二人目と遭遇
私が住んでいた日本、いや、世界中にその名を知らしめていたファーストフード店がそこにはあった。
何故、ここに来たのかと言うと、単純に店が開いてなかったから。食事は早朝にマリウス邸でいただいたのみ。それから町のなかを散策がてら聞き込みをと歩き回ったけれど、めぼしい収穫はナシ。歩き疲れたし、お腹はすいたしでどこかでご飯でもと思っても、とにかく開いていない!そして、唯一、開いていたのがここだったのだ。
「もしかして、当店は初めてでいらっしゃいますか?でしたら、ご案内差し上げますが、いかがいたしますか?」
お姉さんはどこまでも親切でスマイルはゼロ円だ。
「い、いいえ。大丈夫です。えーと、それなら、と…」
ん?チキンサラダバーガーセットとベーコンビッグバーガーセットに照り焼きサーモンセット?んん?微妙なラインナップだな。
「牛肉、ハンバーグを挟んだバーガーはないの?」
「誠に恐れ入ります。牛肉を使用いたしますと、価格がお高くなりすぎますので、当店ではちょっと…」
「そうなんですかー」
私は気にしたことはなかったが、庶民の間で牛肉は贅沢品だった。牛と豚の合挽き肉も結構、お高めでそれなりに稼いでないと無理。普段、神殿で生活している私の食事は健康に注意した自然派思考のメニューであったし、旅の日々もそれなりの宿に泊まっていたし、全くの庶民向けの食事はあまりとった記憶がない。
「それじゃあ、このチキンサラダバーガーセットを、飲み物は紅茶で人数分お願いします。皆もおなじでいい?」
後ろの三人に確認すると、三人とも目を点にして頷くだけのリアクションだった。
「以上でお願いします」
一緒にいるメンバーの分も注文する。
「お持ち帰りですか?それとも当店でお召し上がりでしょうか?」
「こちらでいただきます」
「かしこまりましたー!お会計を先にお願いします」
と、一連の下りを経て、席に着いた。私の知るバーガーショップと違うのは、商品は調理されたものを席まで運んで来てくれる所だけだな。
まあ、無理もない。地球と同じようなフライヤーや鉄板で大量に、しかも短時間に調理出来る器具は、残念ながらこの世界には存在しない。
「こ、ここは何ですか?何故、店員があのような同じ格好をしているのでしょうか?」
アリーサがキョロキョロしつつ、私に問いかける。アリーサの言う、店員さんの格好とは、白地に袖の膨らんだフリフリ半袖シャツにフリル付きエプロン。そして、膨らんだオレンジのミニスカートのことを言っているのだろう。どちらかと言うと、ここの制服はメイドカフェに近い。つまり、少々、マニアック。
「ファーストフード店。えーと、地球にたくさんある早くて安い庶民の味方だよ」
「「は?」」
アリーサのみならず、ラベルも何だそれ、みたいな表情を浮かべていた。セーランだけは安定の無表情だったが。知っていてそうなのか、興味がないだけなのか、どっちだろう?
「ええとね。あ、ご飯が来たよ」
「お待たせいたしました。チキンサラダバーガーセットに、人数分の紅茶をお持ちいたしました!」
二人のお姉さん達が、それぞれ片手にトレーを乗せて運んで来てくれた。
四人掛けの席に座る私達の前に、それぞれのトレーを配置していく。
「ありがとう」
「ごゆっくりどうぞ!」
お姉さんは最後まで笑顔で去っていく。
「それじゃあ、食べようか」
「は、はい」
私が紙に包まれたバーガーを手にし、大きく口を開けて食べるのを見て、二人は驚きながら、同じように真似をして食べ始めた。
「んん!チキンが美味しい!」
パリパリと香ばしく焼かれた、いわゆるチキンソテーが野菜と一緒にパンズに挟まれている。
私は、チキンタツタやチキンフィレが好きだけど、これはこれで美味しいなー。
モグモグと咀嚼を続け、紅茶を一口。あー、苦味もない。きちんとした紅茶だ。ちゃんとしていないお店だと渋みがあったり、薄かったりするのだ。
付け合わせのポテトは大きめのくし切りで熱々揚げたて。これもい~な~。
四人でがっついている(がっついてるのは私だけ?他の三人はお上品に食していた)と、いつの間にか席の近くに長身の男性が立っているのに気付いた。
んん?誰?
久しぶりのジャンクフードに我を忘れて、周囲への警戒を怠っていたよ。まあ、私以外の三人はととっくに気付いていて警戒をしていたみたいだけど。
「失礼ですが、お客様?当店では、初めてお見かけするお客様でいらっしゃいますが、どこで当店のマナーをお知りになられましたか?」
その人は長めの銀髪を、緩めに先の方で結わえて、肩に流していて片眼鏡を掛けていた。そして、白いシャツに黒と言っても真っ黒ではない、艶を帯びたベストとスラックスを上品に着こなした中年の男性だ。
パッと見、高級ラストランの支配人、もしくはオシャレな学者さんに見える。
「あの、あなたは?」
「失礼いたしました。私は当店のオーナーでミハイルと申します」
片手を胸の前にあて、丁寧に腰を折る。
「オーナーさん?」
ファーストフード店のオーナー?店長ではなくて?
「当店はここ一店舗のみ。そして、西領以外でここと同じ形態の店があると存じ上げません。ですから、どちらで作法をお知りになったのか疑問に思いまして」
作法って…。お茶や生け花の作法じゃないんだから。
「すいません。独学です」
「何と!独学で習得されたのですか!」
すごく驚かれた…。だって、注文の仕方なんて尋ねたりしないよ?誰かが注文しているのを真似てって感じだし。
「もしよろしければ、私にお付き合いいただけませんでしょうか?色々とお話したいことてすし」
そう言って、ミハイルさんがこちらをじっと見つめてきた。なんだろう、視線が熱い。
えぇ?何なの、これ。ナンパ?
「ちょっと、お父さん!店先でナンパなんて止めてくれる?」
そこに割り込んで来たのは注文を聞いてくれたお姉さんだ。三人いる売り子さんのうち、一番、綺麗で明るい感じの人だなーと好印象を持った人でもある。
ミハイルさんとは似ていない。茶色のセミロングの髪に明るめのこれまた茶色の瞳をした美少女だ。
「この子、私より年下じゃない!せめて年上にして!」
「なっ!違っ!彼女の作法が美しかったから、話をしたいと思っただけだ」
「作法って何よ。ひいおばあちゃんが残してくれた地球の飲食店を参考に開いた店ってだけでしょ!」
腰に両手をあてて怒る店員さんの発した言葉に、私は目を剥いた。
「あら?あなた、すごい黒髪ねえ。それに黒い瞳…。もしかして、地球から来た人?って、ええ!もしかして、巫女様ですか!」
ぎゃーーーー!まさかの身バレ!私ってば、絶体絶命?
「そこまでにしてもらおうか」
ラベルが剣を抜き、その切っ先をミハイルさんの喉へと押しあてた。
「っ!」
硬直するミハイルに、娘さんとおぼしき店員さんが、
「ちょっと!そんなのでも西領の領主一族よ?剣をさげてもらえるかしら?」
な、何でー!西領の領都に昨日来たばかりだと言うのに、まさかのマリウスさんに次ぐ領主一族って!ヴァン救出作戦は、あくまでも秘密裏に、そう、目立たずが大前提だったはずなのに、ここまで領主一族に関わることになるなんて。
私達、これからどうなるの?
二日続けての投稿です。私の執筆活動は、いわば波乗り。良い波に乗れたら、サクサク書けちゃう。ダメなときはダメ、みたいな。
でも、今日から仕事なので、次回はいつになるか。出来るだけ、毎月、お届けしたいです。応援、よろしくお願いします。