夢に描いた場所
セトの独白ー。
私の誕生は早産の上にひどい難産であった。元々身弱であった母は、出産を期に体を壊してしまい、そのうち若くして儚くなった。
私はそんな母親と瓜二つなのだそうだ。記憶にある母の姿はおぼろげではっきりとは思い出せない。
そんな時には乳母のケルシャが
「お寂しくなったら、鏡を覗いてごらんなさい。お母上様が微笑んでおられますよ」
と、慰めてくれた。
それくらい、私は母に似ているのだそうだ。
それを快く思わなかったのが、父の再婚相手で二番目の妻となった女性だ。
彼女は私達兄弟に辛くあたることもなかったが、さりとて母親として認められようとも思ってはいなかった。ただ、父に愛されたいとそれだけを願い、その思いはことごとく打ち砕かれた。
父が愛したのは亡くなった母だけで、その母に似ている私を彼女は次第に憎むようになった。
彼女は周到で決して周囲に継子いじめをしていると、悟られるようなへまはしなかった。
幼い私は、ただ恐ろしくて誰にもそのことを相談できなかった。
そんな私にも救いはあった。いとこのマリエルの存在だ。彼女は亡くなった母の姪で、私と同じく母親を早くに亡くしていた。
マリエルの父親が再婚する際、彼女は領主家に預けられることとなった。どういう経緯があって、そのような話になったのか分からないが、私は嬉しかった。
領主として休む暇もないほど忙殺される父と、跡取りとして、一日の大半を学業やそれに付随する諸々に費やされる兄。
そして、私に様々な嫌がらせを行う義理の母親。領主館にはケルシャのように、私のことを思ってくれる者もいたが、彼らは所詮、雇われ人であり、家族ではない。
ひとりぼっちの私にとって、ただ一人の安らぎがマリエルであった。
私達は領主館の片隅で、忘れ去られた存在として共に成長した。
そんな私達であったが、優しく生真面目な兄は何かと気にかけてくれて、忙しい日々の合間を縫って会いに来てくれた。マリエルも兄を慕っていた。
その間、異母弟のレキが誕生し、義母の私への嫌がらせが止んだのは救いであった。
幼い弟はやんちゃな性格で母親の目をかいくぐり、私達の元を訪れては義母の命令を受けた使用人に連れ戻されていたが、次第に間遠となっていった。
私は相変わらず、季節の変わり目などにひどい風邪を引き込むなど病弱ではあったが、跡取りではない気楽さで、いずれ父から適当な分家を与えられ、マリエルを妻に穏やかに暮らしていく夢を描いていた。
しかし、マリエルの父親によって私達は引き裂かれた。美しく聡明な淑女へと成長したマリエルを跡取りである兄の妻にしようと領主である父へと進言したのだ。
「残念ながら、早くに亡くなった姉は体が弱かったためにグエン様にお辛い思いをさせてしまいましたが、娘のマリエルは健康で立派なお世継ぎを生むことでしょう。姉の果たせなかった幸せを娘に叶えさせてやりたいのです」
自身が再婚すると同時に生家から追い出した張本人がよく言うと、私は腸が煮えくり返る思いだったが、聡明な父が承諾するはずもないと高をくくっていた。
けれど、父はそれを承諾した。それには再婚した義母の生家の勢いをそぐ思惑があったのだが、私に納得出来ようはずもない。
私はマリエルに家を捨てて、どこか遠くに行こうと迫った。だが、成人して間もない私達に領主の後ろ楯なしで生活出来るはずもないと、私も彼女もお互い分かっていた。
やがて、マリエルは兄へと嫁いでいき、数年後、嫡男のラベルが誕生した。
私は相変わらず、領主館の片隅で暮らしているのに、彼女は陽の光が燦々と輝く場所で幸せそうに微笑んでいた。
彼女と兄、そして甥のラベルを見かける度に、私の心に開いた大きな穴から、血が流れ続けていることに誰も気付いてはくれない。
傷が深くなるに連れ、私は気まぐれを装って祖父の屋敷を訪れることが頻繁となり、ある日、祖父の書斎の棚にまるで隠すように一冊の書物があるのを発見した。
それこそが禁書として人の目に触れないように祖父が管理していた『召喚の書』であり、それを私が手にした瞬間だった。