真相究明の糸口
アオの決意は固く、私は彼の申し出に甘えることにした。
「辛くなったら、すぐに言ってね。我慢しないこと!」
片手で提げられる籐製のバスケットに、沢山の花を敷き詰め、アオのために簡易ベッドのようなものを作成し、そこに入ってもらった。蓋付きだから、日差しや町の気配もある程度遮られるし、なかなかいい出来映えだ。
《これはいいですね。快適です》
手早く済ませようと、今回も騎獣での移動だ。もちろん、しっかりと風避けの呪文はかけている。
アオは、これまで森の外に数えるくらいしか出たことが無いらしい。
気が遠くなるほど永い時を生きているのに?と、かえって驚いたくらいだ。
《好奇心旺盛な若い者や、契約者が外の住人ならば、森の外で暮らすことを厭いませんが、普通はあり得ないのですよ》
バスケットの隙間を少しだけ開いて、アオがピョッコリと頭だけ出している。
多分、久しぶりに森の外へと出る、この時を楽しんでいるのだろう。
《アオは契約者を持とうとは思わなかったの?》
精霊は人間(獣人も含めて)が好きで、気の合った者同士で契約する者が少なくない。
《どうしてでしょうか。私は不思議とそんな気が起こらなかったのですよ》
「ふーん。そっか」
本日のお供はラベルだ。私達の乗った騎獣の背後をぴったりと付いて来ている。
先日の、レキとの会話を話して聞かせると、領主館に行ってみたいと、言ったからだ。
「嫌な思いをするかもよ?レキはあなたへの態度を改める気はないらしいから」
「知らないままでいた頃よりずっと気持ちが楽になったから、大丈夫です」
わだかまりはいまだに双方にあるだろう。レキのお母さんの事故は、ラベルも無関係ではない。むろん、彼が何をした訳ではない。
勝手に錯乱し、馬車の前に飛び出した彼女の責任だ。それでもしこりは残っているはずだ。
だが、長年、ラベルを苦しめてきた両親の死の真相を知る機会を与えてあげるべきだと、私は思ったので同行を許可した。
「町の中はあまり空気がよくないでしょう?バスケットの中に隠れていたらどう?」
《いえ。この程度なら大丈夫です。領都は森とは違った花の香がするので》
野に咲く花と人の手で丹精された花とで違いはあるに違いない。
「ここが領主館だよ」
昨日、訪れたばかりの屋敷に到着すると、屋敷から執事長が慌てて出て来た。
「これは、ナツキ様。本日もお見舞いに来て頂けたのですか?」
「まあね。昨日の今日で迷惑だったかしら?」
「とんでもない!旦那様はお喜びになりますでしょう!」
大袈裟なくらい、歓待してくれる。
ん?なんだか、様子がおかしいぞ。
「トマスったら!ナツキ様がいらしたのなら、わたくしに一言申すようにあれほど言っておいたではありませんか」
もう一人、文字通り駆けてきた人がいた。フットワークが軽そうな、犬系獣人のご婦人だ。
「ようこそ、シロツメクサの館へ」
なんすか、そのファンシーな名前は?
「当屋敷の愛称ですわ。初代領主がシロツメクサをこよなく好んだ奥方のために、この館を建てたことが由来となっております」
ほほう。愛妻家だったんだね?
「いえ、恐妻家でいらしたとか。奥方へのご機嫌取りのためですわ」
えー。そこは隠しておこうよ。台無しだ。
ところで、あなたはどなたですか?聞かなくても分かるような気がしますが。
「レキ様の乳母をしておりました、エマと申します。ただ今は当館の侍女頭をしております」
ワン!と言いそうな感じの人だ。犬系、ピンクがかったプードルだ。
「そうですか。ナツキと言います。ご当主にはお会い出来ますか?」
私が巫女であることを知る者は少ないはず。この人はどっちだろう?
「坊っちゃ‥、旦那様からお話はようく伺っておりますよ。ささ、こちらへどうぞ。ラベル様もご遠慮なさらずに」
ついでに歓待される、ラベルも困惑している。
断る必要もないので彼女の先導に任せた。途中、執事長さんがこそっと教えてくれたのだけど、奥さんなんだそうだ。
この館は恐妻家が多いのかな?尻に敷かれてるみたいだけど。
「坊っちゃま!待ち人来る、ですわよ!」
「は?何、馬鹿なことを言ってるんだ」
そこで侍女頭の後ろにいる私達二人を見た。
一瞬、何とも形容しがたい顔をしたのは、大好きな兄上にそっくりなラベルを見たからか?
「何の用だ?」
ぶすっとした表情で私に問う。
愛想悪いなーと思いつつ、私は用件を話す。
「そうか。わざわざ痛み入る」
そう言って、アオに頭を下げた。
ちょっとー、私との態度が違うんですけどー。
「それで、何か分かりますか?」
アオがバスケットから身を乗り出して、周囲を見渡す。オーリの精霊がアオにそっと寄り添っているのが、いとおしい。
《闇の残しが滞って見えます‥。それもごく最近の。今日、この部屋を訪れた人に会えますか?》
「それは‥、可能だが。数える程しかいないぞ?」
オーリにチラと目配せする。
「直ちに呼んで参りましょう」
些か緊張気味だった。それもそのはず、その中に潜蛇と繋がった者がいるかも知れないのだ。
待つことしばし。
「俺の世話は基本、さっきのエマとオーリに頼んである。それから、状況確認のために兵士を二人呼んだ。彼らは信用に足るとふんでいたのだが‥」
エマとオーリは問題なしとのこと。
残る二人が連れ立ってやって来た。昨日、報告に来た兵士(領主館の警備隊長だそうだ)と、地下牢で会った美女兵士の二人だ。
二人が入室するやいなや、アオがバスケットから飛び出した。
《彼女です!彼女から闇の力を感じます》
女性兵士がビクリと体を強ばらせ、
「ひあっ!」
と、小さく叫んだ。
いけない!昨日の彼女の二の舞となってしまう。
私は考えるより先に動いた。咄嗟に両手を突き出し、女性の胸へと当てた。
「この人から出ていけ!」
手の平が熱くなり、光った。
『ぎゃあああああああ!』
女性の声とは思えない、濁ったような叫びが女性兵士の口から漏れた。
ガクンと膝から力を失ったかのように倒れ込む体を、警備隊長さんが抱き止める。
「しっかりしろっ!」
女性兵士の体を乱暴に揺すった。
「‥あ、私?」
すると、すぐに目を覚ました。
良かった。無事だったんだ!私はそっと胸を撫で下ろす。
「今のは一体?」
レキが信じられないものを見たような目をして、私を凝視する。
私にだって分からないよ?ただ、何かを弾き飛ばしたような感覚が残っている。
「私、どうして‥?」
女性兵士、ミリアが戸惑った風に周りを見渡している。
「お前には、レキ様殺害未遂の容疑者ベルティアナ殺害の容疑がかかっている。大人しく容疑を認め、全てを話すんだ」
警備隊長が厳しく詰問する。
「私‥、私、そんなこと知りません!」
頭を振って、容疑を否認する。
「ベルティアナも同じようなことを言っていたわ。自分がしたことを覚えていないって」
「本当です!覚えがないんです!」
懸命に訴えかけるのを、周囲の人間が冷ややかに見つめる。
「それじゃ、聞くけど。どこまでなら、覚えてるの?」
「え?あ、あの、昨日、隊長から地下牢へ囚人に会いに行く女性に付き添うように言われて‥」
「間違いありません。自分がそのように命令しました。女の囚人でしたし、地下牢へ赴くのはレキ様にとって重要な、かつ大切な女性だと聞いたので、女手が必要と思いまして」
あれ?彼女に命じたのはレキじゃなかったのか。やっぱり残念なヤツ。
つか、大切な女性って何?そりゃ、神殿の巫女である私がVIPであるのは自他共に認める所だけど、言い方!
それだと、レキの好きな人みたいじゃない?
「そ、そうです。隊長からそう聞いて、私、頭の中がかっとなってしまって‥」
「どうしてお前がかっとなるんだ?」
レキが心底、不思議そうに問う。
あーあと言う、皆の声が聞こえるようだ。
「あなたはレキのことが好きなのね?」
ミリアが真っ赤になった。
「おま、お前っ!」
うるさい。ニブチンは黙ってろ。
「レキに大切な人がいると知って、我を忘れた。違う?」
「わ、分かりません。そこからの記憶がなくて‥。でも、かすかに音が聞こえたような‥。シューと言う、蛇のなく音のような‥」
また、蛇だ!彼女ら二人に共通する。
「そう。そこで記憶が途切れた、そうなのね?」
「は、はい。ただ、地下牢へ行ったのは覚えています。囚人が酷い死に方をしたのも‥」
その時、ミリアの唇の端が少しだけ笑みを浮かべたように見えた。
恋敵、か‥。嫌なものを見た。
「他に覚えていることはある?」
自身の無実を証明するためだ。ミリアは必死に記憶の奥底を辿る。
「あの‥。私、蛇のなく音を別の場所でも聞いたような気がします」
その時も、どうしてか記憶が不鮮明となったのでうっすらとだが、記憶の隅に残っていたと言う。
それこそが潜蛇と接触した、ううん、召還した魔法使いと会った瞬間ではないのか。
「どこ?どこで聞いたの?」
私は気色ばんて身を乗り出す。
「数年前、退役した下級兵士だった父が亡くなり、生前、お側仕えとして、お世話になっていたセト様のお部屋で確か‥」
セトさん?まさか、そんな‥。
でも、私も見た。セトの部屋の中でそれを。
けれど、彼は被害者なのだと、潜蛇に狙われているのだと思っていた。
「ーっ」
静まりかえった、部屋の中でラベルの息を呑む音だけがやけに大きく聞こえた。