婚活する?
涙と鼻水でグショグショになった顔を濡れタオルで拭いて、私は自身をリセットし直した。
あー、泣いたらスッキリした。数十年ぶりだ。色々なものが涙と一緒にこぼれ落ちていった気がする。
すると、もう一つの疑問が頭をもたげた。
「あの、ところで私はどうして若返ったのでしょうか?」
率直に疑問をぶつけてみた。
「簡単に言えば、こちらの世界の法則に体が合わせられるからですわ。こちらはあちらよりも時間がゆっくりと流れているのですよ」
故に、あちらから転移して来た人間は、こちらの世界の時間に合わせた外見となり、長い時を生きるようになると言う。
「魔力を持つ人間だからこそ起こる現象でしょうか?単純にあちらでの三十年はこちらでの十年に相当いたします」
あっちで四十五歳であった私は、その法則によって十五歳に外見を変えられた…、らしい。
「それじゃあ、赤ん坊の頃、こちらに渡ったら存在そのものが消えてしまうんですか!」
「まさか!」
あくまでこちらの世界の年相応に合わせられるだけで、赤ん坊は赤ん坊のままだとヒルダさんにころころと笑われてしまった。
「ナツキ様より以前にこちらへ渡った方は何人かいらっしゃいましたけれど、あまり若い方をお連れすることはございません。ある程度の分別をお持ちでないと」
魔力云々を理解するのもそうだが、突然、異世界へと転移させられてパニックにならないほうがおかしいだろう。
私はそうでもなかったけどね!
「そもそも、こちらへ転移させる理由と合致いたしませんもの」
なに?その理由って?私のように死にかけた人間を救うために転移させる訳ではないのだろうか?
「違います」
即答された。
「魔力を持つ人間をこちらへと転移させる最大の理由は、魔力の補完が目的なのです」
魔力の補完?ええと、どういうことかな?
「魔力量が多ければ多いほど、子供は生まれにくくなり、とりわけ女の子が生まれにくいのです。わたくしには子供が四人おりますが、娘は一人だけです」
まさかの子持ち宣言。しかも、四人も産んだママさんだとは!
私は子供どころか、そもそも結婚すらしていないと言うのに!
「この世界の維持には原初の巫女である、この世界を創造した姉妹、わたくしやあなたの血筋が必要不可欠なのです」
この世界を創造した大魔法の維持には、原則として姉妹の血筋がそれぞれに必要で、姉の死後、この世界を維持してきたのは彼女の娘や、その血を継いだ娘達なのだと言う。
男の子では駄目なのだそうだ。全く駄目ではないが、長くは保たないらしい。それこそ魔力の枯渇が激しいとのこと。
そのために姉妹の血筋を絶やしてはならないと先祖代々、言い伝えられてきた。
そこで姉の血脈が途絶えそうになる前に妹の血に連なる者の中から魔力量の多い人間を選んでは転移させるのだと言う。
普通にあっちの世界で神隠しにあったとか、行方不明扱いになったんだろーなー。
と思ったが、妹の血脈を維持する里では理解の範疇であるらしい。里の娘がある日突然いなくなったら、騒ぎ立てたりせず、こちらに呼ばれたのだと納得していたのだと言う。
だからこそ、祖父と結婚したいと言った祖母に対して頑なに反対し、それでも外の世界に飛び出して行った祖母は何も知らされないまま天寿を全うした。
私もそうなるはずだったが、運命は私を選びとった。
「ですからね。ナツキ様、婚活いたしましょう」
清々しいまでの笑顔でヒルダさんがそう提案する。
「は、はいいぃ?」
婚活って言葉、こちらの世界にもあるんだ。びっくりだよ。