神殿の外の世界
聖領は私の暮らす神殿を頂点に、山の斜面に張り付くように裾野へと広がっている。
そして、四方を天然の要塞代わりの切り立った崖に囲まれているが、平野部は田や畑、牧場などが点在し、全体的に緑豊かな印象を受ける。
山の傾斜に街並みが続いていて、移動が大変なのでは?と思っていたら、案外そうでもなかった。
裾野から魔法具を用いたエスカレーターらしき、動く階段が幾つも設置されており、人やものを運んでいる。
上下は大変だか、左右に移動するのは普通に平野部と変わらないのでお年寄りや子供でも暮らしやすい。
「うわっ。本当に動くんだ」
日本の最新エスカレーターを知っている私としては速度も仕様も子供だましみたいな代物だけれど、屋根のない屋外でも稼働しているのは単純に凄いなと思う。電気で動いてる訳ではないから、野ざらしでも大丈夫なのだろう。
カタカタカタと決して早くない、動く階段にたくさんの人が当たり前のように乗っている。
「あちらにも同じものがあると伺いましたが?」
「あっちは電気で動くから、屋根のない外で動かすのは難しいのよ」
「電気…、ですか」
アリーサが分かったような分からないような顔をする。
神官は地球からの転移者を世話する関係で、地球の知識が人よりも豊富で博識だ。あちらの世界の学士程度の知識とこちらの世界の高い教養が求められるのだ。
そんなアリーサはエリート中のエリートと言っても過言ではないだろう。
「魔法具を動かすには魔力が必要でしょう?あっちではそれが電気だということ。電気は誰でも利用出来るけど、作るのは簡単じゃないんだよ」
「‥なるほど」
「ナツキ様、あちらでは騎獣よりもずっと速く飛んだり、走ったりする乗り物があるって本当ですか!」
焦げ茶色の耳をピンと立て、一段、低い場所から(私達は最も高い場所にある神殿から降りてきているので先頭は低い位置にいることになる)ラベルが振り返って、ナツキに問う。
「ええ。私はカナンしか知らないけど、速さについてはもっと速いものもあるわ」
軍事用の戦闘機とか。新幹線とかね。
「私でも乗ることが出来る車だったら、カナンも負けてないんじゃない?」
いわゆる車外(?)で、余りの速度(及び寒さ)でほとんど失神していたから、確かなことは言えないけど、時速六十~八十キロは出ていたのじゃないかな?
「でしたら、今度、私の騎獣に乗ってみませんか?」
「ラベルの騎獣?」
「はい。私の騎獣は凄く速いですよ!」
へえ、そうなんだ。でも、私、どちらかと言えばあまり速くないほうが好ましい。
体にかかるGがツラいので。
「ラベル、今は任務中だぞ」
騎士長であるヴァンが部下であるラベルを叱責する。
「少しぐらい、いいじゃないですか」
ムッと口を尖らせる。うん、ワンコが飼い主に叱られて不貞腐れてるみたいでかわいいね。
「駄目だ。ちゃんと前を向いていろ」
狼系獣人のヴァンと犬系獣人のラベルでは体格もそうだが、発せられる圧が違いすぎる。それにまず上司と部下だからね。
「…了解です」
うんうん。話なら後で一杯しようね。
「ナツキ様、次で降りますよ」
バスの停留所よろしく、街並みに沿った道路ごとに停まれる箇所があり、手を貸してくれる補助者までいるなんて人に優しい。
アリーサに促されて、私も降りる。ゆっくりだから、補助がなくても簡単だ。乗り過ごしても、たいした距離ではないし。
降り立った場所から続く街並みは、活気に溢れていた。所狭しと商店や工房、それに食堂などが並んでいる。
住居ではなく、買い物や食事をすることを目的に作られた通りなのかもしれない。
神殿しか知らない私には懐かしいような喧騒だ。もちろん元の世界とは比べ物にならないくらい、こじんまりとしたものだが。
「ここの店でノアのお母さんが働いているんだよね?」
ノアとは熊系獣人の赤ちゃんのことだ。一番の新入りだし、お母さんも出来るなら一緒に暮らしたいと言っているそうだから、出来るだけ力になってあげたい。
私達は一軒の酒場兼食堂の前に立った。