神殿だけど、それが?
私達が降り立ったのは、地球の遺跡として残るギリシャのパルテノン神殿に似た、これぞ神殿といった場所の前だった。
私は遺跡とかに興味がある方なので、本来ならば、わーきゃー言って騒いでいるところだが、今の私にそんな気力はない。
「ふえっくしょん!」
ブルブルブル。体の震えが止まらない。
初体験となる鷹に乗った大空の旅は快適どころか、どこぞの罰ゲームかと思うくらい過酷だった。
とにかく、体の芯が凍えるほど寒い。
「とりあえず、これを‥」
狼男君が、今さらながら、コートを差し出すのを無言でひっつかむと薄手のワンピースの上から羽織った。
遅いわっ!と思いつつ、ほのかに温もりの残るそれを手放す気はさらさらない。
鷹の上で気絶したのも束の間、余りの寒さにすぐに目を覚ましたが、高度を下げてゆっくり飛んで!という抗議の声は風の音に遮られて届かなかった。
その結果、空の旅は容赦なく私のHPを限りなく0まで奪い取った。結果、このザマである。
「まあ、まあ、まあ!巫女様、ようこそいらっしゃいました!」
神殿から、わらわらと人が出てきて、その先頭に立つ、華やかな容姿の女性から声をかけられる。
「どうなさいました?お加減が悪いようですが?」
心配そうにこちらを窺う女性は、白い神官服のようなものを着ていた。キリス◯教の司祭様が着るようなやつだ。
「ヴァン、巫女様に粗相をしたのではないでしょうね?」
件の狼男君はどうやらヴァンという名前らしい。
女性が詰問すると、彼はその場に片膝をついた。
「申し訳ありません。私の配慮が足りず、風を防ぐ防御の魔法を巫女様は使えないことに気付かなかったために、お寒い思いをさせてしまったようです」
「まあ、そうなのですか?考えてみれば、巫女様は魔法とは縁のない世界のお方。わたくしも配慮が足りませんでしたね」
そう言って、頬に手を当てる。
「恐れ入ります」
「ならば早急に暖めて差し上げなくては。あなた達!」
「はい」
女性が側に控えていた、その他の面々に指示を出す。
「巫女様をお湯殿にご案内して差し上げて。くれぐれも丁重にね」
「かしこまりました」
全員女性のようだ。彼女達は揃って頭を下げた。
そして、彼女らに命じる、この女性が一番偉い人らしい。
「ささ、こちらにどうぞ」
彼女らに先導されるようにして、私は神殿の中へと足を進めた。目的地である、この場所に到着してもなお、私の頭の中は謎だらけだったが、寒さには勝てない。
言われるままについて行く。その途中、ふと後ろを振り返った。ここまで私を連れて来てくれた彼が気になったせいだ。
ちょっとした行き違いで、随分な目に合わされたが、彼は見ず知らずの私に色々と親切にしてくれた。思い出すと恥ずかしい一面もあったが。
私は彼を見る。ヴァンと呼ばれた、その人は立ち上がって、こちらを見ていた。
黒い体毛に覆われて表情は分かりにくかったが、琥珀色をした瞳は優しげに細められている。
狼男のような、恐ろしげな見た目よりも優しい人なのかも知れない。
記憶にある限り、家族以外からあんな風に優しい眼差しを受けたことはない。
そんな刹那の感傷にふけるのだった。