冷静になってみた
狼男(そう、男!)に下の処理をされたダメージによる脳内嵐が過ぎ去ったあと、冷静になってみた。
そう、全てを過去のこととして忘れることにしたのだ。
「ふ、しょうがない。気絶していたんだから」
とにかく、服を着よう。裸族になった覚えはない。
さっき渡された服に袖を通す。いわゆるワンピースっぽい作りだが、型がどことなく古くさい。
下着は…、案の定ないね。ふふふ。下はすっぽんぽんのままか。
下着がなくとも、着心地はそれほど悪くない。
「あれ?これって、もしかしてシルクなのかな?」
私自身は持っていないが、百貨店の小物や下着売り場で触ってみたことはあるので、感触を覚えていた。
「うーん。多分、お高いんだろうなー」
袖丈は八分袖に近い。元の作りがそうではなく、多分、サイズが小さいから、そうなっただけのようだ。
初めて着たシルクに感激して、私は袖を顔の前に近づけて、マジマジと観察した。そこであることに気付いた。
「ん?んんん?」
腕から指先まで、何だか私の知ってる私ではない気がする。なんだか艶々して張りもあるのだ。
そう、若々しい。指の関節のシワもない。私はワンピースを腹の辺りまでめくってみた。もちろん、下は生まれたままの姿だよ。
見慣れた中年太りでたるんだお腹がスッキリして、太ももにもはっきりと隙間があった。
「もしかして痩せたのかな?いやいや、そんな馬鹿な」
昨夜、シャワーを浴びる際、浴室にある鏡に写っていたのは、いつもの私だった。三段腹とまでいかないが、たるんで締まりのないお腹がそこには写っていた。
あんなにくたくたになるまで働いているのに痩せないってどうよ?と、理不尽を嘆いたものだ。
「…まあ、いっか」
とりあえず、色々ありすぎて考えるのを放棄した。
ここがどこなのかも、さっきの狼男が誰なのかも分からないのに、見た目の変化なんて些細なことだ。
とにかく情報収集だ。現状把握から始めよう。
私は彼を追って、洞窟を出た。途端、突風になぶられる。
こんな冷たい風のなか、よくもまあ、全裸でいたものだと自分で感心する。
彼はどこだ?いた!少し離れた場所に立っていた。強風なんてものともせず、でっかい鷹の側に立ち、鷹の顎(?)あたりを指でかいていた。
さっきの鷹は、この人のだったんだ。食われると思って気絶した私が馬鹿みたいに思える。
つーか、騎乗している人がいるって知ってたら、もっと違った反応が出来たはず!失禁なんて恥ずかしい思いをせず。
「ああ。寸法はなんとかなったようだな」
私が見ていることに気付き、振り返ってそう言う。
「はい。なんとか大丈夫です。ちょっと小さいけど」
「多少は我慢して欲しい。何もないより、ましだろう?」
いや、ないよ!肝心要の下着を履いてない。
ただし、恥ずかしくて、この人にそれは言えないが。
とここで、でっかい鷹がバサバサと羽を揺らした。
ちょ、何よ、その目は。まるで敵を見るような険しい目付きで、鷹がこちらを睨んできた。
「神殿までは、こいつですぐの距離だ。着いたら、別のものを用意させよう」
あー、そうしてくれると有難い。全裸ではなくなったけど、薄めの生地のワンピース一枚ではどうにも心もとない。やっぱり、下着は大事だね。
「ここは冷えるだろう。長居は無用だ」
そう言うと、彼は鷹の上にひらりと飛び乗り、
「手を」
と、私に向かって腕を差しのべた。
これが白馬に乗った王子様とかなら、絵になったかも知れないが、鷹って…。
しかも、こいつ私のこと凄く嫌っているようだ。
ご主人様?から見えないからと、目をぐりんと回しつつ嘴を広げて舌を馬鹿にしたようにピロピロと左右に振っている。
くそうっ。腹立つわ〜。
「どうかしたのか?」
なかなか手を掴もうとしない私を、不審そうに見下ろす。
「さあ、早く乗って!あなたも自分の置かれた状況が、どういうものなのか知りたいだろう?」
意味深な発言に私は納得する。それもそうだ。
私は意を決し、彼に向かって手を伸ばす。
鷹上?の彼は、私の手を掴むと力強く自分へと引き寄せた。と同時に、もう片方の腕で私の腰を支えるようにして、自分の前へと座らせた。
逞しい腕の間にすっぽりとおさめられるような感じで。
ちょっ!いい年したおばさんたけど、赤面しちゃうよ!
「それじゃあ、行こう!我らが祖国レーヴェンハルト、その中心にある聖領の神殿へ!」
ってどこよ?そんなところ、聞いたこともないよ!
行き先を告げられても、それがどこなのかも分からないまま、私は未知なる空の旅へと乗り出した。
乗馬経験すらないのに、初乗鷹(?)なるものを経験する羽目に。乗り心地は言うと…。
ぎゃー!めっちゃ高いし、速いよ!
それに風!風が顔に刺さる〜!
ちょっとアンタ、後ろのアンタよ!
自分はもふもふの体毛で覆われているから平気だろうけど、私はツンツルテンなんだからね!ちっとは気を遣いなさいよ!
と、文句を言いたくても風圧と寒さに負けて言葉が出ない。
ここで私は本日二度目となる失神をやらかすこととなる。完全なる、不可抗力だ。
もう、嫌!