初心に返ってみよう
北領から聖領へと帰還してから、一ヶ月経った。もうなのか、まだなのか定かではないが、私の心は沈んだまま、一向に浮上しない。
慌ただしく北領を立ち、そのまま、真っ直ぐに帰った私をヒルダさんは、優しく出迎えてくれた。私達の無事を喜び、笑顔で迎えてくれたのだが、その顔には悲しみが見てとれた。
きっと、周囲のほとんどが彼女の悲しみに気付いていないだろう。けれど、私は気付いてしまった。すると、どうした訳か、いつものように甘えることが出来なくなってしまった。
ヒルダさんは、この世界における私の母であり、姉であり、そして、友。盟友であった。そんな彼女の悲しみが、透けて見えてしまって、どうしてもギクシャクしてしまうのだった。
北領で私達は、長い間、北領の民を苦しめてきた旧領都の呪いを解いた。たくさんの人達に支えられ、助けられながら、私達はやり遂げることが出来たのだが、その結果、ヒルダさんの実のお姉さんであるオーレリアを死なせてしまった。
彼女の悲しみが、それに起因するものだろうと分かるが故に、みすみすオーレリアを死なせてしまった自分に腹が立つ。呪いを解き放つために必要なことだったと理解はしていても、それは別問題だろう。
長年の確執がどうあれ、ヒルダさんは実の姉を失ったのだ。そのことについては、私にも原因の一端がある。呪いを解くために必要だった北領に伝わる初代領主の剣、その力を最大限に引き出すためには犠牲が必要だと知らずに、それを使用したのは他でもない私だからだ。
本来なら、剣に命を捧げたのは私であったはず。まだ子供であるセアラにそれを背負わせる訳にはいかない。それを肩代わりしてくれたのがオーレリアだ。彼女が何を思い、そして、どんな決断をした結果、それを背負うことにしたのかは誰にも分からない。
ただ、彼女の死に際の笑顔がとても綺麗だったことだけが、救いであった。しかし、北領への旅が苦い思い出と残したのは紛れもない事実である。
「はあああ」
私は窓辺に頬杖をついて、盛大なため息を一つ、吐いた。
季節が過ぎるのが早い北領とは違って、聖領ではまだまだ日差しは厳しい。いわゆる残暑と言う感じだ。
私が与えられた私室のすぐ傍に青々とした葉をつけた大木が植えられており、その葉っぱがまばらな木陰を作り出していた。
「はあっ」
またしても、ため息が漏れた。
『なあにい〜。辛気くさいったら!』
突然、ひょっこりと顔を出したのは、私の魂の伴侶である妖精セイラだ。彼女は転移魔法が使えるため、常に神出鬼没。自身の一族が住まう東領にある森と聖領との間を行ったり来たりしている。
セイラは私の頭の上に腹這いになると、私から見れば、逆さまに見下ろしてきた。
『人間って面倒よねー。自分達の蒔いた種を自分達の手で刈り取ったってだけなのにさー』
そう言って、ペチベチと小さな手のひらで私のおでこを叩いた。
全然痛くないんだけど、地味にイラッとするな。
「あー、もう!そんなことは言われなくたって、分かっているわよ!」
北領領主一族が残した禍根。それをオーレリアは正した。
ぶんっと頭を振ると、セイラは飛ばされまいと髪の毛を掴んだ。
ちょ!抜ける!
『あはは!面白ーい』
アトラクション扱いである。ついでに痛い。
「いたた!もう、何なの!暇なら、アウルムとでも遊んだら?」
私は、セイラの小さな体を両手で掴むと、顔を寄せて、そう言った。
『暇なのはナツキもそーでしょ。だったら、妖精の森においでよ』
「は?」
突然のお誘いに目が点になる。
『新しい子が生まれたから、見においでよ』
妖精の森では、長い間、妖精の女王が不在で妖精が生まれなくなっていた。レーヴェンハルトが創造されて以来、妖精の数は減る一方で、存在自体が危ぶまれていたほどだ。
そんななか、私は縁あって妖精の森を訪れた。そこで生まれ変わったセイラと再会?を果たしたのだった。
彼女曰く、私はキーラの魂を受け継いだ存在らしい。先代の妖精の女王《薔薇姫》は、キーラの魂の伴侶であり、セイラの前身でもあった。
私と言う存在が現れたことで、薔薇姫は新しく生まれ変わり、セイラと名前をつけてあげた。
こうして、妖精の森は復活した―。
『あ、新しい子?本当に?」
『うん。本当だよ。三人』
「え?三人も?」
『お母様が頑張ってくれてるんだろーね』
セイラの言う(お母様)とは、妖精の森で一番大きな樹のことだ。妖精達は大樹を母親のように慕っており、彼女?の咲かせた花の蕾から誕生する。
頑張るってなに?変な風に感じるのは私だけ?
『可愛いよ?見たいでしょ?』
うん。見たいな。
『気分転換にもなるし。会いたい人だっているでしょ?』
「そりゃ、まあ…』
東領は、私が婚活を名目に最初に旅した場所である。そして、セイラと出会った妖精の森もあり、感慨深い場所であることには違いない。
「そっか…。新しい命が生まれたんだね」
アオは、さぞかし喜んでいることだろう。妖精の森の長老であったアオ。私が最初に名前をつけてあげた妖精である。彼は薔薇姫に代わり、妖精達を導いてきた。
「アオのお墓参りもしたいし。いいね。行こうか?」
『賛成〜』
セイラが喜んで、ブンブンと飛び回る。
東領か…。オーリさんにイザベラは元気かな?あともう一人、東領領主のレキにもついでに会いに行ってやるか。
うん!くさくさしてても仕方ない。ここは一つ、初心に返ってみよう!
私は拳をグッと握りしめ、現状打破を目指すのであった。
前回から一月、経過してしまいました。四月は去るものと来るもの、結構、気を使いますね。なかなか、小説を執筆する気になれませんでした。アイデアがまとまらなかった言い訳か?
次回はもっと早くお届けしたいものです。気長に、お付き合い願います。