第1話「誕生日」
「真ぉぉっ!逃げ」
なんでもない毎日。
僕はそんな毎日を幸せに感じて生きていた。
でもそれは、唯一の家族である秀爺の警告の叫びによって…違う、違う、秀爺のせいじゃない。
「なぁーんだ。ただのガキ?」
シャキンと鳴るのは両手から生える鉤爪だ。続けて乱暴な音がして対面することになった。
眩しく思うほど磨かれたキツいカーブのかかる5本の鉄の爪が襖を切り裂いて、残念がる言葉と共に僕の部屋に侵入してきた。
簡単に言えば、化け物がそこに立っていた。
簡単に言わなければどうなるか。
両手とは別に両足にも小さな鉤爪が生えていた。特殊な武器だとかではなく、確かに体から生えていた。
そして肌は…縞模様だった。黄色に黒い稲妻模様が走る縞模様。
腰と首、そして胸に焦げ茶色の体毛が目立つ。
顔は、劇団員のような濃いメイクを施し…ていない。メイクではなくあれも素でそういう肌で顔だ。
焦げ茶色の体毛に合わせた肌色に獲物を見据えるような目、鼻は犬や猫のそれで黒光りしていて、口元から…はみ出た牙がキラリ。
人と同じように立つその存在は、決して人ではない。
でも、容姿なんてどうでもいい。"それ"は埋まった片手を空けるために邪魔になった秀爺の首を僕に向けて捨て転がした。
「返す。それ抱いて泣けよ。な」
理解。僕が今この瞬間求めているものだ。
"これ"は何者なのか。秀爺に何があったのか。
なぜ秀爺が首だけになって僕の足元に転がっているのか。
僕はこのあと、し
「小便漏らしてんなよ。後で見られた時恥ずいだろ?」
温もりを感じながら、僕は噂の"走馬灯"というものを体験した。
幼稚園の頃には祖父の秀爺と2人で細々と暮らしてきた。
小学生になって両親の死の真相が知りたくなったけど秀爺は交通事故の一点張りで大雨の夜に大喧嘩して家出をした。
中学生の頃には衝突もするけど仲がいい兄弟みたいな関係になって。
高校生活が終わる頃には、僕は秀爺が"旅立つ"まで一緒に幸せに暮らしていたいと願って実行することにして。
それからもうすぐで半年。外は蝉の声がうるさい夏の日。今日。
下の階で大きな物音がして、秀爺は大丈夫だから来るなと言った。
胸騒ぎがした。それからきっと1分もしないで、現在に至る。
「おいガキ」
我に返るように催促されて、ふと"それ"の顔を見た。
まだ何もされていない。何も言っていない。
だけど体が凍えている。震えが止まらない。
「お前にこれが読めるか?」
鉤爪の生えた手で器用に取り出したのは1枚の紙切れ。
…部屋に侵入された時から腰を抜かしてだらしなく床に座っていたけど、紙を見るために姿勢を変える。
恐る恐る正座をして、突き出された紙に目を向けた。
白紙だ。何も書かれていない真っ白な紙。
"これ"が秀爺を殺したのは、この紙切れが関係しているのだろう。
そして、読めるかどうかが生死に直結する。
人を殺す化け物だ。悪者だ。普通に考えれば紙に何か情報があってそれを読み解ける人物を探して…
「ハッキリしろよ、オイ!」
素直に体が反応する。怖いと。紙を見なければいけないのに涙で視界が揺らぐ。
この紙に書かれたものを読めなくては殺されてしまう。
でも、何度見ても紙は白紙のまま。
"それ"は片方の眉を上げて、紙を引っ込めてしまった。
「読めるのか、読めないのか、ハッキリしろ」
嘘をついてもいい。読めると。何かしらのそれっぽい…日時とか場所を言ってこの場は見逃してもらう…でも、もし求めたものと違ったら。
嘘だとバレたなら。
「……読めません。は、は、白紙に見えま」
「へぇ。そうか。お・つ・か・れ」
「ひゃ、あ…」
"それ"は、答えを聞いて僕に歩み寄った。
おつかれの一文字ずつに合わせて一歩ずつ。
そこに恐怖以外の何もなかった。
確定した結末をなぞるだけ。
せめてと最後に願うのは無痛であること。無苦であること。
「ぃぎゃつ!?」
僕の最後の声は、言葉にもなれなかった。
………………………………next…→……
気がついて、ゾッとした。
たくさんの機械に囲まれて、体に常に何かを流し込まれて、無理やり口から奥まで何かを突っ込まれた状態。
苦しさにもがくと、すぐに大慌てで人間が来た。
格好でここが病院だと思った。
それからは、記憶がない。
覚えていないだとか、忘れてしまったとか、そういう事ではなくて。
何かを記憶するほど目覚めていた時間が長くなかった。
僕の体が安定してきて、医者から聞かされた。
病院に運び込まれて約6ヵ月も意識が戻らなかったこと。
意識が戻っても、すぐに失神していたこと。
主な外傷は首…損傷が激しいにも関わらず、奇跡的に手術が成功したこと。
ただし、首は繋がったが"声"を失ったこと。
首に刃物で刺された跡があった。しかも、複数が分かりやすく貫通していたと。
僕は、あの瞬間"あれ"に鉤爪で首を…そして、首が千切れそうになりながら病院へ…。
思い出して、想像して、吐き気を顕にして。
それから月日が経って。
桜の季節。
僕は一通りのリハビリとカウンセリングを終えた。
あと数日様子を見て退院ということを看護師に聞かされた。
よかったですね。という言葉を責めたくなった。
今病院を追い出されたら。
僕は秀爺を失って、家族がいない状態で、悲劇のヒロインでも泣き止むような悲しい現実を生きていかなければならない。
1人で。
体は自由に動く。激しい運動はまだまだだけど、ゆっくり動けば問題ない。
でも、声は出ない。だから手話を覚えなければ。
…ただその手話もあまり役には立たないだろう。周囲の人間が手話を知らなければ意味がないのだから。
「失礼するよ…」
待ちわびたようにズカズカと病室に入ってきたおじさん。
おじさんだ。…秀爺と交流のあった、おじさん。
「今日は小遣いくれる気前のいいおじさんじゃなくて、弁護士の不知として来たんだ」
おじさんではなく、"フジさん"としてやってきた。
そんな彼は短めに秀爺へ挨拶を述べて、
「いいかい。これからも君の人生は続く。悲しくても辛くても何がなんでも。話を聞きなさい」
ベッドに備え付けの小さなテーブルに紙袋から物を取り出して並べていく。
鉄製の筆箱のような大きさの箱、大きな図書館に重要な図書物として保管されていそうな群青色のカバーの大きな本。背表紙に穴?がある。
「これが金庫…だね、この大きな本は何か分からないけど鍵もかかっていて…あと、これは手紙。目を通してほしい。読めなければ私が読もうか?」
それには首を横に振って手紙を手に取った。
"ま…こと…真へ。これをお前が読んでいるとしたら、爺ちゃんは先に逝っちまったんだなぁ。謝っても許されることじゃないが、本当に申し訳ない。せめてもの救いは、今年の春にお前が高校を卒業するのをこの目で見れたこと。悔やまれるのは、お前の9月の誕生日を祝ってやれなかったこと…"
自然と溢れてくる涙。秀爺の書いた文字をこんなにも愛しく思うなんて。
ただ、頭の端で感じる違和感。
"爺ちゃんが死んで1人になったら生活も苦しいだろ。金庫の暗証番号は0096だ。しばらくは困らんはずだが無駄遣いしないように。それと…"
違和感に気づいた。でも先に手紙を読みきることにした。
"それと…お前に覚悟があるのなら、金庫の中の手紙を読みなさい。覚悟というのは、家族の死を乗り越えて強く生きていく…覚悟だ。最後に。真。お前は向こう70年はこっちに来るんじゃないぞ。長生きして幸せに暮らせ"
「大丈夫かい?」
不知さんには頷いてみせた。そこから生まれたしばらくの間は、僕の悲しみを不知さんが察したつもりで黙ったから出来た時間。
僕はというと、手紙に視線を落として違和感の答えを考えていた。
"悔やまれるのは、お前の9月の誕生日を祝ってやれなかったこと"
確か…に。あの日は蝉がうるさくて。まだ夏真っ只中だった。
9月を迎えられないと秀爺は知って書いていたのか?
まさか、首を落とされる直前にこの手紙をあの化け物に時間をもらって書いたのか?
「おっと…すまない。今日は珍しく忙しくてね…渡すものは渡したし私は失礼するよ。…秀さんのことは本当に残念だ。困った時はいつでも頼ってくれてかまわないからね。これ、名刺置いていくから」
元気でな。と、少し男らしい別れ言葉を残して不知さんは病室を出た。
これで病室には僕1人。今は都合がいい。
次の手紙の違和感を確かめる。
"それと…お前に覚悟があるのなら、金庫の中の手紙を読みなさい"
別に手紙を用意している。
どうして。
まずは手紙に書いてある通りに金庫を解錠した。
取り付けてある南京錠は安物だった。
中には通帳と…カードやら必要なもの。と小さな鍵がひとつ。それと手紙。
真っ先に手紙を開いた。
"よくやった、真。偉いぞ。一緒に入っていた鍵を取りなさい"
小さな鍵のことだろう。
"金庫と一緒に残した本には施錠してある。その鍵はその本を開くのに使う"
なるほど。と鍵を本に使ってみようと手紙から視線を外そうとして、なんとなくやめた。
手紙の続きを見て正解だと思った。
"その本を開いた時、お前の人生が壊れる。だがそれでもお前は柊木一族の血を引く男。その力を正しく使い、世界を守るだろう"
秀爺が僕に遺したのは。一体……
………………………………next…→……
今年も夏を乗り越えられそうだ。
とは言ったものの、冷房には頼っている。
"あの日"から時が過ぎて、退院してからも時が過ぎた。
今日、9月6日。僕は20歳になった。
子供の頃から大して贅沢な暮らしはしていなかった。
学校のクラスでカードゲームが流行っても、テレビゲームが流行っても、ねだることはなかった。
誕生日には夕飯に惣菜が3品ほど追加されるくらいだ。
これは単純に家族が秀爺と僕の2人だけなのが経済的に厳しいからだと子供のくせに薄々分かっていた。
我が家は1階が古本を扱う書店…だけど常に開店休業状態で。
だから秀爺が遺した貯蓄を見た時は衝撃だった。
3768万…、どこにそんなお金があったのか。
それをちまちまと使いながら、1階の古本屋を復活出来ればと綺麗にしていた。
退院してしばらくしても体が貧弱なままだから、毎日の生活に少しずつ掃除を組み込んで。
まるで1日5分で続けるダイエットのように。
1階が終わると次は2階。生活スペースだ。
秀爺の部屋、自分の部屋、洗濯物を干せる狭いベランダ。
風呂、トイレ、台所…
何もかもが、あの日以降時間が止まったまま。
退院して帰宅した時は頭を抱えたが、どうにか全ての掃除が終わった。
1階と2階を繋ぐ階段に染み込んだ秀爺の血の染みも…綺麗になった。
なんとなくキリがいい。
20歳の誕生日に、家中を綺麗にし終えて、再出発を望む。
胸に無理やりしまいこんでいた"1人になった悲しみ"を忘れるために、1度豪遊してみるのもいいだろう。
もしくは、子供の時に気になっていた玩具に手を出してもいい。
服の趣味を変えたり、なんでもいい。
掃除というノルマを終えてしまった今、何かを始めないと思い出してしまう。
あの日のことを。秀爺のことを。
…やけになって、人生で初めてデリバリーを頼んだ。
電話やネットで注文したら家まで持ってきてくれる。贅沢なサービスだ。
そして運ばれてきた人生初のピザを口にした。
とにかく濃い。しょっぱい。…チーズによく分からない形の肉にトマトソースに…いや、涙のせいか。
美味しいとは思うが、それで泣いているわけじゃない。
贅沢なサービスとはいえ割高感が否めないから…でもない。
満腹ではないけど、食べ続けられなくなって泣いた。
天井を見上げて、わんわん泣いた。声は出ないけど。
きっと声が出たなら何事かとすぐに人が来るだろう。
涙が流れて、体が脱力して、食べかけのピザを床に放って。
縋るように秀爺の部屋に入った。
物理的にも精神的にも彼に声は届かない。
それでも懸命に名前を呼び続けて、
遺された大きな本に手を伸ばした。
"人生が壊れる"と謎の前置きがあった本。
鍵はかかったまま。それなりの重み。
唯一の選択肢。
金庫から本に使う鍵を取り出し、急かされてもいないのに慌ててカチャカチャと背表紙の鍵穴に合わせようと苦戦する。
ようやく差し込んで鍵を回すと鍵の大きさと同じくらい小さな音でカチッと鳴った。
すると、群青色の本のカバーに同じ色で文字が浮かんで見えた。
"創造の書"
表紙を掴んで左から右へ捲る。
1ページ目には…読めない。日本語ではない。
なんなら英語でもない。恐らく現代の言葉ではない。
隅から隅まで卍の親戚のような文字が並んでいる。
教科書やテレビで見たことのある象形文字を思い出したが結局それとも違う。
どうしたものかと慎重にページを捲っていくと、8ページ目あたりに日本語を発見した。
"146ページへ"
間違えないように数えながらページを合わせる。
辞典のように大きいこの本は目的のページを開くのにも一苦労で。
"現在日本と呼ばれるこの国では、最初にインナと呼ばれる女性からこの本が伝わった。この本を持つに相応しい、後の【神の代行】のために、書き記す…"
"この本には神の創造する力が備わっている。我々代行は、その力を使って"世界の生命の数"を調整し、生きやすい世界を維持してきた。しかし、人間の底知れぬ欲から生まれた文明の数々により生命の数の調整が難しくなった。残るべき生命が尽き、削るべき生命が溢れてしまった…"
"いくつもの時間が過ぎ、我々代行の中にも欲に支配される者が現れた。この本の力…すなわち神の力を使って欲を満たそうとする者達だ。代行同士の争いは現代でも終わることはなかった。遥か昔、想像も出来ないほどの過去に神から授かった使命は1度忘れ、邪悪に染まった代行から力を取り上げることが今、我々代行の主な目的となっている…"
大体ページの半分ほどを読んだ。いつの間にか涙は止まっていた。
それもそのはず。
縋る相手を間違えたからだ。
秀爺の写真を手に取れば悲しみは加速して、心の深い傷がズキズキと傷んだはずなのに。
彼が遺したこの【創造の書】とやらは。
控えめに言っても馬鹿げている。
神の代行?世界の生命の数を調整?争い?神に授かった使命?
最初から最後まで笑えない冗談が並んでいる。
こんなものを読んでどうして人生が壊れるのだろうか。
前向きに受け取っても、悪魔か何か邪悪なものを召喚するオカルト儀式本がいいところ。
それでも狂ってる。
いつの間にかため息を何度も何度も…とはいえ。
不思議と悲しみは忘れられたので、読み進めることにした。
ページの中央には挿し絵のように家系図のようなものが書かれていた。
どうやらこの本の伝承経路らしい。
葉脈のように枝分かれしながら、最後には柊木一族と書いてあった。そのひとつ前は八百万一族とある。そんな名字があるとしても何年前の話なんだろうというくらいに珍しい。
柊木一族は140年も本を持っていることになっている。…秀爺だけじゃない…のか。
ふと脳が都合のいい解釈を始める。
この、神の代行による争いとやらのせいで秀爺が死んだのだとしたら。
自分の死期を悟り、僕に受け継がせるようにこの本を遺したのなら。
"柊木一族"が関わっている…そして、秀爺は僕の両親は交通事故で死んだと譲らなかった。
思い出したように金庫の中を探し、取り出したのは病院で不知さんにもらった名刺だ。
電話番号にメールアドレスも分かる。
すぐにメールを送った。
どうしても知りたいから、家族の死因を調べてほしい…と。
1時間ほどで返信が届いた。
いつか聞かれると思ったよ。誕生日おめでとう。
そんな言葉と共に添付されたファイル。
柊木 秀…秀爺は、近所の神社近くで通行人によって首なし死体が発見された。左手の親指が紫に変色し腫れていた。明確な死因は不明だが、頭部が切断されていたせいで他の原因は探しようがない。
柊木 章…父さんは隣町の高校の屋上で死体が発見された。服はボロボロで上半身は裸に近く、胸にはアキラ…オシマイ…と父さんの名が刃物で刻まれていた。死因は首を絞められたことによる窒息。
柊木 友子…お婆ちゃんは、交通事故で車に轢かれた…のが主な死因らしいが、死体にはいくつもの火傷が確認された。
柊木 日向…母さんは父さんのお墓の前で死体が発見された。背中から何度も刃物で刺されたのが死因…だけど、背後から腹部まで骨ごと綺麗に貫通していた傷を考えると特殊な切れ味の凶器が使われたとみられている。
交通事故、なんて可愛いものではなかった。
読めば分かる。全員が何者かに殺されている。
秀爺に関しては僕は犯人を見ている。
あの化け物…あれが神の代行とやらなのか。
僕も本の力を使うとあんな姿に?柊木一族…家族みんな、変身出来るっていうことなのだろうか。
もう一度本を読むことにした。
伝承経路の下、続きから…
"代行同士の争いには、神の力が使われた。実在、空想に関わらず使者を創造し自分の兵士として戦わせるのだ。翼の生えた獅子、天を駆ける馬、巨大な龍、歴史に名を残すほどの武力を持つ人間…。争いは人目を避けて続いた。それは、争いに巻き込まれて生命の数が極端に減るのを避けるためだ…"
実在、空想に関わらず使者を創造する…!
この本の表紙に創造の書とあった理由が分かった。
さっきまでとは正反対だ。僕はこの本を信じている。
家族を目の前で失ったからきっと正気じゃなくなっている。だから信じられるのかもしれない。
または、納得したのかもしれない。家族の死に方とこの本の関係に。
再び本のページを捲る作業が始まった。
単純に読める、もしくは翻訳込みで読むことが可能な言語が見つからないからだ。
ペンの試し書きの落書きみたいな文字を誰が読めるというのか。
しばらくして、日本語のページを見つけた。
そこにはこの【創造の書】で出来ることが書かれていた。
【1、書き込む】
対象のイメージ(絵や写真)、説明を本に書き込むことが出来る。これにより創造の書の中で"創造"される。
【2、読み込む】
書き込んだ対象の情報を読み込むことで、創造の書の外に"創造"される。
【3、追記する】
対象の情報を書き足すことが出来る。これにより対象の情報が強化される。
【※注意】
1、2、3それぞれの項目は代行の能力により差が生まれる。
書のページを破くと、書かれていた情報は世界から無くなる。
書は水には強いが火に弱い。
説明書きの隣には図鑑の1ページのようなものがあった。
"代行の証"という題名で、説明書きも同様。
この証を創造することで代行として認められる…ということらしい。
無意識に手がページの上へ。
果たしてこれは直感なのか、【創造の書】がテレパシーか何かで伝えてきたのか。
今、脳内には【2、読み込む】のやり方が浮かんでいる。
創造したいものの名前を読み上げ、必要な言葉を発する。それだけだ。
簡単だ。普通なら。
ところが、僕に限っては簡単じゃない。
声が、出ない。
例えば、そう。こうやって声高らかに
「柊木 真は、ここに神の代行として創造する…代行の証を!」
((READ))
「…え」
声が、出た…!
驚きたいのに、驚かされて中断した。
創造の書が光を放っている。眩しくて目を閉じるのと同時に光は強くなり、閃光ーー…
「…ぅわ」
光が収まると、開かれた本の上に1枚の紙切れが落ちていた。
……あの日、化け物に読めるかどうか聞かれた紙と…似ている…ような…
「この証は柊木 真を神の代行として認めるものである。この証がある限り創造の書の所有権は移動しない」
読めた。肉眼には白紙に見えるのに。書かれている文字を読み上げるように口が動いた。
「…喋れる。声が出てる!どうして!あー、あー!あーっ!あーいーうーえーおーっ!」
これも本の力なのだろうか。違う。
「神の力…」
僕は改めて、この本を信じることにした。
………………………………next…→……
信じることにはした。
だけど、神の代行とやらはとんでもなく大変らしい。
【創造の書】で出来ることの、どれも上手くいかない。
成功例は1つ。秀爺がスマホを手にして初めて撮影したチューリップだけ。
【1、書き込む】
対象のイメージ(絵や写真)、説明を本に書き込むことが出来る。これにより創造の書の中で"創造"される。
そもそも、本に記入する段階で苦労した。鉛筆、シャーペン、ボールペン、万年筆…何も受け付けない。
紙が弾く…というより消し去る?いや、受け付けないが最適な表現だ。
紙に何も書けないのだ。
とはいえ時間だけはあったから、半日ほどで解決した。
筆をとるフリをするだけでいい。
実際には何も持っていないが、鉛筆やボールペンを持った時の手の形を再現して紙に書いたフリをすると、なぜか黒いインク?で書き込むことが出来た。
これはきっと、神の代行以外の人間に悪用されないためだと思う。
次。
【2、読み込む】
書き込んだ対象の情報を読み込むことで、創造の書の外に"創造"される。
これにも苦労した。
最初は子供の頃にハマっていた漫画のキャラクターを書き込み、読み込むことにした。
が、何度読み込んでも代行の証の時のように上手くいかない。
更には失敗すると、何かに頭を掴まれて大きく揺さぶられたような不快感に襲われる。
最終的に秀爺が撮影した写真を見てチューリップを"創造"することに行き着き、無事成功した。
これによって、"情報量"が関係していると考えた。
【1、書き込む】で書き込んだ情報が少ないほど【2、読み込む】で成功しやすくなる。
漫画のキャラクターを試した時は公式サイトから設定を丸写ししたのに対し、チューリップの情報は色と題材にした有名な歌があると書いたくらい。
【3、追記する】
対象の情報を書き足すことが出来る。これにより対象の情報が強化される。
チューリップの成功時に試したが、これにも書き込む情報量が関わる。
チューリップの色を増やすだけなら問題はなく、実際に【創造】されてどこからともなく出現したチューリップの色が指定したものに変更される。
しかし、チューリップについて細かく書きすぎてしまうと…失敗する。
情報量を調節することで、色の変更や重さの変更、単純な数の変更までは出来た。
【※注意】
1、2、3それぞれの項目は代行の能力により差が生まれる。
そして、これが一番重要な気がした。
"代行の能力"によって書き込みや読み込みの精度が変わるという。
なら、その代行の能力とやらはどうやって成長させられるのか。
現状はどうやって知ることが出来るのか。
どこかで焦っていた。
【創造の書】の力を信じて、代行として力を使う。
それは家族を…秀爺を殺したあの化け物に復讐するためだからだ。
この力があれば、強い使者を創造してあの化け物に命で償わせることが出来るのに。
まだ僕は花を出して小さな花束を作ることしか出来ない。
この調子では"動物"を創造するのにどれだけかかるのだろう。
"使者"ともなると…このままでは復讐どころか僕まで狩られる可能性だってある。
………………………………next…→……
答えが分からないまま約1週間が過ぎた。
遺された多額の貯金から生活費を引き出し、世が言うドケチな生活をして、夜には【創造の書】の力を引き出すべく様々な特訓をした。
まずは筋トレ。
代行の能力が単純にその人の体の強さだとしたなら、僕は相当なトレーニングを必要とする。
自宅で出来るトレーニングをいくつも試し、毎日執拗に続けた結果、普通の腹に薄らと筋線が見えた。これがくっきりとする頃には腹筋が割れたという状態になる。
だけど、特に"創造"には影響しなかった。
筋トレはやめて新しく始めたのが読書。これが大正解だった。
きっかけは"創造"と"想像"をかけて、想像力を鍛えるために読書をしようというものだった。
読みやすく、映画化もされた推理小説を1階の古本屋から調達して読み始めると、2〜3ページ読む度に脳が成長を知らせる"閃き"のような反応をみせた。
時には宝くじにでも当たったんじゃないかと思わせる大きな反応もあった。
小説を読み終えてから再び"創造"を試したところ、
「ニャァー」
「おいで」
初の動物。推理小説のマスコット的存在の【幸運の白猫 ソープ】を創造出来た。
この猫は自身に幸運を招く猫。人のために動くわけではない。
ただ、自身のために招いた幸運が結果として人のためになったりもする。というのがこの猫の容姿以外に可愛いところ。
人懐っこいのか。そうか。
膝の上に収まると、大人しくなった。頭を摘むように撫でてやると小さく鳴いてくれる。
小説を1冊読んで猫が創造出来た。
ならば、人を創造するのにはそこまで苦労しない…のか?
初めてのペットに興奮し、餌や必要なものを買いに行き、帰宅後もいっぱい構ってやって。
いつの間にか、ソープに遊んでもらっていると感じ始めた頃。
「よし、始めよう」
決心した。
お金はある。
時間もある。
ソープがいるから寂しさも和らぐ。
1階の古本屋にある全ての書物に目を通してしまえば。
僕は間違いなく代行として見習いから駆け出しにはなれる。
もしかしたら一人前にもなれる。基準は分からないけど、"使者"を創造出来ればそれが基準だと思う。
目標は決まった。
環境も整った。
「ニャァ〜…」
ソープのため息混じりな鳴き声を合図に、僕は…柊木 真は、新しい人生を始めることにした。
………………………to be continued…→…
というわけで始まりました!
…始まりました…が……
書き溜めたメモデータを紛失したので更新頻度が絶望的なのですっ!!
1話だけ書いてポイってしたわけではありません。ちゃんと裏で思い出しながら新たに書いています(現在進行形)
奇跡的に他に読むものがないという方は、私イイコワルイコが投稿した他のお話を暇つぶしに見ていただけたらと思います。
完結するまで続けるタイプっていうのはアピール出来るはずですっ!笑
最終的に数日に1回の更新をのんびり目指していきたいと考えていますのでお付き合いしてもらえたら嬉しいです。