取り戻した日常
聖領内を一気に騎獣で駆け抜け、私は神殿に帰ってきた。騎獣で降りる時に利用する、騎士団兵舎側にある中庭から、神殿までは徒歩だ。私は、ヴァン一人をお供に神殿へと急いだ。
東領に行くまで、何やかやと理由をつけては、ヒルダさんと一緒になる機会から逃れてきたと言うのに、今は一刻も早く会いたかった。ヴァンもそんな私の気持ちを理解してか、何も言わずに併走してくれている。
神殿ヵ見えた。やっとだ。そんな風に思った矢先、その入口前に一人の女性の姿があった。
「ヒルダさん?」
背後に複数の神官らを従えた、その人は誰よりも美しく、そして、輝くような笑顔をその白い顏に浮かべていた。ただ、その笑顔に若干の不安のような色が浮かんでいることに気付けたのは、一体、何人いるだろうか。
「…っ、ヒルダさん!」
私は、叫ぶように名前を呼んで、彼女の元へとひた走った。ヒルダさんが両腕を広げ、私が胸に飛び込んでいくのをしっかりと受け止めてくれた。
ああ!帰ってきた!私の居場所に。いつものように、そう感じられることが、とても嬉しかった。
それから、私達は、ヒルダさんの私室で夜が更けるまで延々と話し合った。私が思い悩んでいたこと、そして、ヒルダさんがそんな私の悩む姿を見て、どう感じていたかを。
「…結局、生前のお姉様と私は、お互いに理解しあうことは出来ませんでした。けれども、お姉様が選んだ選択を知って、ようやく、理解出来た気がします」
そう、オーレリアは己の命をもって、騙されたように嫁がされた北領の闇を取り払った。彼女の選択は、レーヴェナータの血を受け継いだ者らしい最後であり、また、母親として娘を守ったとも言える。娘を省みない冷酷な母親、それは偽りであった。子供の心を宿したまま、大人になれない息子を守りたかった故の行いで、決して、娘を愛していなかった訳ではない。
たくさんの誤解があった。そして、北領と言う、半ば、閉鎖された土地で生きていくためにオーレリアは自身の心をも裏切らなければならなかったのだ。
「ー私は、お姉様が誇らしい」
最後に、ヒルダさんが小さく、そう呟いた。夜更けまで話し込んだ結果、私達は、ヒルダさんの寝室でともに眠りにつくことになった。見た目はともかく、精神年齢は高いので、一緒の布団でお泊まりすることに、些か抵抗があったことは否めない。
まあでも、姉妹が一緒の布団で眠るのだ。別に変なことではないだろう。そして、眠りにつくまで、私達の話は続けられた。
ヒルダさん曰く、亡くなったこと自体は、とても辛く、悲しいことだが、本当の姉の心を理解する事が出来た気がすると。もはや取り戻せない過去は、どうすることも出来ないが、今後の教訓に出来ると。
私達は、お互いにあった、わだかまりを全て吐き出すことが出来て、安心した。それから、私は、北領から戻って以来、不眠症に悩まされていたのだが、深い眠りにつくことが出来た。
翌朝、目覚めると隣にヒルダさんの姿はなく、太陽も昇りきっていた。
やばい、寝過ごした!と内心で焦っていると、気配を察したのか、寝室の隣の部屋から扉を叩く音が聞こえ、続いて、私の側仕えであるアリーサが姿を現した。そのアリーサに半ば、引きずられるようにして、私は神殿にある自室へと追いやられた。いくら許可を得たとは言え、他人の、しかも神殿長の寝室で惰眠を貪るなどもっての他だと言う、お小言とともに。
私室に到着するなり、顔を洗わされ、服を着替えさせられた。
「いいですか。あなたは神殿の巫女姫なのですよ?いくら、神殿長と親密な間柄であるとは言え、礼儀は弁えませんと周りに示しがつきません!」
鏡台の前に座らされ、寝癖のついた髪を梳かされる間も延々とお説教は続いた。
アリーサは怒っていた。ヴァンのように面と向かって、勝手に出奔したことを咎めはしなかったが、やはり側仕えである自分を置いていった!と、ひどく、おかんむりであった。鏡越しで見る、アリーサの表情は雄弁に物語っていた。
私は、アリーサのお小言が続くなか、妖精の森でシズクからお説教をくらい、げっそりしていたセイラを思い出すのであった。
うん、そうだね。幾つになっても(実年齢、四十越えなので)、お説教は辛いね。
私は、遠い目をし、苦行に堪えるのであった。
その後、いつもの聖領での一日が始まった。私のお仕事は神殿と街の運営、幼稚園と職業訓練所など多岐にわたるが、大半は実務担当者に任せてあるので、重要な処理や決済以外のみ行う。もちろん、現場での視察も大切な仕事だ。
今日は、新米妖精達を連れて幼稚園に赴くことにした。生まれたばかりの、この子達を神殿の神官見習いの子供達に預けようかとも思ったが、人間の世界を知らないため、かえって迷惑をかけるだろうと思い、ならばと幼稚園を選択したのだ。その試みは、半ば、成功し、半ば、失敗したと言える。
「わあー!」
「きゃっ、きゃっ!」
私が発案し、製品化した水鉄砲をそれぞれ手にした子供達の歓声がこだまする。
ぴゅっぴゅっと、水鉄砲から軽く水を放ちながら、幼い子供達が縦横無尽に暴れまわるなか、妖精達も一緒になって宙を駆け回る。
《とりゃー!》
「ぎゃあー!!」
魔法が使える妖精からの、水魔法による超強力な攻撃にラベルがあえなく撃沈する。そんな敗残兵に子供達は情け容赦なく、水鉄砲を浴びせる。
あー、妖精ちゃん達は加減を知らないから…。それに子供達、倒れた者に鞭打つ真似は止めようね。
「こら!あんた達!騎士様になんてことを!」
肝っ玉お母さんならぬ、怖-い保母さんとなったノアのお母さんが子供達に雷を落とした。実の子供であるノアも一緒に怒られて、しゅんとしょげかえっている。人間の子供達に混じって、ノア以外にもウサ耳やタヌ耳といった獣人の血を引く子供達がいるのが微笑ましい。
かわいいなぁ。やっぱり、モフモフ最高。
あと、ラベルは無事、保母さん達に救助されました。
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