この世界の成り立ち
はるかな昔、目には見えなくとも神々の存在を、その息吹きを確かにそこにあるものと人々は感じとって暮らしていた。
太陽や大地に豊穣や天候回復の祈りを捧げ、山や川に日々の糧を得られるように祈りを捧げた。
対象はそれだけにとどまらず、人は動物達も神の化身として崇拝した。勇猛な獅子を、高潔な虎を、敏捷な鹿をといった様々な動物を各々がそれぞれに信じた。
すると、いつしか獣の姿を模した人が生まれるようになった。人でありながら獅子の頭と鬣を持ち頑強な体を持った、いわゆる獣人が誕生したのだ。
形に違いはあっても、人々はお互いに支えあって暮らしていた。そんな関係が壊れ始めたのは、獣人や一部の人間に魔力が芽生えてからだ。
ただの人であれば、水瓶を一杯にするために井戸や川を何往復もしなければならないのに、魔力を持つ者はその力を使って一瞬で水瓶を満たすことが出来た。
人は怪我をすれば医者にかかり治癒にも時間がかかるが、魔力がある者のなかには一瞬で治癒してしまう者もあった。
魔力を持たない者は、次第に持つ者に対して当たり前のように負担を押し付けるようになり、その反面、持つ者を妬んだ。
魔力を持つ者は、次第に負担が増すことに心身ともに疲れ果てていく。それなのに妬みや嫉みは無くならない。
少しずつ少しずつ、お互いの間に大きな溝が出来ていき、それはもはや修復不可能なものにまで拡大していった。
小さないさかいがあちらこちらで起き、大きないさかいへと発展していく。その度に持つ者と持たない者の代表が話し合い、なんとか解決への方向へと導いた。
それが決定的な亀裂となったのは、持たない者の代表の息子が命にかかわるような大怪我を負った時だ。
治癒をよくする者が請われ、治すよう求められたが、損傷が激しく治癒するには膨大な魔力を要した。
魔力は無限ではない。過ぎる力を振るえば、時として魔力を振るう者の命を奪うのだ。
だが、それを持たない者は理解しようとはしなかった。無理矢理、治癒が強いられた結果、怪我を負った息子は助かったが、魔力が枯渇した治癒魔法の使い手は命を落とした。
亡くなった魔法の使い手には二人の娘があった。ともに膨大な魔力の持ち主で魔力保有者の中でも一、二を争うほどだった。
彼女らは魔力の使いすぎで命を失った母親の遺体を前に、もはや二つの異なる人々が同じ地では暮らせないことを悟った。
そこで異世界への転移を試みた。
彼女らは、彼女らが暮らす大地そのものを異世界へと転移させ、魔力に満ちた新しい世界を創造する大魔法を完成させた。
二人は、魔力を持つ人々にともに行こうと説いた。彼らの大半は彼女らの意見に同意したが、一部は残ることを希望した。
そこで姉が異世界へ転移する人々のまとめ役となり、妹が残ることを希望した人々とともに残ることとなった。
異世界への転移はそれこそ命がけの作業であった。姉妹は異世界へと同胞を転移させることで魔力の大半を失うこととなった。
そして、異世界への転移は一度きり。一度、転移した者は二度と戻れない。
こうして、姉妹は永久に決別することとなった。
そして、姉が転移した世界が、まさにここレーヴェンハルトである。この日を境に、魔力を持つ者と持たない者の世界は完全に隔てられ、それぞれの歴史を歩んでいくこととなる。
のちに姉は魔力に満ちた、この大地に暮らすことで、やがて元の魔力を取り戻した。
かつて同じ大地であった世界に残した妹を、ただ見守ることしか出来ないが、異なる世界から姉は見守り続けた。
姉が亡くなったあともその子孫によって、それは何世代にも渡って続けられた。
魔力を持たない者が暮らす世界、それは後に地球と名付けられ、妹と共に残った魔力を持つ者も時代とともに力を失っていった。それでも妹を祖とする一族のなかには魔力を持つ者が度々生まれてきた。魔力の因子は脈々と親から子へと受け継がれたのだ。
その一人が奈月の祖母であった。祖母はヨーロッパのある閉鎖的な村出身で、海外留学でその地へ来ていた日本人の祖父と出会い、駆け落ち同然で日本へと渡った。
その村こそが、かつて魔力を持った人々の、末裔が住む隠れ里であった。