婚活の旅、再び
季節は晩秋。レーヴェンハルトにおいて、やや北よりにある、ここ聖領では実りの季節を迎えていた。
私の故郷である日本であれば、黄金色の稲穂がたわわに実った、とか言う表現が使えるだろうが、残念ながら、こちらの主食は小麦を使ったパンだ。
たまには米の飯が食べたいと思うが、ワガママは言うまい。
私が日本から、異世界であるレーヴェンハルトに来て、もうすぐ一年になる。
長かったような短かったような、この一年の間に様々なことが起きた。
そもそもの始まりは、この世界に転移されられたことだけど、巫女として神殿での暮らしにも慣れた頃、軽い気持ちで出掛けた東領の地では、悲喜こもごもの事件に巻き込まれ、何度、心が折れそうになったことか。
ホント、平和が一番だよ。
「はあ。もう一年経つのか…」
まったりしたい時に登る、神殿を囲う城壁の上で私は感慨に耽る。
聖領の空気は独特だ。厳かで、心が引き締まるような感じがする。
そんな空気を、肺一杯に吸い込む。
は〜、心が洗われるね。
「ピイエエエエエ!」
私のまったりタイムを邪魔する、黒い影が頭上にさした。
もー、うるさいなー。
空を見上げると、鷹の騎獣であるカナンが大きな翼を広げ、大空を駆っていた。
いや、演習なのはいいよ。ご苦労様だね。
けど、通りすがりに私に変顔するってどうなの?
前回、東領への旅に同行を許可した私に対して態度が軟化していたはずが、聖領に帰って来てしばらくすると元に戻ってしまった。
威嚇するとかはなくなったが、相変わらず小馬鹿にした態度だ。
あ、ヴァンに怒られた。いい気味だ。
「ナツキ様、そろそろ戻られませんと。午後からヒルダ様とのお約束がございますので」
側近のアリーサがそっと促してきた。
「ああ、そうだっけ。じゃ、戻ろうか」
最近の私は、神殿長であるヒルダさんから仕事を振られるようになったので、結構忙しい。
ヒルダさんには、この世界を管理すると言う大事な務めがある。
その他に神殿長の職務、他領との外交などなど、ワーカホリック気味であったので、私は働きすぎだと進言した。
その結果、私の仕事が増えた。
私が立案して神殿が設立した、幼稚園と職業訓練所の管理運営はもちろんのこと、聖領そのものの運営、いわゆる政治的な分野の一部を任されるようになったからだ。
すなわち、市長さんみたいなポジション。
ずぶの素人に何が出来るの?って、お願い。突っ込まないで。
実際に動かしているのは、領民から選出された議員や職員さん。
時々、ぶらりと町の中を巡って、町の皆からニーズや要望を聞いたりするのも大事な仕事だ。
決して、遊んでいる訳ではないよ?
「ヒルダさん。呼ばれたので伺いましたけどー?」
「あ、ちょっと待っていて下さる?」
側近の皆さんと打ち合わせ中であったらしい。
私は勝手知ったるなんとやらで、勝手にお邪魔する。
内々の神官も出入りする執務室を抜けると、ヒルダさんの個人的な私室に繋がる。
本当に色々プライベートな寝室は他にあり、あくまで息抜きに使われる部屋だ。
アリーサが慣れた手つきでお茶の支度をする。お茶請けは持参したスコーンとサンドイッチなどの軽食だ。
忙しくて、お昼もまだに違いないと用意してきた。
「はー。やっと終わったわー!」
扉を豪快に開いて、ヒルダさんがこちらの部屋へとやって来た。お供に側仕え兼秘書のピアレットを伴って。
「もうもう!毎年のことなのに段取りとか順番とか、本当にうるさいったら」
私の対面のソファへと腰掛け、むんずとサンドイッチを摘まむ。そのまま、パクリと一口。
「ヒルダ様、お行儀が悪いですわよ」
ピアレットが視線で嗜める。
「お堅いこと、言いっこなしよ。身内だけなのだから、構わないでしょう?」
この部屋にいるのは、私と側近のアリーサ。そして、ヒルダさんと彼女の乳姉妹でもあるピアレットの四人だ。
身内扱いなのが、少々こそばゆい。
照れ隠しに問う。
「何がそんなに大変なんですか?」
「もう!ナツキ様ったら、とぼけていらっしゃるの?」
え?とぼけてないですよ?真面目です。
その様子から察したヒルダさんがほうっとため息をついた。
「年に一度、開催される領主会議が間近に迫っているのです」
ああ!なんかあったね、そーゆーの。
すっかり記憶にございませんでした!
「もう」
駄目な子ねって、目顔で語られた後、ヒルダさんから詳細の説明を受ける。
「各領地からは領主が主だった側近を連れて、この地へと訪れます。寄進という名目で今年度の収穫を携えてね」
聖領と言っても神殿都市みたいなものだ。
土地もそれほど広くもなければ、住民もさほど多くはない。
しかも、移住には厳正な審査と制限がある。抜け道があるとすれば、元々の住民と婚姻を結ぶことで市民権を得るなどだ。
聖領に住む者はすべからく神殿への信仰心が厚く、うろんな輩の出入りには厳しい。
例え、裏家業に従事していたとしてもだ。何故なら、悪い面で神殿の目に止まれば、即刻、追い出され、二度と聖領の地を踏むことは出来ない。
それは広義に、この世界において抹殺されるに等しい扱いと言ってよい。
神殿の権威はそれほど高いのだ。
聖領よりもはるかに広大な領地を有し、多くの民と財産を持っている領主でさえも、神殿のご機嫌伺いは欠かせないほどに。
「はー。それなら治療院の運営費も賄えますね」
「あなたって人は…」
苦笑された。
そうなのだ。私の新事業である、治療院の設立が聖領で急ピッチで進められている最中で、資金も人も足りていない。
治療院とは、そのものずばり病院だ。ただし、聖領が運営するのでお財布に優しい。
貧しくて医者にかかれない人への救済施設であるが、全くの無料ではない。完治すれば、働いて返してもらう。主に労働力としてだ。もちろん、完治後の生活の補助も目的としているので返済は急がないし、無利子だ。
運営にはボランティアや寄付も募る予定である。
全てにおんぶに抱っこなやり方ではいつか破綻してしまうだろし、賛同出来ない。補えあえる部分は、そうすべきだと思う。
「けど、医者の数が不足しているんですよねえ」
「治癒魔法の使い手は、元々、そう多くはありませんからね」
「ですよねー」
開業前に躓きたくないが、こればかりは資質の問題だから、何ともはや。
「そうだわ!医者はともかくとして、薬師ならば何とかなるかもしれませんわ!」
「薬師、ですか?」
薬剤師みたいなものか?
「ええ。南の地には優れた薬師が大勢いると聞いたことがありますわ」
南…、南領ってこと?
あれ?何だか読めてきたような…。
「そうは言っても、やはり現地に行って、その技術を確かめる必要がありますわ」
「えーと。それって、つまり…」
「薬師の確保と、ついでに婚活の旅に行ってらっしゃいな!」
にっこり。
あー、そうですかー。前回と同じパターンですね。ついでに南領のイザコザを解決してこいって?
私は都合のいい女じゃないですよ!便利に使わないでください!
第二部 南領編スタートです。
今回も婚活と言いながら、婚活出来ないかも知れませんが、気長にお付きあい下さいませ。
スピンオフ 異世もふSSも不定期連載中です。良かったら、ご覧下さい。