西領ってこんなとこ
そう言う訳で(どう言う訳?)、私は、ご陽気な旅のメンバー(セイラとか、アウルムとか、ラベルとか。セーランも)を従え、西領へと旅立つ決心をした。
「ヒルダさん、西領へ行く許可を下さい!」
決心して、すぐに実行に移すべく、ヒルダさんへと直談判を決行する。だって、東領に無許可で出立してしまった直後のことだからね。報連相は必須ですよ!
「あら、まあ。それはいいのですけれど…」
突然、執務室へと突撃をかました私に、ヒルダさんは、さして驚いた風もなく頷いてくれたが、どうも歯切れが悪い。ピアレットさんを呼び出して、アレコレ聞いたことは既に知っているはずだけれど、他に何かあるのかな?
「ヒルダさん?何か、言いたいことでも?」
「そう、ですね。西領でしたね。ええ、そう」
「…ヒルダさん?」
隠し事はしないって、お互いに誓い合った?ばかりだよね?
私は、ヒルダさんの顔に自身のそれを近づけ、迫った。
「はあ、もう!分かりました。お話します」
そうして執務室から、私室へと促される。執務室にはピアレットさん以外にも神官が出入りする所だから、人目を気にしたと考えるべきだろう。
場所を変え、さあ、来い!な気持ちで、私はヒルダさんの言葉を待つ。
「西領が、わたくしの実家であることはご存知ですわよね?」
「ええ」
この世界に来てから、聖領や他の四つの領の関係性など、大半は勉強済みだ。
「わたくしと母上、二代続けて、神殿長を輩出した領であることも」
「知ってます。と言うか、ヒルダさんが教えてくれましたよね?」
私がレーヴェンハルトに来てから、ポツリポツリとヒルダさんは自身の過去を語って聞かせてくれた。お母さんも神殿長であることは、周知の事実であり、親子揃って、優秀なのだなあーって、のほほんと聞いていた。
「ですから、西領はどの領に比べても絶大な権力を持ち合わせているのですよ」
「はい?」
ヒルダさんは、こてりと首を傾けた私を、まるで残念な子供でも見るような目で見てから、大きなため息をはいた。え?ひどくない?
「二代続けて、一族から神殿長を出したのです。神殿は誰に対しても平等であるとうたってはいても、世間はそうではありません。神殿長に連なる領主家に対して、それなりに融通を効かせたり、知己を得ようとする者が貢ぎ物を納めたりするものなのですよ」
「あー」
私は、納得したように拳で手のひらを叩いてみせた。権力者に阿るなんて、どこの世界でも同じだね!
「同じだねって、何を呑気に。そんな簡単な話ではありませんよ」
う、怒られた。
「わたくしの実家であるとは言え、先代の神殿長である母が聖領にいた関係上、わたくしが西領で過ごした期間はそう長くはありません。次代の神殿長と定められると、わたくしは事実上の婚姻のためだけに西領へと戻され、ほんの一時期、過ごしたにすぎません」
「えーと、つまり。西領で新婚生活を送ったと。そう言うことですか?」
私は心なしか、赤面する。何だかなー。恋話だよ、恋話。姉とも慕う人の恋愛を当人から聞くのって、何だか照れてしまう。
「そのような浮かれた話ではありませんよ?」
私の照れた様子は、ピシャリと拒絶された。
「あなたがこれから赴く所は、長い年月、権力の中枢にいることに慣れた者達が住まう、魔物の巣窟と心得なさいませ」
は?何ですか、それ?
要約すると、西領では数百年!もの長きに渡り、レーヴェンハルトの女神とも目される神殿長を一族に持つ領主家とその一族が君臨してきた。
ヒルダさんの最初の夫も一族の者であったし、西領とは切っても切れない縁と言うものがある。ただし、直系の血を引く者が少なくなったと言うのは本当で、傍流(領主であった者の姉や妹の嫁ぎ先)の家系は数多く存在し、彼らが神殿長の血縁であると、結構、好き勝手しているのだそうだ。
「もちろん。全員が全員、そうではありません。きちんと領主家に連なる者として、自覚を持って行動しているわ。けれど、どこにでも驕り高ぶった存在はいるものよ」
そして、それが大きな問題となっているのだそうだ。
「西領は広い。その全てに目を光らせることなど出来はしない。そのために現在の領主は苦労をしているようね」
ヒルダさんとは従兄弟にあたる関係で、彼には女の子しか子供がいない。
「ヴァンは領主の妹が生んだ子供。けれども、相手の男性が身分の低い騎士で、次の領主にするなんて話は、これまで一度も出てはいなかったの。だからこそ、こうして神殿の騎士となったのだから」
お母さんは領主家の直系で、本来は身分違いと許されるはずもなかったのだそうだ。しかも、相手の身分は低い上に獣人であった。
「獣人が差別されないのは。ここが聖領だから。どの領地でも多かれ少なかれ、差別は残っているの。
この世界が創造された謂れは知っているわね?その時、地球にいた獣人のほとんど全てがこの世界へと渡ってきた。人間との確執が原因でね。あなたの世界で噂程度に残されている狼男といった伝説は、地球に残った獣人の子孫である可能性が高いわ」
そう言えば、そうだ。狼男なんて伝説や作り話だと思っていたけれど、この世界で実際に獣人が存在しているのを見ると、彼らは数少ない末裔なのかも知れない。
「西領でも差別はしないと明言しているけれど、要職に就いている者は数少ないわ。それも人間との婚姻で得たと言っても過言ではないし。そんななか、ヴァンの父親と言う人は異質で、決して、権力に阿ろうとはしなかったと聞くわ」
領主の娘に惚れられ、地位を与えようとした先代の領主の言を断って、騎士としての身分すら捨てようとしたそうだ。流石にそれはまずいと、事実婚のような形で二人の仲は認められ、それは領主の娘が若くして亡くなるまで続いたと言う。
「ヴァンは聖領の、しかも巫女の守護騎士筆頭でしょう?聖領騎士団の騎士団長に次ぐ、騎士の頂点と言ってもいい地位を得たわ。だからこそ、直系と言うだけでなく、次代の領主と望まれているのでしょうけれど。
そんな風に望まれた者を連れ戻すとしたら、前途多難よ?ただし、ヴァンが領主を次ぐと言っても、それはそれで前途多難だけれど」
「どういうことですか?望まれているんですよね?」
「ええ。領主家ではね。でも、一部の親族は、そのことを疎ましく思っているでしょうね」
ああ、そうか。婿入りならば、ヴァンでなくてもいいはずだ。それこそ、傍流の血筋から領主が出るなんて、権力欲にまみれた人間なら、それこそ、喉から手が出るほど欲しい地位だろう。
「だからこそ、気を付けなければならないのよ。ああ、そうそう。それはナツキにも言えるわね」
「は?」
「は?では、ありません。あなたは自覚がないようだけれど、神殿の、ひいてはこのレーヴェンハルトの巫女なのよ?しかも、未婚の!」
「あー」
はいはい、そうか。私のお婿さんにって勧められる可能性がないこともない訳ね。
「ないこともないではなく、絶対にあります!わたくしだって、知らず知らずのうちに最初の夫をあてがわれたのよ?西領の領主家を甘くみては駄目よ」
まあ、最初の夫は結果的にいい人だったから、さほど問題はなかったけれどと、惚気られて?しまった。
そう言えば、オーレリアも北領に半ば無理矢理、嫁がされたのだっけ。北領、恐るべし。お見合い婚ならば、右に出る者なしってことかな。
地球で暮らしていた頃、私は、お見合い自体に忌避感があったから、勧められても断ってきたけれど、この世界、庶民はともかく、領主家などの上流階級はお見合い婚か普通らしい。まあ、親が家同士の繋がりで婚姻を決めるって感じかな。
いわゆる、政略結婚だね。神殿長や巫女は結婚はしない体でいるけど、夫は持つのが普通だ。こちらは事実婚だね。
「よくよく気を付けないと、西領で気を抜いていれば、翌日には人妻でしてよ」
は?怖っ!西領、怖っ!って、ヒルダさんてば、さらっと犯罪レベルのことを言わないで欲しい。
既成事実?それとも夜這い?どちらにしても、ごめん被ります!私は、普通に恋愛結婚がしたいんです!
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