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異世界でもふっと婚活  作者: NAGI
第一章 東領編
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生け贄

レキとすっかり仲良く(?)なった頃、扉を叩く音がして、一人の男性が入ってきた。いかにも兵士という格好で、それは間違いではなかった。

「失礼いたします。犯人の事情聴取のご報告に参りました」

東領では日本で言う、警察のような仕事も兵士が行う。他領と戦争中でもなければ、魔獣討伐等の軍事的な行動中でもない平常時は、領内や町の治安に努めるのが主な仕事らしい。

「えぇと、私は席を外しましょうか?」

「構わんだろう。何を今さら」

レキが呆れたように言う。

ですよねー。ここにきて、ぐっと身近になった距離感が変な感じだ。

「では‥。容疑者であるベルティアナですが、自分が何故犯行に及んでしまったのか、今もって分からないと言っています」

「単なる逆恨みでは?」

オーリがそう言うと、

「確かに最初は担当を外されたことを恨みに思っていたらしく、これは同僚の何人かが愚痴をこぼすのを実際に聞いています」

兵士がそう答えた。

「ただ最近では仲間だと思っていた一部の同僚が自分を妬んでいて、あからさまに揶揄するなど問題行動があり、侍女長が叱責した経緯があってからは大人しく与えられた仕事に励むようになったとかで、恨む気持ちも徐々に失せ前向きになったと報告を受けております」

侍女長と言うのが、レキの乳母なのだそうだ。自分が集めた侍女の教育もしっかりとしている。会ったことはないけれど、レキを可愛がるだけの人ではないのだろう。

「ふん。口ではそう言うが、胸中までは分からんぞ?」

ひねくれ者がここにいるよー。まあ、簡単に信じるようでは裁判もなにも必要ないのだろうが。

「ただ本人が言うには、最近、側に誰もいないのに時折囁くような声が聞こえるようになったと言っております」

「何なんだ、それは?」

「それがはっきりとした要領を得ず‥」

レキが不機嫌になったので、報告してくれている兵士が萎縮してしまった。

「囁く声って具体的にはどんなことを言っていたのか聞いてるんでしょ?」

「は、はい」

誰、この人?って感じが伝わるが、領主の側に座っているのだから、ただの小娘ではないと思ったのかどうかは分からないが、素直に答えてくれた。

「このまま指をくわえたままでいいのか、自分がいない間に領主にお気に入りが出来てもいいのか、と言うようなことを自分一人しかいない時を見計らうかのように囁く声がしていたと、証言しております」

元々、領主のお手つきになろうと募集に応じてきたような人だもの。自己顕示欲は強いわよね。しかも、それなりに整った容姿だったし。

大人しくしていたのも、再び返り咲きたいという思いがあったからかもしれない。

「ただ、これは信憑性に欠ける証言になりますが、囁く声が聞こえた時に必ず、何かが天井や床を這うような音がしていたと‥」

それ!重大な証拠だよ!

「それ、もっと詳しく!」

「は、はあ。しかし、本人も直接何かを見た訳ではなく、あくまで音の感じからそう証言しているだけで、確証があるわけでは」

うーん。じれったいな。

「私が直接会って話を聞くよ。いいでしょ?」

「駄目に決まっておろうが!」

レキが怒ったように言う。オーリも、ウンウンと頷いている。ついでに兵士さんは、馬鹿かこいつと言う感じだ。

えー。事件の核心に迫る証人だよ?貴重な新事実が得られる機会を逃してどうする!

止められても私は行くよ!

すったもんだした挙げ句、複数の兵士とオーリを同伴させるという条件付きで私はベルティアナが捕らえられている地下牢へと赴いた。

おお。地下牢ってこんな感じなのか。小説に出てくるシーンを再現しているようで自然とテンションが上がる。

私は人込みが嫌いで、家で過ごすことが多かったのだが(単純に疲れていたせいもあるが)、休日のお供は小説だ。ジャンルは問わないのでラノベも数多く読んでいたが、囚われの身の仲間を助けるシーンとか、囚人に看守が情けをかけるシーンとか、想像には困らない。

はー、私が囚われの身でイケメンに助け出されるとか‥、いいね!

「足元にお気をつけ下さい」

妄想に耽っていて周囲の状況に無頓着であったため、注意を受けた。

「はっ!ごめんなさい」

「いいえ」

柔らかく微笑するのは、女性の兵士さんだ。しかも、美形。なんなの?レキの花嫁候補は兵士の中にもいるの?

「この先に収容されています」

地下の奥まった一角だ。男性と女性に分かれていないが、周囲の目が届きにくいなどの配慮はあるらしい。

「ベルティアナ、面会だ」

鉄格子の牢獄の向こう側に一人の女性が座り込んでいる。項垂れ、薄汚れた印象だ。可哀想とは思うが罪状が罪状だ。無罪放免とはいかないだろう。

声に反応して顔を上げたベルティアナは途端、悪鬼のような表情を見せた。

「お前っ、お前が何故ここに!私を笑いに来たとでも言うの!」

鉄格子に手枷のついた両手でしがみつき、私を睨み付ける。

「私は悪くなどないのに!領主様をお慕いしていただけなのに、それなのに!」

美しかった顔は痩け、唇も乾いてカサカサだ。以前会った時との違いに私は面食らう。

「私がここを訪れたのは、あなたが聞いたと言う囁く声の持ち主について、もっと知りたいと思ったからよ。私が追っている件と関係があるのかどうか」

「声ですって?」

拍子抜けしたように激昂がおさまる。

「ええ、そう。あなたの聞いた音というのは、蛇が這うような音じゃなかったかしら?」

「蛇‥。そう言われてみれば、そうだったような‥」

ベルティアナが考え込むように首を傾ける。

「もしそうなら、大分核心に近づけると思うの。それにあなたの刑を軽くしてあげられるかも知れない」

「本当に?」

乾いた頬に赤みがさす。

「本当よ。私から頼んでみてあげる。普通なら絞首刑らしいけど、レキも無事だったし、あなたが操られていた可能性もあるから当然よ」

オーリがとんでもない!って顔をしているが、心神喪失って量刑を軽くしてもらえる要素だからね。無罪にすることは出来ないけど、刑を軽くするよう神殿の巫女としてなら、進言出来るはず。

「‥操られて?分からないわ。私、信じてもらえないかも知れないけど、本当に事件を起こした時の記憶がないの」

「うん。そのへんも含めてじっくり話が聞きたいの」

看守にベルティアナを出すよう頼む。地下には尋問用に小部屋があるそうなので、そこで話を聞かせてもらう予定だ。

「変な気は起こすなよ?」

定番のセリフを看守に告げられ、手枷がつけられたベルティアナが牢から出ると、女性の兵士さんがすかさず、脇に付く。女性だからと配慮して、彼女をつけてくれたのだろう。

レキってば、ホントに残念だ。こうした細やかな配慮も出来る人なのに、自分自身には無頓着過ぎる。

「こちらへどうぞ」

看守の案内で進もうとした矢先、ベルティアナが突然苦しみだした。

「は、あぐぅ」

倒れ込み、体を激しく痙攣させる。

「誰か医者を呼んで来い!」

命じられた兵士の一人が駆け去った。

「しっかりして、どこが痛むの?」

私はベルティアナの側に座り込んで、彼女の頭を膝へと持ち上げる。しかし、彼女からの返答はなく、顎がガクガクと上下するばかりだ。そのうち、体が大きく波打つように何度か跳ねたかと思うとすっと動きを止めた。

「ーっ!」

人が事切れる瞬間を私は初めて経験した。こんなに、こんなにもあっけないものなのか。

「医者を呼んで参りました」

さっきの兵士が戻って来た。同行してきた男性が私からベルティアナを引き離す。

「残念ですが、もはや為す術はございません」

「治癒魔法で‥」

何とか助かって欲しくて、私がそう言うと、

「治癒魔法では死者は生き返らんのですよ、お嬢さん」

と、哀れむように医者が告げた。

そんなことってー。ラベルの両親の死以来、初めて死者が出た。

まるで潜蛇への生け贄のように、若い命が捧げられるのを、側で見ているだけだった。

怖いと初めて実感した瞬間、震えがきた。私は震えの止まらない体を、自身でただ抱き締めることしか出来なかった。






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