まさかのチェーン展開?
地球から召還される巫女は、キーラの血を引く娘達だ。そのほとんどが、欧州の奥深い、山あいの町に隠れるようにして暮らしていた。魔力に満たされたレーヴェンハルトと違い、魔力のない地球では長い年月の間に、魔力を持つ者は次第に生まれにくくなったが、それでも世代世代で強い力を持つ者が生まれた。
その娘もまた、巫女としての素質をもって生まれた。長じて彼女は、レーヴェンハルトに召還され、聖領の巫女となった。そして、その命が尽きるまで聖領から出ることはなく、己の生んだ子に地球での記憶を語って聞かせた。
そんな巫女の子供達の一人が、西領の領主家に連なる家に嫁いできた。彼女は、巫女の子供であることを、決して語ってはならないと、幼少時より教え込まれていた。それでも、母親から伝え聞いた異界の知識に彼女は憧れを抱き、その多く書き残した。
彼女の手記は、密やかに子供達の間でのみ語り継がれ、夢は夢のまま、見ることなく眠らせるつもりであったはずが、どういう訳か、一族の中に変わり者が生まれたことで新たな変化を見せた。
変わり者と称される彼は、周囲の反対を押しきって、祖母が母親から伝え聞いたと言う、一風変わった食事処を開いた。その店は、レーヴェンハルトの古くからある様式から、随分と欠けはなれていた。目新しいものを好む一部の常連客以外、常に閑古鳥が鳴いていた。むろん、赤字経営だ。
それでも男は、店を存続させることに執心し続けた。
いつか、西領のみならず、レーヴェンハルト中に、この店を流行らせるのだ!おばあ様が夢見た、故郷の味を世界に広めるのだと、男は声を大にして熱く語ったとか。
その話を聞いたナツキは、心の内でこう思った。
(ファーストフード店が、ふるさとの味ってあり得ないんだけど?)
根本からして間違っているよと言いたい。何故なら、ファーストフード店は、故郷の味、間違っても、お袋の味などではない(もちろん、お袋の味だと言う人も中にはいるだろうが)。
お金のない学生のお財布にも優しい低価格設定で、注文後、すぐに提供されるのも魅力だろう。そうしたジャンクフードは老若男女に好まれた。
そんなコンセプトが全世界に受け入れられ、一大チェーン店へと発展した。それがハンバーガーショップを始めとするファーストフード店なのだと。
「ここは、ひいおばあちゃんが夢に描いた故郷の店なの!たとえ巫女様と言えども、簡単には閉じさせないわ!」
「そうですわ!ねえ様の言う通りですわ」
「そうよ、そうよ!」
ミハイルさんの娘さんとおぼしき美少女を真ん中に、三人の売り子さんが一丸となって、お店の存続を訴える。
「あのう。私は別にお店を畳むように言うつもりはないよ?」
そもそも、この店の存在を今日初めて知ったしね!
ほのかな懐かしさを感じ、嬉しく思ったのは本当だ。若干、本物と欠けはなれた、なんちゃって感が逆にミスマッチでいいなーとも思うし。
「え?けど、この店は、代々の巫女様方が秘した地球のお店を踏襲したもので、巫女様は地球の知識が漏れることをお厭いなのでしょう?」
「うーん。私はもちろん、先代の巫女だって厭ってはなかったんじゃないかな?」
「え?」
「私のように結果として、レーヴェンハルトに来たことを喜んだ人間なら、故郷を懐かしむことが出来て嬉しいし。少なくとも、私は面白いと思うよ?」
「そうなんですか?本家の人間は、巫女様への冒涜だって言って、嫌がらせしたり、本当にひどいんです。それじゃ、本家から聞いたから来たんじゃないんですね?」
「全然、関係ないよ!このお店に入ったのは、どこも開いてなかったから…、あ!ごめんなさい!」
先代の喪に服し、営業を自粛するお店がほとんどのなか、たまたま開いていたから入った。ただ、それだけのことなのだが、お店の人にしたら、失礼な話だろう。
「いいえ。構いません」
カトリーヌは大きく頭を振る。
「私達は、先代様が気に入ってくれていた、この店を開くことで喪に服しているつもりですから」
「へえ。先代のご領主様は、ジャンク…いえ、お手軽な食べ物に関心があったのね」
「ジャンク?えーと、片手で食べられるのがいいって言ってました。お店をやることを一族中が反対するなか、おじい様だけが応援してくれて…。
あ!ごめんなさい!。すっかり遅くなりましたけど、私はカトリーヌって言います」
「ご丁寧にどうも。私はナツキよ」
私は、偽名ではなく本名を開かした。なんかもう、今さらだしね。すると、残る二人も自己紹介をしてくれた。
「アンヌですわ」
「メイベルでーす」
ミハイルさんの娘さんがカトリーヌさん、ね。そして、左右の美少女達、小柄なのに出るところは出ていて藍色の髪をお団子にまとめているのがアンヌ。灰色の巻き毛がふわふわしてて、天然が入ってるぼいのがメイベル。
「三人は仲がいいのね。お友達?」
「ああ、いいえ。二人は我が家が迎えた養女です。亡くなった母親は、体があまり丈夫ではなくて、私を産んでから伏せってしまって。母が、私に姉妹をつくってあげたいと願って、二人を養女に迎えたんです」
「へ、へえー」
なんか思ったより複雑な関係だった。
私がまごついていると、カトリーヌさんが色々と察したらしい。
「あ!養子を迎えるなんて、西領の領主一族の間じゃ、全然、普通のことてすから!血の繋がりなんてほとんどなくても、皆、仲がいいし!」
そう言って、問題ないことを両手を胸の前で振って否定する。
聞けば、西領では直系の領主一族と分家だけでなく、巫女の血筋を引く一族も相当数あって、なかなか複雑らしい。私も出立前に、ヒルダさんから西領の次期領主を巡って、一族の間で小競り合いというか、駆け引きみたいなものが発生してて、結構、複雑だとは聞いていた。
「二人とも分家筋から養女に入ったのですけど、元の家族とも交流があって。それぞれの家門の結束を図ると言う目的もあるにはあるのですが、我が家では、家族として上手くいってます」
なるほど。領主一族にもそれぞれ派閥あって、その派閥の結束を図るために、宗主家に子供を養子に出すのが当たり前みたいな感じになっている。そう言うことらしい。
「子供がいないからと、もらい受ける場合と優秀な子供達を宗主家に集めて養育する場合とで、期待される役割が変わってきますけど」
「養子に出された本人達に不満がなくて、養子先の子供達も納得しているから、問題なんてないのね」
「それはまた、別の話ですね。問題なんてありまくりですよ。優秀な子供と常に比べられる宗主家の子供も、優秀であっても、決して跡取りにはなれない養子も、水面下でお互いに牽制しあってて、私なんて側に近寄るのも嫌ですね」
「えぇ!そ、そうなんだ」
それじゃ、カトリーヌさん達は成功した、ほんの一例に過ぎないのかな?
「それより、巫女様は何故、西領にお出でになられたのですか?それも、こんな場所で食事だなんて。西領の領主家が分からないなら、ご案内差し上げますよ?」
大層、親切な申し出ではあるが、それは本当に困る。
「私達、身分を隠して西領に来てるから。領主家には内密にして欲しいのだけど」
「まあ、そうなんですか?それじゃ、宿はどちらに?どこも休業中だと思うのですが」
「そうなのよ。それで困ってて」
私が宿がなくて、昨晩はマリウス邸にお世話になったこと、今日は出来ればマリウス邸に戻るのではなく、別に宿を見つけたいことを話した。
「マリウスですか?あの人自身に権力欲はなくても、領主家に近い一門ですから、存在を領主家に知られたくないなら、あまり親しくするのはお勧め出来ませんね」
「そうなんだ。困ったな」
困った様子を見せた私に、カトリーヌさんは次のような提案をしてくれた。
「それじゃあ、我が家にお出でになりませんか?もちろん秘密は守りますし、金銭も要求する気もありません。ただ…」
「ただ、なあに?」
「巫女様の地球での知識を、この店の参考にさせていただきたいのです!」
「それはいいけど…」
美少女のファーストフード店愛が過ぎるのに、少し引くな。
「本当ですか!」
わっと、三人の美少女が抱き合って沸き立つ。そんな風にわいわいと言い合っていると、すぐ側でコホンとわざとらしい咳払いが聞こえてきた。
「ええと、君達。私のことをすっかり忘れてるようなんだが?」
見れば、ミハイルさんが所在なさげに立ち尽くしていた。
わ!すいません。すっかり忘れてました(本音)!ミハイルさんてば、イケメンならぬ、いけてる中年オヤジなんだけど、なんか心に刺さらないんだよね。好みじゃないからかな?
「ミハイルさんのお宅ですもんね!すいません。これから、お世話になります!」
「ええ、はい。もちろん構いません。巫女様をお招き出来るだなんて、こちらこそ光栄です」
聞けば、屋敷にはミハイルさんの母親と古くから仕える使用人が数名いるだけで、情報漏洩の点でも安心らしい。
三人娘、実際はカトリーヌ以外は養女なのだけれど、女が多いと男はどうしても霞んでしまうんじゃないだろうか。亡くなった奥さんが健在であったなら、女が五人。今よりもっと、肩身が狭いだろうなー。
その他、ミハイル邸に滞在するにあたって、楽しみなことが一つ出来た。カトリーヌさんのひいおばあちゃんが残したと言う、手記がそれだ。ずうっと昔のレーヴェンハルトにあった巫女の娘が、母親から伝え聞いた地球のことを書き残した手記に、私の興味は尽きない。
少なくとも、百年近く前にレーヴェンハルトにやって来た地球人なのだろうな。なんちゃてファーストフード店創立の謎も解き明かしたいし。
ヴァン救出が旅の目的だったけれど、他にも、私のやりたいことが一つ追加された。
ようし!西領に滞在する間に、このなんちゃってを本物に近づけるぞ!
今週はたくさん投稿出来たので、しばらくはいいかな~。毎週、決められた通りにするって、私の性格上、無理っぽいので、これからも不定期です。
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