ってたのにぃっ!残念だなぁ…」
「は?」
「"幼なじみ"がいつの間にか自分の携帯で自撮りしてたら…ドキドキするんじゃないかなああっ!?」
「ほっ、ほっ、ほふう!?」
「あーあ。せっかくのチャンス逃しちゃったなー。残念残念。…はい、返す」
「い、いいよ!まだ背中拭いてないしアイマと」
「見られたら意味ないじゃん。はい」
「あああああああ!!」
悔しがるユウ。
鞄を持ってその場から離れたユキはユウの視界から外れてすぐに安堵のため息を
「ま、ユキは俺にベタ惚れだしなぁ…あんな風に慌ててたのも俺の裸見てドキドキしてたんだろうなあああ…顔真っ赤だったしなああ」
安堵の…ではなく、怒りのため息をついた。
………………………………next…→……
「…ご主人様」
「後にしろ。食事中だ」
「創造の書についてネットに書き込みが」
「なに?」
ジュリアの呼びかけに応えるためダンは箸を置いた。
テーブルの上には豪華なディナー…ではなく、これからの季節に向けての新メニューとして開発中の冷やし中華が何皿も並べられていた。
「こちらです。19時41分、匿名…」
「…1時間ほど前か」
「読み上げます。…創造の書のこと分かる人は助けてください。毎日昼の12時に柿門駅前で待ってます。白い髪が目印です」
「返信は?」
「まだありません。ですが、投稿された質問に答えるという形式の掲示板で待ち合わせを指定するのは珍しいです」
「代行を呼び出す囮か…」
「何らかの形で代行に巻き込まれて助けを求めているのかもしれません」
「どちらにせよ良い機会だ。創造の書を手に入れられる可能性がある」
「はい。では明日さっそ」「っ…」
「ご主人様!?」
「…味わっている最中は不味いと思っただけだったが…ぐっ」
「まさか冷やし中華に毒が!?」
「…違う。ゴーヤ焼き鳥チョコレートソース…組み合わせが最悪だった…」
「申し訳ございません。ゴーヤは夏バテに効くと…そこに人気メニューの焼き鳥、デザート代わりにチョコレートソースを加えれば1食で完結する計算になるので老若男女に」
「もういい……」
「ご主人様、どちらへ」
「トイレだ」
真っ青な顔でダンは立ち上がり、小走りで部屋を出ていった。
………………………………next…→……
「準備は?」
「はい。大丈夫です!」
最近は凪咲さんが服を選んでくれることが多くなった。
ペアルックになることも増えたが、今はもうあまり恥ずかしいとは思わない。
「袖まくるね」
「あ、はい。ありがとうございます」
「今日暑くなりそうだね」
「たしか天気予報では最高で23℃になるとか」
「ソープのお世話も大丈夫だし、私達も準備終わったし」
「そろそろ行きましょうか」
深夜にこっそり届いた1通のメール。
ジュリアさんからで、意外な内容だった。
「代わりに調べてほしいって面白いよね。代行の代行になるわけでしょ?」
「ややこしいですねそれ」
「リンクを開いて出てきたサイトには、創造の書について知ってたら助けてほしいって書き込みが本当にあった。助けを求めてるかもしれないし、罠かもしれない。でも今回は私達には都合のいいパターンかもね」
「そうなんですか?」
「待ち合わせの時間と場所が指定されててしかも駅前だよ?罠の場合、会ってすぐ襲うんじゃなくてどこかに連れ込んで油断させるつもりなんだよ。ということは最初は被害者っぽい態度で来る。だから私達は大丈夫だよって声をかけながら覗きの指輪を使えば」
「…本人に聞かずとも罠かどうか判別できますね…!」
「楽しみだね。特に罠だった時は…」
「え?」
「騙されてるフリして先制攻撃できるんだよ?相手がビックリしてる顔見るとドヤ顔したくなっちゃう」
「………」
「ふふっ。行こ!」
裏富でライオンに先制攻撃した時もそうだった。
凪咲さんは戦い方のひとつとして先制攻撃が好きなのだ。
それも、すぐに決着がつくような遠慮のないやつが。
………………………………next…→……
電車で3〜40分。
若干混んでいて座れなかったから少し疲れたが無事到着した。
「柿門駅前…たまーにテレビで取り上げられますね。住みたい街ランキングで少しずつ上位になってきてて、その理由が…も、も…萌えも萌え萌えも燃えて萌えるから構わないのですがウチの萌え萌えな萌香を知りませんか?…とかいうアニメの舞台になってるからだそうです」
「ごめん。萌え…え?萌え萌え?」
「聞き返さないでください。新手の早口言葉みたいで僕も困ってるんです」
「だからオタクっぽい人が多いんだね。見てよあの紙袋。あんなの公然わいせ」「そ、それ以上は!」
思わず口を塞いでしまった。
「…んー。たまにはいいかなってチェック柄のシャツ着せたらこれだもんね…なんか真までオタク…には見えない。よかった」
「なんか今、知らない内に凪咲さんに嫌われそうになってませんでした?」
「オタクでも別にいいんだけど…ね。普通に話せたりすれば」
「…?」
「真、守って」
「え?なんですか」
凪咲さんが抱きついてきた。
ふと見れば…僕にも分かるくらい"オタク"を丸出しにした男性が近づいてくる。
「あ、あの。あのの、そ、そこのきっ、綺麗な、てっ、天使のようなっ、じょ、じょ、女性はあのー、こ、コスプ!コスプレなどにご興味はありますでしょうか、も、もも、もしよければ」
「すいません。そういうのは興味ないです」
「おっととと…これはこれは失礼を…!」
足早に去っていく。
…ものすごく早口だった。だから言葉がつっかえるのでは。
「凪咲さん?」
「私ああいうタイプに好かれるんだよね…前にもストーカーされてお父さんがブチギレたことあって」
「そうなんですね…」
なんだろう。気持ちが分かる気がする。
この街にいる間は凪咲さんの手をずっと繋いでいた方が良さそうだ。
「うん。そうして!」
「じゃあ、こ、恋人繋ぎで!」
「ふふっ。待ってたよ?」
「っ……」
「顔赤くなってる」
「えっと!?待ち合わせの手がかりってなんでしたっけ!?」
「待ち合わせの時間は12時で、今が12時2分だから…ぴったりだね。で、白い髪が目印って」
「……白い髪…ですよね?」
駅前にいる白い髪の人。
バスを待つお洒落なお爺さん、…ほぼ毛がないお爺さん、買い物帰りで荷物が重そうなお婆さん…
「あの、老人しか見当たらないんですけど…この中に?」
「……あの人だよ」
「へ?…あ、」
駅の入口付近にいた。
柱に隠れるように立っている。
…紺色の制服…ブレザーだ。
「女の子だね」
「珍しいですよね。というか、学校が許すんでしょうか…黒に染めなさいって指導されそうですけど」
「ここは柿門なんでしょ?その…萌えが萌え萌えの」
「あぁ…!コスプレってやつですね」
僕達はその女の子に声をかけることにした。
「ショートボブだね。もしかしたらウィッグかも」
「なんですかそれ」
「カツラのこと」
「そんなかっこいい言い方があるんですね…」
「そう?…ねぇ、あなた…もしかして掲示板に書き込んだ人?創造の書がどうのって」
凪咲さんが声をかけると女の子はパッと顔を上げて僕達を見た。
…じっと見つめて……間が長い。
「…私達が助けてあげる」
「………どっち?」
「何が?」
「どっちが創られたの?」
「ん?使者なら私だけど」
「ならダメ」
「っえ!?」
女の子は僕に汚物を見るような目を向けてくる。
な、なぜ…!!
「真の何がダメなの?」
「…あいつと同じだから」
「あいつ?」
「着てる服だって、あいつが1番かっこいいと思ってる服装だもん」
「待って。今日はたまたまこれなの。普段は」
「庇わないで。お姉さんも……なんでしょ?」
「何の話?」
「……帰って」
凪咲さん。覗きの指輪を渡します。
女の子が下を向いた。
その間にあらかじめ用意しておいた覗きの指輪を凪咲さんにこっそり渡す。
「ちゃんと聞かせて。私達が力になるから」
凪咲さんが女の子の肩に触れた。
硬直と同時に
「……なら、殺してよ」
「こ、殺すってそんないきなり物騒なこと言わないでくださいよ」
「もううんざりなの。あんたみたいなキモい男に怯えて生きるのが」
僕を睨みつける目には涙が。
顔を歪ませ、涙が頬を伝う。それを見て覗きの指輪を使う必要はないと思った。
これのどこが罠なのだろうか。
この女の子は、どう見ても被害者だ。
「…っ、」
「凪咲さん」
「ごめんね。ユキ」
「……なんで…名前…」
「真。悪いんだけど、近くで服買おう?ユキが…ユキ達が信じられるように」
「そういうことなら、分かりました」
僕は凪咲さんと、凪咲さんはユキさんと。
手を繋いで駅前を離れた。
………………………to be continued…→…




