サラの話を聞く
「そう言えば、名前を言ってなかったね。あたしはサラだ。よろしくね」
突然やって来て、爆弾発言を連発した先代当主夫人にそう言われ、同じく、私も名乗ってなかったなと思い至る。巫女だとか先代当主夫人だとか、肩書だけでも話は通じるからね。
「あ、はい。私は、ナツキと言います。こちらこそ、よろしくお願いします」
お互いに紹介しあって、ほっと一息。サラさんは一仕事終えたかのように、
「はあー、やれやれ。バカ息子の巻き込まれ体質には、ほとほと困ったもんだよ」
と言いながら、空いたソファへと腰をおろした。
「巻き込まれ、ですか?」
不審そうに問い返す私を、斜め下の方から見上げる、サラさんの視線が痛い。やおら、ソファから身を乗り出して、こう言叫んだ。。
「あんたねえ、それはそうだろ。先の領主様がお亡くなりになって以来、領主一族は、後継者争いでゴタゴタ続き、きな臭いったらありゃしない。
全く!現領主のニアンは、頭は切れるくせに子供のことには無頓着でね。自分に跡取り息子がいないのは先刻承知の上で、跡継ぎが誰になろうと我関せずで放っておいたのさ。そのくせ、父親が死んで急に心配になったんだろ。一族から後継者を選ぶって、にわかに宣言したもんだから、そりゃあもう、荒れる、荒れる。
まったく。巻き込まれる、こっちはいい迷惑だってのに」
鼻息も荒く、サラさんは捲し立てた。
私は、西領の領主はニアンさんって言うんだなーと、ぼんやり思いつつ、サラさんが何故、迷惑をこうむっているのか推測してみた。
「それはそのう。ミハイルさんが領主候補に上がってるからとかで?」
途端、サラさんが眉間に青筋を立てつつ、立ち上がって吠えた。
「あのバカが領主になったら、西領は一年ともたず崩壊するよ!!!」
「ひいっ。すいません!」
あまりの剣幕に、私はソファの上で跳び跳ねた。
「ああ。すまなかったね。我を忘れちまって」
ミハイルさんが領主にと言っただけで、それほどまでに?一体、何をしでかしたらそんな風に?
一時の興奮から覚めたような顔で、サラさんは、のろのろとソファへと座り直した。
そこで再び、ノック音が。ドキドキする心臓を抑えつつ、私は来室を許した。果たして、そこには仲間達が揃っていた。
「すいませんが、扉の外でお話を聞かせてもらいました」
ラベルがそう言って、サラへと頭を下げる。
「いいよ。あんたらが聞き耳を立てていることは先から承知だよ」
なんと!私は気付いていなかったのに!
「傭兵ギルドのギルド長だったと言う、おじい様の教育の賜物ですか?」
ラベルが尋ねると、サラはニヤリと笑っただけで答えてはくれなかった。
アリーサとラベル、セーランの三人が私の後ろに立ち、サラさんと改めて対峙する。
「さて、巫女様の懐刀が勢揃いしたところで話をつめようじゃないか」
サラさんはどこまで私達のことを知っているんだろう。少し、怖くなった。
「あんたらが身分を偽って西領に入ったことは、先刻承知の上さ。知ってはいたが、別に接触する気も手出しをするつもりもなかったんだ」
「はい」
私は、頷いた。
「けど、こうして、あんたはあたしの家、縄張へとやって来た。それはあたしに後継者争いに関われと言う、天の采配が下されたってことだろうと、あたしは考える」
「私達は後継者争いに関わるつもりはないのてすが」
あくまでヴァンの意思を尊重するつもりだ。もちろん、本心では帰って来てほしい。ただ、それを押し付けるつもりはない。ヴァンの人生に、巫女として口出しするのは間違っていると思うからだ。
「あんたね。そもそも、そこが間違ってるよ」
え?どう言うこと?私は、目を丸くする。
「ヴァン様は、自身の望むと望まざるに関わらず、領主一族の直系に生まれた血筋正しい後継者候補さね」
「もちろん知っています。けれど、お母様は嫁がれたんですよね?」
現領主の妹ではあるが、他家に嫁いだ以上、他の領主一族同様、傍流となるのでは?
「はあ。そこからか」
サラさんが額に手をあて、頭を振る。
「こう言ってはなんだけど、ヴァン様のお生まれは本当に特殊なんだよ」
西領の先代ハインには五人の子があった。長男にして次期領主として育てられたニアンの上に、三人の姉達がいて、それぞれ西領の名家に嫁いだ。そして、上の四人と随分と年の離れて生まれたのが、長じてヴァンの母親となる末娘エウレカだ。
エウレカが他の兄姉達と年が離れているのは、母親が違うからだ。ハインは正妻を病で亡くしてから、長らく独り身であったが、若い娘を妻へと迎え入れた。
その娘は、儚げな印象を持つ、それはもう美しい少女であったと言う。
「は?いい年のおじさんが美少女を無理矢理!?」
私は、そう色めき立つ。一時期、年の差婚が流行っていた?日本にいた私であるが、二十も三十も年下の奥さんと結婚するオヤジどもに微妙であったからこそ、物申したい!
「馬鹿を言うんじゃないよ。ハイン様は大層、立派な方で奥様のお父上が、渋るハイン様に是非にと勧められてのことさ。ご本人も魔獣に襲われていた所を助けてくれたハイン様に嫁がれることを喜んでいらっしゃったからね」
なんと!魔獣に襲われる、儚げな美少女を救出し、惚れられるなんて言う、サイドストーリーが存在したとは。ハイン様、やるなあ。どんな人だったのだろう?渋いナイスミドル?もしかして、私の好みピッタリだったかも?
「あんたがどんな想像しているのかはさておき」
ホワホワとした雰囲気が駄々漏れてたのかしら?サラさんが多少、ゲンナリしていた。
当初、年の差結婚は存外にうまくいっていた。それが悲劇に終わったのは、出産で新妻が亡くなってしまったからだ。ハインは自身を責めた。まだ若い妻を出産で死なせてしまったことを。そして、生まれた娘には最初から母親がいないことを。
それ故、ハインは生まれた末娘エウレカを溺愛して育てた。そして、亡くなった母親によく似た面差しを宿す、美しい娘には長ずるにつれ、たくさんの婚姻話が舞い込んだ。
だがそれをハインは、片っ端から拒んだ。
「わしの娘は、そんじょそこらの青二才どもにはやらん!」
それが、ハインの口癖になる程に。
そんななか、エウレカは父親に連れられて訪れた辺境砦で、訓練中の西領騎士団の一員だった狼の獣人ジーグと出会う。
だが、それこそが新たな悲劇の始まりであった。
その出会いよりも遡ること、もっと昔のこと。数十年も前のある年、前回の《次元大波》で、海の向こうから大挙として襲来してきた魔獣を迎え撃つために新たに設置された、辺境砦の前に獣人の赤子が置き去りにされた。
辺境ゆえに周辺には民家はなく、もちろん養護院なども存在しない。それ故、その赤子は騎士団に拾われて養育されることとなった。
男の子で狼の耳と尾を持つ、その赤子は数年ごとに入れ替わる騎士達によって、出会いと別れを繰り返しながらも手厚く養育されて、一介の騎士として戦力に数えられるまでとなった。
そんな彼の目標、いや、生きる道は、自分を養ってくれた騎士団に恩返しすることだった。剣の腕を磨き、魔法の研鑽に明け暮れていたジーグにとって、エウレカとの出会いは、己が最も望まぬ、悪夢のような出会いでしかなかった。
いいね、ありがとうございます。読んで下さってるんだなーって、反応が嬉しいです。
次回はシリアス路線の、ヴァンの両親に視点をあてたいと思います。