夢の中で
光となって空へと消えていった人々を見送ったあと、私は、すべきことを先ずは行った。それは、通信の魔法道具で聖領にいるヒルダさんに報告することだ。
セアラは相変わらず、目を覚ますことなく、騎士団の面々に厳重に保護されている。星熊カノンもまた、死んでしまったかのような深い眠りに落ちている。
辺りを覆い尽くしていた歪みは、跡形もなく消え失せ、青空が広がっている。この地から逃げていた、吹き溜まりの面々に報せを送ったので、程なく、彼らは戻って来るだろう。
動ける者が事後処理を行っているのを尻目に、私は、皆から離れた場所で連絡をとるために、通信の魔法道具を取り出した。
護衛には私に後ろ姿を向けたヴァンが一人、少し離れて立っているだけだ。
魔力のほとんどを失い、精神的にも肉体的にもボロボロであった私だったが、これだけは私の口から告げなければならないこだと、最後の力を振り絞るようにして魔法道具に魔力をそそいだ。
「…オーレリアは、私に代わって自分の命を代償として差し出し、亡くなったご主人の魂とともに光となって消えていってしまいました。
彼女は生前、自分の代で北領を滅ぼすと言っていたけど、反対に北領を元の姿に戻しました。けれど、私は…。私は、彼女が北領の、領主家の犠牲になったとは思いません。何故なら、彼女の最後は笑顔で、本当に幸せそうだったから。
オーレリアは自らの意思で、北領を、この世界を正しい姿へと戻していったのだと、私はそう思います」
通信の魔法道具越しに見るヒルダさんの顔に憂いはあれど、取り乱した表情は見えない。
実の姉であり、かつて、同じ様に神殿長を目指した間柄だ。私なんかの比ではなく、思うところは多いだろう。けれど、ヒルダさんはそうした感情を一切、面には出さなかった。
「そう…ですか。姉は満足して逝ったのですね」
その言葉を最後に、通信は途切れた。
私の魔力が限界だったからだ。魔法道具を使用するのには、魔力が必要だったから。それからなんと、私は十日もの間、昏々と深い眠りについた。
私が目を覚ました場所は、見慣れた神殿にある自室であった。地球にいた頃には、あるのは知っていたけれど、実際にお目にかかることもなかった、天蓋付きのベッドの上で、一瞬、ここがどこか分からなかった。
「ああ!ナツキ様、ようやく目を覚まされたのですね!」
声のする方へと視線を向けると、ベッドの脇からこちらを覗き込むアリーサの顔があった。
「ここ…、どうして?」
喉の奥が乾いて、声を出すのが難しい。そうと気付いたアリーサが水差しで水を飲ませてくれた。
「こちらをお飲みください」
コクコクコク、冷たくて美味しい。少し、柑橘類を絞っていれてあるのか、さっぱりとしている。
「コホ」
軽く咳き込んでから、私は再び、アリーサへと問い掛ける。
「ここは聖領なの?」
「その通りです。ナツキ様は覚えていらっしゃらないかも知れませんが、ヒルダ様への通信を終えられた直後に意識を失ってしまったのです。ご記憶にありますか?」
逆に尋ねられた。何となくだが、記憶にある。魔力切れを起こしてしまい、通信が途切れてしまったのだ。
「あの日から、十日も経つのですよ?」
「へえ!?」
驚き過ぎて、変な声が出た。
「十日?そんなに経つの?」
「ええ。あれから本当に大変でした…」
そうして、アリーサが語って聞かせてくれた内容は、本当に大変かつ驚きの連続だった。その間、私はただ、寝ていただけだから、呑気なものだったけれど。
私が意識を失って倒れているのを発見したヴァンは、一時、半狂乱に陥ったかのように取り乱していたそうだ。
呼び掛けても目を覚まさない私を抱き抱え、蒼白となったヴァンを正気に戻したのは、セーランであった。
ヴァンの横っ面を平手打ちし、
「しっかりなさい。守護騎士隊の隊長である、あなたが、取り乱してどうするのです?」
と、諭されたそうだ。
あの冷静なヴァンが…と、私は驚いてしまう。
セーランから語られたヴァンは、まるで、怪我をした子狼を必死になった外敵から守ろうとし、治療しようと試みる外部の声を聞こうともしない親狼のような様子であったと言う。アリーサは見ていないが、セーランによる説明だとそうだったらしい。確かにヴァンは狼の獣人だけど、例えが酷くない?
しかし、それでヴァンは、それで正気に戻ったそうだ。意識のないまま、私は、セアラ達とともに領都へと連れていかれ、数日、そこで過ごした。
あの日、セアラもまた、しばらく意識を失っていたけれど、私が気を失ったのと前後するように目を覚ましたのだと言う。そこで自分が意識を失っていた間に起こったことをつぶさに教えられ、幼いながらも気丈に振る舞っていたそうだ。
それはそうだろう。自分を助けに来てくれた母親が、初代の剣を使った代償として、命を落としたのだ。しかも、遺体すらない。オーレリアは光となって、旧領都に囚われた人々とともに逝ってしまったから。
ただ、光の魂となった父親が、母親を迎えに来てくれたと聞いた時、「お父様が…、それならお母様もお寂しくありませんわよね」と、呟いて静かに涙を流したそうだ。
その後、元、北領騎士団の面々とともに領都へと戻ったセアラは、私のために色々とやってくれたようだ。
結局、置いていかれた形となったエインとともに領主館に留まっていたテトラがセアラをよく支えた。
まずは、領都にあった兄、現領主にオーレリアの死を告げ、旧領都が元の姿に戻ったと報告した。
領主を取り巻くのは、オーレリアが取り立てていた無能な者達ばかり。彼女の死を知っても、嘆くのではなく、自分達の保身へと走る者達ばかりだった。
そんな臣下へと爆弾をおとしたのは、領主夫人エマである。彼女は生前、預かっていたオーレリアの遺言書を見せ、こう言った。
「オーレリア様より、自分にもしものことあらばと預かっていた遺言書です。
これにはこう書かれています。領主である我が夫よりも先に自分が死ぬようなことになったなら、速やかに領主は地位を返上し、妹姫であるセアラ様を新領主へとお就けするようにと」
驚き、ざわめく家臣達にさらにこう告げる。
「と同時に、現在、役職に就いている家臣らを一掃し、新たにエイン様を宰相とし、新領主を補佐する新体制を作るようにと書かれています」
彼女の言葉に、エインがすっと前へと出る。長く歩くことは出来ないが、少しの間なら、立って歩けるまで回復していた。そこにはオーレリアを死なせてしまった悔恨と幼いセアラを支えなければならないと言う、強い思いがあったからに相違ない。
「オーレリア様は先代領主夫人であるが、亡き先代によって領主以上の権限を与えられている。彼女の言葉は絶対である」
彼は一時、領主家から出されたとは言え、れっきとした北領家のの直系である。そのことは全員、知っている事実だ。その彼が復権することに誰が否と唱えられるだろう。
「先代領主夫人のご遺志は絶対だ。現領主であるアランには隠居という形で地位から降りていただき、現体制を一掃する」
高らかに宣言する。
「そ、そんな…」
家臣達のなかには項垂れる者、茫然自失の者、様々な反応があったが、最も驚いていたのはセアラであったろう。
エインはセアラの目前まで歩みより、片膝を付き、臣下の礼をとった。現領主夫人であるエマもまた、それに倣う。
「セアラ様、新領主就任を心よりお喜び申し上げます。どうか、この先の北領の未来のためにご尽力下さいますよう、お願い申し上げます。
微力ながら、この私も、そのお手伝いをさせていただきたく存じます」
「お喜び申し上げ上げます」
二人が揃って、頭を下げると、オーレリアに従ってはいたが、北領の未来を案じていた全うな者達が同じ様に膝間付いて、セアラに向かって臣下の礼をとった。
そんな風にセアラが大変だったときにも、私は惰眠を貪っていのかと自分が悲しくなる。
「そんな…、惰眠だなんて。ナツキ様は魔力が枯渇するまで北領の呪いを解くために戦ったのですよ?それなのに、誰がそれを責めましょうか。仮にそんな人間がいたとしたら、私が責任を持って全力で排除いたします」
そう宣言する。
って、怖いよ?でも、そう聞いて喜ぶ私も大概だな。
そして数日後、私は北領の新たな歴史の一歩を目にすることもなく、昏昏と眠りについたまま、聖領へと戻されたそうだ。
その旅程で最も危惧された、聖領までの道筋にあった荒野の魔獣への警戒は、拍子抜けするほどあっけなく終わったそうだ。万全の布陣を敷いていたのに(北領へ物資を運んだついでに魔獣狩りなど治安の維持にも務めていた聖領の冒険者ギルドの面々も合流していた)、実際に遭遇した魔獣は確実にその数を減らしていたらしい。
「あー。考えられるのは、旧領都の次元の歪みが消えたからだろーなー。魔獣は元々、次元の裂け目からやって来ると言われてるからな」
と、聖領のギルドマスターがガリガリと頭をかきながら、話していたそうだ。
何それ、新事実何ですけど?
「お聞き及びではございませんでしたか?まあ、聖領に魔獣の被害は皆無に近いですし、遭遇することも稀でしたから、あまり気にしておられなかっただけでは?」
アリーサに言われて、私もはっとする。そう言えば、そうかも。神殿には結界もあれば、大勢の騎士にも護られている。他領に赴いたとき、遭遇した南領の空飛ぶワニとかは、「何だ、この面白生物は」って感じだったし。あれもれっきとした?魔獣の一種だ。
「だったら、この先、北領へ帰る人が増えるかもね」
最大の難所であった荒野がそうでなくなったのなら、北領を捨てて行った人達が戻って来てくれるかも知れない。元々、人の育ちにくい環境からか、北領の人口は少ない。そして、オーレリアのせいで、たくさんの民衆が北領から出て行った。これから北領のためにも人手は必要だろう。帰って来れるなら、帰りたい人もいるはずだ。
うん。そうだったらいいな。
私はその後、重湯をいただいた。するとまた、とろとろと睡魔に襲われた。やはりまだ、体というか魔力が回復していないためだろう。
ただし、今度は気を失うように眠りに落ちるのではなく、夢を見た。眠りに落ちる前にセアラの幸せを思っていたからだろうか。彼女の姿が見えた。
北領の旧領都を、元の都へと戻すために視察に訪れたようだった。そんな彼女の周囲には、主だった吹き溜まりの面々が揃っていた。亡くなったナタクに代わり、吹き溜まりのリーダーとなったシュウ達と熱心に話していた。
そして、極寒の北領において唯一、冬でも地上で暮らせていた旧領都では早速、急拵えのバラックがひしめいていた。大人達が復興に余念がないのと対照的に子供達が元気に飛び回っている。
そんな子供達を見守る、星熊様と聖獣アルバの姿が森の奥の木々の間から遠くに見える。
かつての姿を取り戻した星熊カノンは、慈悲深い眼差しで子供達を眺めていた。そんな彼女のすぐ隣で、同じ様に地面に横たわっていたアルバは、幸せそうにカノンを見つめていた。
私は、そんな二人の姿を微笑ましく思いながらも、「今度、アルバに会ったら絶対にからかってやる」と、今度の旅でも実らなかった婚活に対する八つ当たりをしていた。
これは夢。そう思いながらも、なんて幸せな夢なのだろうと私はそう思いながら、穏やかな眠りに落ちていった。
お読みいただき、ありがとうございます!寒くてコタツから出れません。そこで小説をのんびりと書いております。よかったら、感想下さいね。