なんだろね
ムスカの町で一泊し、翌日早めに出発することとなった。
時間があるので夜まで町を見てまわろうと、町長宅を出て町をそぞろ歩いた。
すると、もうじき開催されるお祭りの話題で持ちきりだった。
「あたしが見たのは前の祭りでさ。亭主が死ぬまでに一度は見てみたいっていうから、店を娘夫婦に任せて行ったんだ。
それがまあ、あんた!その次の年、亭主がぽっくり逝ったもんだから、娘達と、お父さんも悔いなく、あの世に行けただろうって泣き笑いで見送ってさ」
と、夫婦の最後の思い出になったと語る雑貨屋のおかみさんがいれば、
「俺が見たのは、三十年も前だ。やっと貰えることになった、かみさんを連れてよ。新婚旅行ってやつだな。
今でもはっきりと思い出すよ。ありゃあ、忘れらんねえや」
と、語る露店のオヤジがいる。
日本にいた頃は誰もが気軽に国内どころか海外旅行を楽しんでいたが(私はせいぜい、一年に一度、国内を巡るくらいだったが)、こちらではそう簡単ではないらしい。
旅行などはお金に余裕のある上流階級がするもので、一生、生まれた町や村から出たことがないという人のほうが圧倒的に多い。
その彼らが一生に一度は見たいと思っているのが、件のお祭りらしい。行ったことがある者はことさら懐かしく、今回、初めて行くという者は期待に胸踊らせている。
「はあ〜。なんか聞いてると凄いお祭りなのねえ」
話してもいないのに、明らかに一見の客そうな私達は、立ち寄った先々でお祭りに行くのかどうか尋ねられ、一応その予定だと言うと、ものすごく羨ましがられる。
「そのようですね。私も見たことがございませんけど」
ぱっと見、アリーサと二人連れのように見えるが、少し離れてヴァンとセーランが護衛に付いている。
どうも草食系の獣人が多い、この町ではヴァンのような狼系が悪目立ちするのだ。
ラベルには残ってもらった。昔馴染みの町長さんと積もる話もあるだろうと気を遣ったのだ。
「妖精の夜祭りだっけ?」
「正しくは宵祭りですね」
東領の領都の外れで催されると言う、お祭りに向かう人達でどの宿も予約で一杯なんだそうだ。
この先もこの調子だと、泊まる先を見つけるのも一苦労だ。
「それはないでしょう。ラベル殿がご存知のお方のお宅に泊めていただけるはずです」
いや、まあ。そうなんだろうけどさ。
前領主の孫という肩書きだけでなく、世が世なら正当な跡取りであるラベルだ。知人や縁者も多いだろう。
「でも、そっか。ラベルは若様か…」
「神殿の騎士様には領主一族が多うございますから‥」
あまり人のことを詮索したくない私としては、ヴァンやセーランがどうなのかとは自分からは問いたくない。
それはアリーサも同様だ。
「ま、気にしてもしょうがないか」
今さらだ。異世界に転移する以上のことが、そうそう起きようはずもない。
「きゃあああー!」
ん?どこからか悲鳴が聞こえてきた。
「上を見ろ!花竜だ!」
カリュウ?
上空を見上げると、でっかい竜が大きな翼を羽ばたいて、こちらへ向かって飛んで来た。
「ぐぎゃああああー!」
咆哮が空気を揺らす。
「頑丈な建物のなかに避難しろ!」
周囲の人々が逃げまどう。
なにコレ。特撮じゃないよね?
竜か。初めて見たよ。おっきいね。
世の中、安易に想像を越えた出来事が起こるもんだね!