西都なの?温泉なの?
西領への旅路は、何の障害もなく安全な道中だった。前回、訪れたのが北の大地だったため、荒涼としていたのに対して、西は東領に勝るとも劣らぬ、花と緑豊かな土地だった。そして、それ以上に大きく目を引いたのが…。
「わぁー!すごい、スゴイ!」
語彙力のなさを痛感するような歓声を上げてしまった。でも、そうとしか言いようがないのだから仕方ない。
西領の中心である西都には高さ十メートル以上はあろうかと言う巨大な噴水が鎮座していたのだ。
噴水を囲うのは池、いや小さな湖だ。その広さは噴水の高さの倍か、それ以上はあるだろう。何故、都の真ん中に噴水が?と思わないでもない。
その疑問に答えてくれたのは、ラベルだった。
「西都の場所を選定する時に、それを決定づけたのがこの噴水の存在だったからですよ」
私が想像するのは、駅前なんかにあるは小さな円い池の中央に高い位置から吹き上げる噴水だけど、こちらの噴水は、そもそも根本からして違う。
「自然に造形された噴水は、西都にあるここだけです」
何ですって!これが自然に出来た景観なの!異世界、恐るべし。しかも、これはただの噴水ではない。なんと…。
「えぇー!ウソ!お、温泉!」
「はい。温泉ですね」
まさかの温泉だった。寒い北領ではなく、気候も穏やかな西領で巨大な温泉に遭遇するなんて…。
そう言われて見ると、吹き上げる噴水や湖の水面にうっすらとモヤがかかっているのが見える。
「この湖、全部が温泉?」
「そんなに驚くことですか?」
ラベルが首を傾げた。
はあ~。驚いたなんてものじゃないわ。自然界でスパリゾートに出会った気分だわよ。
「ただのお湯ですよ?」
「違うっ!温泉なんでしょ?」
日本人の温泉好きを舐めないでもらいたい。なんてったって、温泉大国・日本なのだ。
「そう言えば、温泉の話って聞いたことがないけど、東領では好まれなかったの?」
先代の東領領主、つまり、ラベルのお祖父様が暮らしている土地に温泉があると話に出たことはなかった。
「近くにありましたよ?けれど、我々にとって静養とは保養地。閑静な場所のことで、温泉があってもなくても、あまり構いませんので」
聞けば、温泉の効能等による病気や怪我の治療目的で温泉に浸かりに行くのではなく、あくまでも気分転換。もしくは風呂代の節約?みたいな感覚らしい。
レーヴェンハルトの庶民で内風呂のあるお宅は少なく、公衆浴場が利用されているが、温泉はその代わりとなるらしい。お金のある家では内風呂があるが、神殿にあるお風呂のように魔法道具による管理がされている。
「寒い時には温泉に入りたくなるものだし!病気や怪我の治癒目的で利用されることもあるんだよ?」
私がそう力説すると、ラベル達三人は揃って、
「はあ。そうなのですか」
と、気のない返事だ。
…温度差が違いすぎる。いや、待って。こんなスケールの広い温泉なんだもの。三人もその良さを分かってくれるはず!まあ、私としてはこじんまりとした温泉や露天風呂の方が好みなのだけれど。そこは仕方ない。テレビで見ただけだが、北欧のスパ気分で満喫しようっと。
騎獣のまま、東都に降り立つことは出来ないので、手前で降りて、私達は東領の検問所で順番待ちをすることにした。
もちろん、私の身分を明かせば、すんなりと通れたかも知れないけれど、あくまでもこの訪問はお忍び。プライベートの旅なのだ。
それにヴァンの滞在先は予め調査してあった。彼は、領主の別邸に軟禁状態なのだ。東領の領主がそうしているのだから、私の身分を明かせば、ヴァンを連れ帰るために来たと悟られる。そうなると、かえってまずいことになるから内緒だ。
「次の方!」
やっと私達の番が来た。何となく、流行りのカフェなんかでよく見かける、順番待ちをした気分。
検問所に立つ、数名の騎士の一人に誘導されて隣接した詰所のような建物に入る。建物は細かく区切られており、扉はない。机と椅子だけの簡素な一室に私達は通された。
そこで旅の目的や西都に来た理由、人数や職業など結構、こと細かに聞かれた。
「なるほど….観光目的ですか。今の時期に珍しいな」
私達を担当するのは、ここまで誘導して来てくれた騎士とは別の騎士だった。珍しい白髪に薄水色の瞳を持つ細身の男性で、もちろん美形である。
「珍しい?どうしてですか?」
私は、彼に問うた。このメンバーにおける私の立ち位置は、聖領の富豪の娘とその従者と言う設定だからだ。
「もしかして、知らないのか?つい最近、我が領の先代領主様が亡くなったのだ」
「いえ、それは存じています。もしかして、喪中と言うことで旅行者を制限されているのですか?」
「そうではない。もちろん、領民の大半は先代様の死を悼み、派手な行動を自粛している。自身が行楽地に赴くこともなければ、同時に商店や宿などの宿泊施設を営む者などの大半が店を閉めている現状だ」
そんな時に観光でやって来て、どうする気なのかと、細面の綺麗な顔にありありと書いてあった。
は?聞いてないけど?商店はともかく、宿も閉まっている?
「開いている所もあるが、そこでは縁故であったり馴染み客であったり、断れない客が大半だ。君達は聖領から来たと言うが、滞在先は決まっているのか?」
「いいえ。西都への滞在は急遽、決まったもので宿など決まっていません。ここへは観光を名分に、新たな商売の機が開ければと思ってやって来た次第で」
「商機、ね。それなら好機どころか逆となるだろうな。先代領主様は、ことのほか民に慕われた方で、その死を悼んでいる者は大勢いる。亡くなって間もない、この時期に儲け話を持ちかけた所で、門前払いを食らうのがおちだろう」
そう言って、気の毒そうな顔をして、私の顔を正面から見る。
それにしても美形だねー。何となくだけど、クールビューティーな感じがヒルダさんを彷彿とさせる。
「何だ?」
私があまりにも見つめるものだから不審に思ってか、方眉を上げて誰何される。
「いえっ!すいません。あまりにも綺麗だったから見惚れちゃいました!」
あははと、照れ笑いで誤魔化そうとした。
「なっ!」
美人さんが顔を背けて、コホンと咳き込む。そむけられた横顔が、ほんのりと赤く染まっていた。
え?もしかして、照れてる?普段から、モテてモテて仕方がないだろうに照れ屋な感じが、ヴァンと同じだねーって、ほのぼのしていると、彼はとんでもないことを言ってきた。
「ふむ。君達さえよければ、私の屋敷に滞在してはどうだろう?」
はい?何故、そうなる?
東都は花の塔が象徴。西都は噴水が象徴。知っている人は知っていた?東都の設定を変えました。
危うく同じ設定になる所でした。他にも結構、あると思うけど、ご勘弁を。
年内最後の投稿です。今年も、ありがとうございました。また、来年にお会いしましょう。