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異世界でもふっと婚活  作者: NAGI
第四章 北領編
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ヒルダ・追憶編③

あずまやの中は、温度調整機能付きの結界によって寒くも暑くもなかった。

神殿に働きに上がる人も下がる人もいない時間帯なのだろうか。周囲に人影もない。そんな二人きりの空間で、ナタクは亡くなった妻がどんな人間であったかを事細かに話してくれた。

「見かけは華奢でな。脆そうな外見だからと守ってやりたくなるんだが、どうして、どうして。芯が強くて己の信念を貫く、これでもかと言うくらい強い女でな。俺もそうとう、やり込められたものだ」

自分の妻にやり込められたとほろ苦く笑う。

彼の声は低く、所々、かすれたように聞こえた。けれども、聞いている者に安心感を与える、そんな声色をしていた。

最初は二人きりとなったことを警戒していたヒルダであったが、話を聞くうちにすっかり打ち解けていた。年齢は父親ほども違っているが、ナタクはそれだけ、魅力的な人物であったからだ。


吹き溜まりと言うのは、民間の互助団体のようなものらしい。レーヴェンハルトは一つの大きな国で、聖領が女王の直轄地で、四つの領地をそれぞれの領主の自治に任せている。

孤児達を支援する施設など、領主の裁量に任せられる。領主の支援の厚い領地もあれば、そうでない領地もあるだろう。

北領はまさしく、孤児や体の不自由な者など力のない、弱いものを見捨てざるを得ない領地であった。

「孤児院を民間で運営していたと言うこと?」

「そうだな…。厳密には違うが、まあ、そんなようなものだ」

ナタクが言いながら、顎を手で擦った。

「神殿長の願いを叶えられなかったことに責任を感じたのか、エイメは北領に残った。俺はその護衛として一緒に残ることとなった。

最初は何をするでもなかった。目的も曖昧だったしな。

けれど、実際に北領に残ることになって、自分達の目で今の北領がどんなものか確かめたいと、アレが言い出したのがきっかけで、ともに北領を巡っていた時に、行き先々で孤児を拾い集めるようになって、気が付いたら孤児どころか、行き場のない者達で溢れていた」


エイメさんは神官であったので、神官見習いとなる前の、幼い子供達の世話もしていたので、子供の世話はお手のものであったらしい。言うことをきかないヤンチャな子供達を時には叱り、時には優しく抱きしめ、次第に孤児達の信頼を勝ち得たそうだ。

「子供には守ってやれる大人が必要だって、あいつは事あるごとに言っていた」

あいつも親の愛情を知らずに育ったから―、そう、ポツリと呟いた。


エイメさんの母親は、地球から転移してきた巫女である。彼女には将来を誓いあった男性がいた。地球に帰りたいが口癖で、レーヴェンハルトでの生活を厭った。今も神殿の奥深く、極力、誰にも会わない生活を送っている。

ヒルダが見たのも、ただの一度きりだ。神殿に上がった時、挨拶をさせられた。

違う世界からやって来た巫女は、レーヴェンハルトではあまり見かけない独特の美しさがあった。けれども、それは無機質な人形のような美しさで、とても血の通った人間のようにはみえなかったのを、今でも鮮明に覚えている。


(エイメさんも母親の愛情を知らずに育ったのね)

ヒルダがエイメに会ったことはない。そもそも、その存在すら知らなかった。

巫女の血筋は、多くが隠されて育つからだ。しかし、巫女ではなく、神官として育つのは、あまり前例がないだろう。

レーヴェナータとキーラの能力は似て非なるものだから、どちらか一方にしか受け継がれないせいだ。

そう考えるとエイメは特出した存在と言える。


「アレは来るもの拒まずで、吹き溜まりの人数はどんどんと増えた。ただし、吹き溜まりでの生活は生易しいものではない。自分達も生活していくために、金が必要だからな。

男達は力仕事が主な稼ぎだが、最近じゃ、作物の育たない大地でも作物が育たないかと試行錯誤している奴がいるな。そううまくいくものではないが。

アレも生前は、何とか北領の暮らしを良くしようと、色々と試していたものだが、失敗する方が多いくらいだった。だが、あいつはいつだって諦めなかった。

そんな姿を見て子供らは育ったからか、諦めが悪いと言うか、往生際の悪い不器用者が吹き溜まりに溢れかえっているな」

やれやれだと言いながらも、その顔は誇らしげに見えた。亡くなった妻の意志を子供達が継いでくれたことが嬉しいのだろう。


「…エイメさんは素敵な人ね」

死してなお、こうして愛されるエイメと言う人物をヒルダは羨ましく思った。

「あんたにもいつか現れるだろう。俺にアレがいたように」

奥さんのことをアレと呼ぶのはどうかと思うが、それだけ愛し、信頼しあった間柄なのだったのだろうなと思うと、さほど気にならない。

(もし、お父様が今も生きてらしたとしても、お母様のことをアレと呼ぶ姿は、到底、想像出来ないけれど)


「北領は、ただ生きるだけでも過酷な土地だ。けれでも、そこで生まれた者は、嫌も応もなく、その土地で生きていかなければならない。生まれ故郷を捨てるのは簡単だ。荒野を越えることさえ出来れば、別の領に入れるし、他領の者だからと排斥されることもないだろう。

しかし、そこは故郷ではない。

俺も故郷を捨て、聖領の騎士となったから、一度は故郷を捨てた者だ。けれども、再び、北領へ戻ることとなった今となっては、他の領で暮らしたいとは思わない。北領がどれほど過酷な土地柄であっても」

そう言うと、ナタクは口を閉ざし、外の景色を眺めるように横を向いた。

その横顔に、ヒルダは目が離せなくなった。騎士らしく頑強な体つきなのだが、顔つきは端正だ。整った鼻梁と澄んだ瞳が、とても印象的な人だ。

領主家に連なる家に生まれ、剣や魔法を修めたとは言え、亡くなった父親は線の細い優雅な印象しかない。

だが、ナタクには存在感、いや、人の持つ力のようなものが見えるのだ。


(なんなの。胸がドキドキする。これって何なのかしら?)

神殿長の娘として、他から守られるようなして隔離されて育ち、今は女性しかいない神殿で生活している。同じ敷地内に聖領騎士団が駐留する官舎もあるが、見習いであるヒルダは彼らと接することはあまりない。結果、異性と接する機会があまりにも少なく、免疫がなかった。


ヒルダにとって、ナタクは好ましい異性として最初に意識した相手だった。当時は、そんな風に自分の気持ちに名前をつけることなど出来なかったが、長じて、「ああ。あの時の自分はそんな気持ちだったのか」と、得心が言ったのは、最初で最後であった出会いから、随分と時が経過していた。





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