宰相のため息の訳
私は渋々、領主館へと赴いた。だって、オーリさんから頼まれたら嫌とは言えないじゃない?そして、そこでみっちりお説教を受けた。前回の東領への旅ではアリーサからお説教を受けたのが、走馬灯のように甦る。
何なの?東領って、私には鬼門なの?
「聖領の巫女ともあろう者が断りもなければ、護衛もつけずに、他領を訪れるなど、あってはならんことだ!ヒルダ様も大層、心配されていたぞ!」
東領の領主館の、領主の執務室で、かれこれ一時間は説教されているのではないだろうか?
執務室に据え置かれたソファで、レキの真向かいに座らされた私は、お説教が長すぎて、あろうことか眠くなってきた。
今日もポカポカと、よいお日和だなー。何だか、睡魔に襲われ…。
「おい!聞いているのか!」
ダンと、目前のテーブルをレキが拳で力任せに叩きつけた。
「は、はいい!」
その音で、私は覚醒した。やばい。本格的に寝るとこだった!
「妖精の森に来たいなら来るで、きちんと申し出ればいいだろうが?護衛ならば、うちで出せばよいことだ。違うか?」
「…違いません。すいませんでした」
私は、しゅんと俯く。私の短慮から迷惑をかけたのは、明らかだったから、謝るしかない。
「全くっ!」
レキがを疲れたように、ソファへともたれかかる。
「何をこじらせているのか知らんが、厄介なことだ。お前も!ヒルダ様も」
そう言って、ガシガシと頭をかく。
あれれ?普段の尊大で嫌みったらしいけれど、品行方正な、ご領主様はどこにいったんでしょうかね?どこかの、ならず者みたいですよ?
「取り繕う必要のある相手にはそうする」
はい?私は巫女ですよ?ヒルダさんの次とは言いませんが、三番目か四番目には偉いはずですが?
「相手にそれ相応の対応を求めるのなら、まずは自身がそれに相応しい態度をとることだ」
あー。そう言われると返す言葉がないですねー。
小一時間ほどの説教は、する側もされる側も疲れてしまった?せいか、うやむやとなった。
「新しいお茶をお待ちいたしました。よろしければ、どうぞ」
ふわっと湯気の漂う紅茶を、オーリさんがテーブルにそっと置いてくれた。
お説教される巫女の姿を見せる訳にはいかないと、宰相自らが給仕をかって出てくれたようだ。
あー。イケメンが入れてくれるお茶は格別だね。ホッコリする。
レキにはブランデー入りの紅茶が出された。昼間っからお酒?と思わないでもないが、こんなのはお酒ではないとのこと。ふーん?
「それで?ヒルダ様との不仲は何が原因なんだ?おおかた北領の一件がらみだろうが、どこに問題がある?長年、北領を呪われた領地と言わしめていた旧領都の穢れを払ったと言うのに」
「それは…そうなんだけど」
「は。さしずめ、先代領主夫人が命を落としたのは、自分のせいとか思っているのだろう?」
は!何故、分かった!
「それでヒルダ様はヒルダ様で、自身の姉を見殺しにしてしまったと悔いているお前に対して、負い目を感じていらっしゃるのだろうな」
こわっ!この人、こっわ!読心術が出来るとか?
「そんなもの、出来る訳がないだろう!」
えー?今も言い当てたよね?
「お前は顔に出過ぎなのだ。少しはポーカーフェイスを学んだらどうだ!」
仰る通りです。私は嘘がつけないし、見抜けない。この世界に転移する前に受けた、婚約者の裏切り。二股をかけていた相手の嘘にも気づけなかった。ずうっと信じてて、結婚の直前になって裏切られた。
私は、転移する前の自分を思い返してしまい、しょんぼりしてしまった。
そんな私の態度から、自分が言い過ぎたと思ったのか、レキが取り繕うように言う。
「まあ。そういうところがお前の長所でもある。お前が嘘がつけない分、ヒルダ様がきちんとフォローしてくださるだろう。そんなに落ち込むことはない」
目を合わせず、ぶつきら棒なのがレキらしいね。
「…ありがとう」
「ふん。それに北領でのことは、本来は北領の人間が始末をつけるべきことだったのだ。お前は手を貸したに過ぎない。それ故、起こったことに対して、お前が悪いわけでも、ましてや責任を感じる必要もないのだ」
「そうかな?」
「当たり前だ。お前は胸を張っていればよいのだ。後始末は、北領の人間がやる。悲しむなとは言わん。だが、ことさらに思い詰めるな。お前はやれることをやった。ただ、それだけだ」
私は、思わぬ理解者に出会えたことでほんの少しだけ、心が軽くなった。
私は、やれることをやった。そこに痛みや悲しみを伴うものだったとしても、自分のなかでうまく消化していくしかない。
そして、こうも思った。直視するのが恐くて、ヒルダさんから逃げていた自分だったが、聖領に帰ったら、ちゃんと話をしようと。だって、やっぱりヒルダさんは私の大切な人だから。ヒルダさんが私のことを心配してくれるように、私も彼女が大好きだし、同じように心配だから。
だから、話をしよう。そう、決意した。すると、ずっと心に陰っていた、もやが晴れたような気がした。自然と顔の表情が綻んだ。
そんな私を見て、レキが満足そうに微笑むのに私は気付かなかった。そして、そんの私達、二人を隣で見守るオーリの残念そうな顔にもやっぱり気付けなかったのだった。
「それじゃあ、ご面倒をおかけしますが、護衛の騎士様をお借りしますね!」
あの後、近況など簡単な報告を済ませてから、私はレキに挨拶をしてから部屋を出た。
「妖精の森は、比較的安全だが、領内全てが安全であるとは限らない。フラフラと路地裏なんかに入ったりするなよ?」
人を子供扱いするのには、カチンときたが、世話になるのは間違いない。ひきつった笑顔で答えた。
「もちろんです。騎士様方のご迷惑にならないようにいたしますね?それでは、これで失礼します」
「あ?おい!」
呼び止める声を聞こえない振りで無視して、私はレキの執務室から出た。オーリさんが見送ってくれるらしい。一緒に歩く。
すると、私はあることに気付いた。
「あれ?そう言えば、前に会った美女メイドさん達はどうされたんですか?姿が見えないけど」
私は、キョロキョロと辺りを見回した。侍女さん達はそこそこいるが、皆、中年以上の方々ばかりだったのだ。
以前、訪れた時、大勢の美人メイドに「これだから、男ってやつは…」と、半ば、呆れたものだ。レキが独身だから、そんな風に勘ぐってしまったのは、半ば、仕方のないことだろう。ただし、彼女らは、自分達が優秀だからって主張していたが、あわよくば…と思っていた人もゼロではなかっただろう。
「未婚の侍女は、ある程度の年数を過ぎれば、領主様の紹介もあって、そこそこ良縁に恵まれて職を辞するものなのです。相手が同じ領主館に勤める者ならば、子育ての終了後、再び、雇用されることもありますが、そう大勢ではないのですよ」
なるほど。年配の侍女さん達は再雇用されたって訳ね?
「でも、若い人が一人もいないっておかしくない?それとも奥にいるの?」
目につく場所にいないだけなのかも?と思って、聞いてみると意外な答えが返ってきた。
「いいえ。レキ様の意向もあり、若い侍女を採用するのは控えているのです。レキ様が独身なので、奥方の座を狙おうとする者が後をたたないので…」
「はあ〜、そうなんですかー。でも、レキっていい年なのに何で結婚しないんですかね?」
ピキリと、オーリさんの笑顔が凍りついたような気がした。
んん?どうして?
「…ええ。本当に何故でしょうかね」
オーリさんが疲れたように、深いため息をついた。
あれ、ホントにどうしたのかな?私、何かまずいこと言ったかな?
そんな風に釈然としない思いを抱えつつ、私は領主館を後にするのであった。
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