ミハイル邸にて
西領で偶然発見したハンバーガーショップの経営者が領主一族で、話の流れで彼らの住まいに招待された私達は、早速、カトリーヌに案内されてやって来た。そして現在、その屋敷の前にいる。
「着きました!無駄に広くて、あまり綺麗ではないので申し訳ないのですが…」
カトリーヌの指差す方向に、それはあった。昨夜、お世話になった同じ領主一族であるマリウス邸と同じか、それより大きいくらいなお屋敷…、いや、お屋敷であってるよね?
そこにあるのは、荒れ果てた廃墟。門から見える邸内には雑草が生えまくり、まるでうっそうとした森のような様相を呈する庭と、どことなく薄汚れた灰色の(元々は白かったと思われる)壁と緑の屋根のそこかしこにヒビが入っており、そこからも草が生えている。パッと見、いや、何度見ても廃墟。幽霊屋敷?
え?ここ?本当にここが領主一族の住まいなの?
私を含めた旅の同行者は皆、あっ気にとられたように、その屋敷を見て固まった。
「す、すいません!何しろ店が赤字で、屋敷の手入れにまでお金をかけることが出来なくて」
カトリーヌが申し訳なさそうに、頭を下げる。
「え、えーと。いや、それはいいんだけど。西領の領主一族って貧乏なの?」
いや、待って。マリウス邸は豪華絢爛だったよね?
「それはそのう。うちの父の、不徳の致すところと申しましょうか」
カトリーヌ曰く、夢の店?であるファーストフード店を経営する以前に、現当主であるミハイルは領地経営が下手すぎるそうなのだ。本来、先々代の頃、聖領から巫女を迎えるくらいの家格の家だ。与えられた領地を着実に経営し、豊富な財を蓄えていた名門である。
その子も無難に当主を勤めあげたが、ミハイルの代になってから、崩壊は始まった。それまでに蓄えてあった財が投資の失敗や領地経営の失策などから徐々に減っていき、領地からの税収も伸びず、その上、万年赤字経営の店を開いているとあっては、貧乏になっても仕方がない。
「と、とにかく中にどうぞ。表はともかく、中は、おばあ様の頑張りで綺麗にしていますから!」
「あ、はい。お邪魔します」
門から屋敷までの道は森?に侵食されつつあってか、細くて歩きづらいが、玄関まで辿り着いた私達をカトリーヌは笑顔で迎え入れた。
玄関の扉を開けた先、そこはキラキラしてはいないが、普通にお屋敷のなかって感じだった。絵画や壺といった最低限の装飾品が飾られ、廊下には古めかしいが綺麗に掃除された赤い絨毯が敷いてある。
玄関から直接、案内された先には暖かな日差しが差し込むテラスがあって、そこにはテーブルセットが設えてあり、その椅子に一人の老婦人が座って繕い物をしていた(貴婦人の嗜みであるところの刺繍などではない、大量の繕い物だ!)。
「おや、おかえり。今日は早いじゃないか」
小さな丸メガネをかけた、その人はカトリーヌに気付くとそう声をかけてきた。
「そちらの方達はどなたなんだい?見たことがないが」
多少、訝しげに目を細めた。
「おばあ様、この方々は巫女様とその一行よ。偶然、出会って、宿がなくて困っていると仰るから、屋敷にお招きしたの」
「は?巫女様って、あんた…」
緩くウェーブのかかった白髪を纏め上げ、年相応の皺の寄った顔が驚きで固まる。
「はああ~。また、ミハイルのアホが安請け合いしたんだろう」
そして、盛大なため息をついた。
「おばあ様!」
カトリーヌが決まり悪そうに、こちらをチラ見する。
息子にアホって、上品そうなおばあさんなのにね。私のそんな考えが顔に出ていたのか、おばあさんが、
「ああ、ごめんなさいよ。あたしは元々、平民出でねえ。父親が冒険者で腕を見込まれて家臣に取り立てられた関係で、こちらに厄介になることになってね。まさか、当主婦人になるなんて思いもよらなかったから、礼儀作法なんて表面だけ。普段はこの通りさ」
と、平民出だから許しておくれねと謝ってきた。
「いえ、お気になさらず。私も、いわゆる平民出ですから」
「おや、そうかい?大奥様は、あちらでもお嬢様育ちで箱入りだったと聞いていたけどね」
「大奥様って、元巫女だって方ですか?」
「そうだよ。あたしは礼儀作法なんかは大奥様に習ったからね。あの方は降嫁されて、巫女ではなくなったが、聖領の巫女とはこういう方々なのかと、畏敬とともに眩しく見つめたものさ。それは屋敷に仕えている全員がそうで、皆がある種の憧れを持って、それはもう甲斐甲斐しく、そして、恭しく接していたね」
ほんの少し、懐かしそうに目を細める。
「けど、あんたは何て言うか、あたしに近い感じがするねえ」
まあ、庶民てすから。
「おばあ様、失礼ですよ!」
カトリーヌが慌てて、祖母を窘める。
「いいよ、いいよ。本当のことだし」
「ふうん。今の巫女様は、こんななんだね。親しみやすくて、いいじゃないか」
「おばあ様っ!」
あはははは。何か楽しそう。マリウスの所より、断然、こっちの方が過ごしやすそう。屋敷のボロさは気になるけど、しばらくご厄介になるとしよう、うん。
屋敷は無駄に広く、全ての部屋を使っている訳ではなくて最低限に抑えているとのこと。
「部屋数が多すぎて、私達や使用人だけではとても手がまわらなくて…」
ミハイルの代になって生じた没落により、大勢いた使用人の数が徐々に減っていき、今では五人の使用人しかいないそうだ。
「古参の執事と侍女長に、父と私の乳母だった侍女が一人にその息子。そして、見習いの男の子しかいないくて」
だから、庭仕事にまで手がまわらないのだと言う。
「いいよ、いいよ。私達も自分達のことは自分達でやるし。寝て起きる場所さえあれば十分よ」
「食事や洗濯などの身の回りのお世話はいたしますよ。まあ、食事はあまり期待しないでいただけるといいのですが」
そう言って、カトリーヌは肩をすくめる。
「気にしなくていいよ。手伝えることがあったら、言ってね」
そしてそのまま、割り振られた部屋へと案内された。私の部屋は寝室と居間のある二部屋続きの客室で、その隣がアリーサの侍女部屋である。
セーランとラベルは護衛部屋となる対面する部屋を与えられた。
カトリーヌが夕食が出来たらお呼びしますねと、部屋から去っていくと、私は残る皆を見渡し、こう言った。
「それじゃ、各自、部屋に荷物を置いたら、私の部屋に集合ね!」
時刻は日が暮れる、夕方よりはまだ早い。ヴァンの現状を踏まえた上での作戦会議を行う予定だ。
私は、荷物を片付けて(まあ、アリーサが大半やってくれたのだが)、居間でまったりと寛ぐ。
するとそこに、コンコンと軽いノック音が。
「どうぞ~」
仲間の誰かだと思ったから、気軽に許可を出したのだが、扉を開けて入って来たのは、予想外の人物だった。
「あんた、あれだろう。ヴァン様に会いに来たんだろう?だったら、あたしの仲間が役に立つはずだよ」
きししと笑い顔にそんな効果音がついていそうな人の悪い笑みを浮かべた老婦人、もとい、先代の当主婦人がそこにいた。
「あたしの祖父が傭兵ギルドのギルド長だった関係で、西領の至るところに伝手があるからね。あんたの望みを叶えてやろうじゃないか」
は?傭兵ギルドのギルド長が祖父って?冒険者の父親もそうだけど、背景がすごすぎない?私は驚き過ぎて、座るソファからずり落ちそうになりながら、先代当主婦人を見上げる。
「万事、任せておいで!」
小柄なのに、どんと胸を叩く姿は頼もしい限りだ。
「えーと。よろしくお願いします?」
私は、訳が分からないながらも、とにかくお礼を言う。
あれ?この先、どうなるの?
前回から一月ほど開いてしまいましたが、とにかく今月中に間に合いました!
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