私も一緒に
セーランのお母さんか、美女で間違いないだろう。息子のセーランがあれだけの美人さんなのだから。
「私はエルリック叔父をよく存じ上げません。私の父が亡くなったのは、私が生まれる前のことでしたし、それから私達母子は、皆さんもご存知の、シセンの集落で暮らしていましたから」
旅の途中で立ち寄った、あの崖の中にある村?
「シセンの母親と私の母親が姉妹だったのです。母にしてみれば、翼人の谷はその…やはり居ずらかったらしくて」
まあ、そうだろうね。次期族長と目されたリグさんを振って、敵対していた獣人の次期族長に嫁いだんだから。
「そっか。それじゃ、セーランは獅子族とは疎遠だったの?」
「いえ、そう言う訳でもなく…」
僅かに躊躇する。
「祖父に、現族長には何かとお世話になってきたので」
「あー、まーな。親父は早くに死んだ息子の子である、こいつのことは人一倍、気にかけていたからな。
かくゆう、俺もその流れでセーランを預かることになったんだしな」
え?そうなんだ。
「俺は部族を抜けたような扱いになっているから、獅子族の間じゃ、ものの数には入らない。だからこそ、翼人との混血である、こいつを預かっても誰も文句は言わなかったし。
ま、言わせるつもりもねえけどな!」
相変わらず、豪快だな。
「うーん。それじゃ、二人ともエルリックさんについて詳しくはないのね?」
「ガキの頃から俺はこいつの兄貴とは交流があったが、エルリックの奴とは年も離れていたし、ねえな!」
ガッハッハって…、役に立たないね。
「とにかく、サヘルに一旦戻るべきでしょう。それからどうするか、考えましょう」
そう言って、ヴァンに纏められた。
翼人の谷からサヘルへは行きと比べれば、帰りはスムーズに帰還出来た。
私達は泊まっていたログさんの宿に到着し、離れに落ち着いた。
「やっと、帰って来たのね!心配してたのねよ」
駆け付けて来たエバさんの胸の中に、私はもぎゅっと抱き締められた。
凄く柔らかい…って、危ない危ない。変な気分になるところだったよ。
エバさんに先を越されてしまったラベルが、ぐるぐるとまわっている。耳がしゅーんと垂れているのがかわいい。
「エバさんこそ、大丈夫だったんですか?獣人と翼人で争いが起こったって聞いて、心配したんですよ?」
「ここは大丈夫。中立だからね」
ふん?どういうこと?
「私は翼人で旦那が獣人の、それぞれ後ろ楯があるから」
あー、なるほど。エバさんにはヤンさんと言う、玄鳥の一族のまとめ役である父親がいて、ログさんに至っては父親が獅子の族長だもんね。
「あなた達は聖領から来た大切な客人だから、怪我をさせる訳にはいかないのよ」
「?」
「分かってないようね?」
大人な女性のあきれ顔で、
「今は南領の中で起きた、ただのいざこざで済ませることも出来るけど、あなた達に…、いえ、あなたに何かあれば、それは南領が聖領に対して弓引くことになるのよ?」
と、説明された。
そう言うことか。私は気にしないけど、南領の人間からしてみれば、巫女を傷付ける訳にはいかないと。
「ええ、そう。だから、あなたにはこれから領主館に行ってもらいます」
「へっ?」
「リヒト様からのご命令よ」
私が命令に従う理由はないが、安全な場所であるのは確かなので皆で行くことにした。
「南領のゴタゴタに巻き込んでしまい、申し訳ない」
到着した私達に、リヒトが謝罪する。
彼は統治者として優れているね。ちゃんと非を認めることが出来る。ただ、今回のことは彼ばかりの責任とは言えないが。
「私が、父からエルリックのことを任されていたのだ。当然、私にも責任はある」
南領のしきたりみたいなもので、当主となる者には獣人と翼人の補佐がつけられる。大抵、族長かそれに近い者だ。
「あれが今回のような企てに乗るとは、いまだに信じられん。獅子族にあって、あれはいささか気性が優し過ぎるくらいであったのに」
眉間に皺を寄せ、苦悩の表情を浮かべる。
「あの…、戦況はどんな具合なのでしょうか?それから、エルリックさんについて教えてもらいたいのですが」
「ああ。現状にさほど動きはないが、砂漠の獣人達の中には今回の騒動に呼応して、兵をあげる者も少なくないらしい。
ほとんどが中立、静観しているが、これからの動き次第ではさらに増えるだろう」
「リヒト様にお伺いいたします。このことはもう、聖領のご領主様にご報告されているのでしょうか?」
背後に控えていたヴァンが問うと、
「いや。まだだ」
リヒトが苦い顔で返答した。
「え?どうして?早く知らせた方がいいんじゃ?」
だって、戦闘が始まったんだよ?もしかして、この先、大勢の死者が出るかも知れないのに…。
「そうもいかんのだ。父上に報せるだけなら構わんが、他領に知られると大きな問題に発展する可能性がある」
「それはそうかも知れないけど…」
「二度目だ」
「え?」
「領主会議で領主不在の折りに内乱が起こったのは」
百年前の玄鳥の一族を巻き込んだ獅子族の反乱のことだ。
「あの折りは領主共々、獅子族の族長が会議を途中で放棄した形で反乱を治めた。
前回はお祖父様の代であったが、二代に渡ってこうした反乱を起こされるのは、領主の管理能力を疑われ、場合によって領主の位を剥奪されるかも知れんのだ」
「誰がそんなことを?」
「聖領の神殿の長であるヒルダ様以外に誰がいると言うのだ?」
ヒルダさんは神殿長であり、世界の統治者でもある。
本人が優しくて気さくな人だから、つい忘れてしまうけど、彼女は大権を持っているのだと改めて思い知らされる。
「実際、北領の領主は何度か変えられている。あの地は寒さが厳しく作物があまり育たない。そのため、人心の掌握が難しくて度々反乱が起こるのだ。
それをこの南領の地でおこすわけにはいかない。数千年に渡って、この地を治めてきた南領領主家の末裔が、そのような愚を犯すなど断じてあってはならんのだ」
トパーズの瞳を爛々と燃やした、初代と同じ豹頭のリヒトの宣言に周囲が同調する。
「リヒト様!我らもお共します!」
いつの間に到着したのか、扉をバンと開いて登場したシルヴァが高らかに告げる。
彼は鈍色の戦装束を身に付けていた。
「砂漠は獣人のものにあらず。南領に住む、全ての人々のものであり、この地を収める領主家のものだと奴らに思い知らせてやりましょう!」
あ、なんか頭痛い。どうしてこんなに戦うことばかり考えるのか。もっと平和的に話し合うことが出来ないのだろうか。
けど、それは見せかけの平和を享受してきた日本で生まれ育った私の思い上がりなのかも知れない。
いじめに貧困、パワハラにセクハラ等々。強者が弱者を貪り、それが当たり前であった国。
助けを求める、小さな声は届かず、多くの命が失われた。
あちらの世界では、私には何の力も無く、傍観者でしかなかったが、ここでは違う。
私には巫女としての地位と、私を助けてくれる仲間がいる。
ヒルダさんが何故、この地に私を来させたのか。その真意を私なりに解釈すべきだと思った。
「私も戦場へ一緒に行くわ!」
立ち上がって宣言する。
私の発言をリヒトやシルヴァのみならずヴァン達まで、はあ?何言ってんだコイツって顔で見ていた。
えー。そんなにおかしいこと言った?




