理由
「すまないが、俺はここに残る」
そう言って、レキはソファへと腰掛ける父親の側に赴き、その手をとった。
「とてもじゃないが、一人にはしておけない」
「もちろん。そうしてあげた方がいいわ」
私は、父親へ寄り添うことで少しでも苦しみを分かち合おうとするレキの態度に賛同する。
「オーリも残ってあげて」
レキ一人だけでは心許ないと思って提案したが、
「しかし、それでは‥」
と、オーリは難色を示した。
血縁であるラベルはまだ若く、私を含めて残る面々は東領と関係のない部外者だ。
「私はヒルダ様から全権を任されております。公正を期すのであれば、ラベルと一緒に立ち会う人間として自分は申し分ないと思いますが」
ヴァンがオーリの不安を払拭するように申し出た。神殿の騎士で騎士長ともなれば、司法(裁判官や弁護士)権限も時として与えられる。
ヴァンは、一連の件の見届け役となることを暗に告げた。
失ってしまった命は、もはや戻らない。過去をやり直すことも、魔法の力を持ってしても叶わない。
それどころか、領主一族の間で起きた事件は、公にされることなく、起きてしまったこととして闇に葬られるのが常だ。暗黙の了解として周知されている。
「それならば、あなたに見届け役をお任せします。どうか、ラベルの心を守ってやって下さい」
レキが言い、オーリと揃って頭を下げた。
「私も見届けさせてもらいます。亡くなったのはラベルのご両親だけではないのだから」
潜蛇に心の隙をつけ入られた結果とは言え、私の目の前で一人の女性が死んでいった。
その償いもまた、行われるべきだ。
私の言葉に、レキがはっと気づいたような顔をした。彼女は罪人であったが、東領の民の一人だ。
「‥よろしくお願いいたします」
ラベルに付き添うのは、私とヴァン。そして、アオだ。セーランとアリーサは部屋の外で待機している。今回、戦力外であったトールは森で留守番をしてもらっている。領主家の家臣の子供として、首を突っ込むべきではないと判断してだ。
それなら何故、アオがと言うのも、潜蛇をあぶり出す役を本人が申し出たからだ。
《呪詛返しで弱った召喚者に対して、潜蛇はそれほどのダメージは負ってはいないでしょう。逆に器が弱まったことでどんな手段に出るか分かりません。私ならば、その動きを察知出来るはずです》
頼もしいけれど、無理はさせたくない。
「部屋の隅っこで見てくれるだけでいいからね」
私はそう何度も念を押した。
こうして考えてみると、セトの居室が離れた場所だったのは幸いだったのかも知れない。
彼の部屋へ立ち入ってみると、うっすらと血の臭いが残っているような気がした。もちろん、血の跡などどこにもない。
「やあ‥。約束通り、こんなに早く来てくれたのか」
寝台に横たわる、セトの剥き出しの顔や腕には、まるで蛇が地面を這いずりまわったような禍々しい呪いのような痕が残っていた。
「ごめんよ。こんな形で知ってほしくなどなかったのに」
ひび割れたような声は乾いて聞こえた。
「叔父上ー。叔父上が父と母を死に追いやったのですか?」
震える声でラベルが問う。
セトは痛みを堪えるかのように瞳を閉じ、
「‥そうだ」
と告げた。
その言葉が、どれほど残酷にラベルの心を抉ったのか想像に固くない。
「どうして‥?」
そう、それこそが一番聞きたかったことだ。実の兄夫婦を殺さなければならないとまで思い詰めた、その理由を。
ラベルの背中越しに私はセトを見つめた。蛇の痕を残す体と疲れたような表情以外に彼に変わりはないようだ。
少なくとも罪悪感に苛まれているようには見えない。
「私はお前の母親に恋していたんだ」
セトの独白は、遠く少年の日に遡る。